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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第33回たかーき作「ぶれ続けるという意味ではぶれてない(仮題・未完)」

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始めた時には理由があったはずなのに、その理由を忘れたまま進んでしまう事はないだろうか。
まあ、それを言いだすなら俺がこの会社で働いてることもそうなのかもしれない。
人間というものはそんなもんなんだろう。何かの目的があったから、仕事を作って、一生懸命それに携わり始めるが、いつの間にか仕事そのものが目的になってる。
そんなことは、まあ多分、社会のどこ行ってもあるんだろう。
…で、うちの小さな会社も、まさにそのご多分に漏れない。
うちは、まだ立ち上がって10年、社員数は30名前後の、小さな会社。一応ベンチャーと言っていいんだろうが、もともとはSNS関連の会社だった。
うちで立ち上げたサイトは、SNSとしては後発だったが、一応そこそこの利用者数を獲得でき、使ってる人には「親切な対応をしていただいている」と言われて人気もあった。それが最近は、SNS自体大手に顧客を奪われ、国産のSNSは軒並み低迷。そんなわけで、培ったノウハウを生かしてソーシャルゲームの開発を始めた。
大ヒット、と言えるゲームはまだない。ソシャゲ市場でも後発だし、いまいちオリジナリティも少ないゲームが多い。ただ、王道のゲームという点では安定した人気につながるのか、開発してきたゲームはどれも黒字だし、会社もなんとか回していける程度の儲けは出せている。
うちの会社は何かと新規参入には出遅れるのだが、幸い収益性の高いジャンルに集中できているから大きな失敗はしない。それに、何かと人が良く、ユーザを大事にしようという社風のおかげで、シンプルなゲームであってもお金を払ってくれるユーザを、少なくない人数で獲得できている。そういう理由でここまでもってきた会社だ。
既に辞めた初代の社長も、その後会社を引っ張った二代目の社長も、口先では「今年こそ我が社しかできない事を!」みたいに言っていたけど、実際は「いい人どまり」な人たちで、事業的には、他社が切り開いてくれた新しい市場に後追いで三番手、四番手くらいに入っていき、成功している会社のドジョウ狙いでおこぼれに預かってるだけのような気もする。

そんな会社で、今俺は、スマホゲームの開発・運用をずっとやっている。
え?今やってるのはどんなゲームかって?
それが、今回のはちょっと…ものすごく微妙なんだ。システム自体はよくある課金ゲームと同じなんだけど…言葉を選ばずに率直に言うと、全然面白くないんだ。マジで。これでは、いくらなんでも人気出ないと思う。

「お前も、もっと意見出せばいいんだよ、矢田」
と、同期の松本は俺に言った。
「お前、絶対いいアイディアあるだろ?せっかく、うちみたいに意見の言いやすい会社にいるんだし、上の言われたとおりに開発するだけじゃ、面白くねーだろ」
「ああ…それはそうだけどさ」
俺は松本に反論した。こいつは俺の代で唯一残ってる同期で、かなり忌憚なく話ができる。今もこうして、二人で飲んでいる。
「会社としては確かに意見は言いやすいけど、あのリーダーに限っては、どうせ聞いてくれないよ。松本こそ、フロント立ってるしコミュニケーション能力も巧みなんだから、なんとかしてくれよ」
「あのなあ…」
「松本、前も言ったけど、俺はあくまで開発側の人間でいたいんだ。開発やる側の人間がアイディア出すと、どうしても技術先行で考えちゃうからさ」
「どういうこと?」
俺は説明した。
「うまく言えないんだけど、要するに、技術力を見せつけたくて滅茶苦茶きれいなグラフィックのゲームを作ろうとしちゃう、とかさ。そういうのって開発してる人間は面白いけど、本当にユーザが求めてるシンプルで面白いゲームとは違うだろうし。俺、ユーザのニーズとか全然勉強してないからアイディア出すの違うと思う」
「じゃ、勉強してくれよ。大事なのってそっちなんじゃないか?ニーズ。お前は俺と違って、結構上からも評価されてるんだから、お前が言ってくれたら、このゲームの仕様も結構動かせると思うんだよ」
俺は、松本もちょっと他力本願だなあ、と内心思った。確かに力になってはやりたいが、俺には俺の事情がある。
「俺は、そんな評価されてないよ。コミュニケーション能力も低いし。うちに技術部隊が少ないから、何とか今の立ち位置にいれる程度の人間だよ」
「いやいや、コミュ力全然問題ないし。普通に優秀だよ?お前が気づいてないだけで。上もお前が意見が欲しいんだよ」
「うーん…」
「だってさあ、今やってる『必殺!野球神!』って…どう?面白いと思うか?あれ。そもそも、『こういう層になら』っていう枕詞が付いてもいいから、お世辞にもユーザ獲得できると思う?」
「まあ…それは確かにな。俺も思ってるけどさ」
「酷いよな。今度のは本当に大コケだな。Google Playの評価欄見たけど、星いくつだか知ってる?」
「ああ、もちろん毎日チェックしてるよ。イヤー、すごいよ。安定の星5!」
「そう!稼働して3ヶ月、ずっと星5!はあ…」
お気づきの方も多いと思うが、要するに「ずっと星5」というのは、そもそも評価をつけている人自体殆どおらず、ちゃんとした平均値すら取れないという意味だ。本当によく評価されているアプリは、星5評価が大多数、それから星4,3,2と減るたび数が減少していく(なぜか星1だけはやや多いのだが)という形。だから平均して星4.5から4.8くらいのものが本当にいいアプリだと思われる。
「いやー、すっばらしいね!評価付けてくれたユーザが、俺らのサクラを除いて、まだ8人ですから!…はー、気が滅入るわ。」
「ぶっちゃけ、俺も暇になってきたよ最近。少数でも下手にユーザー付いたら、いきなり辞めるわけにも行かないからバグ対応要員や、カスタマーサービス要因としてもアサインされてるけど、やることないんだ。これ、会社的にも結構ダメージなんじゃないのか?」
「あのリーダーが、無理に一人でなんでも仕切った結果だよ。会社的には、このゲームはさっさと切り上げる事になる。折角のお前みたいな技術力ある人間を、こんな下らないゲームのチームに縛り付けてるのもマイナスだろうし。でも俺は、本当に悔しいよ。本当はこの『必殺!野球神!』を成功させたかった、俺は」

松本と違い、俺は実は今の会社の心配をしている暇はなかった。
実は、転職したいと考えていた。今の会社は甘すぎるし、平凡なゲームばかりを開発して満足している。技術力より人柄で許してもらってるような甘さがあると思っていた。
だから、色々なゲームの開発や運用に携わって能力を上げたいと、土日に何とか時間を作って内緒で転職活動をしていた。まあそういう意味では、最後に失敗プロジェクトに携わってしまったのは汚点ではあったが、このゲームの運用は適当に若い社員にでも引き継いで自分は早く去りたかったのだ。

…しかし、居酒屋で一通りの愚痴を言い合った、翌日の事。
急に、あのワンマンと思われたリーダーが、頭を下げてきて、俺ら二人を会議室に呼び出した。

「松本君。矢田君。どう思う?」
「…『必殺!野球神!』についてですか?」
松本は返す。
「についてっていうか、なんだ、ゲーム作りのあり方として、良くなかった点があると思うんだ。リーダーの俺…私が、言うのも良くないんだが、はっきり言って今回はちょっと、ネガティブな結果になる可能性がある」
「赤…って事ですか?」
「まあ端的に言えばそうだ。赤字、うちの会社では、久し振りにやっちまった訳だ」リーダーは申し訳なさそうに言う。「責任は当然、私にある。何でも一人で取り仕切ろうと思い、意見の言えない雰囲気を作ってしまった」
なんだ、わかってるんじゃないか。リーダーにしては珍しく、かなり反省しているようであった。
「今更かもしれないが…、次期アップデートでは巻き返しを図るべく、二人の意見を聞きたいんだ。何が足りなかったんだろうか?」
俺らは、顔を見合わせた。
「急に何を、って顔してるな」リーダーは言う。「だが、私も今までのやり方を、全面的に変えなければならないと思ったんだ」
「そういう事なら…ごめんなさい。正直、言いにくくて黙った事があったのは、事実です。僕こそ責任があると思ってます」
「なら、松本。ぜひ聞かせていただきたい。具体的にはどういう点だ?」
「いいですか?なんか、全体的にゲームのシステムが単調すぎるとは思います」
「どういう所だ?」
松本は、自説を展開した。
「まず…ゲーム中、攻撃側のチームは、ずっとバッターを操作するだけですよね。飛んできたボールに対して、ユーザはその球を見逃すか、またはただ指でフリックしてボールを打ち返すだけです。『シンプルがいい』との経緯でそうなりましたが、率直に言って…これでは面白く無いっすよ」
「ああ、やっぱりそうか」
「スマホゲーはある程度シンプルな方がいいと言われますが、セオリーに引っ張られすぎたのは反省点ですね。ここに関してはもっと要素あってもいい。大体、ボールを打つと必ず当たる仕組みじゃないですか。で、後はファールかヒットかホームランか、しかない。これも空振りでストライクとか、デッドボールとか、リアルな野球で有り得ることは全部実装出来ればよかったです」
「そうだが、そこまで開発するとなると工数も大きいだろう」
「まだ、いいっすか?今の機能だと、ボールを打つときのユーザのフリック入力の強さや角度を計算することで、打球が、ファールかヒットかホームランになるかが計算されて、やっと次の投球に進むわけですけど…この時間もユーザはただ画面でボールが飛ぶアニメーション見させられるで、すっごい長くて退屈です。これが一回に付き最低3投球、9回続くと、流石に飽きますよ」
「わかった。厳しい意見、ありがとう。そうなると、そもそも企画段階で無理があったのかもしれないな」
リーダーは丸くなったなと思う。いざとなればこういう意見を、上下関係なく率直に言える辺り、うちはいい会社だと思う。そう思うと転職も実はためらわれるのだが。
「矢田。お前もなんかないか?」
「…いいですか?」
本当は、もうこのゲームには関わりたくなかった。しかし、やっぱりリーダーが困っているなら、何も言わないわけにはいかないと思った。
「いや…僕的に、野球ってアイディア自体はいいと思います。ゲーム的にシンプルにすべきポイントと、複雑さを残し面白くすべきポイントが、ずれてたってだけの問題化と。僕的にはコンセプトの方が大事ですね。
あの『八百万の神々を操作し、野球日本一を目指す』ってコンセプト。あ、いいとは思いますよ?古事記とか日本書紀とかに載ってる神様を、マイナーどころまで含めてキャラとして使うっていう。ただ、あんま知ってる人いないんじゃないかなあっていうキャラにまで、やたら細かい裏設定とかキャラクター紹介の文章に付けても、ユーザに伝わらないと思うんすよ」
「なるほど」
「もし、『この神は豊穣の神だから、一回のホームランで一気に十点発生させる特殊能力を持つ』とか、そんな設定に生かせたらいいですけど、ゲーム性がシンプルすぎるからそういう事もできないですよね。
あと、強い神様をガチャで当てるってシステム。あれも課金ゲームの王道ですし全然いいんですけど、『ノーマル神』と『レア神』とのホームラン発生確率がほとんど同じで、あんまガチャ引こうって思えないんすよ。その癖、稀にしか出ない『激レア神』以上になると急にホームラン量産じゃないっすか。特にあの『超激レア』の『武神 ヤマトタケルノミコト』なんて、手に入れたら毎回絶対勝てちゃうレベルで、こういう確率の数値設定ってちゃんとやらないと、ゲームとしてのバランスを完全に損ねるし、ある意味一番キモだと思うんすよね」
「は、はあ、そうか…」
「あと一番問題なのが、あ、言っていいのかなぁ」
「ん?何だ?ここだけの話でいいから、是非言って欲しい」
「いや、別にデザインにケチ付けたいわけじゃないんです。デザイナーの、3年目の鈴木君、彼もすごく頑張ってくれてるとは思うし…けど、今一キャラに魅力がないんです。写実的過ぎるし、もうちょっと若い子に受けるように、アニメっぽくデフォルメされててもいい。あと、男女問わずキャラもすごく男臭くて、なんか今時のゲームって感じじゃないですよね」
俺は、自分でも驚くくらい色々な意見を出してしまった。結構、喋りたいことは喋ったと思う。
「…いや、構わない。君の言う通り鈴木のせいではないし、そもそも私が、方向性を示す時に問題があったという事だ。率直な意見ありがとう」
リーダーは言った。そこへ、松本が口をはさんだ。
「矢田の話ですけど…例えば、思い切って全員美少女キャラとか?」
「お、いいな」と、リーダーは頷いた。「鈴木に、そういうデザインもできるか、頼んでみるか」
リーダーはちゃっかり、明日から俺達の意見を取り入れ、早速次期アップデートに生かそうとしているみたいだった。
「キャラも一度刷新して、ルールもちょっと追加した方がいいですよね。あと、アイテムも増やすとか」松本も、調子に乗って喋るようになった。「あ、リーダー、矢田のさっきの意見で、ホームラン発生確率も時期パッチで全部更新しましょうよ。あれは数値変えるだけですから対応簡単ですし」
リーダーと松本は、段々と二人で盛り上がり始めた。
「そうだな!一度バランスの取れた数値を考えてみよう!あ、そうだ!前に言ってた、新しいキャラ増やすって話はどうなった?」

俺を目の前にして、あれよあれよと、話は進んでしまった。
えっ、これ、俺が仕事増えるパターン?という気がした。
俺はそうならない事を願った…。

しかし、残念ながら、『必殺!野球神』の大型アップデート開発は、本当に始まってしまった。
翌日、リーダーがチームメンバーを集めて、「みんな!ここで一気に巻き返しを図ろう!」と言ったのだ。
そう…、丸くなったと思っていたリーダーのワンマンぶりは、全然変わっていなかった。
こうして、地味なゲームばかり出してきたうちの会社としては前代未聞の、かなり大胆で冒険したゲームの開発が始まった。

新しいバージョンでは、キャラは全て、元々が男性であった物も含め全員、やたらセクシーな体型にデフォルメされた美少女キャラばかりになった。
また、キャラが装備するアイテムも大量に追加され、デザイナーを勤める3年目の鈴木君は大忙しで、新しいキャラデザインを追加していった。

「鈴木君、レアアイテムの『聖剣 草薙の剣』を振ってボールを打ち返すヤマトタケルノミコト(女)がバッターボックスに立っている絵を、2バージョン用意してくれ」
「鈴木君、頼む。このキャラは巫女さんだから、バットではなくお払い棒を振るように変えてほしい」
「鈴木さん、キャッチャーがミットではなく、装備品の『神器 八咫の鏡』を構えてボールをキャッチできるよう仕様追加になりました。デザインお願いします」
「えー!ちょっと仕様変更多すぎませんか?」

また、ゲーム性は大幅に面白くなり、単にボールをフリックで打ち返すだけではなくなった。
「飛んできたボールを見逃した場合、ボールになるか、それともストライクになってしまうか」の駆け引き。ランナーが進むか、塁にとどまるかもプレイヤーが選べるようになったこと。
そういう野球ゲームらしい機能は、一通り追加された。
そしてゲーム性が複雑になったことで、キャラごとの強さの違いを「ホームラン発生確率の違い」だけで表現せず、「打率は低いがランナーとして強力」「ストライク率が驚異的に高いピッチャーだが時々デッドボールを発生させるリスクがある」など、多くの要素に分散させることができるようになった。
これにより、単にホームラン率の高いキャラさえ集めれば終わりというゲームではなくなり、ユーザが考えるべき要素が増えた。

同時に、アイテムを多数用意するようになった。
バッターは、剣を装備することで、バットの代わりにそれでボールを打ち返す事ができる。剣の種類によっては、打ち返した球を取った選手に対してダメージを与えることができるものや、外野を爆破させるものもある。ボールを真っ二つに斬ってしまうことで野手二人がかりでボールを取らなければならなくなるような、相手に対する妨害系アイテムもある。
ランナーには、神速で塁を回れる靴なんて装備品もあるし、デッドボールを受ければ受けるほど敵の魔力を吸収し、ホームラン発生確率をあげることができる鎧なんてのもある。

矢継ぎ早に舞い込む、仕様変更の量に比例し、俺の残業時間や休日出勤は増え、睡眠時間は削られ、転職活動に割く時間は殆どなくなってしまった。
…しかし、ともあれ3か月後、短期間のあいだに大きなバグもなく、新バージョンは無事に公開を迎える事が出来た。
そこまでの開発をやり遂げることができたのは、我ながら誇りにできることだと思っている。

「すごいですよ!リーダー!公開から3日だけでこんなにダウンロードされてます!」
松本の声がオフィスに響く。
「いやあ、本当にうれしいよ。課金してくれるユーザも増えてるようだな。これは、ぜひ君たちに奢らせていただくよ」

今まで控えめでシンプルなゲーム作りのやり方を守っていたうちの会社にとって、今回のはまさに冒険だったが、このやり方は当たったらしい。
あれほど大コケと思われた『必殺!野球神!』は、今回のアップデート以降、予想外にダウンロード数が伸びた。
もっとも、直接的な理由は、松本が広報活動を一生懸命頑張ってくれた事のおかげだ。
Google Playでの評価数も千件を超えた。
アイテムの数を豊富にしたことで、いつの間にか「必殺!野球神!超攻略サイト」「必殺!野球神!使えるレアキャラ一覧」なんてページも、かなり小規模なものだが自然と作られていた。

「おつかれ、矢田!」
やっと開発が一段落し、久し振りの三連休を前にしたある金曜日。リーダーの奢りで、俺と松本、それにデザイナーの鈴木君が、久し振りに集まって飲みをやった。
「お疲れ。いや、マジ死ぬかと思ったわ。良かった、ここまでバグもなくできて」
「本当だよ。お前マジ神だわ」
と、松本が言う。
「矢田君には、無茶ばかり言って悪かった。本当にありがとう」
こういう時にねぎらってくれるみんなを見ると、俺は本当にいい会社だと思える。忙しい合間の休日、こっそりやってる転職活動だけど、今の会社の良さを思うと時々、やっぱり留まろうかなと思うのだ
まあ、そういう優しさに甘えているのも成長がないと思うから、やっぱり転職はしたい。最近の忙しさのせいで活動は疎かになってたけど、今度こそ…。
「だけど、ここまで大幅にテコ入れするなら、アップデートじゃなくて作り直しでも良かったんじゃないですかね?」
デザイナーの鈴木君が、軽い気持ちだろうが、そう言った。
「まあ確かに、君の意見もわかる。でもねえ、なかなかそういうわけにも行かない現実も知って欲しいな」
「でも、最初のゲームのコンセプトから大分変わってるし、残すべきものだけじゃなくて、捨てるべきものもあると思うんですよね」

鈴木の意見に、俺は内心、同感していた。
うちで作るゲーム、いや、ゲーム事業を始める前のSNS時代からそうだったが、古くなった機能を捨てて新しい機能に特化する事ができない文化が、うちの会社にはある。
理由は、「人の良さ」だと俺は分析してる。もうほとんど誰も使ってないと思われるサービスであっても、「一人でも使っているお客様がいるなら」と、なかなか終わらせることができない。終了のお知らせを告知で出しても、少数のユーザから「続けてくれ」の意見をいただく度に、延長、延長の繰り返しで、新しい事業にチャレンジするのが後手後手に回ってしまう。まぁそれは、顧客を大事にするという良さでもあるのだが…。
「それで、僕思うんですけど、あの元々の、カレンダーのシステムあるじゃないですか。一年のうち一回、プレイヤーが育てたチームで、全国大会に出場できるってやつ。十月に、出雲大社を舞台にして、でしたっけ」
「ああ、あのシステムまだ残ってるな。あれは、要は、なんだ、高校野球では一年に一回、甲子園で全国大会をやるだろ?それをモチーフにして、神々が集まると言われている十月の出雲大社で、神々の野球全国大会をやる、というイメージで…」
「わかります。神無月って奴ですよね?でも、ウィキペディアみたら、神無月の語源が神が出雲大社に集まるから神がいなくなるというのは中世以降の後付けで、真の語源は諸説ありって書いてましたよー。
それに、十月だけっていうのは開催スパンが長すぎるから、いつでもユーザが大会を開ける仕様になったじゃないですか。なんでゲームに、カレンダーのシステムだけ残してるんですか?」
「うーん、それは…。どうしてだっけ?経緯覚えてる?矢田」
リーダーは、俺に質問をぶつけてきた。実は俺も、そこはあやふやで覚えていない。
「あー…いや、深い理由無いと思いますよ。ただこういう機能って、急に削除すると思わぬ所でバグが出たり、よくあるじゃないですか。それが怖いから当面残すという話だったんじゃないかと」
「でも、僕思うに、そもそも十月が神無月って言われても、あんまぴんとこないと思います。今だと、十月って言えば普通はハロウィンじゃないですか?」

ハロウィン?
あ、そうか。それで俺は思い出した。

「リーダー、そう言えば思い出しましたけど、カレンダーのシステムをゲームに残したのって、いつか現実の季節ごとのイベント、正月とか、節分とか、そういうのとリンクさせた大会を開催する仕組みを、実装する企画があったんじゃないですか?それでカレンダー、その企画を実現された時のために残して…」

と、そこまで言って俺は、「あっ、しまった、言っちゃった」と思った。
そう!リーダーの事だ、この後の展開を思うと、話を思い出させてはいけなかった。

「そうか!そういうことだ、それだよみんな。季節ごとのイベントがこのゲームにはまだ無い状態なんだ。次期アップデートでは、さらにそれを実装すれば、まだまだ『必殺!野球神!』はユーザを獲得できるんじゃないか?」
ほら来た。あーあ、これ、俺がまた開発の最前線でやらされるぞ。

「あー、それいいっすね。鈴木の意見の通りだと、僕も思いますよ。ハロウィン、なかなかいいアイディアじゃないっすか!」
と、あろうことか松本もそれに同調しやがった。おい、勘弁してくれよ、俺もう忙しいのやだ…。
「そうだな、ちょうど来週から時期アップデートの計画を立てるスケジュールになってるから、是非このアイディアを膨らませてみよう」

俺は、こうして引き続き拘束されることが確定した。

新しいバージョンでは、季節ごとのシステムを取り入れ、一月なら正月、二月なら節分…はまだいいとして、十月ならハロウィン、十二月にはクリスマス、四月にはイースター…、その他、和洋を問わずメジャーな季節イベントが取り入れられ、そのイベントごとの限定アイテムも多数用意された。

俺は、今回の大コケのゲームを見事に立て直すアイディアを多数出したと評価され、その上なんでも開発できる人間と思われているようだから、どんどん俺に振られる仕事は増えていった。
「あー、もう!時間クレ!!」俺は家で一人でそう叫んでいた。

しかし俺の願いとは裏腹に、ユーザに人気の出そうなことなら、何でもゲームに取り入れられた。
そのうちに、何を開発しているのかよくわからないことになってきた。
鎧や兜や剣を装備した、記紀神話から飛び出した八百万の神々が、美少女キャラとなり、強靭な武装の上からサンタクロースの赤いガウンや、カボチャのコスプレを身にまとった姿で、出雲大社に集結し、野球をするゲーム…。
この頃から、段々このゲームは方向感がわからなくなってきた。

5か月後、次期アップデートでそれらのアイテムが全て提供された。
そして、前回のバージョンで追加された機能やキャラ、アイテムは当然全て引き継がれたから、収拾のつかないことになってきた。しかしそれでも、一度人気の出たゲームというのはそう簡単に衰える事がない。
ゲームの人気は続いた。そして、話はこれで終わらなかった。このゲームは、段々と明後日の方向に向かって暴走を始めたのである。

コメント(6)

前回、小説家になろうとかカクヨムに連載小説デビューしようと思ってると言った作品が、中々アイディアが出ず全く続いてないので、
それは中止して、こっちの作品で連載小説デビューしようかなと、再度もくろんでいます。

なんか書いててすごく楽しかったので、是非続きを書きたい気分ではいます。

ただ、どんな結末がいいんだろう?ちょっと困ってるので、皆さんの意見も聞かせていただきたいです。
打ったらファールかヒットかホームランしかない、という描写がありますが、野手にキャッチされてアウトになるというパターンが抜けていました。
結構急ぎで書いたので、その手の突っ込みどころは多いかもしれないです。野球に詳しい方から厳しく指摘がいただけたら嬉しいです
現実にありそうな箇所、特に興味深く読ませていただきました(ドジョウ狙い、★5、あとこないだ初めてプロ野球観戦に行ってきたのでゲームのルール変更の提案のところとか……)。
ガラケー時代はモ○ゲーのゲーム中毒だったので、「わかるわかる〜」な部分と「スマホのゲームはこうなってるのね……!」な部分があったり。
スマホでもゲームしてみたいな、と思いました(笑)
この話はこの後がクライマックスですよね。ゲームが売れてポケモンGoみたいに社会現象になって国会でも取り上げられて、という展開を想像しました。

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