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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第九十六回 JONY作 「誰も俺の事を知らない街へ行きたくなる夜」 (三題噺『つゆ』『結婚式』『まる』)

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 今夜も、最後の客が、夜の9時半過ぎに帰ると、自分の店に一人になり、オーディオの音楽を消し、テレビを点けるわけでもなく、ミステリーの読みかけの頁を開いたまま、ぼんやりとして、気づけば、
 「捨てちまうかな」
と独り言が口から出ていて、それに、自分で驚く。

 ここ10年ほどは、金を生んでくれる契約書の作成を年に一、二度する他は、コインランドリーの百円玉の日銭が10キロほどの重さになると丈夫な布袋に入れて銀行に運ぶことと、この小さなバーで、女の客の相談やら愚痴を聞くことのほかには、誰も話題にしないおよそ流行らない文学を見つけだしては一人読み耽るだけの生活を来る日も来る日も繰り返すと言う単調な生活を、それが性に合っていると自分でも半ば思い込んでいたのに、どうも、最近、今までの人生で10年毎くらいに発作を起こしては周りを一変させて、人生をゼロからやり直すという病気の初期症状が、始まっているのかもしれない。

  今朝も、『つゆ』の季節の東京には珍しい抜けるような青空を、信号待ちの車の運転席から見ていたら、自分の墓だけはすでに買ってあるオークランドに、永住権を持って何十年もかの街で暮らしている、妹の家の近くのスープの冷めない距離の見晴らしの良い場所に、例えば、『結婚式』のときには鐘の音が響き渡る美しい教会のある高台にアパートでも買って、住む国を変えてしまおうかという気がふと心をよぎった。昔は神保町の古本屋街のあるTOKYOを捨てることは『まる』で考えられなかったが、今は、電子書籍で日本語の本が無尽蔵に入手できるという事情も俺にとっては大きかった。

 TOKYOの裏町で隠れ家的Barをやるのも、オークランドという田舎街でCafeなりBarなりをやるのも、どうせ、中身に大した違いはないのだろうから、ビーチまで歩ける街のほうが俺に向いているような気もしてくる。

 そんなことを、音楽もない、無音の店の中でぼんやり考えていると、ピンポーンとセンサーの音が響いて、女が一人で入って来た。
 たどたどしい日本語で
 「オサケ  ダイジョウブ?」
 と聞くので
 「英語で喋ってもいいよ」
 と言ってやると、途端に、安心した顔になり饒舌に喋りだした。
 「隣りのコインランドリーってあなたのお店なのでしょう?ホテルのクリーニングのバカ高いのには驚いちゃうわ。ホテルの近くにコインランドリーを作るってのは名案よ。コインランドリーがあってとても助かっちゃったわ。乾燥ができるまでの間に、何か飲ませてもらっていい?」
 「もちろん。そのための場所だからね。Sa-ke?それとも、Sho-chu-Liquor?」
 女は、酒瓶の並んでる棚を見回すと
 「スコッチが色々あるのね。ラフロイグをロックでお願いしてもいい?」
 「もちろん」
 注文の酒を出してやっても、手持ち無沙汰そうに俺のほうをみているので
 「どこから来たの?」
 と話しかけた。
 「私の訛でわかるでしょ?」
 彼女が喋るSinglishですぐに判ったが、
 「United Kingdomかい?」
 と言ってやると、
 「バカね。シンガポールよ。中華系のシンガポール人なの」
 と嬉しそうに言った。
 「どおりで美しいわけだ」
 その軽口には、ノッて来ないで、
 「何故?北欧系とかが美人であって、私は背が低く鼻も低いわよ」
 と何故か真面目な顔で聞いてきた。どう応対しようかと一瞬迷ったが、結局、俺は正直に、持論をしゃべることにした。
 「そもそも、美醜というのは、主観だよね。つまり、俺にとって意味がなければ、ミスワールドでも美しいとは感じられない。女ってものは俺にとって、スクリーンの向こうで見るものではない。自分とデートするから女なんだ。とすると、俺より10センチも背が高い女は俺にとっては女じゃないし、ホワイトアングロサクソン自体興味ない。俺が美しいと思うのは君のようなアジア人の女だけだ」
 俺の話を黙って聴いていた女は、最後のlike you.のところで吹き出して、
 「ずいぶん勝手な理屈ね」
と笑ったが
 「でも、たしかに、そうかもね」
と言って、グラスの酒を一気に飲んだ。その様子を見て、俺は、自分の妹には聞けていないあることを、この際、聞いてみたくなって、彼女のグラスにお代わりを注いで質問した。
 「君の国も多民族だけど、オセアニアみたいな移民の国って色んな人種がいるだろ?恋人も色んな人種と付き合ってみるとかになるのかな?」
 「あまり人種は関係ないんじゃないの?たまたま好きになった人が例えば黒人だったとかいうだけで。別に黒人だから好きになった訳じゃないと思うわ。あなたみたいにアジア人じゃなきゃダメとか言う人は少ないと思うわよ」
 「君も、今まで付き合った相手は色んな人種がいたりしたのかな?」
 「私は、あなたと同じよ。自分と同じような外見じゃなきゃ惹かれないタイプなの。恋人はシンガポールに働きに来ている中国人のプログラミングデベロッパーよ」
 日本ならS Eと言うところだろうが、日本以外ではS Eという言い方は結構な上級職にしか使わない。
 「君は何してるの?」
 「高校教師よ。歴史を教えているの」
 俺は少し驚いた。アパレル系か美容系とばかり勝手に思っていたからだ。
 「歴史か。素敵だね。研究していて時間を忘れられる数少ない分野だ」
 「そうね。でも私のスペシャリティは教育だから」
 と言って少し寂しそうに笑った。
 俺は、その寂しそうな笑顔を見た時、踏み込んで、あれこれ訊いてみたい衝動が生じた。この女は、どこで生まれて、どこで育って、どんな子供時代、どんな青春時代を送ったのか。どういう恋愛をして、誰と暮らして、何を望み、何に悩んでいるのか。
 だが、もちろんそんなことには触れずに、差し障り無い凡庸な意味のない話(日本は、ホリデーかビジネスか、京都は好きか、歌舞伎町タワーは行ったか)をして、適当に時間をみて
 「こんな店だけど、自分の部屋だと思って、好きなだけゆっくりくつろいで欲しい」
 と言って離れた。
 彼女が俺に話しかけたくなれば、容易に声を掛けられる位置に俺は場所を変えて、お互いに、スマホをいじり始める。俺のスマホ画面は、Google Earthのストリートビューで、シンガポールのオーチャードロードを眺め、トーキョーの半蔵門の交差点を眺め、オークランドのミッションベイの丘の上を写す。
 俺は何故トーキョーから離れることが出来ず、日本人という似たような行動パターンの人たちだけに埋もれて、代わり映えのしない生活を生きているのだろう。俺は一体何をしているのか。
 まずいな。こう言う思考に囚われるのは。10年か20年に一度の割合でやってくる、人生リセットの欲求は、思うようにものを成し得ない自分の無能さに対する癇癪であり、俺のことを知っている人が居ない(身内の存在は別にして)場所に行きたい願望は、形を変えた自殺だ。

 だがもう、自分でも、気づいている。環境が変わって、周りの人間が変わっても、俺が変わらなければ、同じことの繰り返しだ。どこに住むかで、残りの人生でやれることが変わるものじゃないだろう。
 しかし、俺は何をしたらいいのだろう?子供がいない俺にとって金儲けはもう興味が無くなった。今の俺には、人の作った芸術を味わうか、自分で芸術をやるかしかしていない。芸術をするとき、時間は、あっという間に過ぎる。俺のしょうもない絵や、小説や、楽器にも、それなりに生みの苦しみはあり、一日は短い。だが、そんなことをやっていてどうなるというのだ。今更、売れることや、何十年も残ることは出来ないと分かっているし、仮に出来たとしても何の意味があるだろう。と、そこまで考えて、
 「あ」
 と声がでた。
 人間には仕事や芸術だけじゃない、やる事があった。
 恋。
 なんだか少し嬉しくなり、
「まだ、捨てるのは、やめておこう」
と日本語でひとりごちた。
 シンガポール人の女が不思議そうに目をあげて俺の方を見る。
 これからも、しばらくはTokyoにいることにすると決めたら自然に「愛が全て」のサビを口ずさんでいた。
 I can't give you anything
 But my love. But my love.
すると、彼女も
「ワオ。Stylisticsね」と言い、
 I can’t give you anything.
 But my love. But my love.
 とリフレインを合わせた。
              終わり

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