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立花宗茂コミュの立花宗茂について語ろう。

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東の忠勝、西の宗茂と評される猛将「立花宗茂」について、
また、実父・高橋鎮種や妻・�訐藺紂μ�川や
筑後などでもOK^-^
自由に語ってください。

コメント(48)

秀吉の九州征伐まで若干20にして、立花城への島津軍の包囲を防ぎきった立花宗茂は英雄です。関ヶ原の戦いで秀吉への恩義から西軍についた時も、華々しく戦い徳川家康に猛将のイメージを植え付けました。稀にも徳川に見出され、柳川20云万石の大名に返り咲くあたりは物凄いことだと思います。ある意味順調に出世して最後は大名になる今年の大河ドラマのサクセスストーリーもいいですが、こういう立花宗茂のような波乱万丈な大名の物語りこそ価値があると思います。
>サッサさん
柳川は、のどかな所ですよ。
川下りでは柳川城の内堀をゆっくりと一周楽しめます。来られたらぜひ、いかれてください^-^

>shinyaさん
・柳川
  柳川城・柳川川下り、久留米城・高良山の夜景(久留米)
・佐賀
  佐賀城(あまり思いつきません)
・武雄
  武雄というか、少し西に移動して、有田・伊万里や
  佐世保(ハウステンボス)・平戸(平戸城周辺)、北では唐津(唐津城)・呼子(イカ・
  名護屋城跡)
・秋月
  秋月城、十キロほど移動して大宰府(天満宮・九州博物館)
・福岡
  住んでると観光地が思いつきません..すみません。
  (シーホーク、箱崎宮、天神周辺などかな..^;)
  でしょうか...

>かわちゃんさん
私もぜひとも、立花宗茂は大河ドラマにして欲しいし、ふさわしいと思います。
九州を舞台にした大河ドラマは極めて少ないのでそろそろNHKさんには考えて欲しいです。
>shinyaさん
柳川だと、三柱神社とかもいいですよ。
立花道雪、立花宗茂、�訐藺紊了或佑�祀られた神社です。
去年の夏、放火で焼けてしまいましたが。。。
あと、御花、武家屋敷、掘割、よく映画やドラマの撮影で使われる沖ノ端の漁港とか。
江戸時代の横綱雲龍(土俵入りの雲龍型で有名)も柳川出身(合併前の大和町)で、雲龍記念館みたいなのがあったような。
それから、柳川へ来られるのなら、鰻のせいろ蒸しはぜひ食して帰ってください。

秋月は好きな町で、秋月城跡近辺は小京都の風情があります。
桜の名所でもあります。
確か、城跡内にある歴史館には、黒田家の甲冑などが展示されてました。
食べ物は、葛が有名です。

福岡は、ももち浜近辺がキレイです。
海岸には南欧風のマリゾンあるし、福岡タワー、博物館、ヤフードームなどのホークス関連の施設があります。
博多や中洲は、福岡人の粋や人情を感じさせる場所です。
櫛田神社、中洲川端、キャナルシティ、アジア美術館、そして屋台。
買い物だと繁華街の天神、ちょっとこじゃれた大名、今泉など。
そして忘れてならない福岡城。
少し遠出をすれば、伊都国をしのぶにはもってこいの志摩(海岸がきれいです、ロケカフェいくつもあります)、九州の歴史の宝庫大宰府、海の正倉院沖ノ島がある宗像などなど。

佐賀、武雄は詳しくはありませんが、佐賀は幕末から明治にかけて活躍した江藤新平、大隈重信ら佐賀の七賢人の足跡を辿ってみるのもいいかもしれません。
武雄は確か温泉がありますよ。
あ、柳川と福岡の追加。

柳川は北原白秋の故郷で、白秋生家、北原白秋記念館があります。
隣町で僕が住んでる大川には、作曲家古賀政男の生家、記念館があります。

福岡には、忘れちゃならない立花山城、岩屋城がありました。
立花山城は新宮町の山、岩屋城は太宰府市の山にあります。
どっちも福岡市からそれほど離れていません。
行ったことないんでどんなかはわからないですけど。
>makottoxさん
>bureさん

いやあ、ありがとうございます。参考になります。
柳川は、会社の近所ですけど、
御花には行ったことはないですね、
自分の住んでるところの
隣が大牟田なので、

 三池藩があったはずなんですけどね
陣屋跡には行ったことないなーー

 柳川は、のんびりとしてますね
>左衛門佐さん
おおっ、柳川に近いですね^-^
柳川のんびりしてますね。以前、柳川でどじょう鍋食べた思い出があります。
『和楽』3月号に、「物語のある日本の名宿」として柳川の御花も紹介されてるみたいです。
読んでないけど。
>吉茸さん
紀伊国屋いって探してみます^-^

>bureさん
御花は格式ありますよね。
こんにちわ。はじめまして。

戦国時代の武将で直接大きな戦いを行って不敗なのは、立花宗茂と上杉謙信ぐらいしかいませんね。
特に立花宗茂は小勢なのに何倍もの敵を破る戦いぶりは実質日本一の武将と言っても過言ではないと思います。

その優れた武勇の立花宗茂と知略日本一の真田昌幸を味方にしながら、適材適所の戦略を誤り敗れた関ヶ原の戦いは残念でなりません。この2人が当初から西軍の中心にいたら負けるわけなかったのに。
こんにちは。初めて書き込みます。
柳川に出掛ける度、立花宗茂に思いを巡らしています。

ある意味トンデモ本と言えますが、
工藤章興の「反関ヶ原」(学研)に出てくる立花宗茂が、
フィクションなんですけれど、結構そそります。
皆さんが知っている宗茂公の逸話ってどんなのがありますか?
いえ、どんなものがあったかなあとド忘れしてしまいまして・・・
宗茂公の逸話といえば、関が原の敗走のとき
西軍が京都の宇治、勢多の橋を落として撤退しようとしたら
「古来宇治勢多の橋を落として勝った者はいない」と言って
破壊を止めさせて、後日その話を聞いた家康が宗茂公の教養にも
感心したと言うことを聞いたことがあります。
父の仇の島津と九州に帰った話は、後の人に譲ります。
僕が思うに、戦国時代で「快男児」という言葉が似合うのは島左近と宗茂公と思うのですがどうでしょう?
(前田慶次もはいるかな?)
>快男児
歴史街道9月号の立花宗茂特集のタイトルが
『[総力特集]天下無双の快男児 立花宗茂 「信義」を通して生きる』でしたね。
戦国武将祭りに潜入、あの大河ドラマで甲冑を制作して、島田紳助さんもオーダーメイドした、丸武さんの制作で、宗茂公の甲冑が展示していました。
最近出た本、『名将と参謀 時代を作った男たち』中央公論社 山内昌之、中村彰彦共著
で道雪、紹運に触れている箇所があります。
どうせ既知のことしか書いてないだろうという予測と、自分が知らないことが書いてあれば、という淡い期待を持って、敢えて立ち読みせずに家で読むために買ってしまいました。
そして新しい知識を得ました!『名将言行録』に載っている道雪と紹運の話が、『日新館童子訓』に採用されいる、という話です。詳しくはこの本をお読み下さい!
私は、「武将は立花、藩と人は会津が日本一」を標榜しているので、この話を読んで嬉しくなってしまいました。
最近の調査で分かったんですが、宗茂の後正室「立花八千子」と執政「矢島重成」姉弟は、豊臣秀次の正室「一の台」の姪・甥だったので、秀吉によって実母「月祥院」(一の台の実姉)と共に立花家お預けとなり、そこで宗茂と相思相愛となってギン千代を追い出す形となり、柳川再封の最大の功労者である重成は徳川時代には立花家五家老での筆頭となっていきますふらふらexclamation ×2
特別展[立花宗茂]本日開催おめでとうございます!

三柱神社でいただいた勝守の御利益もあり、
当店の新ゲーム「戦国大戦」も大好評です。

特別展で本も買いたいので、20日以降に行きたいと思います。
11月20日に「立花宗茂検定」がありますね。
受けてみたいような気がします。
みなさんどうですか?
> たかひろ@大蔵侍従さん

もしそんな人物だったのなら、紹雲公や道雪公に見放されているんじゃないですかね〜?

『立花家の三千は他家の一万に匹敵』すると称された勇猛な家臣も宗茂がそんな人物ならついていかない気がします。
色々欠点はあったと思うんですが、人物が魅力的過ぎて、欠点は完全に覆い隠されてしまってますね。美談が多過ぎるからかもしれません。イフの世界ですが、関ケ原で東軍についていたら、宗茂の後の代は徳川家によって取り潰されるか、小大名へ減封されただろうという気がしますね。最初から東軍に味方していたら、合戦後50万石クラス?の大大名になっていたでしょうから。立花家の良さの一つは、結果的に10万石強の中大名であり続けたということだと思います。こう考えると、欠点もいいように解釈してしまう自分がいますね(笑)。ここに宗茂ファンの“わな”があるのかもしれません。
たかひろさんご指摘の通り、敢えて欠点に目を向けることも必要であると思います。
欠点を聞き、そんな宗茂公のある意味すごい《 我が儘 》に最後まで尽力した筑前・筑後の立花家家臣や領民達の器のデカさに感服です。

家臣は出奔しようと思えば出奔できたはずですし、領民も嫌なら協力しなきゃあいい話ですし…。

ここで話を聞き、宗茂公のみならず、その家臣や領民達も敬愛してしまいました。(笑)

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