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半蔵門かきもの倶楽部コミュの4/11(月) 第八十二回文芸部A ガラス窓作『冷たい頬』(三題噺 『桜』『チョコレートドーナツ』『タバスコ』)

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 彼女の変わらずふっくらとして見える頬は、冷たくて硬くて、右に倣えで考えなしに触った後に、触った理由が見いだせなくなり、静かな混乱に襲われたのだった。

 極端に辛いものと甘いものが大好きな彼女だった。
 私とシフトが重なった、その3日前の昼休みには、コンビニの激辛アラビアータスパゲッティにロッカーにキープしてるマイタバスコを、隣の人が匂いでむせるほど掛けて頬張っていた。食後にはどこで買ってきたのか、大袋に入ったミニチョコレートドーナツを出してきて、好きなだけ食べなよぅ。と振舞ってくれたけど、甘ったる過ぎてみんな一つ食べるのがやっとだった。それだけにぽっちゃり体型なお姉さんで、職場では1番の古株で、気のいい姉御肌の人だった。
 いつも、こんな住宅地の中にある地味な職場には不釣り合いな、最新のブランドバッグを持ってきていて、彼氏のプレゼントなの。と自慢していたけれど、彼氏を見た人もいないし、色々と話に矛盾点があったので、その存在を疑わしく思われていたりしたけれど、彼女は23区内に広大な敷地を持つ、元農家の地主のお嬢様だったから、いい歳してお小遣いまでは貰ってなくても、実家暮らしでお給料全額好きに使えるだろうから、資金面では、自分で買うのも余裕だろうと思われていた。だから、まさか、職場で金銭の不正をするなんて、誰も思いもしなかった。

 第一号店として始まった其処の店舗で、初期に高卒で入った彼女が、本店が都心に移った後に支店となった其処では一番の古株で、支店長より若くとも長くて、本部に信頼されてる責任者だったから、彼女が休みのその日、客から金額の間違いの問い合わせが来るまで、誰も全く疑うことがなかった。そこからその日のスタッフがパニック。日々の手書きの日計票とレジスターの記録が、全く合っていなかったのだという。緊急に本部の人達が来て、夜遅くまで掛かって照らし合わせを行ったら、三年前に買い替えられたレジスターに記憶されていただけで数百万の誤差があったという。その前のレジスターはとっくに処分されていて、何年前から行われていたかは判らないとのことだった。
 翌日の朝、何も知らずに出勤した私は、裏口入ってすぐのスタッフルームで、彼女と支店長と事務長をしている会長のお嬢さんが深刻に話していたので、てっきり、おっちょこちょいで雑な新人の子が、ついに何か本格的にヤバイことでもやらかしちゃったに違いない。あーあ。何しちゃったのかなー?と呑気に思っていたんだけど、何も聞かされることなく店が開店して、昼近くなってから、彼女の鞄の中の名刺を見て掛けてきたという、警察からの電話を私が受けてしまって、前日や朝の経緯も何も聞いていなかったから、ただ用事があって帰ったと聞いていた彼女が、ビルから飛び降りて即死したといきなり聞かされて、意味も状況も飲み込めず、パニックになってしまった。電話を保留にして震える声で支店長に取り継ぐと、その場にいた前日に不正を見つけてしまった2人が、嘘でしょう?嘘でしょう?と半狂乱で泣き崩れてしまった。
 とりあえずその日は午後休業になって帰された。
 私は元々週3のバイトだったから、何も聞かされないまま、次の出勤日が翌週以降に延期になった。

 彼女が横領しての自殺で、遺族と賠償金の話し合い途中である手前、偉い人は表立っては葬儀には出席しないけれど、下々が行くのは自由とのことで、4日後の日曜に仲良くしてた6人で葬儀に参列した。詳しい経緯は、その連絡の電話の時に初めて聞いた。
 彼女の家は、低層マンション群に囲まれた、広くて古い和風建築の平家で、低層マンション群は全部彼女の家の土地なのだと、何度も遊びに来たことがあるという古株の一人が言っていた。そう言われると、マンション群が田畑だった時代の情景が、目に浮かぶような建物だった。
 葬儀にはご両親と妹さん以外には、私達の他3,4人しか来ていなかった。
 ビルから飛び降りて即死とのことだったので、顔とか見られる状態じゃないのではと思っていたけれど、棺の中の彼女は生前と変わらないように見えて驚いた。
 最後のお別れと、みんなが彼女の頬を触るので、私も触った。彼女のぽっちゃりとした柔らかそうに見える頬は、ドライアイスのせいでカチカチに硬く冷たかった。
 どうして言われるがままに触ったのだろう?生前の彼女の頬を触ることなんて絶対にあり得ないことだし、私が死者だったら、死んだからって触られたくない。と触ってしまってから思った。私は強く動揺し後悔したのだけれど、先に触った同僚も、後に触った同僚も、シクシクと泣くばかりで、儀式の一部に溶け込んでいるようで、何も言えなかった。
 
 架空の存在じゃない、と思いたかった彼女の彼氏らしき人は、参列していなかった。ご両親や妹さんが聞いていなくて連絡出来なかったのか、葬儀にだけ来れなかったのか、真実は分からない。
 参列した6人のうち4人で、遠回りして川沿いを歩いて駅まで帰った。桜はほぼ葉桜になってしまっていて、ピンクは少ししか見えなかった。
 彼女、こんな地主のお嬢様なのに、なんでコガネを地味に誤魔化すようなみみっちい横領なんかしたのかね?けど、塵も積もって3年で数百万。13年勤務してきた彼女は、どのくらい前からやってたんだろうね?プレゼントされてると言っていた彼氏に、逆に貢いでいたんだろうか?横領したお金を貢いでいた彼氏が実在するのと、彼氏が架空の存在で、ただ見栄を張って高級ブランド品を自分で買うだけの為に散財していたのと、どっちがマシだろう?そして、バレたその足で直ぐに死を選ぶくらいなら、どうして?答えの出しようがなかった。

 一週間ちょっとぶりに出勤したら、裏口に盛り塩が置かれていて、スタッフルームにはお札が貼られていた。どこかガタンとかカタンとか音がする度、みんなが息を呑む。
 一週間で、彼女はすっかり悪霊扱いになっていて、そのことがむしろ気味が悪かった。
あんなに仲良くて、彼女が亡くなる数日前にも楽しく飲みに行って、大騒ぎして盛り上がったりしていたのに。彼女がお金の罪を犯そうが、私達には優しく楽しい姉御だったのに。
 帰りの夜道、溢れる涙を指で拭って自分の頬に触れたら、棺の中の彼女の冷たく硬い頬の感触が蘇ってきて、人目も憚らずその場に蹲って号泣してしまった。

 卒業後にはそのまま正社員になる予定だったのだけれど、悪霊の彼女に怯える雰囲気の職場が堪え難くて、嘘の理由で早々にバイトを辞めてしまった。
 あれから十数年も経って、今や彼女の名前すらぼんやりとしか思い出せないけれど、彼女の冷たい頬の感触だけは、鮮明に指先に残っている。
 

コメント(8)

すみません。
4/11は参加出来ないのですが、書くだけ書いてみたので、お暇な折にでも読んでご感想等いただければ幸いです。
最初の書き出しの「ふっくらとして見える頬」って、実は、死者の頬だったのが 読んでいくに従い判明して、「そういうことだったのか」と、『右に倣えで 触るって一体何なのだ?』 の疑問が氷解する作りは見事です。『彼氏』は、実在していて欲しかったですが、おそらく、98%の確率で、単なる見栄だったのでしょうね。最後の「感触だけは、鮮明に指先に残っている」で終わる〆は、ピリッと締っていて上手です。
>>[2]
読んでいただき有難うございます。
葬儀に行った時に、出棺の前に棺に花を入れる時、恋人やパートナーや親子ならまだしも、生きていたら全然に触ることのない人達が、馴れ馴れしく頬や手に触る雰囲気が前から違和感があって、そこを中心に書いてみました。
けど、この話のエピソードの7割は過去の体験を元に書いています。
文中では十数年と書いてますが、20年以上も昔のことですが。。。
「凄く勢いがあるけれど難解だな」という制作物に、稀に出会います。ちょうど今日に観た映画も、その類いで自分の中で咀嚼しきれない…
文意も伝えたい内容も読めてはいるのですが、解釈しきれずにモヤモヤする、そんな深みのある文章ですよね。
日記で掲載されたものから三度ほど読み通しているのですが、心にモヤっとしたものが遺される、読み手の心を揺さぶる逸話だと思います。
>>[4]
読んでいただいて有難うございます。
例の如く、あまり何も考えずに書いているんですが、むしろ日常的な光景の中にある、割り切れない心のモヤモヤみたいなものが書きたいのかもしれません。
>>[5]
>割り切れない心のモヤモヤ
そうですね、これまで拝読した作品が4つありますが、話として完結はしていても後引かれてしまうテーマなものだなぁ〜と思ったりしています。
心の中で熾火でくすぶっていようが炎のように燃え盛っていようが、止めどなく筆から紡ぎ出されるものがあることは羨ましい。

読んでいて思う些末なこともあるのですが、文章の書き方など後から幾らでも校正可能なものなので、勢いのままに書き連ねられるのは良いことだと思います。
>>[7]
読んでいただき有難うございます。

そう。
肉親であっても、生きていたら、小さい子供でも無い限り親の頬に触る機会なんてあまり無いですよね。
勿論介護になれば、清拭などで触るのでしょうけど。
長編小説は書いてみたいけれど、そこまで広げられるストーリーが浮かばないです。
長編となると、やはり行き当たりばったりで書くことも出来ないでしょうし。
でも、いつか。。。

また日程が合う時があればお邪魔させてください。
宜しくお願いします。

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