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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第23回れとろ作 『ヴェノムの盗賊』 其の三

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 獣同然に深い森で生き抜き、野盗の一員として数多の死線をくぐりぬけた。
 盗賊団を抜け、この猛毒の街ヴェノム・シティで都市盗賊(シティ・シーフ)となってからも、命のやり取りを数えれば十指に余る。
 死を覚悟したのも一度や二度ではない。
 それでも、デミルにとって、これほどに精根尽き果て、夜明けまで熟睡した経験はそうなかった。
 少なくとも記憶には久しくない。

 薄い壁の隙間に差しこむ曙光に目を細め、デミルは寝台から起きあがった。
 全身を、水に浸かっている時のような、鈍い気だるさが覆う。
 だが、悪い心地ではなかった。
 頭はいつになく冴えわたっている。
 屈辱にまみれ、ろくに眠ることのできなかった盗り物の夜とは雲泥の差だ。

 ふと、昨夜のことが夢幻だったかのように思え、目線を落とす。
 デミルの眠っていたとなりには、朝の薄明かりにも鮮やかな銀髪が寝乱れていた。
 
 ―――夢ではなかったようだな。

 そんな当たり前のことに、思わず安堵している自分が意外だった。
 不意に胸の辺りに湧きあがった温もりにデミルが困惑していると、プラチナブロンドの髪の持ち主が、ごそりと寝台の中で身じろぎした。

「あら、おはよう、デミル」

 自身を覗きこんでいた目線に動じることもなく、アセナは艶然と声をかけた。
 顔に浮かべた謎めく微笑も相変わらずだ。

「なんだか憑きものが落ちたような顔をしているわね。
 まあ、わたしも愉しんだから、お互い様かしら」

 アセナはさらりと毛布をはらいのける。
陶磁器のような真っ白な裸身が、朝日のもとにあらわになる。 
それを目にした瞬間、デミルの肉体に昨夜の情事の感覚がまざまざとよみがえった。
アセナは一晩中、デミルの欲望を引き出し続けた。
純粋な技術でいえば、ヴェノムの娼婦たちの方が巧みであろう。
だが、アセナの全身を尽くした反応は、デミルの心を捉えて離さなかった。
攻めたてれば燃えあがり、身を引けばすかさず吸いつく。
デミルは完全に我を忘れた。
いつの間に深い眠りについていたのかも、覚えていなかった。

精力を使い果たしたはずなのに、アセナの肌が目に入った瞬間、股間が充血するのを感じる。

「食い物を買ってくる」

 自分がまるでウブな小僧のような反応を見せたのを恥じ、デミルはくるりと背を向けた。

「盗んでくるのではなくて?」

 デミルの動揺を見透かしたように、アセナは忍び笑いをもらす。

「それくらいの金はある」
「そう。なら、ついでに服もお願いしていいかしら。
冷える季節じゃないけど、いつまでも裸でいたくはないでしょう?」
「―――人間として、か?」

 デミルが先んじて言うと、アセナは鈴を転がすような声で笑った。
 釣られて、デミルの唇も笑みの形をとりそうになり、慌ててかぶりを振る。
 
 アセナが寝台から立ち上がる、ぎしりという音が背後から聞こえた。
 デミルを挑発して、わざと音を立てているのかもしれない。

「ああ、分かっ―――」

 ほとんど反射的にデミルは振り向きかけ、気づく。
 アセナが、その裸身に昨夜はなかった装身具を一つ、身につけていることに。
 蒼い大きな宝玉を中心に据えた、銀細工の首飾りだ。
 デミルが密輸人から奪い、ドゥルガンに投げ与えられた“分け前”である。

 ―――いつの間に!?

「返せ!」

 羞恥など一瞬で消し飛び、デミルはアセナに詰め寄った。

「いやよ。どうせ盗品でしょう」

 アセナは首飾りを手で押さえ、上目遣いにデミルを見返す。
 宝飾品それ自体が問題ではなかった。
 眠っている間に奪われた、というその事実だ。
 デミルは獣のごとく、寝ている時でも周辺の気配を察知できる。
 殺気は無論のこと、何かを盗ろうとされたなら、それに気づかないはずはないのだ。
 相手の裸身を目にしながら、首飾りの存在にすぐ気づかなかったのも、あまりに間が抜けている。

 内心の動揺が、デミルの振る舞いを乱暴にさせた。
 左腕で乱雑にアセナの銀髪をつかみ、もう片方の腕で、首飾りを引きちぎらんばかりに喉輪に手をかける。
 そうされながらも、アセナは抵抗らしい抵抗は見せず、微笑を引きこめただけで顔色一つも変えない。

「放しなさい、デミル」

 ばちり、と衝撃がデミルの指にはしった。
 痛みよりも驚きで、デミルは手を引っ込める。
 何をされたのかまったく分からなかった。
 両のてのひらを見ても外傷はまったくないが、電流に触れたようにびりびりと痺れが残っている。
 
 前を見やると、首飾りの宝玉が薄く発光していた。
 陽光の反射などではありえない。
 ランプの輝きのように、宝玉それ自体が神秘的な光を宿し、アセナの肌を照らす。
 光によって、銀細工の女神像に陰影が生じる。
 影の具合がまるで微笑しているようで、アセナの顔そっくりに見えた。

 ―――なんだ、何が起こっている?
 
 不可思議な現象に、さしものデミルもどうしていいか分からず、呆然と立ち尽くす。

「ほぅら、これもわたしのものになりたがっているみたいよ」
 一方のアセナは青い光を浴びながらも、いささかも動揺を見せなかった。
 光は、あけもどろの幻であったかのごとく、すぐに止んでしまった。

「ふぅ……。少し寝なおすわ」

 アセナは、デミルの手で乱された髪を軽くかきあげ、再び寝台に腰をおろす。
 そして、もう話すことはないとばかりに、毛布にくるまり横になってしまった。

「食べ物と服、よろしくね」

 デミルは憮然となる。
だが、その言葉に従い、空家を出る以外の行動を思いつけなかった。

−−−

「食い物を買ってくる、だと……?」
 
 デミルは己の言葉の異常さに、表に出るまで気づかずにいた。
 いままでに、さらった女と一夜以上を共にしたことなどなかった。
 コトが済めば、怯える相手を路上に放り出すか、場合によっては口封じのために殺していた。
 それで良心の呵責など感じることもなければ、未練もなかった。
 
 ところが、アセナ相手には、それが当然のように空家にいることを許してしまっている。
 あまつさえ、首飾りをすられたことにも気づかずに、熟睡してしまった。
 感覚が狂っているとしか思えなかった。
 一匹狼の都市盗賊(シティ・シーフ)にとって、その狂いは致命的なものだ。

 ―――かわいそうな人。
 ―――わたしに出会ってしまったからよ。

 昨夜のアセナの言葉が胸によぎる。
 まるで、自分がこんな状態になるのを見透かされたようだ。
 
 ―――あの女は、放っておくべきだ。

 デミルの内に眠る獣の危機意識が、そう告げる。
 放置する。
 それが最良の答えと思えた。
 殺すのも路上に放るのもなしだ。
 もし引き返し、再びアセナに相まみえれば、また魔性のとりこになりかねない。
 もとより、あの空家は本拠にしている隠れ家ではなく、この街に幾つも用意している仮の拠点に過ぎない。
 このままもう、あの場所を放棄すれば、それで全てが済む。
 だが、一人になると、かえってアセナの姿が脳裏によみがえり、まぶたからはなれなかった。
 幻影を振り払おうとすればするほど、身体に刻まれた肌の記憶がよみがえる。

「おっ、ダンナ、お目が高いね」

 声をかけられ、デミルは初めて自分が何に目を留めていたかに気づいた。
 声の主は、通りの脇の露天商だった。
 そのテントに吊るされていたのは、麻の貫頭衣だ。
 草木によって深い茶褐色に染められていて、アセナの白い肌によく似合いそうだった。
 もちろん、女物の衣服だ。

「こいつは正真正銘、帝国領ガレア産の麻で織り上げた、最高級の一品でさぁ。
 服のついでに、ピアスに指輪、飾り紐も各色ご用意がありますぜ。
 どうです、奥方様の手土産に一つ」
「いらん」

 放っておくと無限に続きそうな商人の口上を一言で切り捨て、デミルは足早にその場をあとにした。

 ―――思った以上に重症だな、これは。

 頭痛がする気がして、デミルは額をおさえた。

―――

 食料と衣服の調達という目的を大きく外れ、デミルは街の郊外までやってきた。
 貧民窟、闇市場、娼館、闇市場、野盗達の根城などが散在する、犯罪都市ヴェノムでも、最も治安の悪い区域だ。
 質の悪い建物の塗装はあちこち崩れ、道は細く陽光もろくに届かない。
 すえたかび臭い匂いが充満し、物乞いや酔漢、あるいは賭博に有り金を使い果たした人生の落伍者達が、ぼろきれのように路上に横たわっている。

 デミルはその光景に、むしろほっと息をつく思いだった。
 このいかがわしい場所にやってきて、ようやく本来の自分に立ち戻れたような気になった。
 ようやく、アセナの甘い幻影から逃れられた気がする。

 ―――いっそ追いはぎでも襲いかかってくれれば、感覚が完全に戻りそうなものだがな。

 そんな物騒なことを思う。

 せっかくここまで来たのだから、酒場とは名ばかりの悪党どもの溜まり場にでも寄って、仕事(・・)を探すか。
 情報屋ギケルをはじめ、盗賊相手に情報を売る裏稼業は、この街には幾つも存在する。
 そんなことを考え、デミルがさらに旧市街の奥地に足を踏み入れた、その時だった。

 地面が揺れた。
 ついで耳をつんざくような轟音が、辺りに響く。
 それは、どごん、という空気を震わせる破裂音だった。

「……なんだ?」

 ここが冬の森であれば、雪崩でも起きたのかと思うところだ。
 頭上を見上げると、空の一部が茜色に染まっていた。
 朝の日差しでもはっきり分かるほどだ。
 その方向だけ、夕焼けが訪れたように赤く染まっている。
 相当大規模な炎が燃えているのが分かる。

 ―――火災、か?

 だが、失火では先ほどの轟音の説明がつかない。
 見ている間にも、空の朱色は色濃くなってゆく。

「あっ」

 思わずデミルは声を上げた。
 火の手が上がっているだろう方角に、何があるのかを思い出したのだ。
 異変の要因は分からない。
 だが、ともかく向かってみるべきだ。
 デミルは、轟音と地揺れに混乱する旧市街を抜け、一人駆けだした。

コメント(2)

アセナが登場してから、さらに物語が面白く引き込まれます!ほんとに丁寧に作られていて、エンタメとして成立していて……完成度が高いなぁと感じました。
やはりギャップがいい感じです。娼婦とか町の退廃的な空気を丁寧に書き上げているので、大人向けの映画のような雰囲気だったり、ハードボイルドなデミルくんだったり。
それに対してデミルくんが恋を知るような萌え要素と言っていいのか、それだけでなく、アセナのただならぬ存在感も効いていて……なんだか巧みですね〜。
そして最後に読者を引きつけて一度話が切れるのも素晴らしいです。1.2の感想で「お約束」と書いてしまったのは、たぶんこういう物語の丁寧な作り込み方が、映画を作り上げるような、気持ちいいハマり方というか?パズルのピースがはまるような……
うまく言えないのですが。お約束というのが不適切な表現だったかもしれません、すみません( ;´Д`)

それから、なんとなく砂っぽい感じの雰囲気を想像しました。
>>[1]
今回、小説というよりも2時間映画を作るつもりで描いたので本当に鋭いご指摘だな、と思います。
「お約束」というのは、自分の目指している方向性なのでむしろ嬉しいです。
個性的な作品だったり、奇をてらうような仕掛けはお約束的な物語がきちんと描けるようになったら、そのあとでやればいいことだろう、と個人的には思っています。
単に自分が王道的な作品が好き、ということもありますが。

一番始めに、ヴェノムは砂漠の街をイメージしていたので、砂っぽさはその名残だと思います。
古代ローマ、イスタンブール、アレクサンドリア等の参考資料をもとに、ヴェノムのイメージはなんとなくで作りあげています。

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