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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第六十二回 JONY作 『門限破り』  (三題噺『桜』『どら焼き』『感謝』)

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 携帯にかかってきた見知らぬ番号の電話には普段は出ない。しかし、時刻は、夜の23時を回っている。こんな夜中に営業の電話ではあるまい。何より、鳴らし続ける03-****-0110という発信者番号が気にかかった。8回目のコールで、自分の店の戸締りをして帰ろうとしていた俺は電話にでた。
「夜分に失礼します。こちらは、**警察署です。Kさんですか?」
「はい。Kですが」
「A子さんをご存じでしょうか?」
A子というのは、読書会の女子だった。
「はい。A子さんが何か?」 
「A子さんは、鶯谷の飲食店から通報がありまして、相当酔われてましてお一人でお帰しするのが危険な状態でしたので、現在、**署で保護しています。東京では親戚がKさんしかいらっしゃらないとのことですので」
「……」
「身柄引受人としておいでいただきたいのですが」
「……」
「来ていただかないと、A子さんに保護房で一晩泊まっていただくことになりますが」
「わかりました。これから伺います」

 30分後、**署を訪ねると、1階の受付カウンター前は夜中にも関わらず、泣いて目の周りを真っ黒にした女や、韓国語で怒鳴っている労務者などでごった返していた。玄関を入って、数歩も歩かないうちに、
「あなたは、どうされましたか」
と、カウンターの中で、暴走族風の半裸の男を乱暴な言葉で威圧している最中だった若い警察官が俺に声をかけてくれた。いきなり割り込まれた形になったモヒカン頭も、振り返って俺を睨みつけたが、首筋に派手なタトゥーをしている男の剃り落とした眉の下の目元はまだ少年を思わせる稚さが残っていた。
 俺が簡単に来意を告げると
「ご苦労さまです。二階の地域課です」
と若い警察官は階段を指さした。

 地域課なる部屋では、さきほど電話をしてきた中年の警察官がお茶をだしてくれた。バーの経営では通りが悪そうなので本業の名刺を出し、身分証明証を示し、身柄引受の書類に署名する。しばらくすると、婦人警官に連れられて、A子がやってきた。もうすっかり酔いが醒めている様子で足取りはちゃんとしていた。
 俺はA子に頭を下げさせて、
「ご迷惑をお掛けしました」
と詫びて、地域課を後にした。
 警察の駐車場をA子と並んで歩きながらふとみれば、夜『桜』が綺麗だつた。行きにはまるで気付かなかったのは俺も動転してたのだろう。
 助手席にA子を乗せる。彼女は、黙っている。
 俺は、車を発進させながら、客から土産でもらった虎屋の『どら焼き』を手渡した。彼女は、無言で受け取ると一口食べて、
「うまい」
と言った。
「おいしいと言わなきゃ。女の子は。いとこちゃん」
「ごめんなさい。警察の人が家の人に迎えに来てもらわないと帰すわけにいかないって言うから、家は熊本で、無理って言ったら、東京にはだれか親戚とかいないのかって聞くから、Jさん(俺の通称)のことを思い出して、いとこならいますって言っちゃったの。ほんと、いとこなんて嘘ついて迷惑かけてごめんなさい。でも、私、たんに飲みすぎてつぶれていただけなんだよ。それなのに、警察に逮捕する権利あるの?」
 さっきまで静かだったのが、車が警察署を離れるにしたがって、いつもの元気さを取り戻してきたみたいだった。
「逮捕じゃなくて、保護だよ。めいてい者規制法ってのがあるんだよ」
「ふーん」
 車は、昭和通りの手前の信号にでた。右折すれば秋葉原方向、左折すれば千住方向になる。
「君のところまで送っていくよ。どこに行けばいい?」
「葉山」
「は?」
「逗子の隣の葉山」
「嘘だろ?都内で誰か泊めてくれるヤツとかいないのか?」
 俺はとりあえず首都高入谷から入った。浜崎橋で、できれば右の都心環状線の芝公園方向に行きたいもんだが。
「俺にだって、門限ってものがあるんだよ」
「へえ。びっくり。Jさんが門限に縛られているなんて似合わない」
「誰か泊めてくれるの、いないのか。Lineの友達欄をスクロールしてみろよ」
「ねえ。門限って何時なの」
「午前4時だよ。もう今2時過ぎているだろ。葉山まで送っていったら門限に間に合わなくなるだろ」
「ははは。ウける。4時って門限意味あるの」
「そんなことより、君のこと狙っている男とかいないのか。電話でたたき起こせよ」
「いないよ。そんなの。私の会社、横浜だし」
 浜崎橋ジャンクションで右の芝公園方向への分岐を見送り、そのまま、左の横浜方面へ進み、レインボーブリッジを渡った。
「わー素敵」
橋から見渡す景色は確かに綺麗だった。左下の湾の向こうには、晴海の客船ターミナルが、進行方向にはお台場の観覧車が見える。車は橋の先で横浜方面の分岐に入り、海底トンネルに入った。
 ポケットからスマホを取り出す。運転しながら文字は打てないので、音声通話をする。
「あ、俺です。今日は帰るのが遅くなるよ。酔ったお客を送るので。はい。わかりました。気をつけます」
「Jさん。奥さんに敬語なんだね」
「うるせーよ。誰のせいだよ」
車は、湾岸線を走り、つばさ橋、横浜ベイブリッジをわたり、横浜横須賀道路を抜けて、逗葉新道を通って相模湾の海に突き当たった。時刻は午前3時を回っていた。助手席のA子は、いつの間にか気持ち良さそうに寝息を立てている。俺は車の音楽のボリュームを絞り、渚橋の交差点を左に曲がり、葉山元町方向に車を走らせた。
「おい、起きろよ。葉山に着いたぞ」
A子は、両肘で自分の頭を守るように覆い隠し、
「今、何時?」
と眠そうな声をだした。
「3時13分」
「まだ、早いじゃない」
「早いじゃなくて、遅いんだよ。だから、帰って寝るんだよ。君の部屋はどこ?」
「吉祥寺だよ」
「えっ」
俺は絶句した。
「葉山って言ったじゃないか」
「うん。葉山で海見たいなと思って。でも暗くて見えないね。海からの日の出が見えるかな」
「葉山は西向きだから日の出は山からだよ。明日会社はどうするんだよ」
「お休みだよ」
そうか、今日は金曜日だった。というか今はもう土曜日になっている。気づくと、A子は再び可愛い寝息を立て始めている。
俺は外にでて、助手席のドアをあけてシートを思い切りリクライニングさせて、後部のトランクから持ち出した毛布をシートの上で上手に横向きになって寝ているA子に掛けた。彼女の顔をじっくりと観る機会など今までに無かったが、その寝顔は、女の色香と少女のあどけなさが混じり合った魅力に溢れていたが、表情はどこか頼りな気で、寂しさをたたえていた。俺は仔犬を撫でるように、その頭をなでてドアを閉めた。
春の葉山の町はまだ肌寒く星が綺麗だった。これから吉祥寺まで移動するのはどのくらいかかるだろう。あくびがでて俺自身もかなり眠くなっているのに気付いた。
俺は運転席に戻ってエンジンをかけ、半島の先の○漁港を目指した。

朝の光と漁船のエンジン音で目覚めたとき、一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
防波堤の内側に車を停めて仮眠していたのだと思い出し、助手席のA子を見れば普通に熟睡している。ドアの内側のポケットにいつも差しているミネラルウォーターの小さなペットボトルを引き抜き、港の海に口を濯いで水を吐き出した。身体の節々が痛い。
腕時計の針は6時を指していた。車のバッテリーでフルチャージになっているスマホで、LINEを開く。並んでいるトークの中から妻とのメッセージをタップする。
03:45既読『まだ、客を送っている途中です。眠くなったので、安全な場所に車を停めて仮眠します』
これに対して返信が入っていた。
4:10『門限超過罰は現金10万ということで(今月二度目のときは20万です)。とにかく交通事故を起さないことが第一なので慎重にね』
俺は、今の状況を返信しようとして、何を書いても嘘臭くなると思い、電話することにした。子供のいない俺たち夫婦の生活は、俺が、午前2時就寝、午前10時起床で、妻は、午前7時就寝で午後3時起床。部屋もベッドもパソコンも別々で、なるべくお互いのプライバシーを尊重するようにしている。そうでなければ、他人と一緒に何年も暮らす事などできやしない。この時間は元歯科技工をしていた妻は録り溜めたドラマを観ながら趣味の彫金をしているはずだ。
コンクリートの桟橋を歩きながらスマホをコールし、防波堤の突端の灯標までたどり着いたときに、電話が通じた。
『おはよう。ぼくです』
『おはよう。車ぶつけたりしてない?』
電話の向こうでは韓国ドラマのセリフが聞こえる。
『してないよ』
『ガソリン入れておいてね』
『分かりました』
『今日は不動産の仕事はないでしょ?夜バーは開けるの?』
『いや』
『じゃ、食事してきてね。帰ってくる時、起こさないように静かにね。あ、オリーブオイル切れているから買って来れる?』
『大丈夫。任せて』
電話はそれで切れた。どんな客かも聞かれなかった。俺が、男を送るはずも無いので、女と2人であることは知っているはずだ。なのに俺と女の関係より車の心配か。前の女房から自分が俺を奪ったように、俺が別の女に奪われてしまうとは思わないのだろうか。それほど自分に自信があるのか。それとも、もう、オヤジになった俺など、誰も本気で相手にしないと思っているのか。
 防波堤から見る春の海は朝の光に輝きちりめんのような皺が海面に寄っていた。遠くで鳶の鳴き声がした。
 車に戻るとA子は起きていた。
「おはよう。Jさん。海、めっちゃ綺麗だね。まじ『感謝』だよ」
「気分はどうだ。頭痛いならロキソニンあるぞ」
「ぜんぜん。元気だよ。電話していたの彼女?」
「彼女じゃねぇよ。家だよ。門限破った言い訳したんだよ」
「奥さん怒ってた?」
「カンカンだよ。追い出されるかもな」
「じゃ私のところに住まわせてあげるよ。家賃Jさん持ちで」
「家を出たらそうするよ。じゃ、行こうか。どこの駅が都合いい?」
「えええっ」
A子は、不満の声をあげた。
「こんなに良い天気なのに?海辺をドライブしようよ。海岸沿いに伊豆までさ。明日は日曜だし」
「馬鹿言ってるんじゃないよ」
俺はとりあえず車を漁港からだして、北に、走る。何にしろ、国道134号線を江ノ島方面に移動だ。A子を片瀬江ノ島で降ろせば下北沢乗換で吉祥寺に帰れる。
時刻は朝の7時を回ったところだった。これだけ早いと道は空いている。すでに由比ケ浜の海岸が見えてきた。江ノ島でA子を落とすか、それとも乗せたまま西湘バイパス使って伊豆まで行ってしまおうか。俺は真剣な顔つきでカーオーディオをいじっているA子に声をかけた。
「昨日、鶯谷の飲み屋で君が泥酔する原因になった男の話を一切しないと約束できるか」
「え?」
「俺も面倒な話はしない。お互いにしてもいいのは、旅行の話とか趣味の話とか子供の頃の話とかだけだ。それが約束できるなら伊豆で魚でも食べようか」
A子は、俺の言葉の意味を理解するのに一瞬間があったが
「やったあ」
と運転中の俺に飛びついて来た。
「おい、危ないったら。いいか、シャワー浴びようって誘っても、それは、シャワー浴びたいからだ。ベッドで寝ようって、誘っても、それは本当にベッドで寝たいからだ。今日は何にもせずにボケッと過ごしたい気分なんだ。面倒な相談とかは一切無しだ」
「うん。解った。いいよ。まずはコンビニに寄ってよ。色々、下着の替えとかも欲しいから」
 昨日の夜に最後の客を送り出した時には、まさか今日A子と湘南をドライブするなんて思ってもいなかった。A子とは昨日まで特に親しいわけでもなかった。バーをやっているせいか、A子くらいの距離の女友達はたぶん10人以上いる。「恋愛未満」とでもいうべき距離だ。妻とは恋愛を超えていつしかセックスも必要としない「恋愛以上」の距離になっている。正直、俺にはそのどちらも居心地が良い。「恋愛以上」が「恋愛中」に変化する可能性は少いと思うが、「恋愛未満」が「恋愛中」に化ける可能性には溢れている。明日の自分がどうなるのか解らないって、結構、素敵なことなのかもしれない。
 車は、江ノ島を過ぎて、茅ヶ崎あたりを走っている。バックミラーに朝日が反射して眩しい。
(終わり)

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