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神奈川【市民と野党と労組】連帯コミュの憲法九条メッセージブログ都市づくり

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梅原猛氏は 「9条の会」を発足させた理由をこう語っています。
 「いまのように滔々たる日本右翼化の中で、やがて憲法9条を変えて、再び軍事国家になるのではないかという危惧からです。また日本は戦争をするのではないか、そういう危惧を私ども戦中派は身にしみて感じますね。
 私などは、マルクス主義に対して反対の立場をとってきたので、マルクス主義者からは保守反動、右翼のように言われたけれども、その当時から私は、日本は平和憲法の下で民主主義的な国家を作っていくべきである。平和憲法には新しい人類の理想が盛られているので、それを守っていこう、その理想の上に自分の思想を考えようという立場をとってきました。
 『9条の会』に私も参加したのですが、私はもう少し広い層を入れた方がいいという考えです。」(月刊『世界』9月号 インタビュー〈靖国は日本の伝統から逸脱している〉より引用)

  大江健三郎氏も、こう書いています。
 「この6月、私は考えを突き合わせて一緒に働きたい人たちと、憲法「9条の会」を呼びかけました。……集まってもらった記者の質問に答えました。つねづね憲法改正を社論にかかげている新聞社からは出席がありませんでしたが、やはり大新聞の……記者の質問が、私にも向けられました。『なぜ、あなた方が、いま、これをやるのか?』。
 ……つまり、年寄りの冷や水じゃないか、と言われているのだとしてもその通りなので、私は自分の考えを述べました。
 ……なぜ今かといえば、いまを私がかつてない憲法の危機と見なすからだ。イラク戦争に自衛隊が送られて、それが国会での議論もなく多国籍軍への参加に置きかえられようとする現実がある。国民の世論はそれを批判するが、野党はよく闘いえていない。解釈による憲法のねじ曲げが、それもかつてなく大きい歪曲と新規の立法を現実が追認する。そして固定化する。政府与党によるその『慣行』が小泉政権下では大規模に公然と進行している。
 それがこの国をブッシュ戦略のただなかに踏み込ませ、引き返しようのないところへ押し出している。 その全体を一挙に合法化するものとして、新憲法第9条を否定する新々憲法が成文化することになれば、この国をアメリカの覇権から自立させる手がかりの、最後のものがなくなり、アジアから寄せられてきた不信は動かしがたいものになるだろう。私が答えたのは、このようなことでした。」
 「記者会見の後、私のまだ座っている所へ近づいて来たさきの記者が、こう言いました。
 〈あなたは、今の危機について、私の新聞もそれを指摘しているとおり、と言ったが、うちの論説委員の半ばは、改憲派だ〉。そういって、いったん立ち去った後、引き返してきて、〈憲法を改定して、国際貢献をするということだ〉と付け足しました。」
 「私は骨身にしみたのです。それではマスコミの中核で地殻変動が起こっている、ということなのか……。」「そのような思いをベッドまで持ち越した私に、明らかな将来の風景として、改憲後の、自分の身の処し方が浮かんで来ました。……」
 (月刊『世界』8月号 「あらためての〈窮境〉より――教育基本法、憲法のこと」から引用)

フォトジャーナリストの広河隆一氏も記しています。
 「……自らの国益のために他国を占領した歴史を、私たちは体験している。その結果、相手と自国にどのような悲惨な事態を引き起こすことになったのか、私たちはまだ忘れていない。」
 「いま私たちは、他国を爆撃して侵攻したアメリカを支援して、自衛隊を差し出した。人々の心の中には言いようのない不安感が漂っている。この国の愚かな政府は、私たちと私たちの子孫を、どのような恐ろしいところに導こうとしているのだろうか。」
 「政府だけに責任があるのではない。メディア、とくにマスメディアの責任も問われなければならない。9・11事件の後、日本の多くのマスメディアはアメリカに追従する道を選んだ。大義なきアメリカの戦争を多かれ少なかれ支持してしまった。その結果、報道は、攻撃する側、爆撃する側からのものに偏った。被害者の姿は、この戦争の正当性を傷つける恐れがあるからと、注意深く除かれた。……」
 「今、日本ではこのようなメディアのあり方が日常化している。ジャーナリストの本来の役割は権力への監視ではなかったのか。…」
(フォトジャーナリズム月刊誌『DAYS japan 』4月創刊号「特集・大義なき戦争」より引用)


 これは「いつか来た道」そのままではありませんか。
 60代以上の方は思い起こして下さい!
 戦後生まれの方は、気張って読んで下さい!
 国家統制のもと、国を挙げ、まるでお祭り騒ぎみたいに「日の丸」の小旗を振り、学生たちまで戦場へ送り出し、他国へ攻め入った過去の歴史の事実を。新聞もラジオも、さらに学校教育や町内会隣組までが、「天皇陛下とお国のために立派に死んでこい!」煽りたてたのです。

 きっと若い世代は、こう問うでしょう。
 なぜ? なぜ、そんな阿呆みたいな事が? なぜ、国民は許してしまったのか? バッカ(馬鹿)みたい!

  しかし当時は、「主権在民」でなく、「主権在君」だったのです。女性はもちろん、庶民には選挙権も被選挙権もなく、天皇の命令に服従するしかなかったのです。
 「もの言えば、唇さむし」。地域も職場も学校も、監視態勢下、密告態勢下にあり、新聞もラジオも政府発表そのままに連日、嘘八百を報じました。
 世の中はあげて「右へならえ!」のファシズム。そんな嵐が吹き荒れる中、戦争政策を批判する者は容赦なく弾圧され、国民の多くは沈黙し、夜と霧の中で思考力を失っていきました。
 男たちは「徴兵」に、女たちは軍需工場へ強制的にかり出され、若者たちは戦場で死んでいきました。
 「銃後」に残された者たちも、みんな犠牲者でした。かけがえのない息子や父を、愛する夫や恋人を、兄弟や友人を失った無数の同胞たち……。 

 本土決戦の「捨て石」とされた沖縄は焦土と化し、日本の主な都市は廃墟と化しました。
 広島、長崎の原爆被災者の言語に絶する苦しみは、今もなお続いています。
同胞ばかりではない。あの戦争によってアジア各国のじつに数千万の庶民が殺されたのです。日本の庶民は「被害者」であると同時に、意識するかしないかは別に、客観的にはあまりにも罪深い「加害者」でもあったのです。
 (口惜しく死んでいった若者たちの思いは、日記や手紙を収めた書籍「きけ わだつみの声」や「雲流るる果てに」、あるいは戦没画学生たちの遺作ミュージアム「無言館」などを、ぜひご覧ください。)

 そして悲惨な敗戦――。痛恨の思い……。慟哭……。その深い苦悩と反省から生まれた叡智の結晶が日本国憲法です。
 だから私たちは誇らしく思い、それを次世代を担う子どもたちに伝えるため「教育基本法」を制定しました。こうして国際社会の中で、日本は名誉と信頼を取り戻したのです。



 〈憲法前文から〉 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人類相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」

  

 
 画・小黒 まり子
 

 〈教育基本法〉 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。

 第1条(教育の目的) 教育は、人格の完成をめざし、平和的国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われねばならない。
       


 これこそが日本国民の総意に基づく堅い堅い「決意」と「誓い」です。
この憲法を選び取ったからこそ、日本の庶民は、戦後59年間、曲がりなりにも平和を維持し、今日の繁栄を築いて来れたのだと思います。

 いま、憲法が足元から揺らいでいる非常事態。しかし私たちは、どんなことがあろうと、この憲法だけは瞳のように、我が子のように大切に守りぬかねばならぬと考えます。国民一人ひとりが勇気を奮い起こし、いま考えねば、いま発言せねば、いま行動せねば、またもや後世に悔いを残すことになるでしょう。

 ジャーナリストの筑紫哲也氏(元朝日新聞編集委員)も書いています。
 「……有権者が政治家を見る目、評価基準がもっと厳しい社会だったら、いま進行している参院での年金審議のようなことは起きえない。なぜなら、構成員の半数が改選される選挙は目前だからだ。『お前はなぜこんなずさんな法案に賛成したのか!』と個々の議員が厳しく問われ、『現職以外なら誰でもいい』という新人有利の状況を創り出しかねないからだ。
 有体に言えば、ナメられているのだ。
 それより何よりぞっとさせられるのは、この程度の水準の議論、審議、議決しかできない、その同じ人たちによって、これから憲法という大事なテーマが取り上げられ、その帰趨が委ねられようとしていることである。
 ……何度も繰り返すが、この程度の人たちが、この国の将来のあるべき姿を描き出す設計図にも当たる憲法を新たに作ろうというのは恐ろしい話ではないか。」(週刊『金曜日』2004.6.4)

 国民の進路を決める国会議員の80%が「改憲派」だという事実も黙過できません。
 国民が黙っていたら、あれよあれよという間に押し切られ、「気がついたら戦時だった」という事態にもなりかねません。


 
 
         

  
 今度は、私たちが問われています。
 私たちは戦争を容認する国民になるのか、ならないのか? 今はまだ憲法は健在。まだしも言論が自由な今、この時にこそ事態を食い止めておかねば、取り返しがつかなくなります。
 いつか、子や孫たちに「あの時、祖父母や父母らは何をしてたの! ただ指をくわえて見てたのか! 何も考えていなかったのか!」と嘆かれることになるでしょう。
 いまこそ、宗教や世界観、職業や立場など、一切の違いを乗り越え、「憲法前文と第9条を守りぬく!」、「戦争は絶対に許さない!」の一点で結束し、一人ひとりが、あらゆる知恵と力を出す時だと考えます。


〈第12条〉 【自由及び権利の保持についての国民の責任】 

 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ


  
 皆さん、お一人お一人に心から呼びかけます。
 今すぐ、あなたの率直な声を寄せてほしい。
 どの人であれ、生きて在る人は、生きている限り、自覚しようがしまいが、そのままご自分の「精一杯のメッセージ」を全身で発信しているはずです。人は感動や怒りや不安や夢を、いっぱい持っているからこそ生きていられるのですから。
 私たちは、あなたのその心を、しっかりと読み取りたいのです。
日本国憲法、とくに第9条について、教育基本法について、またイラク戦争や過去の戦争について、また政治や外交の今日の状況について、また子どもたちや若者たち、女性や高齢者の現状についても、あなたご自身の率直な想い、主張、悩み、不安、迷い、怒り、祈りや願いを、できるだけ「簡潔に」表現してくださいませんか。
 表現形式は、まったく自由です。
 散文(ひとりごと風でも、手紙風でも、日記風でも,
エッセイ風でも)、詩、短歌、俳句、川柳、狂歌、漢詩、絵手紙、イラスト、マンガ、絵画、書、彫刻、写真、ポスター画、作曲(楽譜)、手工芸、衣裳など、どんな表現形式でも自由気ままです。
 あなた自身の、「あなたらしい簡潔なメッセージ」を、急ぎ寄せてください。


 




          
      
 
 
 
 








画・神門 康子

 
 
 寄せられた「メッセージ」は、可能なあらゆる機会や場で、広く紹介していきたいと思います。
 ラジオ放送での紹介(たとえば、京都が誇るFM放送『ラジオ・カフェ局)、あるいは、画廊展示、朗読音楽会なども企画しています。また、インターネット・ホームページでも発表させて頂きます。(ホームページはすでに開設し、好評公開中!)
 さらに、それら多様で多彩なメッセージを、そのまま事務局で編集・出版し、書籍の形で広く世に投げかけたいと考えています。この草の根からのメッセージ文化の創造が「現代の万葉集づくり」にもなれば、と期待しています。

 これらの夢を実現するためには、かなりの資金が必要になります。ぜひ、知恵を絞って浄財を集めて下さいますよう。
 また、この「よびかけ」リーフレットの趣旨にご賛同下さるなら、あなたのお友達や親しい方々にも主旨を知らせ、お薦めくださいますよう。
 一見無力な平和を願う庶民の意思が、強い権力者の邪悪な意図に勝てるか?
 国民がそれぞれの立場で、知恵を出し合い、いのちをかけるなら、必ず勝てます! 私たち一人一人は「微力」であっても「無力」ではないのです。
 未来の歴史を左右する勝負! それが、まさに今、問われています!
 私どもの心からの願いが、あなたの胸に必ずや届き、響いてくれますように――。


2004年 10月 





憲法9条メッセージ・プロジェクト
    (略称 「K9MP」) 現代の万葉集づくり事務局


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