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戦国時代/戦国武将コミュのもしもの歴史

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もし織田信長が本能寺の変で亡くなってなくてその後の清洲会議で三法師が織田家の家督相続と決まったときにもし織田信長や織田信忠が表れたらどんな行動、どんなことを言うと思いますか??

コメント(265)

> 滝野川権衛門さん

ありがとうございますわーい(嬉しい顔)
> 滝野川権衛門さん

勝頼が自害する前に本能寺の変が起き、信長が死亡したら当然織田家は動揺しますから、その間に長曽我部、毛利上杉に協力してもらい織田家包囲網を敷く事は可能でしょうか?


できなくても、信長が死んだ事によって朝廷に圧力をかける事は少なくなると思うので武田家が朝敵にはならなくなると思うのですが…どうでしょう?
武田ー北条ー上杉が東で協力、西で毛利ー四国が協力、こうなると東は徳川ー信忠ー柴田、西は秀吉が対決することになって、なかなか面白い歴史ですね。
結局、秀吉と家康が勝てば・・史実に戻ってしまうじゃないか・・

こっそり、忘れないで、と義昭・・
>滝野川さん
>天正十年三月
武田勝頼自害が3月11日じゃ無いでしょうか?(出先のため文献で確認していませんが)
武田が木曽路から撤退し、伊那口の信濃国衆が戦わずして織田に走ったのは2月中(?)だったと思います。
> ナリタさん

すみませんあせあせ(飛び散る汗)


説明不足でしたね冷や汗


これは勝頼が自害する前にもし本能寺の変が起きたら?というifの話です。


>>235
椀物にしたという記録がありますね。
食べる部分はあんまりなさそうですしね。
http://www.azuchi.org/town/azuchikondate.htm
ここに実物?がありますが、フランス行った時にメニュー調べていけばよかったか・・
>カレー星人さん

193で私が書いた条件+穴山が寝返らない、という状況であれば
勝頼さんはもしかしたら生き残れるんじゃないかと密かに思ってますが
空色さんに「無理じゃと言っとろうがこらあああああ!」
と怒られはしないかと内心ヒヤヒヤしております(^^;;;;

関東に限定すれば前年まで武田が北条を圧倒してたわけで
佐竹らと連携して封じ込められるんじゃないでしょうか。
ってなわけで武田と北条が同盟を再び結ぶ可能性は少ないかと。
>>238
刊行されてたところが倒産しちゃいましたからね。
どこかのデータベースに入ってないかな。
もしもを語る場合、前提の条件はしっかり定め、そこはいじらないようにしないと話が食い違うばかりのように思います。
>カレー星人さん
>232
いや、こちらこそ無遠慮なツッコミ申し訳ないです。
>「3月といえば既に武田家中から離反者が出始めて」
この部分にだけ反応してしまいました。
言いたかったのは「3月じゃ出始めどころかすでに総崩れ〜」っていうだけですw

>みなみ「足跡返せ」さん
>もしもを語る場合、前提の条件はしっかり
そのとおりですね、せっかく年忘れに「もしも」で楽しむのですから、楽しめる条件は整える方が良いと私も思います。
>滝野川さん
>武田はじめ敵国とどのような外交
当座は上杉は柴田、毛利は羽柴の現場の判断を受け入れる形ではないでしょうか?
信長が現場の独断専行を認め、成功時は褒美を失敗時は処罰をもって対処していたやり方を継承すると思います。

信忠自身も武田攻めで独断専行を思いっきりやっていましたし、ここをいきなり変えたら老臣が叛くのを覚悟しなくちゃいけないポイントだと思います。

信忠自身は、武田に降伏勧告を出して返答期限までの猶予時間を使って美濃に帰還すると思います。
日付次第ですが、3月2日の高遠陥落前だったら「甲斐一国は許す」条件が出るかもしれませんね。

>光秀をすんなり倒すことができるのか?
秀吉の出方と首尾次第と思います。
東西からの挟撃の体勢を作れれば、光秀に付くものは史実と同様に居なくなるでしょうから、すんなり行くと思います。
逆に(高松城攻め直前の)秀吉が何らかの理由で姫路で立ち往生すると、摂津衆を味方に付ける為には誰かの何らかの「活躍」が必要になるかもしれません。

>後ろ盾を失ったときの信忠の力量
大義名分とやるべき役割がばっちり出来上がっていますから、敵討ちが終わるまでは政治家としての能力はあまり問われないと思います。
実務をしっかりした部下に任せ、威勢良く美辞麗句を並べているだけである程度は出来てしまう立場だと思います。
迷ったりビビったり日和ったり「だけ」しなければ勤まると思います。

戦後処理からは、見識と人使いの能力が問われてくると思いますが、それも「どのような形で光秀との決着が付くか」次第だと思います。
信忠が潔すぎて光秀、秀吉を利したことになるようですね。
3月に信長本能寺で殺されるだけでは条件設定が不十分のようですね。
光秀の挙兵も、父子とも殺せるのが前提だったようだし。
自分は光秀は信忠がいたことを知らなかったのでは、の方に注意が向きますね。

秀吉が光秀を倒したからあれだけど、もし姫路で休憩してたら光秀軍はもう少しまとまってなかったでしょかね。
毛利との連携があれば秀吉もそう簡単には動けないだろうし、そうなると信忠単独尾張美濃VS光秀になるかもしれない。
となると光秀が京を制圧しておけばどこがメイン戦場になるか。

この場合信忠軍に家康がどういった加勢の仕方をするかですかね。まず信濃は後回しで信忠に合流した場合、史実の秀吉のようなかなり有利な立場に徳川がたつことになるかも。
そうなるとやっぱり史実に近くなるかな・・

その後信濃争乱を徳川主戦で片付けることができたとするとやはり徳川が一番得をした形になるかもしれない。
こういった流れだと秀吉があまり歴史に登場しなくなってしまう・・

なので秀吉がやっぱり織田家内部の動揺を誘う作戦に出ると・・史実に近くなって面白くないなぁ。
あけおめ〜。

武田征討時の信忠軍はさすがにそこまではいないでしょう〜。
信長が「遠方につき兵糧不足の心配もあり兵は少なめに」と書状を出してるぐらいですし3万でも多いぐらいじゃないかとは思いますけどね、メンバー見ても。

その後も信長はいろいろアドバイスのお手紙たくさん出してるし、家康たちもフォローしてるから「信忠が武田を滅ぼした」みたいな解釈は少し悩ましいところ。

織田家ー軍自体が信長個人の強力な個性によって作り上げられたものでもあり、そのカリスマがいなくなった時点でその家がどうなるかはこれまた悩ましいかもしれない。
信忠はまだ20代前半ー半ばでもあり、秀吉、家康のしたこと考えると対等に渡り合っていけたかどうか、これも実に悩ましい。

朝廷が信忠個人をどこまで信用したかも難しいし光秀が京を押さえて守護のような立場に臨時でなればまさか京に攻めあがるわけにもいかない。
そのうち毛利や四国勢にまで上洛なんて話になったら天下統一どころか織田家自身がどうなったか。

秀吉は孤立して姫路から動けないし家康はまず関東制覇に集中するでしょうし、信忠自身の能力の問題になるわけですが・・回りに歴史に名を残す武将さんがウジャウジャいる中、「逃げて雑兵にやられるならきれいに散っていくがや」の若者がどうなるか・・
あんまり楽観的にはなれなかったりして・・
光秀が京都守護になっても信忠、秀吉、勝家のいずれかは仇討するのでは。ここらは単独でも光秀と戦える。
家康も半数の兵を残しての上洛は可能だろうし、滝川や丹羽もいるでしょう。信雄、信孝また同様、ここらは単独ならともかく二人以上なら光秀と戦えるし、後詰がいくらでも期待できる。
光秀の檄に応え、上杉、北条、武田、毛利の多くが滅亡覚悟の積極的軍事行動を起こさない限り光秀には滅亡あるのみ。
しかし彼らの多くは織田の内輪もめに乗じ、自領拡大はしても積極的に光秀を助けたりはしないでしょう。
>みなみ「足跡返せ」さん
>上杉、北条、武田
お言葉を返すようで恐縮ですが、これらは「滅亡覚悟」の行動は起こさないでしょうが、光秀に暫らく長生きしてらうことが自家の利益にかなうので、それなりの連携を図る可能性は高いと思います。
秀吉の「大返し」のような大胆な軍事行動が行われない限り、第一次(元亀)の織田包囲網のときの浅井ように2〜3年は光秀も生き残れる可能性は無視出来ないと考えますが、いかがでしょう?
連携前に信忠か秀吉が決戦を挑み、一度は勝っても次から次に後詰がやってくると思います。
まあ3ヶ月前で論議するにしても条件設定をしっかりしないと水かけですね。
秀吉は姫路から動けないでしょうし、柴田も上杉健在ではそう簡単には動けない。
信忠は「敵討ち」なので命がけで戦うでしょうが、その他の家臣はどこまで「忠義の臣」であるか。
また包囲網的な地方の雄の武将は、信長の脅威がさればとりあえず喜んで提携し自領安定を図る。

タラレバついでだと、家康が光秀と組む可能性すらある。
光秀が土岐の出身かどうかは別として、美濃は光秀、尾張は徳川、となれば利害は一致する。
織徳同盟はあくまで東の脅威に専念するためで、東が提携し脅威になれば家康は「敵討ち」のために西で戦うと言うのもかなりのリスク。
それよりは、尾張安堵、の条件でなにか不穏なことを考えるかもしれない。

重要なのは、信長が当時最強として、そのナンバー1として15年も実績もあげたのは光秀ということ。しかも実際に「信長を倒した」。
この評価は素晴らしいものでしょうし、後の秀吉、家康の出世は先の話。
謙信も信玄も信長もいない天正十年では光秀が中心になる可能性は高い。
実際に京を押さえてるし。

というわけで、百戦錬磨信長に勝った光秀VS敵討ちに燃える若き2代目、だとそんなに簡単に信忠が勝つとも思えず、タラレバには絶好のネタかもしれませんね。
>みなみ「足跡返せ」さん
>条件設定をしっかりしないと水かけですね。
そのとおりですね(^^;

私は、史実に4次元的に「天正10年3月1日未明に織田信長が明智光秀に討ち果たされた」という結果のみが当事者に、何の前触れも無く押し付けられたと想定したので、史実上でもとより織田と関係修復不可能になっていた四国長宗我部氏との「連携が不可能な速度」で「兵力的に圧倒」されない限り、光秀は負けても四国に落ち延び、土佐が織田家に降るまでは生き延びると考えます。

長宗我部はこの時期いちばんイケイケな勢いのある大名の一つですから、渡海という制約もあり1年やそこらでは落ちないと思います。(毛利との講和が成立していないのが一番大きいです、次いで武田・上杉・北条ら関東の動向です、これを見極めるまで全軍の半分も四国には投入出来ないでしょう)

また、史実の時期と違い、このときの織田家の「即応可能な兵力」は(秀吉軍以外)京より東に大きく偏って配置されているため、四国への脱出ルートを完全に閉鎖する包囲網の構築は困難だと思います。
秀吉が動けなければ、摂津衆も(少なくとも信忠が都に迫るまで)旗色を濁すと思います。

光秀的には、長宗我部と四国を押さえ、毛利および秀吉と結んで将軍義昭を立てれば(武田、上杉が滅び、関東が織田に降らないない限り)互角に近い戦いが可能だと(希望的観測を含め)考える余地があるので、京を失っても大人しく切腹などせずに命汚く粘ると思います。

そして、こういった準備期間が与えられた場合は、信忠軍との間に大きな兵力格差が出来たときには、百戦錬磨の光秀は決戦を避け、遅滞戦術を駆使して四国へ落ちる戦略をとるであろうと思います。
秀吉の状況は、3ヶ月後の高松城の膠着時よりかなり引き上げやすい気がします=詳しくはわかりませんが。
光秀の年寄が四国に逃れれば放っておけば良いだけ。
細かいですが、三月一日はまだ秀吉は出陣しておらず姫路城にいたのかな。
出陣が15日だから信長からの命は受けて用意にいそしんでただろうから、さてそこでどうしてたか。
高松出発は当初二万ぐらいで途中裏切りとかがでないようじっくり行動してる。
だからこの二万で京に向かい光秀と勝負、というのはありそうだけど、姫路からはほぼ脅威の無い状態でなら出陣できても、後ろを毛利が狙ってるとしたら敵討ちに向かえたかどうか。

光秀と毛利との連携も考慮しないといけないし、信忠がいるのならそこまで急いで敵討ちに出る必要があったかどうか。
光秀も姫路の秀吉を抑えるのを第一義に毛利、四国との連携を取るだろうしかえって姫路で行動が取りにくい状態になってかもしれない。

織田家臣ナンバー1でずっと勝ち残ってきた光秀の実力は軽視できないと思うし、2代目信忠もまた勝負どころ。
より複雑で面白いタラレバが展開しますかね。
>みなみ「足跡返せ」さん
>光秀の年寄が四国に逃れれば放っておけば良いだけ。
はい、わたしもまさにそうなると思います、というか、他に良い手はないと思います。

>常駐3号さん
>三月一日はまだだ秀吉は出陣しておらず
私はその解釈で考えています。
西側のキーパースンは間違いなく秀吉で、彼が先手を取らないと長期化は避けられないと思います。

一方東側は、信忠が主力を返せばおそらく上杉の援軍が間に合い、武田はつかのま息をつくことが出来る。
信長の信濃仕置き前の状態なので、一つ間違えば信州は一触即発の緊張感が高まると思います。
北条は当然色気を出しますし、家康は難しい決断を連続して迫られると思います。

織田サイドだけから見ても、若き信忠は、信長が受けて立った包囲網よりは楽とはいえ、東西に敵を抱えて老臣を統率し切れるのか?
器なしと見られれば、家康は独立し秀吉は自分勝手なことを始めて柴田等と対立する・・。
光秀も、京から打ち払っても四国に落ち、長宗我部に強力な軍師(笑)が加わり将来の禍根となります。
一度は死に体となった武田も、上杉北条と連携してしまえば息を吹き返す恐れがあり、ここもしっかりと抑えなければいけないところです。

とてもドラマティックでスリリングな数年間になると思います。
信忠が光秀を討つと突然頭角を表し、絶大な権力をふるいだす


前田玄以
>ナリタさま
あけおめで〜す、今年もよろしく。
さて、自分は信忠の評価が高いのが少し不思議なぐらいで、すいません、彼自身は何も武功とかあげてないし、本能寺では座してやられてしまった・・というわけで、光秀ー信忠でもそんなに簡単に光秀敗走とも思えないのですよね。
またこの両者の戦いはどこで起こるのでしょうね。
安土城は制圧されてるし美濃からの遠征軍が陣をはれる場所が有効にあったかどうか。秀吉じゃないですが安土の金銀放出すれば地元民は味方になるでしょうし、叡山のうらみもあるだろうし、竹やりで刺されるのはどっちだろうって・・

やはり光秀最強の敵は秀吉しかいませんが、エグい秀吉は「光秀と信忠、どっちかが倒れてしまえば後は楽だな」とか考えそうでイヤらしい。
秀吉は三方を敵に囲まれるわけで、家康と似た状況だしそんなに簡単に信忠に味方したり対光秀攻撃に出るとも思えない。

そうして見ると光秀は「ノイローゼ謀反」どころか初期からある程度有利な状況にあったとさえ思えて、賢い秀吉や家康はこれを利用しようとするかも。
そうなるとタラレバのタラレバ、なのですけど、史実通りになっていくか、バランスよくなったところで連邦制みたいになっていくか、第三勢力が出るか、となかなか面白ろそうですなぁ。
>常駐3号さん
本年もよろしくお願いいたします。
>信忠の評価が高い
私自身はあまり高く評価している意識はありません(^^;
若く血気盛んな「攻撃したがり」な武将で、危機管理や裏の読みあいなどは未熟な人物だと思っています。
ただ、信忠を盛り立てようとする人間はたくさん居ると思うので、彼らを上手く統率できるかが気になりますね。
特に信長と同世代の臣は、信忠の積極性を危ぶんで「あれだめ、これだめ」と慎重論が多くなると思うので、そのあたりの折り合いが付けられるか? が信忠政権が「完成」するかのポイントだと思います。
>決戦場
「関ヶ原」だと面白いと思っていますw

>滝野川さん
>光秀を抱え込むことにメリット
光秀には、その脳みその中身だけで値千金の価値があると強く主張しますw
京、朝廷の知識、畿内情勢の知識、織田家の内情・人材・内政方針・軍事態勢の知識・・
これらの情報は織田と戦うにしても従うにしてもあまりにも貴重です。
長宗我部が馬鹿でなければ、一度は受け入れてこれらの情報を可能な限り吸い上げるでしょう。
その上で、情勢次第でどうにでも遇せるように、兵を与えずに手元に留めるのではないでしょうか?

史実の経緯を考えると、信忠が長宗我部を懐柔するには四国の総領分を認めるしかなく、しかも長宗我部は一度反故にされた警戒心がありますから迅速に進めるには朝廷に官位や綸旨を出して貰うなどの工作が必要になるでしょう。
しかし、それが出来るのはおそらく京から光秀を追い払った後だと思われるので、光秀が「負けて四国に逃げ込む」のには間に合わないと思います。

光秀の四国逃亡を阻止できるのは秀吉のみ(それも毛利を動かし調略がらみで)だと思います。
堺屋太一゛秀長゛に家臣が仇討をすることに世間はさして同情しないが、子が親の仇討をすることや、それを支援することには応援するというようなことを書いてます。

しかし私は秀吉にしても勝家にしても仇討を起こさないと、体面を失ってその後に誰からも相手にされなくなる気がしますから毛利や上杉から所領を奪われようと、滝川一益のように仇討に向かう気がしてなりません。

室町幕府での将軍殺しや大名殺しの際はどうだったかな。

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