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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第九十九回 JONY作 「きんぴらには七味があう」 (テーマ選択『七味唐辛子』)

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 ある9月の日曜の午後、俺は一人で自分の店を開け、人を待っていた。
 普段は、土日に店を開けることはないのだが、数日前に突然、ある読書会の会員の30代後半の女(仮にA子とする)からのLINEで、下記のようなメッセージが入ったのだ。

 お久しぶりです。お元気でしたか?ところで突然ですが、私、結婚することにしました。相手はJさん(俺の通称)の知らない人です。それでお願いがあるのですが、今度の日曜日に、彼に会ってもらえないでしょうか。Jさんは常々「俺は人を見る目だけで人生を渡ってきた」と言っていますよね?その人を見る目を私のために使ってくれませんか?私にはあまり人というか男を見る目がありません。・・・・・・後略・・・・・・

 約束の午後1時を5分過ぎたころ、A子は、メガネをかけた真面目そうな30代後半の男を連れてやってきた。
 A子は、ブルーのワンピース姿で、最後に会った1年前とは見違えるくらいに綺麗になっていた。結婚直前の女というものは、やはり綺麗になるものらしい。連れられてきた男は、チェックのボタンダウンシャツにグレーのチノパンという普通の恰好をしていた。
 「Jさん。ごめんね。休みの日に無理言っちゃって」
 「いや、どうせ今日は店の掃除をするので来る予定だった」
 「こちら、Sさん(仮名)。この人がこの店のオーナーのJONYさん」
 男は、緊張した面持ちで、
 「は、はじめまして。Sと言います。よろしくお願いいたします」
と言って、持っていた茶色の紙袋を差し出した。
 「これ、よろしければ」
 中身は、キルフェボンのボール箱が入っていた。
 「すみません。気を使ってもらって。ちょうど甘いものが食べたいと思っていたところでした」
 俺は二人をテーブルに案内し、コーヒーでいいかを確認して、コーヒーメーカーのスイッチを入れ、土産のタルトを一番大きな白い丸皿に全部並べてテーブルに出して、好きなものを選んでもらった。A子は桃のタルトを選び、Sはイチゴのタルトを選び、俺はイチジクのタルトを選んだ。
 A子と男は並んで座り、俺はその向かい側に座って、3人でフルーツタルトを食べながらコーヒーを飲んだ。
 男が店の中を見まわして言った。
 「すてきなお店ですね。ずっと飲食店の経営をされているのですか」
 俺は答えた。
 「いえ、最近からです。と言っても、もうこの店を始めてから10年位になるかな」
 「どこかで料理とかの修行をされていたんですね」
 「いえ、飲食店とか水商売とかはやったことがありません。ここも小さな事務所としてテナントさんに貸すつもりだったのですけど、出来上がってみたら、ここで隠れ家的Barを自分でやるのもいいかなと、思いついて、せっかく作った事務所用の床や壁などの内装をはがしてBarの内装に変えたんですよ。計画性がないので恥ずかしいのですが」
 「じゃあ、それから、飲食の修行をされたのですね」
 「いえ、特には」
 俺の答えはSの予想を裏切ったようで、彼は一瞬よくわからないというような顔をした。彼の予想していた答はおそらく店を始めるときはそれなりの準備と成算をもってするもので、その辺の苦労話みたいなものを俺にさせたかったようだ。しかし、俺には直感というか思いつきしか無く、準備も成算もなかった。
 白けた空気が流れ、A子が、話題を変えてくれた。
 「Jさんは、ここで、読書会をやってるの」
 Sは、救われたように、すぐさま、その話題に乗ってきた。
 「あ、私も、丸の内の朝活で、読書会にでたことがあります。コーチングの本とか、マクルーハンのメディア論とか。Jさんの読書会もそういう感じですか」
 俺は答えた。
 「うーん。たぶん、ちょっと違うな。川端康成の短編とか、サリンジャーの短編とか」
 Sはうなずいて、言った。
 「あ、文学系なのですね。Jさんは文学部のご出身なんですね」
 「いや、そうじゃないけど」
 どうも、上手く話しが、盛り上がらない。A子が再び割って入った。
 「私たち、〇〇(有名な見合いパーティー企業)で知り合ったんだ」
 「へえ。そうなんだ。君が婚活していたなんて知らなかったな」
 「今どき、結婚は、そういうのが多いよ。相手の情報が良く判るし、無駄が無い感じ」
 「いいな、面白そうだな」
 「何言っているの。遊びじゃないんだから」
 今度はSが新しい話題を振ってくれた。
 「Jさんが奥様を結婚相手に選ばれたのは何が決め手になったのですか」
 「うーん。何だろうね」
 最初の結婚も今も結婚も、相手を結婚相手として、「選んだ」覚えはなかった。最初の結婚は俺はまだ学生だったが、いつしかアパートで社会人一年生の女と一緒に暮らすようになり、そのうちにその女といつしか入籍していただけだ。次の結婚は俺は普通に結婚生活をしていたのに、ふと抜け出して別の女と暮らし始めてしまい、その期間が長くなりすぎて、焦れた女に連れられて港区役所の夜間受付に行き、離婚届を俺一人で(妻の署名も俺が勝手に書いて)出し、そのままその女との婚姻届けも出した。それだけだった。誰かを結婚相手と認識したことなどなく、いつしか、気が付いたらなぜか結婚していた。しかし、そんなことを言ってもしようがない。
 はっきりと答えられない俺にSが助け舟のつもりか
 「Jさんは理想が高そうだから、奥様のスペックも素晴らしい方なのでしょうね」
 俺は再び答えに窮した。「スペック」?。最初の妻は跡見出身の会社員で、今の妻は高卒の歯科技工士だ。「スペック」なんてものには無縁だし、そもそも俺にしてからが、学生起業なので、ちゃんとした就職はした事が無い。
 その後のSとのやりとりは、覚えていない。というか、本当は覚えているのだが、恥ずかしいのでこれ以上ここには書かない。いずれにしても、Sはきちんとそつなく対応して、俺はしょうもない話しか出来なかった。就職面接で面接官が、優秀な応募者に対応できずに、しどろもどろになった形である。どうやら、A子は、自分の結婚相手を観察してもらうアドバイザーの人選を誤ったようだ。そんなわけでその日は、俺のせいで、A子が何のためにわざわざSを連れてやってきたのか分からない結果で終わった。

 それから一週間が経過した。俺とA子との間のLINEメッセージは、お互いに何も書かれなかった。俺はうまくA子の期待に応えられなかったことで、何を書いて良いのか判らなかったので何も書けず、A子は多分俺の無様な体たらくに呆れ怒って何も書いて来ないのだろう。
 しかし、一週間と一日後の月曜日の夜、閉店間際の俺の店に、A子が、ふらっと一人でやってきた。店内には、コルトレーンのバラードが流れ、他の客はいなかった。
 「まだ、いい?」
 「あ、君か。うん。もちろん」
 俺は予想してなかったA子の来店に驚いた。
 A子は、カウンターの席に座り、ラフロイグのオン・ザ・ロックを注文した。俺は、それを作り、自分用にノンアルのライムソーダを作って、黙って乾杯した。
 「日曜日は、ごめんな」
 「ううん。こちらこそ、ごめん。お休みの日に時間を取ってもらって」
 A子の言い方には嫌味も皮肉もなく、心底申し訳なさそうに響いた。
 「Sさん。良いんじゃないか。優秀そうだし」
 と俺が言いかけると、A子の表情が変わった。
 「本当にそう思うの?」
 「うん。合格点じゃないかな」
 「どこが?」
 「高スペックだし」
 A子は、あきれたようにため息をついた。
 「それは、分かっているよ。〇〇(再び念のため書くと有名な見合いパーティー企業だ)で知り合ったんだから、相手のスペックは、よく分かっているよ。私が訊きたいのはJさんがどう感じたかだよ。その天性のカンみたいなもので」
 俺は、困ってしまった。
 「そんなこと言われても、判らないよ。俺が結婚するわけじゃないし」
 「いい人かどうかも判らないの?」
 「普通じゃないか。良く気が回るし、礼儀正しいし」
 「あなたに頼った私が馬鹿だった」
 そう言ってA子は、ウイスキーのグラスを一気に空けた。
 「おかわり」
 俺が再びラフロイグのオン・ザ・ロックを作っている間に、A子は、ぽろっと言った。
 「Sさんと結婚するのはやめたの」
 俺は手にしていたアイストングを落としそうになった。
 「え?」
 A子の顔を見ると、真剣な目で再び、ハッキリ言った。
 「私、Sとは、結婚しない」
 俺は、注文の酒を彼女の前に置いて、黙って続きを待った。A子はラフロイグを一口飲み、話を始めた。
 「この前の日曜の帰りに二人で食事に行ったんだ。そこで、結婚したらもうあのBarには行くなって言われちゃった」
 「え?なぜ?」
 「Sからみたら、Jさんの印象がすごく悪かったみたい」
 「そうか。ごめんな」
 「Jさんが謝ることないよ。彼とはタイプがまったく違ったってだけだもん。それより、私にとってショックなのは、Sがめちゃ干渉する人だってことがわかっちゃったってこと」
 俺は、何と言っていいのかわからず、黙っていた。A子は続けた。
 「結婚前なのに、私の行動を制限しようとする人が、結婚したら、どうなると思う?そんな人と一緒になるなんて無理」
 そう言ってA子は、ラフロイグのロックグラスにまた口をつけた。俺も言葉が見つからず、ライムソーダを啜った。
 「あああ。いやになっちゃうな。どこかに、いい男が転がっていないかな」
 とA子はヤケになったような声で毒づいた。
 A子はグラスを干すと、
 「おかわり」
と言った。A子の目が据わってきたのは気のせいか。
 まあ、俺のせいでこうなったと言えなくもないからしようがないか。いや、逆に俺のお陰で間違いを犯す前に気づけたとも言えるのかな。
 俺は冷蔵庫の中を覗きこみ、きんぴらごぼうがガラスの保存容器に入っているのを見つけ、それを、小さな陶器の鉢に入れて、『七味唐辛子』を添えて、ラフロイグのグラスと共に、A子の前に置いた。
 A子は、グラスの酒を一口飲み、きんぴらを口にした。
 「美味しい。Jさん、最高」
 「こうなったら、俺と結婚するか」
 「だめよ。奥さんがいるじゃない」
 「あ、そうか。忘れてた」
 「まったく」
 今夜は長い夜になりそうだ。
                       終

コメント(7)

安定のA子さんシリーズですね
結婚に直感大事だよなーとか思うことあるけど
うまく表現されてるなと思いました。
意識高い系の人が人の行動にむだに意味を読み解こうとするうざさとか・・・共感おおい^^。
もうJさんとこいくな・・・とかいかにもそういう人が言いそう。

>> 「こうなったら、俺と結婚するか」
>> 「だめよ。奥さんがいるじゃない」
>> 「あ、そうか。忘れてた」
>> 「まったく」
>> 今夜は長い夜になりそうだ。

ここで一気にすっきりしました。
どんな長い夜になったのかがとても気になります
>>[1]
早速お読み頂き、コメントをありがとうございます。
想像力、創造力の欠如と言いますか、身近なネタしか書けないのを何とかしたいものですが、しばらく、当分は、こんなんで行くしかなさそうなので、ご辛抱ください。
>>私にとってショックなのは、Sがめちゃ干渉する人だってことがわかっちゃったってこと」
 俺は、何と言っていいのかわからず、黙っていた。A子は続けた。
 「結婚前なのに、私の行動を制限しようとする人が、結婚したら、どうなると思う?そんな人と一緒になるなんて無理」

 A子が結婚を辞めた上記の理由には納得です。
 世の中の離婚の本当の原因とかは、見た目が派手な不倫やドメスティックバイオレンスよりも、案外そいういうところにあるのかもしれません。
 作中のJさんは人間に対する直感的洞察力に長けた人とA子さんはしていますが、さらりとこうい話を書けるこの物語の作者も同様だと思います。
>>[3]
コメントをありがとうございます。
いまどきの結婚事情に、アプリや婚活ビジネスが大きな役割を果たしていますが、直接の接触がないのに、データのみで(あとは自分の想像力で補充して)判断していることが多いですよね。結婚事情に限ったことではないかも知れませんが。
J氏って、よく判らない人物ですね。変った人みたいだ。
(J氏がJONYさんならば、すかさずここで「君に言われたくないな」と返すな、と分かるのですが、そうじゃないので、J氏がどう来るか全く読めません。)

この話の中で、J氏は一度もS氏に尋ねかけません。
人は関心の無い人物に対して、その人のことを尋ねたりしませんが、
まさに、お前には興味が無い、と無言で言っているようなものですね。

まあ、無理矢理父親に会わせられたボーイフレンドは大体こういう状況になりますが、
そこには、父親の娘に対する特別な感情が入っているからです。

もしかして、この空気はそういう感情からなのか、いやそれ以上の関係なのか?
とS氏は疑ったりしないんでしょうか。あとあとでも。
J氏が自分自身を語るとき、初めて聞くわけではないはずなのに、
J氏を見つめるA子の表情。

全く同じ話を、S氏視点から見るとどうなるでしょうか。例えば…

S氏は、血が凍る怖さとともに、J氏のある何気無いしぐさを思い出し、
「Jさんにはもう二度と会うな」
と吐き捨てるよう言う。
それ以外には束縛されることは何一つ言われたことがなかったのに、
この一言だけで、A子は席を蹴って飛び出した、

…みたいなペアストーリーが思い浮かびました。
JONYさんの作品は、読後にいつも独特の余韻があって好きなのですが、今回はちょっと違う趣きがありますね
4コマ漫画のように起承転結がはっきりしていて、ハッピーエンドとは言えない結末なのに、どこか爽快感のあるラストも気持ちがいいです。

Sがヴィランのように描かれているのも、JONYさん作では珍しい?ような。。

そういえばSは、どういうつもりでJと会ってたんでしょうね。
A子から、行きつけのBARのオーナーと会ってほしい…とそのままの説明をされたとしても、言葉通りには受け取らない気がします
彼女の親族ではなく、かと言って会社の上司でも学校時代の先輩でもない、しかし信頼を置いている年上の男性…
元カレだと思ったんでしょうか。。
コメントありがとうございます。
たしかに SはJのことを何と思って来たのでしょうね?たんにJと性格的に合わないだけではなくその誤解があって「もう行くな」と言ったのかもしれません。ご指摘をありがとうございます。

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