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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第七十二回 あつし作「謎の美少女」(初詣・餅・駅伝)

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「軽く目を閉じ、手のひらを上にして膝の上に置いてください」
声に合わせ、友香里はあぐらを組んだ足の上に両方の手のひらを置く。
東京中野のスタジオ《パレスサイド》で行われているヨガ教室だ。
「今の呼吸を感じてください」
いつもならしっくりくるヨガ講師・余儀一の声が、
今日は上手く入ってこず集中に向かわない。
薄目を開けると、都と順子の間に座る少女の姿が目に入った。
昨日のことが思い出される。

いつも連れ立っている都と順子、3人で初詣に行った帰りだった。
ちょっとだけ飲もうと、神社近くの居酒屋に立ち寄った。
初めての店だったが、和のテイストで統一されていい雰囲気。
女子大時代からの気の置けない3人ということもあって、
たらふく飲んでたらふく食べた。
問題は正月だけ特別に出しているという、締めのお雑煮だった。
出てきたのは、すまし汁に焼いた角餅と鶏もも肉・青菜のお雑煮。
「違う!こんなの雑煮じゃない!!」3人は同時に叫ぶ。
「餅を焼いちゃいかんがね」友香里が声を上げる。
「具材を丸くするのぉ、忘れてはるしぃ」都がおっとり微笑む。
「鰤はどうしただ・・・」おろおろと順子がつぶやく。
3人とも、いつもは隠している方言が思わずこぼれる。
友香里の出身地・名古屋では、お雑煮の餅は焼かない。
白い餅を焼くことは「城が焼ける」につながるため、
縁起をかついで鰹だしで煮て柔らかくするのだ。
小松菜とかつお節だけでシンプルにいただく。
名古屋城を何より愛す名古屋人に、焼き餅は許せないのだろう。
都が育った京都のお雑煮は白みそベース。
家庭円満や物事が丸く収まることに願いをかけていただくから、
煮た丸餅に里芋・京にんじん・大根など具材はすべて丸く切りそろえる。
円滑を愛す京都人の美意識に、四角は馴染まない。
順子は、伝統を大事にする長野県民。長野のお雑煮には、鰤が不可欠だ。
江戸時代、富山から山を越え運ばれてきたぶりの塩漬け。
海のない長野県民はその希少さに感謝し、ハレの日にいただく。
長寿県らしく、鶏肉や野菜など具だくさんなのも忘れない。
「人生は戦いよ、戦いにはまずお城でしょ」
「まぁ怖い。何事も丸くあればいいのよ」
「海の幸にきちんと感謝しないと・・・」
と掘りごたつから身を乗り出し、大きな声で言い争う。
その時だった。
友香里たちの座敷に、走り終えた駅伝ランナーのように、
ドスンと少女が倒れてきたのだ。
10代にも20代にも見える、髪の長い美少女。
「大丈夫!?」友香里が頬を叩くと、
透き通るような白い肌に血の気が戻る。
さいわい軽い貧血のようで、大きな問題ではなさそうだ。
トイレに行った帰りに気分が悪くなったという。
戻りますという少女を、
「いいから、しばらく座ってなさい」
と友香里が強引に引き留め、掘りごたつに引き込む。
その時、一枚の写真が少女のポケットからこぼれ落ちた。
法廷の写真に見えた。
傍聴席の後ろから隠し撮りしたような感じで、
何人かの傍聴人の後ろ姿の合間に、被告人と弁護人が立っている。
正面に裁判席、向かって右奥にかすかに検察席の字が読み取れる。
「これは…?」友香里が尋ねると、少女は目を伏せる。
時間をかけ、聞きだしたのはこんな話だった。
地元の友達に呼び出されこの店にやって来ると、
子どもの頃の友達の一人が覚えの無い容疑で逮捕されたという。
保釈金をみんなで集めているので、協力してほしい。
そうして裁判の様子を隠し撮りした、この写真を見せられたという。
知り合いが逮捕された事実にショックを受けた少女は、
トイレの帰りに倒れてしまったのだという。
もう戻らなきゃと席を立つ少女に、
「不安を落ち着かせるための良い方法がある。明日ここに来な」
と無理やり、ヨガ教室に誘ったのだ。
少女がいなくなるや、胡散臭いなと友香里が2人の顔を見る。
詐欺かもしれないね、順子が応える。
相変わらずおっせかいだなあ、都は微笑む。

言われた通り、少女は教室にやって来た。
教室が始まる前、3人は少女を連れ立って講師のところに向かう。
「ヨギー先生、新しい生徒を一人連れてきたよ」
「ありがとうございます。嬉しいなあ」
友香里の言葉に、余儀が締まりのない笑顔で微笑む。
身体はしっかり締まっているのに、もったいないことだ。
「私たち以外に生徒がいないんじゃ、この教室潰れちゃうよ」
「ヨギー先生、何か集客活動を考えましょうか」
「まあいいんじゃない。何とかなるわよね、先生」
友香里の言葉に続き、順子も都も勝手なことを言う。
ヨガ講師というと美意識高く、颯爽としたイメージがあるが、
余儀は四十過ぎのいい歳なのに、蚊が止まるほどゆっくり話す。
だから余儀が一言話す間に、3人が次々と言葉を挟むこととなる。
そして気がつくと、言わなくていいことまで話してしまうのだ。
今回も少女との出会いから事情まで、すっかり話してしまった。
ひょっとしたら詐欺かもということは除いて。
「それは大変ですね。そういう時は確かにヨガが一番です」
余儀は相変わらずのだらしない顔で大げさに頷き、
さあやりましょうかぁ、と立ち上がる。

冒頭の呼吸法から太陽礼拝を経て、次は今日のポーズだ。
友香里は余儀の動作をまねながら、つい少女を見てしまう。
細身の体に手足が長く、色が透き通るように白い。
切れ長の目の上のまつげは長く、小さな口と鼻。
口紅をつけているわけではないのに、唇の赤さが目立つ。
表情がなく悲しそうに見えるのが、美人なのにもったいない。

「パリヴルッタトリコナーサナ、ねじった三角のポーズ」
余儀が声を張る。
「前屈の態勢から、大きく右足を後ろに引いてください。
 両足をしっかり踏み締め、土台を作っていきましょう。
 大地の力を両足に感じ、身体の中心に引き上げて」 
(ヨガをやっている時は、格好いいんだけどな)
「呼吸を忘れずに、しっかり息を吐いて。
 両手を左右に開き地面と平行に、視線は左手に。
 そうしたら両手を地面と平行にしたまま左手方向にスライドして、
 上体を左側に移動しましょう。
 右手をねじりながら下げ、左足の外側の床に手をついて。
 外側が難しい方は、左足の内側でも構いませんよ。
 反対の左手は上に伸ばしましょう」
余儀に倣って左手を伸ばしながら、友香里は違和感を覚える。
(何かおかしい。何だろう)
「足はどっしり大地を踏み、両手は上と下に引っ張り合うように。
 身体が気持ちよくねじられ、伸びていることを感じながら、
 じんわり深めましょう」
(右手を下に、左手を上に…)
「分かった!」友香里は叫ぶと、ポーズを止め少女に問いかける。
「あの写真、もう一度見せて!」
少女もポーズを止め、友香里に言われるがままカバンの中から、
法廷の様子が映った写真を取り出す。
「ほらここ検察席が法廷の右にあるでしょ。裁判席から見ると左」
都と順子もヨガのポーズを止めて、写真をのぞき込む。
「でも本当の法廷では、検察席は法廷の左側なのよ。
 だからこの写真は偽物なの。あなた騙されてるのよ」
少女が友香里を見上げ、頷く。
「私が話つけてあげる。その友達の連絡先を教えて。さあ今すぐよ!」
そう言って少女の手を取る。
「ヨギー先生、ありがとう!先生は分かってたんだね」
と言うや、少女を連れて友香里はスタジオを出ていく。
後には余儀と都と順子の3人が残される。
「そっか、だから先生、今日は逆だったんだ。おかしいと思ったもん」
「そう言えば、先生いつもは向かい合う私たちが分かりやすいように、
 右手でやることを左手で、左手は右手でやってくださいますもんね」
「今日は私たちが右手の時、先生も右手でやってたから、あれって。
 これを気づかせるためだったのか、ヨギーすごいじゃん」
「さすが先生、ありがとうございます」
都と順子の褒め言葉にも、余儀は困ったように微笑むばかりだった。

「今日は本当にありがとうございました」
スタジオ《パレスサイド》近くのカフェで、少女が頭を下げる。
「解決して良かったわ」友香里は誇らしげだ。
友香里が少女の友達にいきり立って電話すると、
その勢いに怖気づいたのか、あっさり白状したという。
法廷の写真は撮影スタジオで撮ったものらしく、
都内にはさまざまな場所を模した撮影スタジオがあるのだという。
「さすが東京よね。京都には神社仏閣の建物だったらあるけどね」
「でも名古屋城は無いでしょ!」
「日本アルプスの美しい山だって・・・」
順子がそう言いかけて、「あれっ」とスマホを差し出す。
「でも法廷って、検察席が左か右か決まってないって書いてあるよ」
「嘘っ!」3人は顔を見合わせる。少女は俯いたままだ。
そこに、4人が頼んだ飲み物が次々とやって来た。
「まあ、いいか。解決したんだから。マギーに騙されたな」
コーヒーカップを傾けながら、友香里が言う。
「本当よ、マギーまぎらわしい!」都は小さくカップに口づける。
「いやマギー先生というより、友香里の早とちりじゃ・・・」
順子は苦笑する。
「あの〜」少女が微かに聞き取れる小さな声で言い、顔を上げる。
「もしよかったら、皆さんの仲間に入れていただけないでしょうか。
 私、東京に友達がいなくて」
「いいわよ〜。ちなみにあなたどこ出身なの」
「私は・・・」
その時、余儀がヨガマットを入れた大きなカバンを背負って、
店の前を通っていった。
友香里は大きく手を振り、都は小首を傾げ微笑み、順子は静かに頭を下げる。
余儀は面の笑みで応え、立ち止まってさ・よ・う・な・らと、
子どものように口だけ動かして挨拶すると、去って行った。
3人は少女のことを忘れたように、その後ろ姿を眺めていた。

コメント(2)

面白く謎解き推理小説みたいで楽しく読めました!
何となく最後の会釈の仕方で人物像が自分なりにイメージできて、続編あったら読みたいような作品です。
>>[1]
嬉しいお言葉、ありがとうございます!励みになります。
また書いてみたいです。

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