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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第81回文芸部A ガラス窓作「桜と光」(テーマ選択『桜』)

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 ネコの鳴き声がする。と、ミチカが言った。
 道の横のどぶ川を覗き込んだら、数日の暴風雨で流れ込んで溜まったゴミの中に、猫がいた。鳴いていなかったらドブネズミかと思うくらいの大きさの仔猫だった。
 一番近いマミナが、お父さんの釣りで使ってる網を取りに走って、結果、テレワーク中のお父さんを連れて戻ってきた。マミナのお父さんがゴミと一緒に猫をすくった。猫は泥だらけだったけれど、両耳がホッチキスで止められてるのは分かった。後から聞いたらあちこち骨折もしていて、火傷の痕もたくさんあったって。マミナのお父さんが虐待動画を見つけて、獣医さんが警察に通報したおかげで、犯人は捕まったって聞いたけど、仔猫は獣医さんで死ぬか生きるかのままだった。
 マミナとミチカのマンションはペット禁止だし、ナナカはお母さんが猫アレルギーだから、元気になったらうちで引き取るのは決定だったけど、マミナが勝手に獣医さんでサクラって名前でカルテを作っていた。うちの猫になるなら、私か私の家族が名付けるのが本当じゃない?
 桜の花びらの中にいたから。とマミナは言うけれど、確かに暴風雨で散った桜の花びらも流れ着いててもおかしくはなかったけど、私にはビニール袋や空き缶とか子供用の黄色い長靴の片方なんかのゴミの記憶しかなかったから、見てるものって、人によって違うんだなぁ。まぁ、ビニール袋とか空き缶って名前になるよりは良かったよね。
 獣医さんから奇跡的に良くなって退院して、サクラはうちの猫になった。連れ帰った日に、一緒に拾ったミチカとマミナとナナカのグループLINEで報告したら、三十分でみんな見にきた。サクラはマミナが買ってきた猫じゃらしのオモチャには反応しなかったけど、ナナカのキーホルダーにじゃれついた。
 一週間は元気で、二週間目も大丈夫だったのに、三週間目のある日、サクラは何も食べなくなった。息も苦しそう。私は仕方なく学校に行って、その間にお母さんが獣医さんに連れて行ってくれたけど、行ってキャリーバッグを開けた時にはもう死んでたんだって。獣医さんも心臓マッサージとか色々してくれたけど、生き返らせるのは無理だったんだって。
 その夜三人にそのことを報告して、次の日が祭日だったから、あのどぶ川に流れ込んだ花びらの桜は丘の上の第二公園のだろうということになって、その根本にサクラを埋めて弔うお葬式しようということになった。
 本当は、一昨年にひいお婆ちゃんのお葬式で着たワンピースで行くつもりだったんだけど、全然入らなかったから、普通の黒っぽい服で行ったけど、みんな色も気にしない普段着だった。猫だし。そうか。そうだよね。
 お母さんの古いけど綺麗な柄のスカーフで包んで持ってきたサクラをみんなに見せて、みんなで泣いた。順番にサクラの遺骸を抱いて、残りの三人で桜の木の根元に穴を掘った。けど、硬くて、誰が持ってきたシャベルで掘っても、なかなか掘れなかった。そんなこんなでわぁわぁ言っていたら、知らない若い男の人が割り込んできて、私の腕からスカーフごとサクラをむしりとった。
 ビックリしすぎて、声も出なかった。誰かがキャーとかワーとか言ってた気もするけど思い出せない。この猫!お前らが俺を通報しやがったんだな!みたいなことを怒鳴られて、逃げなきゃと思ったんだけど、動けなかった。サクラの遺骸が投げつけられたところに行こうとしたら、足が縺れてよろけたところを蹴り飛ばされた。何度も蹴られた気がする。そこから覚えていない。
 気がついたら病院で、お母さんが泣いていた。サクラを虐待した犯人は、猫への虐待は物を壊したのと同じ程度の扱いでしかないから、罰金刑ですぐに釈放されてしまっていたんだって。今回は人間に暴行したから当分出てこないから大丈夫だって言われた。仲の良い人は勿論、普段話したことがないようなクラスメイトも順番にお見舞いに来た。恐くて逃げられずに犯人に蹴られただけの私なのに、死んだ仔猫の遺骸を守った英雄みたいに目立つ子達からも持ち上げられて、居心地悪かった。
 沢山検査をして深い部分には異常が無かったから、怪我の腫れが引いて歩けるようになって、お医者さんに大丈夫だと言われて退院した。病院から駐車場まで歩いて、家の車に乗って帰ってくるのは平気だったし、明後日から登校だと言われた時には、本当に楽しみで待ち遠しかったのに、登校するために家の門から出ようとしたら、何の関係もない男の人が横切った瞬間、急に目の前が真っ暗になって動けなくなってしまった。結局その日は学校に行けずにぼんやりと過ごした。次の日は車でお母さんに校門の中まで送ってもらって、一緒に校舎に入ったけど、病院にお見舞いに来てくれた時には大丈夫だった担任の男の先生に会った途端に、目の前がぐるぐるしてきて動けなくなってしまった。入院中も良くしてもらって感謝してるのに、何でだかわからない。ごめんなさい。ごめんなさい。と先生に届かなくなってから泣いた。
 サクラを虐待して私を暴行した犯人は留置所にいて、その犯人でもない男の人達が私に危害を加えることなんてないことは、何度も何度も言われなくても解ってるんだよ。怖いなんて思うのおかしいのも解ってる。というか、怖いと思ってるワケじゃないの。頭では大丈夫なつもりなのに、むしろ心では親しみを持ってる人にすら、気持ちが悪くなったり、気が遠くなったりするの。どうしてなんだか、自分がわからない。
 私のために、引っ越しをすることになった。実際、裁判中でまだ決まってはいないけれど、犯人はそんなに長くもなく出てくるかもしれなかった。ナナカやマミナやミチカの家族も引っ越しを考えてるみたいだったけど、とりあえずはうちの家族だけ、お父さんの職場に近いオフィス街の高層マンションに引っ越した。今までの自然あふれる郊外とは全く違う真逆の環境の方が忘れられるんじゃないか。と大人達が言ってるのは聞こえるけど、そんなことじゃないんだよ。だけど、自分でもわからない。学校に行けなくても遊びに来てくれてたナナカやマミナやミチカと会えなくなるのは悲しかったけど、だんだん三人のお荷物みたいになってきてるのも解ってたから、離れられて良かったのかもしれないとも思った。
 新しい小学校は、オフィスビルの中にあって、住んでるマンションの前に来るスクールバスに乗れば、学校の入ってるビルまで連れて行ってくれて、外を歩く必要がなかった。ビルには小学校に直通のエレベーターがあって、他に入ってる会社の人達と一緒になることもなかったから、割とすぐにお母さんの付き添いなしでも登校出来るようになった。あれ以来、若い男の人が苦手になってしまった私にちょうど良かったことに、新しい学校は女の先生が多くて、男の先生は年配の先生ばかりだったから、学校で動けなくなることは無かった。学校で一緒にいる友達は出来たけれど、外に遊びに行こうと言われると自信がなくて、あまり仲良くなりきれなかった。
 桜の開花予想のニュースが流れて、サクラのことを思い出した。あの事件から十ヶ月以上が過ぎていたことに気付いた。もうすぐ私も六年生になる。誰に言われたわけでもないけれど、中学生まであと一年の間に、出来なくなった色んなことを克服したいと思った。
 だから、桜が咲いたらサクラのお墓がある第二公園に行きたい。と言ってみた。お父さんもお母さんも、せっかく普通に生活できるようになってきたのに、行ったらまた事件を思い出して元に戻ってしまうんじゃないかと反対したけれど、どうしても行かなくちゃいけないような気がしたの。
 久しぶりに四人のグループLINEを開いて、そのことを書いた。ナナカ以外の二人が引っ越しをしてしまっていたけれど、親達が連絡を取り合って、桜の開花宣言が発表された次の日曜日に、親達も一緒に第二公園に集まることになった。
 晴天の第二公園の桜は満開で、あの事件の日とは全く別の場所みたいに見えた。会ってない半年足らずの間に、なんだか三人とも大人っぽく変わっていた。だけどマミナがあんまり小さい子みたいに泣くから、つられて私もナナカとミチカも泣いてしまった。
 ネコの鳴き声がする。と、不意にミチカが言った。まさか。と耳を澄ますと確かに声が聞こえた。桜の木の間から、茶トラの仔猫が現れた。サクラはグレーの多い三毛猫だったから、勿論サクラの幽霊なんかじゃない。泥まみれじゃないし、耳にホッチキスも付いていないし、怪我もしていない。そっと抱き上げたら、仔猫はゴロゴロと喉を鳴らした。サクラの生まれ変わりではないのかもしれないけれど、この仔猫に呼ばれてここに来たような気がした。
 サクラじゃなくて、なんて名前がいいと思う?とマミナに聞いた。「ヒカリ」とマミナが即答した。光の中から現れたからなんだって。その光は、私にも見えた。

コメント(3)

初めまして。
初参加初投稿のガラス窓です。
ものごころついた時から、厳密には、ひらがなカタカナが覚えたところで、それが何かを理解してなくて、ある日大人に読んでもらうのが当たり前だった絵本が、とっくに自分だけで読めてたことに衝撃を受けた日に、チラシの裏で自作絵本を作った日から、将来の夢は作家でした。
小学生の時は作文読むとアンコールの嵐だけど、コンクールに出すと小学生らしくなさすぎて賞には引っかからない、いじめられっ子だけど授業中は人気者みたいな謎キャラ。
中高は女子校で、女子中高生が喜びそうなキャラクター重視のSFファンタジーみたいなのを書いてコピーしたのを配って、友達や友達の妹の学校とかで人気になってファンレターとかもらってイイ気になってました。
高校卒業したら読み手がいなくなって書く気が薄くなったのと、文化系から体育会系にシフトしてインカレと国体選手目指していっぱいいっぱいに。
最初の大卒後会社員になった時に、当時女子に対する期待が低過ぎてパワーと時間を持て余して、暇つぶしに業務後シナリオセンターでシナリオの本科卒業しました。
が、その後、自分自身の周辺がえらいことになって、実生活が昼ドラか韓流ドラマかくらいアップダウンが激しくなって、フィクションの世界より自分の体験がヘヴィ過ぎで、小説にもドラマにも映画にも、絵空事に面白さが見えなくなってしまいました。
そんなこんなだったのですが、そろそろ今の仕事やめよっかなーと思うにあたり、子供の頃の夢を思い出して、今更作家を目指してみようかなあと、昨年、カルチャーセンターの童話教室に入ってみて、児童文学というジャンルに興味を持ちました。
この作品でフィクション復帰4作目です。
が、カルチャーセンターは先生が年配のせいかコロナが波打つたびに休校になるので、1作しか見せれてなく。。。
中高生の時のキャラクター重視のを書いてたのと真逆の感じに、逆にシナリオとも真逆の感じに、セリフを最小限にした小説的小説で表現してみたいと思っています。
拝読する限り、ちょっと毛色が違う感じみたいですが、よろしくお願いいたします。
>>[1]
「半蔵門でゆるい読書会」の管理人をさせてもらっていますJONYと言います。「半蔵門かきもの倶楽部」にようこそ。
「桜と光」を拝読させていただきました。不条理な被害は理由なくいきなり受けること、それがトラウマになり心の傷が生活を変えてしまうことが、リアリティのある共感できる文章で伝わってきて、「私」に感情移入でしました。「サクラ」・「ヒカリ」の使いかたが上手で、最後の段落がこの作品の読後感を最高のものに高め、読者の気持ちを温かくしてくれます。
これからも、こういうテイストの作品を読ませていただけたらと思いますので、今後「半蔵門かきもの倶楽部」の中心のお一人として、活動をけん引していただけたら嬉しいです。どうぞ末永くよろしくお願いします。
>>[2]
拙文を読んでいただき、暖かい感想を有難うございます!
月曜日にお会い出来ることを楽しみにしております。
宜しくお願い致します。


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