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半蔵門かきもの倶楽部コミュの 第九十回 JONY作 「Futamata」 (三題噺『きのこ』『黙示録』『ざまあ』)

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「ばちが当たったわ。『ザマァ』無いわ」
 A子は入って来るなり、そう言って大きな溜息をついた。大きな目からは今にも涙がこぼれそうに溢れていた。十二月も中盤になり、街はコロナが過ぎ去ったかのようにイルミネーションがあふれていた。冬のKIYONOの室内は外の寒さとは無縁で、俺も氷を浮かべたライムソーダのグラスを前にしていた。店内には俺のほかに誰もいなかった。俺は、難しい分数コードの連続で、弾けるようになるまで長い時間の練習を強いられ、最初は嫌いだったがいつの間にかファンになった藤井風の曲を大きな音量で聴いていた。
 カウンターの上に突っ伏してしまったA子は顔をあげようともしなかったので、俺は彼女がいつもオーダーするボンベイサファイアのジンのストレートをカウンターに置いたまま、A子を無視してgrace、graceと絶対に真似できない天才のフレーズを口ずさんでいた。
 曲が終わるまでカウンターの上で死んでいたA子は店内が静かになると、やおら起き上がって、一気にショートグラスのジンを飲み干すと
 「おかわり」
 と言った。
 俺は黙って同じ酒を出してやり、彼女が話し出すのを待った。
 
 「ジョニーさんに決めてもらおうと思って今日はやってきたの」
 顔をあげ、開口一番彼女はこう宣言した。
 俺は、店内の音楽を、軽快なピアノのジャズに変えて、照明を落としているところだった。俺は
 「占い師ってのは監督じゃないんだから、何も決めたりしない。ただ語るだけだよ。決めるのは君自身だ」
 と軽くいなした。
 「別に今日はタロットしてもらいに来たんじゃないよ。余計な話はいいから、どうしたら良いのかだけ教えてよ」 
 そう言いながら、A子は話しだした。
 
 A子のことを少し説明しておこう。A子は読書会のメンバーだが、昔からひどい寂しがり屋で、1人でいることができない女だった。しかし、そこが彼女の魅力であって、男たちは、敏感に、彼女の人恋しさを見抜き、彼女の美しい容貌も相まって、彼女が真の孤独に陥る前に、誰かしら相手が現れるという女だった。そんな具合だったので20代で結婚したA子は、夫のほかに常に誰かしら恋人がいて、子どもはいなかったが充実した人生を歩んでいた。しかし、彼女が40になったとき、実業家だった夫は若い女優と結婚して簡単に彼女を捨て弁護士を通じて離婚が成立した。そのおかげで、A子は慰謝料として、一棟建ての賃貸マンションを手に入れ、経費を差し引いても、ゆうに普通の勤め人の二人分の収入が保証される身分になったが、前にも増して孤独を恐れるようになった。しかし、財産を持つようになり、子供を産む適齢期を優に通り越してしまうと、結婚が面倒臭くなり、誰かしらと恋人関係は必ず持っていても結婚をしたいとは思わなくなっていた。
 
 「彼氏のB(仮名)は、ジョニーさんも知ってるでしょ」
 「もちろん」
 知ってるも何も、Bも読書会のメンバーで、A子とBは読書会で知り合って付き合い始めたのだった。A子にとってBはちょうど良い相手だった。Bは結婚していてその妻は子供と共に京都に住んでいた。B夫妻は実質的には結婚が破綻していたが、何かと煩い京都の町のそこそこの歴史のある家で生まれたBとその妻は離婚という体裁の悪いことにはできず、Bが東京支社に転勤になったことを良い機会に、長い別居生活をしていたのだった。なので、A子がどんなにBと親密になっても誰からもクレームがくる心配がなく、結婚に結びつくこともなかったのだった。
 「Bの勤めている会社は京都が本社で、彼、月のうちの半分近く京都に出張なのよ。だから、彼が京都に行っているとき、誰かにいて欲しいなって思っても仕方ないでしょ?」
 A子は俺の返事を待たずに話を続ける。
 「それで、しばらく前から、Bが京都行っているときは、C(仮名)と会っていたのよ」
 「えっ?Cって読書会に来ていたあのC?」
 俺はA子の話に出てきた名前に驚いた。昔よく来ていたメンバーだったが、最近は全く来なくなっていたら男の名前だったからだ。そういえばCが来なくなったのは、A子がBと仲良くなった頃からだったのに思い至った。
 「うん。読書会のCよ。ごめんね。言ってなくて。前に、結構、Cからアプローチされてたんだけど、Bと付き合い始めた頃だったから返事してなかったんだよね。でもBが京都行っているとき、寂しくなっちゃって、Cのこと思い出したんだ」
「Cは君がBと付き合っていることを知っていたのか?」
「ううん。そんなこと言えるわけないじゃない」

 A子は、Bが東京を留守にしているときは、Cとデートしていた。Bのスケジュール次第で、A子の予定が決まり、それによってCの予定が決まると言う構造らしかった。因みにBとCはいずれも読書会のメンバーでお互いに何度も顔を合わせている仲だった。
 「それで?君の、そのバチがあたったって言うのは、何が起こったんだ?まさか、BとCがハチ合わせしたとか?」
 A子はまたカウンターに突っ伏してしまった。顔を伏せたまま声が聞こえてきた。
 「そのまさかなのよ。もうダメ。私消えちゃいたい」
 A子の話をまとめると、Bが1週間の予定で京都本社に行っていたので、A子は、Cに連絡して代官山あたりで『キノコ』パスタの店で、一緒に飲んでいた。いつもより盛り上がり、いつもより酒量が増え、いつもより相手を求める気持ちが強くなった。いつもなら、どこかホテルを取るのだったが、あいにくその夜はCがどこのホテルに電話しても満室だった。Bが京都から戻るのはまだ数日先だった。つい、A子は自分のマンションの部屋にCを呼んでしまった。
 夜の11時過ぎにC子の部屋のオートロックのチャイムが鳴った。画面に映っていたのは、Bだった。悪いことに、そのBの顔を大映しにした画面をCも覗いてしまった。Cは驚いて
 「え?Bさん?」
 とインターフォンがONになっているのに、声を出した。
 Bは、その声を聞き、
 「誰か来ているの?」
 と訊いてきたので、A子はとっさに
 「友達が、頼んでいたブルーレイを届けてくれたの。今、帰るところ」と言いつくろって、オートロック開錠のボタンを押した。
 Cは、A子に、
 「今のBさんだよね?」
と訊いてきたが、A子は
 「とにかく早く服を着て」
と、Cを急かして、自分は、急いでキッチンテーブルに紅茶と菓子の用意をして、Cをキッチンテーブルにつかせた。
 それと同時に玄関のチャイムが鳴った。

 「君は部屋の鍵をBに渡してなかったんだ?」
と、俺は、店のカウンターに突っ伏したままのA子に訊いた。
 「うん。コピーができないタイプのキーなんだよね。それが幸いしたって感じ」
 「良かったな。もし、Bが、君の部屋の鍵を開けていきなり入ってきたらって考えたら」
 「怖いこと言わないで。Cと二人で矢口真里状態だったんだから」
 「で、君の部屋で三人でお茶をしたんだ?」
 「そうよ。あんなに焦ったことはないわ。Bは部屋に入ったらなんと読書会のCがいたんでマジびっくりするし。仕方ないんで『私が観たいと言っていたブルーレイディスクが手に入って、Cさんが駅に持ってきてくれたのよ。なんか用事のついでにって。でも私風邪気味だったのでマンションまで届けてって頼んじゃったの。それでブルーレイ・ディスクを手渡して貰うために上まで上がってきてもらったの。そのまま帰ってもらうの悪いからお茶を出してあげたら、Bさんがやってきたの』と話したの。そしたら、Cが『A子さんとBさんは付き合っているんですか?』って訊いてくるじゃない。私は『えー!まさか!』ってトボけたの。Bもそれに合わせて『ぜんぜん、そんなのでは無いですよ。ぼくもこの近くに用事が、あって、今、京都からの帰りなんですが、京都のお勧めの生八ツ橋があって、A子さんがこのあたりに住んでいた事を思い出して、ついでに届けてあげようと思って持ってきただけですよ』と言って実際に鞄の中から、西尾の包みを出してテーブルの上で開けて私やCに『ここの生八つ橋は旨いんですよ』ってすすめたの」
 「じゃあ、BにもCにもバレなかったんだ?」
 「どうかしら?二人とも、限りなく怪しいと思ったんじゃないかしら。その晩は頭が痛いふりして、二人を帰したけど。今度Bに会うときを思うと、あああ、もうダメ。絶対にCと何していたんだって、問い詰められるわ。どうしよう」
 「自業自得ってヤツだな」
 「そんな冷たいこと言わないで。ねえ。私、どうしたら良い?」
 俺は、カウンターで心細げに見上げるA子を見ながら、しばらく考え口を切った。
 「あくまで二人ともにしらばっくれるか。それが無理なら、どっちか一人を選んで、その人には謝り倒して許してもらい、もう一人とは別れるか」
 すがるような目で俺を見ていたA子は、それを聞くと悲しげな表情になって、黙ってしまった。俺は続けた。
「男女関係ってのは、裁判じゃないんだから、真実がどうとかは関係ないんだ。気持ちだけで決まるんだ。限りなくクロでもシロと思いたいヤツもいる。逆に、普通ならどうでもいいことを勘ぐって勝手に傷つくヤツもいる。状況からして、BもCも、君をクロと疑っているだろう。いったん生じた疑いは未来永劫晴れることはない。ただ時間が経つにつれて傷にかさぶたがかぶさるように痛みが薄れるだけだ」
 A子の表情は悲しみから絶望に変わった。
 「それとも」
 A子は、俺の言葉を繰り返した。
 「それとも?」
 「それとも、全てを二人に言って、二人とも続けるか」
 A子は目を見開いて俺を見た。
 「何、それ。そんなことできるわけないでしょ」
 俺は、あえてゆっくり冷静な口調で説明する。
 「そうかな。Bは、自分が妻帯者だと君に最初から言っているだろ。京都に妻と子供がいると。そして、Bは月の半分近くは京都に行っているんだろ。君はBが仕事で京都に行っていると100%思っているのか。こころの中では、Bが京都で妻と過ごしているのでとはないかと疑ってないか?でも、万一、そうでもいいとわずかに思っているんじゃないのか。潔癖になって不幸になるより、グレーでも幸福なほうを君は選んでいるんじゃないのか。だから君はBに京都で何をしているかをいちいち聞かないし証拠を求めたりしない」
 A子は静かに俺の言葉を聞いていた。俺は続けた。
 「今回のアクシデントで、Bは君がCとも付き合っていると、Cは君がBとも付き合っていると疑っている。君にはその疑いを晴らすことはできない。だって彼らの疑惑の通りなんだから。またそもそも男女間では疑いを晴らすことなど重要じゃないんだよ。男女間では真実とか現実とかなんかより、相手がどれだけ大事かで決まるんだ。相手が嘘つきの悪人だったら別れるのか?相手が嘘つきの悪人だろうと自分にとって大事だったら別れないのが男女だろう」
 A子は黙ったまま、じっと話を聞いている。俺は先を続けた。
 「君が二人とも失いたくなければ、全てを二人に話して、今の現状でそのまま行くしかない。Cには『Bと付き合っているけど、彼が京都に行っている間は、寂しいから会って』と。Bには『あなたが京都に行っている間、寂しいからCに会ってもらっている』と」
 「ええっ。そんな」
 「そんなことは言えないってか?適当に嘘を言って誤魔化しても、Bも、Cも疑いは持ち続けるぞ。そして今後は今までと同じようには行かなくなる。いったん怪しいと思ったら君の全てが怪しくなるんだ。そんな中で今まで通り続けて行けるのか?」
 A子は1分ほど黙っていたが、椅子を立ち上がり、諦めたように言った。
 「そうね。ジョニーさんに話したおかげで、気持ちの整理もついたわ」
 そう言ったA子の顔にはいつもの自信が戻っているように見えた。
 「そうか。それは良かった」
 A子は、コート掛けから、プラダのコートを取ると袖を通した。
 俺は
 「差し支えなければ、どうするのか教えてくれないか」
 と訊いた。
 A子はガラスの扉に手をかけると、振り返って、魅力的な笑みを漏らした。
 「私、二人とも捨てるわ」

 一人店に残された俺は、流れている音楽を「ワルキューレの騎行」(地獄の『黙示録』の挿入曲)に変え、カウンターの客席側に回り、レモンソーダをすすった。
 A子のかたわらには、たぶんこれからも誰かしら恋人がいるだろう。A子の寂しがり癖が無くならない限り。願わくば、その男の存在がたんに彼女の孤独を埋める以上の存在に、ほかの誰かでは替えられない存在の男に巡り会って欲しい。
 俺は、A子の去り際に見せた魅力的な微笑みを思い出しながら、そんなことを、考えていた。
 
                                 (終わり)
 





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