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80年代ボクシング黄金期4強コミュの4強語録

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トピ立て失礼します。

レナード、ハグラー、ハーンズ、デュラン、80年代中量級4強の名言などは、このトピでシェアしていきましょう。

よろしくお願いしますね^^

コメント(10)

ハグラーとの激闘を終え、試合後の記者会見で・・・


「彼のタイトルが欲しいと思ったことはない。ただ、彼を倒したかっただけだ。

今でも、彼は二人といない世界ミドル級王者だと思ってる・・・

マービンは、俺を傷つけはしなかった。刺激してくれたがね。

後半は彼のパンチ力を感じたけど、彼はそれまでに6〜7R失っていて、だから仕方なくしゃかりきにやってたのさ。

突っ込んでは動く、打っては逃げる、なじる、じらす。これがこっちの戦略だった。

ハードな試合になるのはわかっていた。だけど、俺が先制攻撃をかけた。

奴は、俺を意気地なしと呼んでくれたんだよ」


そう言うと突然、シュガー・レイ・レナードは席を立った。


「他に言うことはない」

そして、去って行った。


「Number170」より
レナードとの試合後、記者会見で・・・


「心の中で感じてる。相変わらず、俺がチャンピオンなんだとね。

奴らが俺の手からタイトルを取り上げて、よりによってレナードにやったってのはたまらねぇな・・・

眠るだろ、それで眼が覚めた時、もう一度これがホントのことなんだと思わなきゃならないなんて、信じられないぜ。

レナードは、3度ゴングに救われた。

奴は時々、お嬢ちゃんみたいな闘い方をした。あいつの連続パンチなんて、どうってことはない・・・

タイトルを奪うには、俺をもっと徹底的にやっつけるべきだったと思うぜ」

マービン・ハグラー
1989年のボクシングマガジンから、レナードのインタビューを・・・


■あなたが最も心を燃やして戦った相手は、誰ですか?

レナード「それはハグラーだ。次はハーンズとのリマッチ。そしてデュランとのリターンマッチ」


■あなたのベストファイトは?

レナード「色々な意味で、ハグラーとのファイトが私のベストだった」


■では、ベストラウンドは?

レナード「ハグラー戦の第9ラウンド」


■デュランとの第1戦、敗因を教えて下さい。

レナード「私はデュランのボクシングで戦った。つまり打ち合いだ。

あの時は自分のボクシングではなく、デュランと同じように足を止めて打ち合うファイトをすることを決めていた。

デュランは凄く強かった。そしてスマートで、スピードもあった。

カウンターパンチも素晴らしかった」


■実力ランキングを作ると?

レナード「1番はハグラー、2番はハーンズ、3番がデュラン、4番が私で、5番がマイケル・ナン」


(インタビュアーは林一道さん)

2004年のボクシングマガジンから、デュランのインタビューを・・・


■ご両親は何をなさっていたのですか?

デュラン「メキシコ人の父は私が生まれてすぐ、家族を捨ててアメリカに渡ってしまった。

だから母が、兄と私と妹の3人を養ってくれたんだ。いつも腹が減っていたので、働くのは当然だった」


■チャンピオンになって、人生を変えて見せると?

デュラン「いや、チャンピオンになれるなんて、グリーンボーイ時代は思っても見なかった。

キャリアを積む中で、タイトルが見えてきたんだ。

ターニング・ポイントとなった試合は、1971年10月の小林弘戦だね。

『元世界王者にこういう勝ち方ができるのなら、世界王者になれるかもしれない』ってね。

試合運び、駆け引き、コンビネーション・・・等々、満足できる試合だった」


■チャンピオンになるには、何が必要でしょうか?

デュラン「まずは、リングでの経験だ。

経験がファイターを成長させ、耐久力を作る。 それから、パンチ力も重要だね」

(文は林壮一さん)

>>[5]  有難うございます♪

伝説と戦った名王者、小林さんも歴史に残るチャンピオンですね。

ラストマッチと決めていた?小林さんVSデュラン、伝説の終わりと始まりだったのでしょう^^



■苦戦した相手は?

デュラン「前座時代は、ルイス・パティーナ(パナマ)だね(1969年11月、8RTKO勝ち)。

メインイベンターになってからは、初めての世界戦で戦ったケン・ブキャナンだね。

ブキャナン戦は、冗談抜きに『殺してやる!』という気持ちでリングに上がった。

私のアイドルだったイスマエル・ラグナ(パナマのスーパースター)をブキャナンは2度下していた。

だから、『仇は俺が取る!』と誓っていたんだ。


私の知る限り、ラグナの敗因はコンディションが優れなかったから。実力で負けたとは、どうしても思えなかった。

だからブキャナン戦はただのファイトではなく、私怨が含まれたものだった」


■初黒星を喫したエステバン・デ・ヘスス(プエルトリコ)は?

デュラン「MSGのリングに上がって、独特の雰囲気にのまれてしまったようだ・・・

初のダウンも喫してしまったね」


(ボクシングマガジンより)

>いもたろうさん

ガッツ石松と高山将孝もデュランと対戦していますよ。両方KO負けしましたけど。どちらも後に世界王者になったというのは、デュランのレベルの高さを思わせますね。
高山将孝は世界チャンピオンになっていませんよ。
そーでしたね。勘違いしてました、すいません m(_ _)m

ガッツさんは今でも海外で仕事するとき、「俺はデュランと試合したことがある!」と言うと、周囲の人の目が尊敬のまなざしになるって言ってましたね。

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