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半蔵門かきもの倶楽部コミュの 第八十九回 JONY作 「Yes-No Game」(テーマ選択『避妊具』)

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 最後の客が帰り、そろそろ店を閉めようと思っていたときに、A子(仮名)が、ガラスのドアを開けて、
 「一杯だけ飲ませてもらって良い?」
と言いながら入ってきた。
 すでにかなり飲んでいる様子だったので、
 「コーヒーならいいよ」
と言うと
 「えーっ!ジョニーさんのケチ」
と悪態をついたが、そのままカウンターの椅子に座り込んだ。
 俺は、コーヒーメーカーに豆と水を補充してミルのボタンを押して、俺の分も併せて二杯のコーヒーを作り、そのうちの一つをカウンターのA子の前に置いた。
A子はカウンターの上のコーヒーカップに鼻を寄せていたが、コーヒーカップを両手で持つと、意外にも満足そうに、ちびちびと熱いコーヒーを啜り出した。暫くして、思い出したように
 「ねえ。昔さあ、ここのテーブルで4人でイエスノーゲームをやったじゃない?」
と話しだした。
それは3年前の秋、この店によく来ていたある男(B夫としよう)が、俺とは初対面になる女を二人連れて飲みに来たことがあって(そのうちの一人がA子だった)、そのとき、ほかに客がいなくなったので、店の看板をクローズにして俺も加わって、4人でや
ったゲームだった。

 Yes-No Game を知らない人もいると思うので、説明する。これは、多くの場合、合コンなどの男女でするゲームで、2人ではゲームが成立せず、3人では出来ないことはないがあまり盛り上がらないので、普通は、男女4 人から6人位でするパーティーゲームの一種だ。
やり方は簡単で、ハンカチが一枚と、十円玉または百円玉が人数分あればできる。順番にイエスかノーで答えられる問い(例えば、「初体験が16才以下だったら表」などという問い)を出して、そのたびに、テーブルの中央に広げられたハンカチの下に、全員が十円玉をイエスなら「表」、ノーなら「裏」でコインを置く。その際、誰が「表」を置いたのかが分からないように、表裏を見られないように気をつけて置くことが大事である。質問した者がハンカチの下の十円玉を慎重にグルグル回して置いた位置が分からないようにした上で、結果の予想を聞く。参加者は、「表が2、裏が2」とか「全部表」とか答える。このゲームのミソは、誰が「表」を置いたのか、が分からないところにある。誰かは分からないが、参加者のうちの何人が「表」(Yes)を出したのかを知るのが目的なのである。つまり完全に匿名でのアンケートのようなものである。もっとも、全部が「表」(または「裏」)だったときは誰が何を出したのかが分かってしまうが、その場合はその場の全員が同じ答えなので良しとする。また、一枚しか「Yes」(または「No」)を出した者がいなくて、その一枚が自分だった場合、その者だけには誰が何を出したのかが分かる。そんなゲームなので質問は、大抵、「経験人数は10人以上か?」とか、「同性としたことがあるか」とか、「緊縛をしたかされたことがあるか」などになる。
A子が初めて店に来た三年前、確か、経験人数が「10人以上」、「15人以上」、「20人以上」と、どんどん人数を増やして聞いていっても常に1枚は「Yes」で、確か「50人以上」で初めて全員が裏(No)になったのだった。
その時は、「表」を一人出し続けたのは、俺かB夫のどちらかだろうという話になったが、俺はB夫の経験人数を本人から別の機会に聞いたことがあるので、「40人以上50人未満」は、女二人のうちのどちらかだとは分かっていたが、もちろんそのときは俺とB夫のどちらもが「意外と皆真面目なんだね」とか言ってワルぶって真相を撹乱したのだった。(因みにA子もC子もそのとき40代半ばだった。2013年に相模ゴム工業の実施した調査では、日本人女性に聞いた全年齢の平均経験人数は、5.1人だそうで、40代の女性の平均は6.1人だそうだ。)
なお、そのあとでの質問=「した相手の名前を全部覚えているか」の質問には、全員が1発で「Yes」を出して一致した。

 「ねえ。昔さあ、ここのテーブルで4人でイエスノーゲームをやったじゃない?」 
 「さあ、そうだったっけ?」
 「やったのよ。私そのときここに来るの初めてだったし、もう、来ることも無いって思ったんで、全部、正直に答えたの。あのゲームって、正直に答えるから面白いんじゃない?」
 「てか、俺としたら、君が、KIYONOに、もう来ることもないって思ったことのほうが、興味あるね」
 「でも、その後、来てるんだから良いじゃない。そこじゃなくて、あの時の質問で、経験人数を聞いたのよ」
 「へえ、そうだったっけ?」
 「ジョニーさんはそういうゲームとか日常茶飯事なんで忘れちゃってると思うけど、私は良く覚えているの」
ここまでで、俺は、A子にこれ以上話をさせずに手早く帰すか、話題を変えさせる方法を考え始めていた。あのときにいたもう一人の女(仮にC子としよう)も、その後、俺の店にたまに来ている。俺は、答えはA子かC子かのうちのどちらかだと知っているので、これ以上A子に、この話をさせて、「40人以上50人未満の経験のある」女がA子なのかC子なのかを特定してしまうのは、イヤだった。つまり、A子が「あの時最後まで『表』を出していたのは誰なのかな?」と何気なく聞いたら、「表」を出し続けたのはC子と言う事になる(もっとも、それがA子の芝居でなくて、本当に知りたくて聴いたとしたらの話だが)。なんか、そういうのは、A子を騙しているとまでは言わないにしても、フェアじゃないので、話を進めたくなかったのだ。
 「それよりさ、面白い話があって・・・」
と俺が言うのと、
 「あれ、私なんだ」
とA子が言うのは、同時だった。
 しばらく、しんとなった。聞かなかったことにして誤魔化すタイミングは逃してしまった。俺はどう答えて良いのかを必死で考えたが何も浮かばなかった。実際には数秒だろうが、俺にはとても長く感じられた沈黙の後に、A子が話しはじめた。 
 「あのときの経験人数が50人というの、私なんだ」
 「えー!そんなゲームしたっけ?ほかの奴はもっと多かったんじゃなかっけ?」
 「次は20人以下だったよ。一人は5人以下だったし」
 「よく覚えているな、そんなことを。大体、あんなゲームで正直に答える奴なんかいないんだし」
 「そうかな?あの時は、初対面だったし、次会うかも分からなかったし、皆正直に答えていたと思うよ」
 今夜、A子が来たのは、この人数問題について、俺に話したくてやって来たのだろうか?そうだとしたら、何かの打ち明け話とか、相談なのだろう。俺は小さくため息をついた。
 「やっぱり、何か飲むか?」
 「いいの?」
 「ああ」
 飲みたいのは、俺だった。あまりA子のそういう話は聞きたくないと思ったが、バーをやっている以上、そうも言っていられない。
 俺は、バランタインのボトルを開けると、自分用にロックグラスで、オンザロックを作り、A子用にトールグラスでバランタインのソーダ割を作った。
 A子は氷をカラカラ言わせてグラスを回しながら、話しだした。 
 「よく、自分はグルメと言う人いるじゃない?色々なおいしい店を回ったりして、記録としてインスタとかに投稿したりして」
 「ああ」
 「食べることが、栄養や食欲を満たすことを超えて、趣味になっているじゃない?」
 「まあ、そうだな」
 「それこそ、色々な食べ物よね。B級だとか、変わったのとか、高級なのだとか。食べる場所も、昔からの情緒のある町から、おしゃれな高層ビルだったり、どこで食べるかもグルメの大事な一部分だったりするじゃない?たかが食事なのに、グルメって、凄く食べるという行為に対して貪欲じゃない?貪欲であればあるほど、趣味人としてリスペクトされたりして」
 「まあ、そうだね。そういう風潮はあるかも知れないね。俺はぜんぜん食に興味無いけど。それで飲食店をやっていていいのかって話だよね」
 俺の言葉をA子は無視して、彼女は、話の要点をしゃべりだした。
 「でも、それが食欲を基本にした趣味じゃなくて、性欲に関する趣味だったら、どうなると思う?リスペクトどころか隠さなきゃいけないのよ。特に女は。ぜったいの秘密にしなきゃいけないの」
 俺はロックグラスに残ったウイスキーを一気に飲み干すと、再び、自分用に、ダブルの量のウイスキーを注ぎ、ついでにA子のトールグラスにもソーダを足した。
 「君、今日は、結構、酔っ払っているだろ?もう、今日は帰ったほうが良いぞ。俺も飲んじゃったので車は置いて帰るので送れないし。俺はこう見えて酒に弱くて、これだけ飲むと記憶が飛ぶんだよな。明日になると昨日店に誰が来たのかも覚えてないってことに・・・」
 A子が怒気を含んだ視線で俺を睨み、話を遮った。
 「ねえ。私の話を聞いてよ。こんな話、ジョニーさんじゃなきゃ出来ないんだから。ジョニーさんって口だけは硬いって知ってるから、真面目に話しているんだよ」
 俺はA子の勢いに押されて黙った。A子は話の続きを話しだした。
 「ジョニーさんは知らないと思うけど、私、結婚していて、子供ももう大学生。ずっと永く付き合っている恋人もいるの。結婚は30の時にして、結婚3年目からずっといつも恋人がいて、今の恋人はニ代目」
 俺は黙ってA子の話を聞く事にして、ただ頷いた。
 「結婚までは経験人数は、夫で5人目だったから普通だったと思う。夫に隠れて最初の恋人と浮気した時は抵抗あったけど、夫の他に彼と付き合って良かったと思う。結婚して子供ができると夫とは家族になっちゃうじゃない?そんな時に私を女として見てくれる恋人の存在は、私を生き生きさせてくれたわ。しばらくは、夫と恋人との二人がいて子供も小さかったしほかに刺激が欲しいとは思わなかった。子供が小学校に通うようになって、恋人ともマンネリになって来たの。そんな時、ネットで痴漢プレイの事を掲示板で見つけたのよ。実際に体験したらどんな感じだろうと思ったの。私っておかしい?」
 「いや、ぜんぜん」 
と俺は反射的に答えた。頭の中では、これ以上あまりA子にしゃべらせずに上手く収めるにはどうしたら良いだろうかということばかり考えていた。
 「ネットだからこっちの身元が判らないのは良いけど、相手の身元も判らないでしょ。それこそ変質者だったら事件に巻き込まれたりする危険だってあるじゃない?なので、そのとき付き合っていた恋人に正直に、相談したの。彼仕事が警察官だったのよ。それも、幹部職員だったから」
 「最強だな。そんな男とどこで知り合ったんだ?」
 「前からの知り合いよ。私のいた女子大って東大のサークルに出入りしていたのよ。そこで知り合ったの。で、彼に話したら、結構面白がって賛成してくれて。遊んでも構わないけど、三つ約束しろって言われたわ」
 「三つ?」
 「うん。1、薬物に手をだすな。2、『避妊具』必須で、感染症予防を怠るな。3、録画させるな。の3つ。で、知らない男と会うときはスイッチを入れて置けって超小型のGPSを渡されたわ。ボタンを押すと非常通知のできるやつ」
 「さすがだな。で、上手くいったの?」
 「うん。何か予想外のことが起こったらGPSのボタンを押したら彼が飛んでくることが分かっていたから、安心して楽しめたわ。満員電車の中と、ピンク映画館の中で痴漢されるプレイをしたの。でも、その男とはその1回だけ。ネットの掲示板には他にも色々な性癖のプレイがでていて、初めての人と、初めてのプレイ、それを試してみたくなっちゃうのよね」
 「おかしな男とかいるんじゃないか」
 「うん。なんかイヤな感じのする人とかだったら待ち合わせ場所で遠くから見て、携帯に電話して断るの」
 「そんな事が、可能なの?」
 「できるわよ。大きなホテルのロビーで待ち合わせて、英字新聞を目印に持って来てもらうの。相手は私のこと知らないから、気づかれることは無いわ。気に入らなかったら遠くから非通知で電話するだけよ。最初から皆そう言う約束にしておくの。相手も慣れたもので、待ち合わせ場所で私に断られても、『残念です。また、よろしくお願いします』とか言って大人しく帰っていくわよ」
 「ふーん。それで、50人か」
 「ねえ。こういうのって、どう思う?私って変かな?」
 「いや。変じゃないよ。だって、君の愛するのは夫と恋人であって、ネットで見つけて遊ぶ相手の男は単なる趣味の相手に過ぎないじゃ無いか?セックスはしても浮気とも言えないだろう。だから、厳密に言ったら経験人数には含めなくて良いんじゃないか?そうしたら経験人数一桁だろう?」
 A子は黙って何かを考えていたが、やがて、決心したようにしゃべり出した。
 「今までのことは、良いのよ。問題は、これから先。こう言うのって、いつか、卒業しなきゃダメだよね?いつまでもこういうことしてちゃダメでしょ。もう私もいい歳なんだからさ」
 A子の言葉は俺への質問というより、自分に言い聞かせているように聞こえた。俺は、それには答えずに、気になっていた別のことを訊いた。
 「彼氏はニ代目と言っていたけど、今の彼氏も、警察官なの?」
 A子は、話の腰を折られて少しイラッとしたようで、面倒臭そうな声をだした。
 「検察官よ。東京地検の公判部副部長。私が歳を取ってくると、私の歳に釣り合う男のほうは、年相応に偉くなっちゃうんだよね」
 「その人も学生時代の知り合い?」
 「ううん。元カレの友達。元カレの周囲って当たり前だけど、刑事司法関係の男ばかりだからさ」
「その今カレの検事も、君の趣味には理解を示してくれているんだ?」
 「そうよ。だって、元カレと私との3人で遊んでいた相手だったんだもの。元カレとはうまくいってたんだけど、警察辞めて広島に引っ越しちゃったのよ。親が地方銀行持ってる旧家の、彼は一人息子だったのよ。元カレは、広島に引っ越す前に、私の性癖を知っている親友に後を頼んだってわけ」
 俺は、自分のグラスのウイスキーを一口飲んで、話を先に進めた。
 「そろそろ卒業を考えているってことは、君は、もう、そういう遊びに飽きてきたってことかな?」
 A子は俺のことを馬鹿にしたような目で見て言った。
 「わかってないなあ。逆よ。夫とは流石にご無沙汰になっているけど、イマカレとは、週に一度くらいの割合で会っているの。イマカレとのベッドは、私の遊びの報告が前戯になっているの。この前会ってから私がどんな遊びをしてきたかを報告させられるのよ。イマカレ自身も本当は一緒にいろいろやりたいんだけど、役人として結構偉くなっちゃっているから、マスコミやネットが怖くて参加できないのよ。私自身は、子供も大きくなって、手を離れているから時間があるし、こういう遊びにも慣れてきて、刺激が欲しくなって、どんどん沼にハマっている感じ」
 「じゃあ、めちゃリア充で、何の問題もないじゃないか」
 「問題は、大有りよ。最大の問題は、私がもうじき50歳になるってこと。昔は30歳以降にエッチするなんて考えられなかった。それが40歳過ぎてから遊びまくっているのよ。20歳の私が今の私をみたら恥ずかしくて死んじゃうわ」
 「幸い、20歳の君はもうどこにもいないよ」
 A子は深いため息をついた。A子は自分が歳とることで、男たちに相手にされなくなり、みじめな思いをするのを恐れているのだろう。そんな思いをするくらいなら、今のうちに引退したほうが良いのではないかと考えているのではないか。俺は言葉を続けた。
 「それに、たぶん、20歳の君より、今の君のほうがだんぜん良い女なんじゃないかな?」
 A子は一瞬、静かになったが、すぐに反論してきた。
 「それはジョニーさんが自分の年齢との釣り合いを考えるからよ。女は若いほうが魅力的なの」
 「俺の思う『イイ女』ってのは、一緒にいて、男のアドレナリンを出させまくる女のことだよ。人形のように綺麗でも、人形のように中身がない女より、イケナイ遊びが好きな女のほうが、一緒にいて百倍イイよ」
 「そうかな?」
 「俺は食に興味なくてさ。完全栄養錠剤で食が済むなら時間が節約出来るからむしろそれで良いと思っている。性欲に関してもそんな思考のヤツだったら、君の魅力はなかなか理解できないだろう。でも性に関して貪欲な男だったら、君にハマってしまうだろうな」
 「性欲の強い男だったらってこと?」
 「そういうことじゃないんだよ。ワインにハマる人っているだろう。アルコールで酔う効果は、良いワインだろうが安い焼酎だろうが変わりはない。単に酔いたいだけなら簡単じゃないか。性欲が単に強いってのは、大酒が飲みたいってのと同じような感じじゃないかな。大量に飲んでも潰れないみたいな強さって言うか。でもワイン通っていうのは、違うだろう。ワイン通にも、大酒を飲むやつもいれば、酒量が少ないやつもいる。酒が強いかじゃなくて、色々なワインを飲んだ経験が豊富で、ワインの良さがわかって、変わったワインの味も知っているやつのことをワイン通と言うんだ」
 「なんか、分かるような、分からないような」
 「で、年齢の問題に戻るけど、ワイン通と同じく、性にこだわりをもって、グルメみたいに性を極めていくと言うのは、経験がものをいうと思うんだ。俺は50代の女が、それも、色々な経験を重ねた女が一番だと思うな。男はそういう女と刺激的なプレイをすることが一番エロスを感じるんじゃないかな?」
 A子は、グラスに残ったウイスキーのソーダ割りを飲み干した。表情から彼女が俺と話したかった遊びの卒業問題に、何らかの結論ないし解決のヒントを感じ取ったように思えた。
 「なんかよく分からないけど、若い女より中年の女が良いっていう奇特な男もいるってことで聞いておく。私ももう中毒になってるから今更彼氏だけとなんて無理だし。第一、彼氏自身も私が遊びをやめたら、つまらなくなって私のこと捨てちゃう気もするしね。取り敢えず今の生活を続けられる限り続けるわ。続けられなくなったらまた相談に乗ってね」
と言いながら椅子から立った。
 俺は
 「その時までこの店があったらな」
と、言いながら彼女を店の外まで見送った。
 外は早くも冬の気配を含んだ空気だった。
 店に戻って、ひとり、カウンターのグラスを片付ける。気づくと、俺は、A子が気にしていた年齢問題について、考え続けていた。A子は自分なりの美学と現実の自分との乖離に悩んだ。俺も悩むべきなのだろうか。俺はあまりにも自分を甘やかしていないか?
 例えば余命宣告されあと1年しか生きられないとしたら、こんなだらしない怠惰な生活をしていないで、書斎に籠るべきじゃないのか?この店を始める前に大病をして100日の入院から生還したとき、無目的に金儲けなんかしていたら人生終わるぞとの気付きがあって、俺は大きく人生の方向転換をした。今の俺にあの時の切迫つまった危機感は無い。でも今は金は無くても以前より幸福だと言える。
 もう、酒を飲んでしまったので、車は運転できない。普段なら、このあたりで店を閉めるのだが、何となく今夜はまだ帰りたくなくて、オスカー・ピーターソンのCDをオーディオにセットする。
 オスカーのピアノにベースとドラムが絡んだ音を聴きながら、「どうせ全ては途中で終わるんだな」と、ひとりごちてみる。俺もA子と同じように、美学なんかより自分の中から湧き出てくる本能のようなものに身を委ねていれば良い。それほど人間の本能、欲望、幸福感って間違っては作られていないだろう。
 店の中にはオスカーのDays of Wine and Rosesのピアノが流れている。
                              (終わり)

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