第104回 王都作 自由課題「暴風客」
〈ハルノファミリーシリーズ番外編〉
関連話
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人物紹介
春野里美(ﾊﾙﾉｻﾄﾐ 32)：都心在勤の会社員。
近藤珠子(ｺﾝﾄﾞｳﾀﾏｺ 52)：主婦。埼玉に住む。保守的。
近藤菜摘(ｺﾝﾄﾞｳﾅﾂﾐ 26)：珠子の娘。里美のルームシェアメンバーの一人。ストーカーされがち。埼玉県熊谷市出身。
唐沢亜芦麻(ｶﾗｻﾜｱﾛﾏ 29)：里美のルームシェアメンバーの一人。声優志望のウェートレス。
本編
《菜摘の母・珠子が深谷市から里美の住む606号室へ菓子折り持って押しかける。》
◯東京・武蔵野市吉祥寺・春野里美宅、玄関口（夜）
JR吉祥寺駅から徒歩5分の賃貸マンション606号室。
春野里美は一人でリビングに居た。
インターフォンが鳴り、(モニターに知らない中年女性の姿が映し出される。)
✕ ✕ ✕
里美、玄関ドアを開ける前にインターフォンの通話ボタンを押し、
里美「え〜、どなたですか？」
中年女性「(数秒黙ったまま)コ、コンドウ、と、申します……」
里美、目を見開き、驚く。
里美Ｍ「随分前……確かナツミがスマホ越しに話しててわずかに漏れ聞こえた小さい声。彼女の母親か」
里美「用件は」
コンドウ、口ごもりながら、
コンドウ「む、娘のことで……」
里美、深妙な表情で、
里美「どうぞ」
玄関ドアが開かれ、中年女性の足音が少しの間だけ響く。
◯里美宅・リビング（夜）
ロングソファーに里美と近藤が距離を置き並んで座る。
低いテーブル上に小ぶりの持ち手つきのグラスに入れた緑茶2杯。
コンドウ「娘がいつもお世話になり続けております……」
里美「初めまして。単刀直入に申しますが、あなたの後のほうのお名前とご用件をお聞かせください」
コンドウ「タマコ、王へんに朱色の朱、それに子をつけます。……用件は、娘の菜摘がこちらでどう過ごしているか教えていただきたく……」
里美「ありがとうございます。では珠子さん、よろしくお願いします」
互いにゆっくり礼をする。
珠子、自らの脇に置いている菓匠の紙袋を里美に差し出し、
珠子「失礼のないように選びましたが……」
里美、菓匠の名称に気づき、
里美「わざわざお高いものを・・・恐縮です」
ひたすら身を低くする珠子。
✕ ✕ ✕
珠子「私はアノ子、菜摘が変なところでおかしな人たちに絡まれて昔みたいにひどい目に遭ってはいないか、とてもとても心配で……安定した会社に行ってる夫と暮らしてる姉とは反対で……」
里美、ひたすら真面目に聞く。
里美Ｍ「ナツミは元昼夕勤コアバイター、現役熟女売りの駆け出しデリ◯ル・SM嬢。主な稼ぎ所は新宿の繁華街。アタシと住み始めた頃だったか、姉がひとり居るとは聞いたけど…。クラブで知り合って都心で同棲してた元ヤン事実婚夫との間に息子が一人。あの子は今、ナツミの実家で暮らして……それで！」
[回想]里美宅・ダイニング
シェアメンバー全員と話し中に、
里美「じゃあ、息子ちゃんとそろそろ…」
亜芦麻「そうするの？」
菜摘「まあ、いずれ、ね。…」
テーブル上の緑茶は冷め、量も減っている。
珠子「嫁いでからずっと埼玉に暮らし続けて今も同じ！娘たちが生まれても元夫は養育費すら入れず(東京の)北区や足立区あたりでパチスロ三昧！あの後アイツがどうなったか分かんないけど……(現実家がある深谷市を)私や菜摘の話を聞こうともしないあんな田舎！私は骨うずめない！ってずっと思っていまして、ワガママ許されるなら姉か菜摘の家で余生を過ごしたいとさえ……まぁそれは叶わないでしょうけど」
珠子、しばらく嗚咽混じらせて哭く。
里美、仕方なしに珠子の背中に触れる。
里美「あそこを田舎と仰っしゃられますか……ちなみにどちらのご出身で？」
珠子「札幌市内です。道庁裏手の方角にありました」
里美、柔らかな表情で頷く。
里美「こちらは愛媛の松山。まぁ市街地よりは少し遠いところですが。静かでゆっくりできますね」
珠子、急に赤面し、
珠子「し、失礼しました……そうとは知らずに」
里美「いえ、お気になさらず」
里美、話を戻し、
里美「あの、むしろ逆にお聞きしたいのですが、最近菜摘さんと何かあったのでしょうか？」
珠子「それが……その逆で……」
里美「ああ」
珠子「何年も暮らされてる春野さんも分かると思うのですが、アノ子は時折パニック障害を起こして周りに心配されることがありまして……鬱や私の罹ったものなら、私のできる限りサポートするのですが。こればかりは何とも……」
里美、これも仕方なしに、
里美「最近はそういったことは一度も起こっていないです。今のナツミさんはしっかりした大人ですし、あなたが口を出す必要はないと考えられますが」
珠子、唇を噛みしめる。
里美、引かずに続け、
里美「仮に彼女があなたの思う安全パイの配偶者を得ていわゆる“普通”の家族の一人として納まってくれれば、それでいいのですか？彼女は自身の人生の責任をきちんと取りながら生きています。ですので、どうか、引き続きそのままの距離からナツミさんを見守っていてください。私からも、切に、お願いいたします」
里美、言い終わるなり頭を深く下げる。
珠子、自身の目頭をハンカチで強く押さえながら、
珠子「……そこまでおっしゃる方は、初めてで、菜摘も、やっと幸せ者になれたのですね。……帰ります」
珠子、安らいだ表情で606号室を去る。
✕ ✕ ✕
◯里美宅・玄関口（夜）
亜芦麻、帰宅。
◯里美宅・リビング（休日の朝）
帰宅した菜摘、話を聞かされるなり、
菜摘「え！？ババアここに乗り込んだって？」
里美「そう。来たよ。コレ持って」
里美、珠子からの菓子折りを外袋ごと菜摘に見せる。
菜摘、真っ赤な顔のまま、
菜摘「先にお風呂入らせて！」
里美「ど〜ぞ♪」
里美、菓子折りをリビングの低いテーブルの上に置き、小さく呟く。
里美Ｍ「折角の鶴屋吉信なのに……何なら亜芦麻と食べよっか」
亜芦麻、寝起きのボサボサヘアでリビングに来る。
亜芦麻「ふぁ〜〜〜」
里美「能天気でいいわあんたは」
亜芦麻「ん？」
里美「なんでもない」
（了）
―― Material ――
手さげ袋画像
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〈ハルノファミリーシリーズ番外編〉
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人物紹介
春野里美(ﾊﾙﾉｻﾄﾐ 32)：都心在勤の会社員。
近藤珠子(ｺﾝﾄﾞｳﾀﾏｺ 52)：主婦。埼玉に住む。保守的。
近藤菜摘(ｺﾝﾄﾞｳﾅﾂﾐ 26)：珠子の娘。里美のルームシェアメンバーの一人。ストーカーされがち。埼玉県熊谷市出身。
唐沢亜芦麻(ｶﾗｻﾜｱﾛﾏ 29)：里美のルームシェアメンバーの一人。声優志望のウェートレス。
本編
《菜摘の母・珠子が深谷市から里美の住む606号室へ菓子折り持って押しかける。》
◯東京・武蔵野市吉祥寺・春野里美宅、玄関口（夜）
JR吉祥寺駅から徒歩5分の賃貸マンション606号室。
春野里美は一人でリビングに居た。
インターフォンが鳴り、(モニターに知らない中年女性の姿が映し出される。)
✕ ✕ ✕
里美、玄関ドアを開ける前にインターフォンの通話ボタンを押し、
里美「え〜、どなたですか？」
中年女性「(数秒黙ったまま)コ、コンドウ、と、申します……」
里美、目を見開き、驚く。
里美Ｍ「随分前……確かナツミがスマホ越しに話しててわずかに漏れ聞こえた小さい声。彼女の母親か」
里美「用件は」
コンドウ、口ごもりながら、
コンドウ「む、娘のことで……」
里美、深妙な表情で、
里美「どうぞ」
玄関ドアが開かれ、中年女性の足音が少しの間だけ響く。
◯里美宅・リビング（夜）
ロングソファーに里美と近藤が距離を置き並んで座る。
低いテーブル上に小ぶりの持ち手つきのグラスに入れた緑茶2杯。
コンドウ「娘がいつもお世話になり続けております……」
里美「初めまして。単刀直入に申しますが、あなたの後のほうのお名前とご用件をお聞かせください」
コンドウ「タマコ、王へんに朱色の朱、それに子をつけます。……用件は、娘の菜摘がこちらでどう過ごしているか教えていただきたく……」
里美「ありがとうございます。では珠子さん、よろしくお願いします」
互いにゆっくり礼をする。
珠子、自らの脇に置いている菓匠の紙袋を里美に差し出し、
珠子「失礼のないように選びましたが……」
里美、菓匠の名称に気づき、
里美「わざわざお高いものを・・・恐縮です」
ひたすら身を低くする珠子。
✕ ✕ ✕
珠子「私はアノ子、菜摘が変なところでおかしな人たちに絡まれて昔みたいにひどい目に遭ってはいないか、とてもとても心配で……安定した会社に行ってる夫と暮らしてる姉とは反対で……」
里美、ひたすら真面目に聞く。
里美Ｍ「ナツミは元昼夕勤コアバイター、現役熟女売りの駆け出しデリ◯ル・SM嬢。主な稼ぎ所は新宿の繁華街。アタシと住み始めた頃だったか、姉がひとり居るとは聞いたけど…。クラブで知り合って都心で同棲してた元ヤン事実婚夫との間に息子が一人。あの子は今、ナツミの実家で暮らして……それで！」
[回想]里美宅・ダイニング
シェアメンバー全員と話し中に、
里美「じゃあ、息子ちゃんとそろそろ…」
亜芦麻「そうするの？」
菜摘「まあ、いずれ、ね。…」
テーブル上の緑茶は冷め、量も減っている。
珠子「嫁いでからずっと埼玉に暮らし続けて今も同じ！娘たちが生まれても元夫は養育費すら入れず(東京の)北区や足立区あたりでパチスロ三昧！あの後アイツがどうなったか分かんないけど……(現実家がある深谷市を)私や菜摘の話を聞こうともしないあんな田舎！私は骨うずめない！ってずっと思っていまして、ワガママ許されるなら姉か菜摘の家で余生を過ごしたいとさえ……まぁそれは叶わないでしょうけど」
珠子、しばらく嗚咽混じらせて哭く。
里美、仕方なしに珠子の背中に触れる。
里美「あそこを田舎と仰っしゃられますか……ちなみにどちらのご出身で？」
珠子「札幌市内です。道庁裏手の方角にありました」
里美、柔らかな表情で頷く。
里美「こちらは愛媛の松山。まぁ市街地よりは少し遠いところですが。静かでゆっくりできますね」
珠子、急に赤面し、
珠子「し、失礼しました……そうとは知らずに」
里美「いえ、お気になさらず」
里美、話を戻し、
里美「あの、むしろ逆にお聞きしたいのですが、最近菜摘さんと何かあったのでしょうか？」
珠子「それが……その逆で……」
里美「ああ」
珠子「何年も暮らされてる春野さんも分かると思うのですが、アノ子は時折パニック障害を起こして周りに心配されることがありまして……鬱や私の罹ったものなら、私のできる限りサポートするのですが。こればかりは何とも……」
里美、これも仕方なしに、
里美「最近はそういったことは一度も起こっていないです。今のナツミさんはしっかりした大人ですし、あなたが口を出す必要はないと考えられますが」
珠子、唇を噛みしめる。
里美、引かずに続け、
里美「仮に彼女があなたの思う安全パイの配偶者を得ていわゆる“普通”の家族の一人として納まってくれれば、それでいいのですか？彼女は自身の人生の責任をきちんと取りながら生きています。ですので、どうか、引き続きそのままの距離からナツミさんを見守っていてください。私からも、切に、お願いいたします」
里美、言い終わるなり頭を深く下げる。
珠子、自身の目頭をハンカチで強く押さえながら、
珠子「……そこまでおっしゃる方は、初めてで、菜摘も、やっと幸せ者になれたのですね。……帰ります」
珠子、安らいだ表情で606号室を去る。
✕ ✕ ✕
◯里美宅・玄関口（夜）
亜芦麻、帰宅。
◯里美宅・リビング（休日の朝）
帰宅した菜摘、話を聞かされるなり、
菜摘「え！？ババアここに乗り込んだって？」
里美「そう。来たよ。コレ持って」
里美、珠子からの菓子折りを外袋ごと菜摘に見せる。
菜摘、真っ赤な顔のまま、
菜摘「先にお風呂入らせて！」
里美「ど〜ぞ♪」
里美、菓子折りをリビングの低いテーブルの上に置き、小さく呟く。
里美Ｍ「折角の鶴屋吉信なのに……何なら亜芦麻と食べよっか」
亜芦麻、寝起きのボサボサヘアでリビングに来る。
亜芦麻「ふぁ〜〜〜」
里美「能天気でいいわあんたは」
亜芦麻「ん？」
里美「なんでもない」
（了）
―― Material ――
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コメント(6)
拝読しました。まだ私の中でキャラが掴めていないというか、うまく表現できないのですが、珠子がすごくつかみどころのないキャラクターな感じがして、それが味わい深くて好ましく感じました。応対する里美も、受け答えが個性的です。
個人的な話ですが、私は実家が埼玉にありまして（両親は北海道出身なのですが）、吉祥寺に住んだこともあります。親戚にも越谷出身のものがおりまして。なので、読んでいてなんだか、埼玉県民の繊細な心？をいい意味でざわつかせる感じがしました
いや、そこが面白かったんです。
関東に住んでいた時期が長かったんですが、今は広島に住んでいるので、
なんというか関東民それぞれが持つ、自分の県へのイメージだったり、関東外の人が関東へもつイメージだったり……
県民性とも違うんですが、それぞれの土地が持つイメージだとか、小説の中での地名の効果だとか、そういうの考えると面白いなぁと思いました。
個人的な話ですが、私は実家が埼玉にありまして（両親は北海道出身なのですが）、吉祥寺に住んだこともあります。親戚にも越谷出身のものがおりまして。なので、読んでいてなんだか、埼玉県民の繊細な心？をいい意味でざわつかせる感じがしました
いや、そこが面白かったんです。
関東に住んでいた時期が長かったんですが、今は広島に住んでいるので、
なんというか関東民それぞれが持つ、自分の県へのイメージだったり、関東外の人が関東へもつイメージだったり……
県民性とも違うんですが、それぞれの土地が持つイメージだとか、小説の中での地名の効果だとか、そういうの考えると面白いなぁと思いました。
>>[2]
返信遅くなりました。
コメントありがとうございます。
>味わい深くて好ましく
嬉しいです♪そう取っていただけたことはこちらもしては想定外で。書きながら「ちょっと重そうな…」と思ってましたから(汗)
里美の受け答えは、確かに個性的ではありますね。
菜摘が世間の朝昼中心の暮らしと違い、それに増してデリケートな類のサービス業でもあることを踏まえて書きました。人によってはとても誇りを持って取り組まれています。そのことが伝えられたらなぁ…と。
>個人的な
あら、ご存知の地域でしたか〜☆
ボロ出てないか気になりま…(略)
確かに分かるところですと、興味深いほうの面白さで読めそうな(◔‿◔)
(地理に関するイメージ語りの数々)
さこ、気づいてもらえたんですね！わ〜い
返信遅くなりました。
コメントありがとうございます。
>味わい深くて好ましく
嬉しいです♪そう取っていただけたことはこちらもしては想定外で。書きながら「ちょっと重そうな…」と思ってましたから(汗)
里美の受け答えは、確かに個性的ではありますね。
菜摘が世間の朝昼中心の暮らしと違い、それに増してデリケートな類のサービス業でもあることを踏まえて書きました。人によってはとても誇りを持って取り組まれています。そのことが伝えられたらなぁ…と。
>個人的な
あら、ご存知の地域でしたか〜☆
ボロ出てないか気になりま…(略)
確かに分かるところですと、興味深いほうの面白さで読めそうな(◔‿◔)
(地理に関するイメージ語りの数々)
さこ、気づいてもらえたんですね！わ〜い
- mixiユーザー
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