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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第97回 文芸部Aガラス窓作「小4の夏休み」(テーマ選択『夏休み』)

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 小4の夏休み、初めて1人でひと月余り、母方の祖父母の家にあずけられた。
 田舎というほど田舎ではない、郊外の古い新興住宅地。古い新興住宅地って矛盾している。しかもニュータウンなんて名前まで。昔は新しかったっていうことなんだろうけれど、すごく不思議に感じていた。本や漫画に出てくるような、地元の子達が人懐こく遊びに連れ出してくれるような、山や河川がある訳でもない、ひたすらに古ぼけた住宅地。
 子供はほとんど見かけない。児童公園には、遊具があったらしいコンクリートの土台がいくつか残っているけれど、他には塗装の剥げた動物の形のベンチが点在しているだけで、何もない。隅の方は草ぼうぼうで、埃のような小さな虫が飛び交っていて、近寄れなかった。
 住宅地の合間にところどころ、中途半端な規模の畑が点在している。宅地化された時に取り残された農家なのか、後から趣味で作った畑なのか、よく分からなかった。
 少し遠くまで車で連れて行ってもらえば、大型ショッピングセンターもあるけれど、徒歩で行ける範囲には、薄暗い蛍光灯のせいで何もかもが古ぼけて不味そうに見える、小さなスーパーマーケットと、お店として営業しているところは少ししか無い、短い商店街があるだけ。タバコも売ってる八百屋と、薬局と、コンビニに似ているけれどコンビニではない酒屋と、昼過ぎになると近所のお爺さんたちが店先に集まって酒盛りをしている、焼き鳥屋みたいな肉屋がやっているくらい。あとは、夕方になると看板が出されるカラオケスナック。
 従姉妹従兄弟がバラバラに遊びに来た数日以外は、特にすることもないので、宿題をすると決めた時間以外は、祖父母の家の犬を連れて、そんな近所の殺風景な道々を延々と歩き回って過ごした。
 祖父母の家の犬は、昔流行ったというスピッツという犬種と、柴犬とマルチーズとヨークシャーテリアも混じっているというミックス犬で、外の犬小屋に繋がれて飼われていた。名前はぺぇだった。気の抜けたような変な名前だけれど、濃淡にムラのある薄茶の色合いで、モサモサした毛並みは、いかにもぺぇという感じだった。ぺぇは小さいくせに山盛りのドッグフードを残さず食べ、山盛りのうんちをした。ぺぇは13歳の老犬で、少し前まで歩くのも億劫そうで、食欲もなく、散歩も嫌がったらしいんだけれど、私が来てからは、毎日朝晩の散歩にワクワクしていて、元気いっぱい。祖父母も近所の人達も、若返った若返ったと喜んでいた。

 ある日、昼ご飯の後にちょっと勉強してから、ぺぇを散歩に連れ出した。勉強というのはウソで、日記以外の宿題は全部終わってしまっていたので、前半に書いた日記を、別のノートに現実より脚色して、面白いように書き直しをしていた。それにも飽きて、ぺぇの散歩を口実に外に出た。祖父母は1日中、高校野球か相撲を見ていて、家にいても退屈なのだ。
 その日は今まであまり行ったことのない、左裏側の方の住宅地に向かってみた。大昔のバブル期という時代に、再開発をすると言われて多くの家が引越しをさせられたのだけれど、途中でバブルが崩壊して、そのまま計画が無くなってしまい、空き家だらけのままになっているというゴーストタウンだ。といっても、住んでる人も結構残っていて、お化け屋敷というほどの雰囲気でもない。むしろ祖父母の家の辺りより、新しく建て替えられた綺麗な家もところどころ建っている。ぺぇがふんふん言いながら進んでいく方向に、キョロキョロしながら付いて行った。
 空き家らしき古家の間の畑の中に、急にぺぇが入り込んだ。空き地じゃなくて、明らかに計画的に作物が植えられている畑だから、ダメ!ダメ!と引っ張り戻そうとするけれど、ぺぇは老犬とは思えない力で、ぐいぐいと奥まで引っ張ってゆこうとする。
 奥の奥の、作物と作物の間の何も植ってない場所で、ぺぇは立ち止まり、ワンワン吠えた。ココ掘れワンワン?勘弁してよぉ。ぺぇのうんちを拾う用のトングは持っていたけれど、土を掘るような物でもないし、そもそも、知らない人の畑なんて掘れない。私が何もしないのに痺れを切らしてか、ぺぇが凄い勢いでその場所を掘り始めた。「ちょっと待ってよ、ぺぇ!」とリードを引っ張っても止まらない。と、不意にぺぇが掘るのをやめて、ドヤ顔のような顔で振り向いた。
 穴の中を覗き込むと、ピンク色の物が見えた。ぺぇのうんち用のトングでつつくと、プラスチックっぽい音がする。ぺぇが得意げにウォンと吠える。トングで周りの土を掻いて、挟んでピンクのものを取り出した。
 思いがけない全貌に、思わず「わぁぁ!」と叫んで放り投げた。投げたものの方に駆け寄ろうとするぺぇを無理やり引っ張って、畑から道に逃げ出した。ぺぇは心残りそうに、いつまでも畑に向かってウォンウォン吠えている。「ダメ。ぺぇ、行くよ!」と大通りまでぺぇを引っ張っていってから、しゃがみ込んだ。
 歯が付いていた。ピンクの上に白い歯がずらりと。大きな入れ歯だった。初めて見たけど、多分、入れ歯だったと思う。何で畑の中に入れ歯が埋まっていたんだろう。もしかして、もっと下には殺された人が埋まってる?埋める時に口から転がり落ちたのかな?とか考えたら、ゾッとして、慌てて立ち上がって祖父母の家に急いだ。
 祖父母に話した方がいいのか迷った。そもそも、よその畑に勝手に入って穴を掘ること自体、絶対に怒られる話だ。入れ歯だったかどうかも、だんだんと分からなくなってきた。結局、祖父母に話すこともなく、食欲がないことを心配されながら、早い時間に寝てしまった。
 翌日の朝食後、再びぺぇを連れて例の畑に向かってみた。ぺぇは前日とうってかわって、全然興味を示さない。畑に入って近付いてみると、前日に掘ったまま放り出して逃げた穴は、綺麗に埋め直されていた。投げた入れ歯を探そうとしたら、空き家だと思っていた隣の家のドアが開いたので、慌てて、ぺぇを引っ張って逃げ出した。入れ歯を掘り当てたことがバレていたら、私とぺぇも殺されて埋められてしまうかもしれない。そう思ったら、怖くて怖くて、足がもつれて何度も転びそうになりながら、引きずるようにぺぇを引っ張って必死で走った。
 その日から、ぺぇの散歩は、反対側の商店街の方にしか行かないことにした。数日後に両親が迎えにきて、一緒に家に帰った。入れ歯の話は誰にも言えないまま、怖すぎて、日記にもそのことは書かなかった。しばらくの間、知らない老婆に追いかけられる夢を見ては、うなされたりもしたけれど、そのうち少しずつ忘れかけていた。

 久しぶりにそのことを思い出したのは、半年後の2月の初めだった。
 「ペーターが死んじゃったんだって」と母に言われ、「ペーターって?」と聞き返したら、「あんた、夏休みに可愛がってたじゃない」と変な顔をされた。
 ぺぇが、本当はペーターって名前だなんて、全然知らなかった。ぺぇの母犬がハイジって名前だったから、その仔犬をペーターとクララって名前にしたんだって。ペーターとクララがハイジの子供って変じゃない?それはいいけど、あんなに元気だったぺぇが、半年で老衰だなんて、もっと変じゃない?「もう14歳だったらしいから、そんなもんよ」と母は言うけれど、あんなに元気に歩いて、もりもりうんちしてたのに。と思ったら、ふと、入れ歯の事が思い出された。
 祟りだ!きっと、入れ歯の持ち主の祟りだ!ぺぇがあんなに訴えていたのに、私が入れ歯を投げ出して、本体を見つけてあげなかったから、きっとぺぇが恨まれて呪い殺されたんだ!ガクガク震えて泣きながら、初めて母にその話をした。母は入れ歯を犬が掘り出したということは信じても、祟りというのは全く信じてくれず、父にも話して、二人でゲラゲラ笑っている。私は怖くて怖くて仕方がないというのに、何で信じてくれないの?
 「春休みに行って確かめたい。一人は怖いから付いてきてほしい」と言ってみたんだけれど、春休みの頃には、もう、祖父母が伯父のマンションに引っ越すからと却下された。伯父は2年前に離婚をして、妻と子供達が出て行ってからも、都心の広いマンションで1人で住んでいた。なので、前々から、新たな再開発計画が始まる地区にある祖父母の家を売って、祖父母を引き取る話が出ていたんだけれど、老犬のぺぇが可哀想だからと祖父母が渋っていたらしい。そのぺぇが死んで、今なら高値で再開発事業者が買い取ってくれるということで、あっという間に話が進んだようだ。

 再開発で、畑が掘り返されたなら、きっと、埋められた死体の話がニュースになるだろうと思っていたのに、ことあるごとに思い出しては検索してみても、全くそんなニュースは見つからなかった。
 大きなプロジェクトで、新しい鉄道が走り、大きなコンサートホールやスポーツ施設など立派な公共施設が建てられ、大型マンションが立ち並ぶ新たなニュータウンに生まれ変わったという話を聞く度に、その下に入れ歯の持ち主が埋められていることを思い出しては、怖いような後ろめたいような気分になって、ドキドキしてしまう。
 
 最近になって、近所の歯科医院に行った時に、ふと隣の台に置いてあった入れ歯を見て思い出して、先生にその話をしたら、「多分、その畑の持ち主の飼い犬が、飼い主の入れ歯をオモチャにして、埋めて隠したんじゃないかな」と笑われた。飼い主の臭いが強く付いているせいか、飼い犬に入れ歯やマウスピースをオモチャにされて、壊されたり隠されたりということはよくあることらしい。そう言われたらそうなのかも?ぺぇは他の犬の隠した臭いを嗅ぎつけて掘り返したのかな?
 そうは言われても、長年死体が埋められていると信じ込んできたことを、急に変えることも出来ずにいる。
 小4の夏休みのあの日。蒸し暑いあの日の出来事、あの日の戦慄が、未だにどうしても忘れられない。

コメント(2)

おそらく入れ歯を飼い犬に隠されるという患者さんがいた知見を、上手く膨らませて、ミステリーのような緊迫感を作りだされたのは見事です。種明かしで「なあんだ」とほっこりできる後味が良い作品に仕上がっています。
>>[1]
実は逆で、後付けなんです〜。
犬が穴を掘るところまでは一気に書いたのですが、穴から何を出すかで色々考えて、水が沸くとか温泉が出るとかだと長くなりそうなので、得体の知れない気持ち悪いものを色々考えた挙句、他人の入れ歯って、フツーの物だけど気持ち悪いよな。と思い立ちましたあせあせ

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