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半蔵門かきもの倶楽部コミュの真夜中の雪だるま

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テーマ:雪
「真夜中の雪だるま」

 僕が二八歳になる年、都心で大雪が降った。観測史上、稀にみる積雪に僕を含め大勢が混乱することになる。テレビの天気予報で前日から外出を控えるようにと呼びかけられていたにも関わらず、僕は大雪となる日の朝、家を出た。僕が目指した先は、千葉県の成田に近い地域だった。そこに、友人が住んでいた。その日は前からの約束で、彼の家に行くことになっていた。どうせ、雪が降っても帰れるに違いないと高をくくっていた。
「やあ、よくきたね。遠路はるばる」
「ああ、一時間半もかかったよ。土日だし、成田空港行きの電車だったから混んでると思ったけど意外に空いてたね」
「雪だからだろ。君も早く帰った方がいいぞ。電車も止まるって話だ」
彼と僕は大学時代の友人だった。学部は違ったが、サークルが同じということをきっかけに知り合った。器楽系のサークルで、彼も僕も音楽的素養は全くない初心者だった。二人とも大学に入ったら新しいことをしたいと選んだサークルだった。入った理由が同じだからなのか、僕達は自然と打ち解けていった。次第にそのサークルには二人とも自然と通わなくなった。初志貫徹できなかったことは二人にとっては苦い過去ではあったが、楽器の練習に打ち込むことよりも彼と話している時間の方が僕には有意義だった。サークルを離れてからも彼との関係は続いた。学部が違うとキャンパスも違うので、学校ではほとんど会わなかったが、当時住んでいた家が同じ沿線上で近かったので、よく食事をしながら話をしていた。それは他愛もない話から、学業のこと、好きな女のこと、アルバイトのことなど多種多様な事柄に及んだ。僕達の話題はそのうちに進路の話になった。彼は大学院に進学して、研究を引き続き行うと言った。成果が残せるようなら院生卒業後も大学に居続けるし、駄目ならば研究室の教授のつてで就職先を探すということらしい。僕はといえば、特に行きたい会社はなかったが、何社か受けているうちに声がかかったところにそのまま世話になることにした。
あれから八年経った。彼は千葉で公務員をしていた。農業系の技術採用だった。品種改良や畜産技術の向上など地方自治体が率先して取り組んでいる分野で彼は活躍していた。教授の推薦などなかったが、彼の頭脳ならば、公務員試験など簡単だったことだろう。大学院卒業とともに彼は働き出した。学生時代ほど濃密とまでにはいかなかったが、社会人になった今でもこうして僕達は会っていた。
「最近はどうなんだい?」
「仕事のこと?順調だよ」
「この前はもう辞めるかもしれないって言ってたのに」
外はもう数センチ雪が積もっていた。暖房を入れた部屋の中ではあまり、外の寒さが伝わってこない。僕は昔から何か嫌なことがあると、周囲の人間に、もう辞めると言っては困らせるということを繰り返していた。それを大人になった今、僕は彼に行っている。実際に辞めたいわけではなかったが、思春期の少年よろしく、急に僕の心のなかにもたげる負の感情だった。彼に話していなければ、それはやがて膨れ上がれ、本当にやめていたかもしれない。最近はそういうこともないので、順調と言えた。
「君は仕事を辞めたいとは思わないのかい?いじわるな言い方もしれないが、君なら公務員なんかしなくても、もっと稼げる仕事があったと思うんだ」
「それはね自分でも思うけど、特に満足していないわけじゃないんだ。今の境遇や条件に。君みたいな東京のど真ん中で、生き馬の目を抜く環境で生活したいとは思わないね」
「そんな大げさなものではないよ。確かにこのあたりにはビルもないし、落ち着いた環境ではあるけれど」
「それが一番なのかもしれないな。学生時代は都内に住んでいたけど、十分生き苦しい思いをしたよ」
ここから僕達は大学時代の思い出話に花を咲かせた。共通の友人などはいなかったが最初いたサークルのこと、うまい飯屋のことなど、話す思い出は、もう何十回と同じ話をしたはずなのに、新鮮で面白かった。
「父が言っていたんだけどね、人間は進歩が止まると昔の話ばかりをするそうなんだ。それは別に咎めとか戒めということではなくて、大人になる、老いていくとはそういうものなんだよという、話だったんだけどね」
彼の父親に会ったことが一度だけあった。彼の家に遊びに行ったとき、父親が泊まりに来ていた。出張で東京に来ているとのことだった。頭髪には白髪が目立ったが、彼とその父親は実によく似ていた。まさに親子という組み合わせだった。その父親は僕に会うなり、日頃の感謝を述べ、食事に招待してくれた。
「いつも本当に息子が世話になっています。せめてものお礼に、是非食事などいかがでしょう」
「じゃあ駅前の中華レストランに行こう。いつも二人で入ろうか迷ってるんだけど、高そうで入れないんだ」
駅前にあった高級中華は僕達学生にとっては高嶺の花だった。中に入るとそこは別世界で、豪勢な飾り付けに、広い空間にゆったりとテーブルが設えられている。学生は一人もいない。嬌声など聞こえるはずもなく、そこにいる人々は外界に謝絶されたかのように黙々と食事を摂っていた。
「何でも注文していいんですよ」
彼の父親がそのように勧めてくれても僕はやはりどこか遠慮気味だった。それが礼儀だと思っていたからだ。その様子を敏感に感じ取ったのか、彼が次々と注文してくれた。食事の最中はずっと父親が話し続け、彼がどういう子供時代を過ごせたのかを語ってくれた。その時食べた中華料理は本当に美味しかったと今でも記憶している。

「もう外も暗いね。今日は晩御飯はどうするんだい?」
「ここで食べていこうと思っていたんだ折角だし」
「なら、早いとこ食べに出よう」
外に出ると雪がすでにくるぶしのあたりまで積もっていた。暖房の効いた部屋から出たが、しっかり着込んでいるのでむしろちょうど良かった。風も吹いていないので、店に早めに辿り着けば、寒さを感じずに済みそうだった。
「何がお勧めなんだい?」
「駅前に中華料理屋があるからそこに行こうと思ってるよ」
「中華料理と言えば君のお父さんを思い出すね」
駅の方向に向けて僕と彼は進みだした。雪で街の景色が消えていた。真っ白な空間の先には遠近感がない。僕達だけが世界に取り残された印象を覚える。彼が連れてきてくれた店は雑居ビルの一階にある小さな中華料理店だった。かつて行った料理屋とは似ても似つかない店構えではあったが、近寄ると良い匂いがする。真っ白い街にも香りが漂い、そこだけはっきりと強烈に料理屋があることが想起される。
「腹は空いてるんだろ?今日はこんな悪天候の中来てくれたんだ。僕が何でもおごろう」
まるでかつての彼の父親だった。そう言えば、彼の頭の中にも白いものが目立つようになっていた。それは雪が少し頭にかかっていたようにも見えたが、明らかに白髪だった。まだ僕らは三十手前の年齢だが彼は遺伝なのだろう。
「おごってもらう必要はないよ。昔と違って、二人とも稼ぎがあるのだから。君のお父さんにたかっていた頃とは違うさ。ところでお父さんは元気かい?今年もよくこっちに出張なんかで来るのかい?」
僕達は店の中に入っていた。店内には他の客はいなかった。こんな天候だから仕方ないのかもしれない。
「もうずっと会ってない。会えないんだ。父はね、死んだんだ。言うのが遅れてごめんよ」
席について、温かいおしぼりで手をふき、運ばれてきた熱いジャスミンティーを口に含んだとき、彼の告白が一瞬僕を強ばらせた。僕は無神経にも彼の父親の話題を今日、何度か口にしていた。それは彼にとって防ぎようのない心への重圧だったに違いない。僕は素直に詫びた。
「君の心境を斟酌せずに申し訳ない。でも、どうしてお父さんは亡くなったんだい?」
「とりあえず注文を決めよう」
僕と彼は思い思いの料理を注文した。二人だけでは食べきれない量だったかもしれない。料理を箸でつつく時間を長めに、そして隙間なく確保しておきたいという思惑が反映されたのかもしれない。
「父はね病気でね。あっという間に亡くなったんだ。日本人の死因で一番多いのはガンだろ?そのご多分に漏れず、父もガンで逝ったわけさ。この夏だった。今が二月だから半年ほど前だね。幸い僕は長男じゃないから葬儀の取り仕切りは兄達がやってくれたよ。三人兄弟の末っ子なんだ僕は。君と僕が前会ったのは春だったかな?つまり、そのときはすでに父は入院してたよ。でも君に言って、どうにかなる問題でもないし、君の心を煩わせるだけだから言わずにいた」
「そうだったんだね。心からご冥福をお祈りするよ」
「ありがとう。父も君のような友人がいるからあまり心配していないと思うんだ。さあ、料理を食べよう」
大皿料理が二ついっぺんに運ばれてきた。互いに小皿に取り分けて目の前に置いてやる。すぐに白いご飯も運ばれてきた。この後もまだまだ料理は続く。僕達は黙々と料理を口に運んだ。最初の大皿料理が空になると其の沈黙にたえかねて僕が口を開いた。気を遣うべきは僕の方だった。
「この料理、相当おいしいよ。大雪のせいで店が空いてて幸運だよ」
「それは僕も同意だ。中華料理を久しぶりに食べたというのも大きいね」
その後運ばれてきた料理の大皿も僕達は見事に平らげ、店を後にした。外は真っ暗で、どこが道なのか判別できないほどに積もっていた。車が走る音も聞こえない。勘定は結局彼が全てもってくれた。そこに彼の父の面影を見た気がした。
「ちょっと駅に行ってみよう。運行情報を確認しよう」
駅はすぐ裏にある。駅舎の階段を上ると、大きな黒板が出されていた。
「終日運休って書いてあるよ。立ち往生とはまさにこのことだ」
「まあいいさ。明日は日曜日だ。ここに泊まっていけば」
「お言葉に甘えさせてもらおうかな。明日は予定もないし難の問題もない」
「家には何もないんだ。酒類とかつまみになるものとかさ。だから買いに行こう」
彼は僕を近所のスーパーに誘った。コンビニの背の高い看板が遠くに見えるが、彼はスーパーを選ぶ。スーパーの方が品数も多く、安いので良いというのが彼の昔からの持論だった。学生時代にもどちらかの家で飲むことがあった。そのとき買い込むのは決まって、近所のスーパーだった。
「このチェーンは初めて見るよ」
「千葉でもこのあたりの地域にしかないチェーン店だから、都内にはないんじゃないかな。僕もここで暮らしはじめてから利用しだしたしさ」
彼の自慢のスーパーは品揃えは抜群だった。先ほどの中華料理屋同様に、人の数は少ない。駐車場には車が一台もなく、僕達のような近所の客が徒歩で来ているようだった。こんな日には車を運転するのが危険なのだろう。
「余ってもいいからたくさん買おう。僕の非常食になるだけだからね」
めいめいが好きなビールを六本缶セットでかごに入れ、ウイスキーのボトルも一本入れた。つまみ類にはビーフジャーキーにするめ、イワシのオイルサーディンの缶詰やポテトフライなどありとあらゆるものを詰め込んだ。甘いものも食べたくなるだろうと、プリンやケーキも買うことにした。今度の勘定は僕が持つと言いはった。
「さっきは君におごってもらったからね」
僕はクレジットカードを店員に差し出して会計を済ませた。ビニール袋には半分ずつ荷物を入れ、家路に付いた。靴は水気をおび、僕の足から体温を奪っていく。
「もう少しで着くから。それにしても雪だと歩きにくいね。こんなことはたまに起こるから我慢できるけど毎日ってなると僕は我慢いかないね」
「確かにそうだね。雪国生活をする人には尊敬してしまうよ」
差し障りのない会話が続く。歩き続け、彼の家まであと百メートル手前というくらいのところに来ると、公園があるのだが、そこから子供の声が聞こえた。
「子供達がはしゃいでいるね。さすがに雪だるまを作る元気はないね」
公園のフェンス越しに中を見ると二メートル程度の雪だるまができていた。子供と思われていた集団は恐らく高校生だろう。彼らが一日中作っていたのかもしれない。
「若いっていいね。僕達も大学生だったらやっていたかもしれない」
「こっちを見てごらん」
彼の言う先は民家の軒先だった。玄関の前に小さな雪だるまがあった。
「きっとこの家の小さな子共が作ったのかな」
注意深く他の家も見てみると、雪だるまを作ってある家が多かった。庭にそこそこ大きな雪だるまを作ってある家もある。
「雪って珍しいからね。ここまで積もるのは。みんな大はしゃぎってわけか」
やっと彼の家に着いた。彼はすぐに暖房を入れ、乾いた衣服と靴下を出してくれた。僕はそれに着替え、部屋が暖まるのを待った。彼はテレビを付けた。気象情報では今夜いっぱい雪は降り続けるようだった。
「さあ飲もうか」
二人の宴会は七時過ぎに始まった。会話の内容はさきほどまでとあまり変わらない。変哲のない会話に飽きることはなかった。アルコールのせいでむしろ先ほどよりも会話のスピードがあがったようにも感じた。その間、テレビはつけっ放しだった。九時をまわって映画が始まった。
「この映画見たことある?」
「いや初めて見るよ」
彼は少し音量を上げた。日本映画だった。フランスの映画賞で絶賛され、去年話題になった映画が早くもテレビでやっている。酔いも回りはじめていたので、僕はいつのまにか眠ってしまっていた。映画が終わって彼が起こしてくれた。
「お風呂を入れたんだ。先に入っていいよ」
僕は眠気まなこをこすり、先に風呂に呼ばれた。頭を洗って、湯船で温もってすぐに出た。酔いは醒めていた。僕のすぐ後に彼が風呂に入り、彼もまた十分かそこいらで風呂から上がった。
「早いね」
「いつもは湯船も溜めないからね。カラスの行水さ」
時刻は十二時を過ぎていた。ベランダから外を眺めると、雪はほとんと止みかけだった。
「もう少し深夜になったら、外に出てみないか?誰もいない深夜に雪の世界を満喫しよう」
彼の突然の申し出を僕は快諾した。学生の頃に戻ったような躍動を感じたのだ。

「一度やって見たかったんだ」
彼は道のど真ん中で倒れた。雪の上に突っ伏し、そこから転げまわる。僕もそれを真似る。コートについた雪が染み込まないようにすぐさま雪を払い落とす。
 僕達は公園に行ってみた。巨大な雪だるまを間近に見るためだ。
「もうこんな時間に子供はいないだろう」
僕達は公園の中央に進んだ。遊具もベンチも全て、雪で真っ白に染められていた。雪だるまには枝や石で手や顔が付けられていた。雪は必死に固められたようで氷のように固い。
「これじゃあ全部は壊せないな」
「どうしてこれを壊すんだい?」
僕は彼に尋ねた。雪だるまを触った手がかじかみはじめていた。
「特に理由はないけどさ」
そういうと彼は雪だるまに体当たりを始めた。子供達への大人からの当て付けなのだろうか。僕も彼に同調して、彼を手伝いだした。まず枝と石を全部外した。誰もいない公園の端へ力いっぱい投げ飛ばした。
「びくともしないね」
「せめて、首だけでも落としてみようか」
そこから三十分ほどかけて僕達は雪だるまを解体していった。手の感覚がなくなっていた。
「これ以上やるとこっちが怪我しそうだね。大丈夫かい?」
「手がとてつもなく冷たいし、血が出そうだよ」
そのあたりで僕達は満足して公園から出て行った。公園から出ると家々の軒下にある雪だるまが視界に入ってきた。彼はあの雪だるまにも敵意を剥いて、破壊の衝動で蹴り飛ばしたりするのだろうか。しかし、それは僕の杞憂に終わった。
「この雪だるまは壊せないな」
「小さいしね。でも、明日晴れだったら、昼にはぐちゃぐちゃに溶けているかもしれないね」
「さっき壊した公園の大きいのは、作った人間もそう思うんじゃないかな」
「早朝から確認しにこないんじゃないかな?若者は休日眠るもんだよ」
彼の家に辿り着いたときには深夜の三時を回っていた。寒かったので、風呂にもう一度入るかという話にもなったが、彼が湯たんぽを作ってくれたのでそれを抱いて寝ることした。

 翌朝は快晴だった。ただ、僕達が起きたのは午後だった。身支度を整えて、僕は帰ることにした。彼が駅まで送ってくれるという。除雪車が通ったのか、道は歩きやすくなっていた。途中、公園に寄ることにした。近所の子供とその親が雪を投げ合って遊んでいた。公園は昨日よりも狭く感じた。雪が無くなりつつあるせいかもしれない。
「雪だるまが無くなってるね」
「誰が壊したんだろう?」
「近所の小さな子ども達が壊したんじゃない?」
電車は遅延もなく動き出していた。昨日の大雪が嘘のようだった。

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