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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第八十一回 秋緒作 「しわしわデート」

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あったかいものを抱いている感覚を覚えながら、目が覚めた。

部屋を出てリビングの時計を見ると、午前5:00。
ずいぶんな早起きだが、気分はいい。なにか、いいことが起こる予感がする。
テーブルに座り、去年の誕生日に買ってもらったペンタブを開いて、背景をいろいろ塗りつぶしてみる。

―…きれいなものが描きたい。

心の底から純粋な欲求が生まれてくる。こんな気持ちを絵にできたら。
しばらく画面に集中して作業していると、耳障りな声が飛んできた。

「げー、またやってる。朝っぱらからよくやるね」
「うるさいな。いいじゃん」
「ま、いいけどさー。なんか暗いじゃん?現実的に考えて、イラスト描けても
将来の役に立たなそうだし」

姉ちゃんはぼりぼり頭をかいて、呆れた目つきを投げかけてきた。来年大学受験を控えている姉ちゃんは、近頃しょっちゅう「現実的に考えて」自分の意見を押し付けてくる。ぼくはすっかりしらけて、タブレットの電源を落とした。

「姉ちゃん、今日、遅くなるから」
ぼくはそう言って階段を上る。後ろから姉ちゃんが声をかける。

「なになに?いっちょ前にデート?」
「ちげえよ!」

ぼくはうつむいて答えた。にやける顔をかくしながら。


先週まで冬物コートを着こんでいたのがウソみたいな陽気の中、ぼくはジャケットを羽織り、桜並木を通り過ぎる。みんな桜の写真を取ったり、子供がわめいてたり、町はにぎやかな空気に満ちていた。

ぼくは待ち合わせのカフェで窓際の席に通されると、スマホを開いた。

『ごめんなさい!遅刻します。十五分までにお店に向かいます!』

ぜんっぜんかまわない。いくらでも待てちゃう。
とはいっても落ち着かなくて、スマホ画面と窓の外を何度も見比べる。

「お決まりですか」

ギャルソン姿のお兄さんが、こちらに気づいてにこやかに話しかけてきた。うわ。きょろきょろしすぎた。ぼくはなるべく落ち着いた声で返事する。

「いえ、連れ…の人がきたら、注文します」
ぼくの連れ。思わずその言葉ににやけてくる。

彼女との出会いはSNS。お互い、女児向けアニメ「すいーと・クラッシュ!」のファンで、意気投合したのだ。

友達にスイクラファンはいないし、ぼくのほうでも大っぴらに布教するつもりもない。だから、学校の外で語り合える仲間が欲しくって、そんな時に出会った女の子だ。

『演出が前の話とリンクしてたなんて、気がつかなかったよ。詳しいんだね』
『ブルー太郎さんならきっとできるよ。応援してる』

彼女…つぼみさんは事あるごとにぼくを褒めてくれた。
一人でだってスイクラはめちゃ楽しい、けど、好きなもの誰かと共有できるって、すごくいい。ぼくはつぼみさんとやり取りするのが好きだった。そんな彼女と、きょうはスイクラの映画版を見に行く約束をしているのだ。

彼女、いくつなんだろ…。

いっつもぼくのほうが色々知ってて、教えることとか多いし、年は近いんじゃないかな。年上だとなんかやだ。姉ちゃんみたいにうるさそうだし。

想像画でも描いてみようか。ぼくはタブレットを取り出した。
背は低めで、髪の毛は肩くらいとか。
意図していなかったけど、なんだかぼくの好きなキャラクター、りーらんこと「小牧りいら」ちゃんに似てくる。

突然、バァン!と窓ガラスが揺れて、ぼくは驚いて顔を上げた。

どうやら窓のすぐそばを歩いていた人がバランスを崩して、窓ガラスに手を
ついたようだ。

「あ…」

彼女は髪をかき上げ、自分の手のひらの先にある、ぼくの顔を見つめた。手足が長くて、長いまつげをした美少女だ。意味深な瞳は、ぼくになにか問いかけるようで…。もしかして、もしかして。ぼくはどきどきして口走った。

「つ、つぼみさん…?」
「うん!おまたせしてごめんなさいねえ」
「ふぇっ?えっ?えっ?」

声のほうに振り向くと…カフェのぼくのテーブルの前に、いつの間にかおばあちゃんが立っている。まだら模様のターバンを巻き、ラフレシアみたいな柄のカーディガンを羽織っている。

え、何この人。テーブル間違えてない?

窓の外の女の子を見ると、彼女はいぶかしげにこちらを見返し、そのまま通り過ぎてしまった。

「あれ?まっ…つぼみさん…?」
「はい!遅れてごめんなさいね。ブルー太郎さん」

年代もののハスキーボイスを響かせ、老女は右手を伸ばしてきた。ぼくは訳も分からないままその手を握り返す。掌はしわしわで、若々しい肉付きなんてまるでない。

おばあちゃんじゃん!!

「ブルー太郎、本名は、空っていいます。…中学二年生です」
「あたしはつぼみのままでいいかい。歳はねえ…確か七三とか、そんなだよ」

ぜんぜんつぼみじゃないじゃん。

「あら上手。それって、りいらちゃん?」
つぼみさんはテーブルの上に出しっぱなしのタブレットを指さして言った。

「これは…その、そういうんじゃないです」
なぜだか恥ずかしくなって、慌てて片付ける。

「へえ。画が趣味っていいねえ。あたしの趣味はヨガだよ。瞑想とかも毎日してるんだよ」
「そうですか…」

どうしよう。全然興味ない。「その…」ぼくは窓の外を見て、話題を探した。

「もう春ですね。来る途中で、桜並木を通りました。人がいっぱいで、みんな写真撮ってましたよ」
「へえ。早く散ればいいね」
「天気がいいからしばらくは…って、散れば…?」
「散ればいい。あんなの」つぼみさんは楽しそうに言った。

返事に困る。何この人。何か別のことを喋ろうとして、つい本音が口をついて出た。

「ぼく、もっと若い女の人だと思ってました…」

つぼみさんはまったく気にしない調子でからから笑う。

「あたしは、空さんってもっとお兄さんかと思ってたよ。ずいぶん若いこと」

彼女はティーカップを手に取り、口へ運んだ。その手つきは上品だったけど、しわしわの唇がカップにぴったりくっつくと、ぼくはなんともいえない気味悪さを感じた。

「ああ、人心地ついた」
つぼみさんはそう言って上着を脱いだ。下に着ているカットソーはスイカの種を並べたような柄で、乱視のぼくは目がちかちかする。脚を組みなおしたとき一瞬靴がみえたんだけど、スパンコールがびっしりのハイヒールだった。

帰りたい…。

勝手だなって、わかってる。勝手に期待したのはぼく。けど、しょうがないじゃん。理解していることと納得することは、別のとこにある。

孫とおばあちゃんって言うんなら、まだありなんだけど。
けど、デートの相手だと思うとさ…ってか、デート?その単語を発するだけでめちゃ落ち込む。

「若いのに、いろいろ知ってて偉いね。いつも色々教えてくれて、助かってるよ」

ああ、さっきまでならこのやり取りにときめいたかもしれない。でもこれって、ぼくを尊敬してくれる女の子っていうか、孫を褒めてくれるおばあちゃんだったわけで…

「観察力もあるよ。ほら、いつだったかさあ、戦闘中に歌が流れてたとか、あたし気づかなかったよ」
「45話のこと…?」
「そうそう!空さんに言われて後から見返したらさ、ちょうどひなぎくが振り向いたときにサビがながれてて、よかったわあ。あれ、ひなぎくの曲なの?」

は?ぼくは思わず身を乗り出して言い放った。

「何言ってんだよ!あれは一期のテーマソングでしょ?ちゃんとクレジット見てた?四人全員の曲じゃん!間奏明けはりーらんがアップになったし、他にもみどりちゃんもリンドウも見せ場あったっしょ?」
「そうなの?ちょっとわかんなかったわ」
「もう!つぼみさんていっつもそう!ひなぎくしか見てないんでしょ」
「ごめんねえ。かわいすぎるもんだから。ああ、映画楽しみだねえ」

つぼみさんは楽しそうににこにこ笑っている。
そっか、この感じ、いつものやり取りだ。落ち着くけど、ちょっと悔しい。

「さてと、そろそろ行きますかね。手でもつなぐかい?」
ふざけたんだろうけど、ぼくはぞっとして手を後ろに結んだ。

店を出て、ヒールの小気味よい音を鳴らしながら歩くつぼみさん。後ろから、なるべく距離をあけて続くぼく。かくしてぼくらのデートが始まってしまった。


そもそも「おばあちゃん」って、苦手だ。
それは、父方のおばあちゃんのせい。あの人ときたら、いつもテレビの前で横たわってて、そう、自然チャンネルで見たゾウアザラシってやつ。あいつに似てる。

それでいてもんくが大好きで、毎年一度会うたびに、ぼくら家族はお父さんから順にダメだしされる。
「遊ぶのはやめて、勉強しなさいよ」「将来いい仕事につけないんだから」ああだこうだ…

そういえば、姉ちゃんっておばあちゃんに似てきてるかも。格差遺伝ってやつかもしんない。
…とにかく、うんざりする。世代が違う人って、話が通じないんだ。きっと言葉からして、ぼくらと違うんだと思う。

世の中のおばあちゃんが全員そんなじゃないってことも知ってる。でもやっぱり、理屈と納得って違う。


今日の映画館は人気のない場所を選んだ。
ぼくはスイクラが好きだけど、なるべく秘密にしたかったから。それが功を奏した。おばあちゃん同伴で映画なんて、ださすぎる。

しかし、座席についてぼくは拍子抜けした。百席の座席に、親子連れが三、四組くらいしかいない。目立ったりはしたくないけど、こんなのあんまりだ。

「なんでこんなに人が少ないんだよ。みんなもっとスイクラ見るべきだよ。人生損してるよ。ねえ!」
同意を求めてつぼみさんを見ると、パンフレットのひなぎくに見入っていて、聞こえていないみたい。
ぼくはひとり憤慨しながら席に着いた。

ぼくの訴えと憂うつ…そんなもんは映画が始まれば全部吹っ飛んだ。

クラッシャーズのみんなはいつもよりずっとかわいくって、ずっとかっこよかった。
両手で敵をつかんで地面に叩きつけるとこなんか、もう最高。イラストに描きたいポーズがたくさんあって、わくわくした。

その上ドラマもちゃんと描かれてる。メンバーみんなの見せ場があるんだもん。りーらんとひなぎくがダンスするシーン。少し涙ぐんでしまった。

エンドロールを見終えて、興奮気味にぼくは言った。
「よかったですね!ぼく、ひなぎくたちのシーンすごく感動して…あれ?」

つぼみさんが隣にいない。
彼女の姿を探すと、すでにドアに手をかけて、ホールへ出ようとしている。

慌ててその背中を追いかけるが、つぼみさんは一向に立ち止まらない。
「ちょっと、ちょっと待ってよ!」声をかけても、こちらを振り向きもしない。

外へ出て、道路を渡り、近くの公園に入り、ベンチを見つけると、やっと立ち止まってそこに腰かけた。

「何だよつぼみさん。無視なんかして、勝手だよ」
ぼくは不満たっぷりに抗議したが、彼女はうつむいたままだ。

深く息を吐き、サングラスを外す。彼女の、人がよさそうな小さな目が現れる。
その表情を見てぼくは驚いた。

彼女は涙をこぼしていた。

「えっ、えっ?何ですか、おなかでもいたくなっちゃったんですか」
「…れ…れた、おどっ…かと」

彼女は口をへの字に曲げて、何とか言葉を発しようとしていた。こぶしを握り、体全体で涙を抑え込もうとするものだから、小さい子みたいだ。

「…ひっ…ぎく、踊れて…」
「映画のこと、言ってるんですか?」

つぼみさんの推し、ひなぎくはダンスの上手な女の子。でも映画のストーリで敵の罠にかかって、踊れなくなってしまう。仲間に応援されて、彼女はまた踊ることができたんだ。

「うん、よかったですよね。ひなぎくはいつもしっかりしてるから、踊れなくなってはらはらしました」
うん、うんとつぼみさんは深くうなづく。
感情移入しすぎじゃないかと思うけど、ここはファンとして、馬鹿にしちゃいけないとこだと感じる。

ズビと鼻をかんで一息つくと、彼女はぽつりとつぶやいた。
「…りいらがいてくれて、よかったよ。ほんとに」
「うん…」

「女の子だけど、ヒーローだよ。その人がやりたいことを、信じてくれるんだ。あたしはひなぎくがいっとう好きだけど、ヒーローだって思うのはいつだってりいらだね」

ぼくは深く息を吐いて、呟く。「すっごいわかる…」

「りーらんは…手を差し伸べてくれるんだよね。みどりちゃんもリンドウも、それで救われてる。でもさ、でもさ、みんな、いつもがんばってたじゃん。
ひなぎくはずっと練習してきたじゃん…そういうとこ見て…信じてるから。
人は成長できるって、信じてるから……うぐっ」

一年近く彼女たちを応援してきた。つらいとき、やばいとき、四人は一緒にいた。ぼくの中で思い出が渦を巻いて、高まって、ついに決壊してしまった。涙が止まんない。

何だよ公園のベンチで泣いてるばばあとガキって。
怖いよ。しかも女の子が見るアニメで泣いてるし…全然まじで意味わかんない。けど泣けるもんは泣けるんだ。

しばらくして落ち着いたころ、つぼみさんがベンチの真ん中に紅茶をおいてくれた。
いつの間にか、自販機で買ってきてくれたみたいだ。

「映画よかったね。45話超えた…」
「もちろんだよ。いつだって、新しい話が一番面白いじゃないの」

ぼくらはそれから映画の感想を言い合った。語るべきことは無限にある。二時間でも三時間でも余裕だ。

スイクラの思い出とセットで、ずっとぼくらはこんな風に語り合ってきた。
そうだ。
この人は、得体のしれないおばあちゃんじゃなかった。ずっと、ぼくの友達だったんだ。


ぼくらは浜辺に来ていた。
公園に小学生たちが集まってきたので、ベンチは明け渡した。

歩きながらさんざんアニメの話をし尽くしたから、浜辺では無言で、お互い好きに過ごした。
つぼみさんは座禅を組んで海を眺めて、ぼくはタブレットで絵を描いていた。

「瞑想って、楽しい?」
「そうだねえ。楽しいともいえる。やってみるかい?寝転がってやってもいいんだ」

ぼくは頷いて、浜辺に仰向けになった。空は雲ひとつなく、青々としている。陽は西のほうに傾き始めて、まぶしくない。

「どうやるの」
「まず呼吸。鼻から吸って、口から出す。ゆっくり、体が上下するのを感じるんだ。何か思い浮かんでも、それを手に取らなくてもいい。考え事をしたくなったら、呼吸することに集中する…」

やってみたけど、むり。
服に砂が入りそうだとか、おなかすいてきたとか、いろんな雑念が浮かぶ。ふだん、雑念とか意識していない時よりひどい。

「むずかしいよ。無にするってやつ?何も考えないなんて、やったことないもん」
「じゃあこういうのはどうだい。川の真ん中に立って、流れてくる木の枝とか、きれいな魚とかを、ぼんやりと見送るんだ。見送るだけで、とらわれない。それが、キラキラの宝石でも、牛のうんこでもね」

ぼくはあきれて身を起こした。

「つぼみさん。そういうの下品なワードで喜ぶの、せいぜい小学生までだよ」
「あたしから見れば、小学生も中学生もそうかわらないよ。…要は、うまくいかなきゃ空さんのやり方を作ればいいんだ」
「勝手に作っていいの」
「かまいやしない。いい寄り道さ。まずは何でも楽しくやること。これが大事だよ」

―…つぼみさんって、人生楽しそうだね。そう言おうとして、何となくやめた。

彼女は海に向かって、夕陽を浴びて、目を閉じていた。
まるで全ての中に混ざろうとしているみたい。横顔は、彫刻のように凛としている。

「どうかしたの」気配を感じ取ってか、つぼみさんが聞いてきた。
「うん。ちょっと待ってね…できた!ねえねえ、見てよ」
「まああ。これって」
つぼみさんは足を崩して、うれしそうに声を上げた。

タブレットの画面の中に、海を見つめて目を閉じている彼女が描かれている。
「あたし、横から見るとこんななんだね。なかなか鼻が高くていけてるじゃない。絵が上手だこと!他にもあるんでしょ、見せてよ」

ぼくは保存済みのイラストを何枚か見せた。姉ちゃんが勝手にみるのを除けば、絵をだれかに見せるのは初めてだ。画面が変わるたびに、「すてき」「きれいねえ」とか反応してくれるのがうれしい。
「これは好きじゃないわ」とかも言われたけど。

「将来は絵の仕事につくの?」
「そんなの無理だよ。これは趣味」
「あら。無理なんてことはないわよ。若いんだもん」
つぼみさんは歌うように言ってのけた。

「若いだけなんて何の取り柄でもないよ」
「今は世界とつながれる時代よ。さがせばいろんな仕事が見つかるはずよ」
ぼくは少し、むっとする。

「それは恵まれてる人の話でしょ。現実的に考えたら、無理だと思う。もっと会社に入ったり、しっかり働かないとだめなんだよ」

言ってから思った。これって、ぼくの言葉じゃない。
けれども、みんなそう言うじゃん。ネットにだって書いてある。そういう…ぼくより大人の人間が言った言葉に、いったいどうやって逆らえばいいわけ?ぼくの気持ちなんて、もう隅っこのほうにおいやられて、すっかり小さくなっている。

ぼくらはしばらく黙った。無言の中、波の音がやさしく寄せては返す。

「まじめな優等生だったわ」
唐突につぼみさんが言った。彼女の語りは続く。

「あたしね、親に逆らったことなかったし、小さいころから兄弟の面倒もよく見てた。お見合いも決まってね…すごく安定してたわ」

ぼくは、いぶかしげに彼女の脱ぎ捨てたハイヒールを見た。夕陽を浴びて、ぎらぎらしてる。
「つぼみさんが?」

「そうよ。お見合い相手のお母さんとも仲良くなってね…家に遊びに行った、その帰り道のこと。ちょうど桜の時期でね、月明かりに照らされた、一本の桜の木があったんだよ。満開に咲いた桜の花が、ぞっとするほどきれいだった…」

ぼくはその光景を思い浮かべた。桜って、今じゃにぎやかな場所にあったり、ライトアップされているから、ちょっと特別な感じがする。絵になる、と思う。

「きれいだったろうね」
「そうね。けど、ムカついたの」

「えっ」
「きれいな花をみればみるほど腹が立ってね、抑えきれなかった。どういうわけかは知らないよ。そっからだよ。もうめちゃめちゃ。お見合いは断るし、親とは絶縁、あげく、仲間を見つけて海外へ出かけてね…」

太陽が水平線につかりはじめていた。海にかかった光の道をながめながら、ぼくは彼女の話をぼんやりと聞いた。

泊まる予定のホテルが雨季で水没していたこと、お金がつきかけて、寺院で食事の施しを受けたこと。そこで、旦那さんになる人に出会ったこと…
ひとりの女の人の人生が、物語のようにぼくの中に響いてくる。
両親と仲直りしたこと、旦那さんはもう亡くなったこと。
それでも彼女の物語は続いていて、いま、ここにいること…

「あのときついた火が、いまでもあたしをたきつけるんだ。やりたいことは、いくらでもある。その先で出会える人はいくらでもいる。やりたいことがあるなら、それは人生の近道なんだよ」

彼女はターバンを取り、もどかしいような手つきで乱暴に髪の毛を解かした。
銀色の髪を風になびかせ、ぼくのほうを見て笑う。
瞳の中に燃えるようなぎらつきが一瞬光って、ぞくりとした。若いころの彼女に出会った気がした。
まばたきすると、もうその女の人はいなくなっていた。

「…ぼくも、好きなことをしていれば、今度は若くてかわいい女の子と出会えるってこと?」
つぼみさんはぼくの腕に軽くパンチして言う。

「もちろんよ。あたしが紹介してあげてもいいのよ。もっとも、あたしにとっちゃ、14歳も50歳も、そう変わりはないけど」
ぼくもお返しに、軽く彼女を小突いてやった。

そうして夕陽が沈むのを見送って、ぼくらは別れた。


うちに帰ってから寝るまで何をしていたか、全然覚えていない。
何かしなくちゃいけない。そんな意識が消えずに、ぼんやりしていた。
ベットに入っても、なかなか寝付けなかった。

「呼吸を整えて…考え事をやめて…」
今日教わった瞑想をためしてみたが、やっぱりどうでもいいことばっかり思い浮かんで、うまくいかない。

瞑想とか、よくわかんない。
つぼみさんの桜の話は、だいぶよくわからない。


ぼくはやりたいように想像することにした。

そう、たとえば…
太陽から生まれた小さな火の玉ひとつ。それはつめたい宇宙をさまよって、数々の冒険を経て、奇跡的な軌道でぼくの頭に降りてくる。
火の玉は脳みそをすりぬけて、ぼくの中へ沈んでゆく。ちゃぽりと音をたてて、水の世界に潜り始める。おなかに、じんわりとしたあったかさが広がってゆく。

―…きれいなものが描きたい。

ぼくは確信に似た予感を抱きしめていた。きっと描けるって。
ゆっくりと目を開けて、深呼吸する。そして、ペンを手に取った。

コメント(1)

こんにちは。秋緒です。

この作品は「出会い系の待ち合わせでおばあちゃんが来たら、男の子はどう思うかな…」という軽い思いつきで書いてみました。

これほどポップなノリ(主人公がアメリカのティーンみたい)の文体ははじめて書きましたが、割と自分らしくまとめられたかな?と思います。

文芸部ではどうぞよろしくお願いします。

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