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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第108回 みけねこ作 『無題』

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六月に入って、雨の日が続いていた。そろそろ衣替えもしないといけないと考えていたところ、母親から連絡がきた。
母方の伯父が入院したので、お見舞いに行くついでに一緒に旅行しないかというものだった。私は、子供たちの学校の行事で日程が合わず、母との旅行は断念した。
母の実家は中国地方の豪農だった。新幹線の駅から在来線で三十分の駅まで行き、そこからは山を越えるのに徒歩か車で行くしか手段がないような山奥だった。
幼い頃、夏休みになると家族で泊まりに行くのだが、林間学校のようで私は楽しみにしていた。田舎の家には、当時、伯父一家、祖母、曾祖父が住んでいた。
曾祖父がなくなってから、伯父一家は田舎の家から都市部に引っ越ししてしまい、大きな家に祖母がひとり、数匹の猫と一緒に暮らしていた。その祖母も亡くなってから十数年経つ。ふと、あの田舎の家はどうなっているのだろうと思った。
 私が小学校三年生のときである。いつものように夏休みに祖母の家に泊まりに行ったのだが、このときは、父と母はすぐに戻り、私と弟が合宿のようにその家に一週間ほど泊まることになっていた。伯父一家が住んでいたので賑やかだった。従妹の一人っ子の理香ちゃんは私と同級生だった。彼女は、友達と遊ぶことがあまりないので、私たちが泊まることを心から歓迎してくれた。父と母を見送ると、私と弟は理香ちゃんの案内で家を探検した。
 祖父の家は、昔は醤油を作っていたらしい。お寺のような門と大きな蔵が目印だった。今では物置になっている門番の部屋、玄関土間は二十畳ほどの広さだった。庭を探検すると、裏には牛小屋、馬小屋の名残があり、中庭には水の入っていない池があった。その池の先には、生垣があり、平屋の家があった。
祖母の家に離れがあるのを見たのは初めてだった。興味から生垣から覗こうとすると理香ちゃんが私の腕を掴んだ。
「ここには入ってはいけないってお父さんに言われてるから、だめだよ」
理香ちゃんの真剣なまなざしに私はひるんでしまった。母屋から外廊下で離れにもつながっているようだ。
私と弟と理香ちゃんは、表の庭に行き、池の鯉に麩を投げ入れたり、鬼ごっこをしたりして遊んだ。私のお気に入りは門番の部屋で、三畳ほどの部屋に小さなキッチンがついていた。
 伯母が夕飯の支度をしてくれ、台所から座敷まで料理をお盆に乗せて運ぶのも新鮮だった。自分の家ではお盆に乗せるほどの距離もないからだ。座敷の床の間の隣には畳一畳分ほどの大きな仏壇が天井まであり、お寺のようなカラフルな装飾が施されていた。座敷の周りには廊下があり、庭に面して木枠のガラス窓があった。歩くたびにガラス窓が揺れて音がする。私はこの音が好きだった。
 座敷には当然、テレビもないが、祖母、伯父家族と一緒に食事をするのは楽しかった。座敷の障子と廊下の窓を全開にして、空を見たら星が煌めいていた。
夏休みの定番のように花火をして、すいかを食べて、私たちは理香ちゃんの部屋で寝ることになった。祖母の家は広く、楽しいのだが、ひとつだけ困ったことがあった。トイレが汲み取り式なのだ。伯父の居住空間は、増築された近代的な二階建で、もちろんトイレも洋式だった。母屋のトイレは座敷の横の廊下を奥に進んだところにあった。小学校のような手洗い場があり、その横に木の扉があり、お手洗い男性用便器と奥には和式便器があった。隣の部屋は元女中部屋だったらしく、小さな部屋がふたつ並んでいた。女中部屋の奥には、木戸があり、南京錠がかかっていた。物置かな?と思ってガラス窓を開けてみると、離れに続く渡り廊下に繋がっていた。
 私と弟と理香ちゃんは三人で布団を並べて横になった。理香ちゃんの部屋は、母屋とは違ってインテリア雑誌に載っているような子供部屋だった。暗くなると壁紙の星の模様が光ってプラネタリウムのようだった。星を見ているとだんだん眠くなり寝てしまった。弟が私の肩を揺らしてきて目が覚めた。
「トイレに行きたい」
 弟は、理香ちゃんを起こさないように小さな声で言った。私たちは理香ちゃんの居住スペースのトイレを使っていいと言われているのだが、隣の部屋の伯父さんたちを起こしてしまうのではないかと気になった。
「どうする? おばあちゃんのトイレに行く?」
 弟は小さくうなずいた。男の子のトイレはそんなに怖くないし、みんなを起こさないようにそっと行ってみることにした。理香ちゃんの部屋を出て、静かに階段を降りた。母屋に繋がるドアをそっと開けて真っ暗な廊下を弟の手を握って歩いた。夜になると外に面する廊下は雨戸が閉まっていて、暗闇の中を洗面所に向かって歩いた。手洗い場には小さな窓がついていて、薄明かりが見える。その場を目指して弟と廊下を歩いた。歩くたびにガラス窓の音がする。
 お手洗いについて、弟が用を足している間、手洗い場の窓から見える月を眺めていた。外は静まり返っていて、虫の声と葉が風に揺れる音しか聞こえない。
ぎしっと床が鳴る音がし、私は驚いて洗面台に張り付いた。離れに繋がる木戸がすっと開いた。伯母だった。真っ白い顔をして、ガウンを着ていた。
伯母は私を見ると小さな悲鳴をあげた。
「な、なにしてるの? こんなところで」
 私は伯母に怒られたらどうしようという思いでいっぱいだった。
「ごめんなさい、理香ちゃんたちを起こしたらいけないと思って」
 弟がトイレから出てきて、伯母の姿に驚いていた。
「いいから、早く寝なさい」
 伯母は険しい顔をして私たちのそばを通り抜けた。そのとき伯母のガウンがはだけた。ガウンの下は全裸だった。
 私は、その夜眠れなかった。
 次の朝、私はホームシックにかかったと嘘を言い、弟と二人で新幹線に乗って戻った。母はあきれた顔で迎えてくれた。
「たった一日でホームシックだなんて、意気地なしね」
 でも、その顔は少し嬉しそうでもあった。
  離れに住んでいた曾祖父は、翌年に亡くなった。その後しばらくして伯父一家は都心部に引っ越しした。

 理香ちゃんとも祖母の葬儀以来、会っていない。あの日見たことは一生誰にも話さないと私は心に誓っている。

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