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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第六回 みけねこ作 「白月」

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鞠子と出会ったのは、大学一年生の七月だった。彼女は高校の同級生だったが、同じクラスになったことがなく、面識はなかった。
その日、たまたまサークルの飲み会で近くに座り、話が弾んだので、そのまま私の友人の松岡そのみと毬子の三人で、佐藤彩乃の家に泊まらせてもらうことになったのである。松岡そのみ、佐藤彩乃と私は、高校生の頃から親しくしていた。

私達は、女子大学附属高校の同級生だった。一学年が三百人もいるマンモス校なので名前も顔も知らない子も多いが、ほとんどの生徒が同じ女子大学に進学するので、学部は違っても同じキャンパス内にいた。
校則の厳しかった高校時代から解放されたことは、私達の外見に大きな変化をもたらした。私達は、化粧という手段で美を競うことを覚えたが、中里鞠子は、化粧を施さなくとも端正な顔立ちのとても美しい女性だった。

その夜、彩乃の母が作ってくれた夕食を済ませ、それぞれお風呂に入り、三人でリビングのソファでくつろいでいると、
「あなたたち、ちょうどいい日に来たわね、今夜、月下美人が咲きそうなのよ」
と、彩乃の母親が言った。
「月下美人?」
「月下美人の鉢植えが、玄関にあるのよ。つぼみが膨らんでいるので、今夜咲き始めたら呼ぶわね、この花は、たった一晩しか咲かないのよ。朝になったらしぼんでしまうの」
「見てみたい!」
「じゃ、咲き始めたら、呼ぶわね。香りがするからすぐわかるの」
彩乃の母は、洗い物を終えて、エプロンで手を拭きながら言った。

私達は、はしゃぎながら二階の彩乃の部屋に行き、ビールを飲みながら、花が咲くのを待つことにした。
女子が集まり、夜、話すことといえば、お決まりの恋愛話だ。
「どう、彼氏できた?」
「私は、実は彼氏はお相撲さんなの。まだ下っ端だけど」
そう答えたのは、一緒に泊まりにきていた松岡そのみだった。
「えー!そのみってそんな趣味だっけ?」
「……ていうか、幼馴染がお相撲さんになっちゃったって感じかな」
「そういう優衣はどうなのよ」
「うーん、何にもないな」。私は、突然自分に向けられた質問にどぎまぎしながら答えた。
「ほんと?」
「ほんとだってば」。私が苦笑いしていると、
「私は、今、付き合っている人がいる」。冷静な声で鞠子が言った。
「私、女の人しか好きになれないんだ……」
「え?そうなの?」と、彩乃が驚いて答えた。でも、女子校では、よくあることだった。私達は、バレンタインになると、スポーツのできるかっこいい女子にチョコレートを渡す列ができることも知っている。
「そう、幼稚園の頃からずっと。好きになる人は女の子だったの。でも、はっきりとそれが分ったのは高校生になってから」
「今、付き合っている人も、女性……だよね」
私は、少しためらいながら言った。
「そう。私、今、ジャズボーカルの教室に通っていて、その教室の先生なの。25歳」
「ジャズボーカリストかぁ、かっこいいな」
鞠子の話をもっと深く聞きたいと思っていると、
「彩乃!咲き始めたわよ、降りていらっしゃい!」
階下から彩乃の母の声がした。

私達は、階段をかけおりた。開け放たれた玄関から、甘い香りがゆっくりと流れてくる。
さっきまで、ただの観葉植物だと思っていた1メートルほどの鉢植えに白く光る花が木の実のように点在している。月の光に照らされて幻想的に輝いていた。花は、十以上は咲いているだろう。
甘い香りは、彩乃の家の玄関から庭の芝生にも広がっていた。まるで、花自体が発光しているかのように、白く浮き上がって見えた。

私達は、月下美人の香りの余韻に浸りながら部屋に戻り、敷き詰めた布団に横並びになりながら話した。
「すっごく綺麗だった。彩乃、ありがとう」
「お母さんが、育ててるんだけど、結構世話が大変で、冬になると部屋に入れるもんだから、リビングが鉢植えだらけになるのよ」
彩乃が笑いながら言った。
「この光景、きっと一生忘れないと思う」
「接ぎ木できるから、良かったらあげるよ」
酔いも回ってきたのか、私達はいつの間にか眠りについていた。

そんなことがあってから、今までそれほど親しくなかった鞠子とも、よく連絡を取り合うようになった。

「今度、ジャズを聴きに行かない?」
鞠子から誘いがあったのは、八月の終わりのことだった。
「彼女のライブなの」

私は、鞠子とふたりで、ある古びた駅ビルの地下にある小さなライブハウスに行った。
私にとって、ジャズはちょっと背伸びしたとしても、容易に理解できる世界ではなかった。
充満する煙草の煙、リズムに合わせて体を揺らす男性の姿、おまけに拍手をするタイミングなどもわからず、とても居心地の悪い場所に感じた。
驚いたことに、いつも、私の前では吸っていなかった鞠子が煙草を吸っている。
その姿を見たとき、大人になりきれていないのは、自分だけなのではないかと、この空間にいることが苦しくなった。毬子は、私の気持ちを察したのか、
「いいのよ、気にしなくても。ここに来ている人は、みんな自由だから。自分のことが素敵だと思えば、それでいいのよ」と言ってくれた。

ピアノトリオの演奏が終わると、歓声があがって、ユカリというボーカリストが青いドレスで登場した。彼女は、背の高いすらっとした女性だった。
「彼女よ」。鞠子が私の耳元でささやいた。

ユカリは、「サマータイム」を唄った。ドラムやピアノが彼女の声を追って色づけをしていく。ユカリの声が楽器なのか、楽器の音が声なのか、ハーモニーは混じり合って空気を震わせていた。背筋を撫でられたような感覚が襲ってきた。音楽と身体が融合した瞬間だった。

「鞠子、今までジャズって理解出来なかったけど、初めて分ったよ」
帰りの電車に乗っても、私の興奮はおさまることがなかった。
「でしょ、理屈で考えたらだめなのよ。彼らには、決まった楽譜もなく、演奏するたびにアレンジが違っていて、同じ演奏は二度とないのよ。その時のメンバーの気持ちで演奏が変わるんだけど、今日は、とても良かったわ」
「ユカリさんって素敵な人だね」
「うん、とても素敵でしょう」
気のせいか、鞠子の目が少し曇ったように見えた。

「お願い、迎えに来て」
毬子から、そんな切羽詰まったメールが届いたのは、九月の半ば、大雨の降る夜だった。

彼女に何があったのかとメールの返事をする間もなく、鞠子から電話がかかってきた。
「優衣、お願い、迎えに来て」。彼女の声はかすれて聞き取りにくかった。泣いているのか、激しい雨の音でそう聞こえるのか分らなかったが、鞠子にとって大変なことが起こっていることは確かだった。

「わかった、行くから。どこにいるの?教えて」
彼女は、私の家の近くの駅にいた。全身びしょ濡れになった彼女は、華奢な身体がいっそう細く見えた。
私が夜中にびしょ濡れの友人を連れて来たので、母親は心配したが、
「すみません、終電に乗り過ごして、傘もなくしてしまって。泊めてもらってもいいですか?」と頭を下げる鞠子にお風呂で温まるよう勧めた。

身体を温めてようやく落ち着いた鞠子と私は、部屋のベッドに腰かけた。
「鞠子、大丈夫?何かあったの?」
「……ユカリに彼氏がいたの」
私は、なんと声をかけていいのか分らなくなった。鞠子が女性しか好きになれないとは聞いていたが、ここまで本気だったとは……。
そして、自分の感覚では理解できない世界の中にいる彼女を迂闊に慰めることはできないと思った。

「それからね、ユカリは、ボーカルのレッスンを受けるために、アメリカに行っちゃうの」
鞠子が大粒の涙を両目から転がすように落としていく。私は、不謹慎だが鞠子を心から美しいと思った。
「優衣、迷惑かけちゃってごめんね」
急に柔らかい感触が身体に貼りついた。鞠子が私の胸に顔をうずめて泣いている。
私は、艶のある黒い髪を撫でながら、
「大丈夫。大丈夫よ」と言った。それ以外に言葉が見つからなかった。
どうしたらいいのか、目を泳がせて考えていると、いきなり鞠子の唇が私の唇を塞いだ。その柔らかさに私は眩暈を覚えた。甘く優しい香りがする。それは、彩乃の家で咲いていた月下美人の香りと似ていた。
眩暈とともに私達は塊となってそのまま倒れ込み、鞠子の真っ白で細い指は、私の胸元を優しく這い回った。
全身が痺れて動けなくなってしまった私は、ただ茫然と鞠子の指先を受け入れていた。
ふわふわの綿にくるまれて、全身を撫でられているような感覚が続いた。いつの間にか二人とも衣服を身につけていなかった。甘く、とろけるような時間が過ぎていった。
このまま永遠に続けばいいのに……。このまま。

目が覚めると、鞠子はいなかった。自分が裸であることに驚き、そして昨夜を思い出し、身体が熱くなった。
ベッドの横にはパジャマが綺麗に畳んであり、その上にメモが残してあった。

「優衣、ありがとう。私もアメリカに行く。ユカリについて私もボーカルの練習をしようと思う。いつか、ジャズシンガーになったら、聴きにきてね」

母に聞くと、昨夜から、「始発で帰ります」と言っていたらしく、母が見送ったそうだ。
「起こしてくれたらよかったのに」と、私が言うと、
「優衣ちゃんを起こさないでください。お母さんにもこんな朝早くから迷惑をかけてしまって、本当にごめんなさい」と、ひたすら謝っていたので、それ以上は何も言えなかったらしい。

その日から、鞠子とは一切の連絡を取ることができなくなった。後期から大学にも来なくなり、冬が通りすぎ、また新しい春が来ても、鞠子の姿を見ることはなかった。
彩乃やそのみに聞いてみても連絡はないという。
ふと、鞠子と行ったライブハウスはどうなっているのか見てみようと思い立ち、電車に乗って駅ビルに行ってみた。そのビルは解体作業の準備で足場を組み始めているところだった。

「すみません、このビルはいつ閉鎖したんですか?」
工事の現場監督らしき人に聞くと、
「このビル?古いから5年前に閉鎖してるよ。ただ、一軒だけどうしても解体を反対する店があってね」
「その店は、地下のライブハウス?」
「そう、元々はね。営業はしてなかったけど。一年前オーナーが亡くなって、解体することになったのさ」
「それって、女性……ですよね?」
「うん、そうだよ、70歳は越えてるかな。昔、歌手だったみたいだけどね」
「あ、ありがとうございます」

私は、逃げるように走って家に帰った。えっと、高校のとき、鞠子は誰の友達だっけ?
私の高校は、生徒の人数が多く、名前を知らない子もたくさんいたので、それほど不思議だとは思わなかった。
彩乃、そのみに電話をしてみた。
「高校の時、鞠子と同じクラスになったことある?」二人とも答えはノーだった。
「優衣の友達だと思ってた」と彩乃は言った。
私も、彩乃かそのみの友達なのかと思っていたのだ。

鞠子って誰?そもそも、そんな子いたっけ?

卒業アルバムを乱暴にめくる。
中里鞠子……
どれだけ探しても、その名前を見つけることはできなかった。

あのライブハウスでの演奏は?ユカリは?そして、あの夜の出来事は?
何ひとつ説明できることはなかった。何が本当で何が幻なのか、私に何が起こっているのか、まったく理解することはできなかった。

ただ、あの夜からずっと私の身体には、記憶に残るあの甘い香りがまとわりついているということだけは、紛れもない事実であった。

コメント(15)

いると思っていた人間が実は存在していないという設定は恐怖を感じやすいと思いました。(ネタとしてありきたり感はありますが)
ただ、それも文章とかキャラクターとかなどの工夫で乗り越えられるものと思います。が、5000字に満たないので、この二倍、文の量があればそれも叶ったのかなと感じました。

個人的な感想ですが、僕も一学年300人〜400人いました。が、卒業アルバムをめくって初めて
中里鞠子……
とはならない気がしました。もっと早く気付くと思いました。何千〜何万単位の大学生なら有り得るかもしれません。
いけない領域に足を踏み入れている背徳感が味わえました。
よい作品だと思いました。
ラストの方で、そのレズビアン(?)の女性がじつは存在していなかったという話は、このままだと付け足し程度に見えてもったいない気がしました。いいお話だったので、やはりもっと書き込むと、もっと面白くなったと思います。
展開にも結末も無理がなく、すんなりと読めました。

オジサン発言ですが、女性だけしか登場しない作品世界というのはこういうお話でも何処か華やかさがあっていいですねわーい(嬉しい顔)

私としては一つひとつのエピソードというか登場人物たちが動いていくための推進力が弱いかなという印象を受けました。展開の必然性と言いましょうか…。
自らビアンであることを告白し、恋人であるジャズボーカリストの演奏に連れて行きジャズとその恋人の魅力を伝え、結果失恋して傷心旅行に発つ鞠子……は実はいなかった。

このことが作品、あるいは優衣全体に落としている陰がちょっと希薄ではないかという感じがしました。
思い出には存在するけど、実在した証拠が見つからない同級生。不気味です。でも、その不気味さとジャズや女子大生というお洒落な感じが融合して美を感じました。
僕は、解決しない謎というのが余韻が感じられて大好きで、その余韻が、全体のはかない感じや月下美人のイメージと調和がとれていて、まとまっている素敵な作品だと思いました。
あと、鞠子がタバコを吸っているシーンが、主人公と鞠子の立場をガラリと変えた気がして、主人公に変化が出て、物語にもはっきりとした展開ができていて良かったです。そこに「自分だけが大人になれていない気がする」といった誰しもが人生のどこかで感じるであろう感情が入っていて、主人公にすっと共感できました。
個人的にツボだったのが、彼氏がお相撲さんというくだりです。自分の中で「お相撲さん」と「彼氏」という単語が結び付いていなかったので、なんだか面白かったです。

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