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福岡で映画を見るコミュの西原理恵子原作の映画

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今、僕の中で西原理恵子ブームなので、
西原理恵子がらみの映画を見てみた。

好きなマンガを映画化したものを見ても、
ほぼ失望するので、
できるだけ見ないようにしているのだが、
西原理恵子のマンガだけは、
うまく映画化したら面白くなりそうだと思い、
見てみることにしたのだ。

マンガを映画化する時、
原作にはない設定が加えられることがあるが、
そのせいで原作が台無しになったり、
ストーリーの意味そのものが大きく変わってしまうことがよくある。

今回見た3本も、すべて改変が加えられていた。


「ぼくんち」阪本順二

この映画における大きな改変は、
舞台が島になったこと、
そして、二太の姉である、かの子が、
実は二太の母親だったという設定にしていることである。

この二点が変わると根本的に違う話になってしまう。

そしてかの子が観月ありさで、
こういちくんが真木蔵人という配役も
イメージが違い過ぎると思った。
観月ありさの母親役が鳳蘭というのも、
あまりにもミスキャスト。

どうかしてるぞ。
もうちょっと原作に敬意を持て、阪本。


「女の子ものがたり」森岡利行

この映画における改変は、
三人の女の子が、そこそこ可愛いというところだ。
西原理恵子にあたる役なんて深津絵里である。

三人が三人とも貧乏でブスでバカで田舎者だというのが、
このマンガの重要な設定なのだが、
西原理恵子役以外のもう一人も、
幼い頃からかなり可愛いのである。

西原理恵子の世界では、
そこそこ可愛い見た目の女の子には充分に利用価値があり、
町を出てホステスになるとか、
小金持ちの男をつかまえるとか、
それなりに潰しがきくのである。

そんなこともできない、
箸にも棒にもかからないような女だからこそ、
シャブ中のDV男なんかに引っかかって、
最悪の目に遭って相手を刺したり、
宗教にのめりこんだりするのである。

あんな鮮烈な原作を
どうしてこんな甘々な脚本に改変するのだろうか。
それならば西原理恵子ではなく、
岩舘真理子とかのマンガを映画化しておけばいいではないか。


「パーマネント野ばら」吉田大八

この映画における改変は
主人公の菅野美穂が、
高校時代に先生と付き合っていた
という設定にしていることである。

その先生が死んでしまったため、
ちょっと頭がおかしくなっているらしい
というストーリーの流れになっている。

そうなると、離婚して実家に帰ってきたことも、
それが原因ではないかというストーリーに変わってしまうのである。

つまり、高校時代に好きだった先生のことが忘れられず、
その後の人生に影響を与え続けているという、
純愛物語のようなお話になってしまっている。

西原理恵子のマンガはそんな甘っちょろいものではない。

色々な夢や希望が全て打ち砕かれて、
最後の最後に自分の妄想の世界に逃げ込むしかなかった、
というのが、本来のこのマンガの主人公である。


なぜマンガを映画化するにあたって、
こんな改変がなされてしまうのだろうか。
マンガをそのまま映画化するのが不可能という場合もあると思う。

また、自分なりの作家性のようなものを
なんとか表現したいと思っている脚本家や監督もいるかもしれない。

そして、恐ろしいのは、
脚本家が根本的に脚本というものをわかっていないまま
書いているような場合もあるようだということなのである。。

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