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インテンションコミュの第8話 「再びの絶望」

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透明なビニールに囲まれた無菌室の中で、威咲が眠っている。

左腕には赤い輸血の管が、右腕には薄黄色い点滴がつながっていて、鼻には酸素を送るチューブが装着されている。

死体の様な顔色だなと、薄寒く感じながら威咲を眺めて、幾佐は医師の言葉を改めて思い返した。

『再生不良性貧血です』

医師が言った言葉に、幾佐は思わず『…はは…っ』と、間抜けな溜め息をついた。
『貧血やったら、なんか美味いもん食わせて休ませといたら、すぐ良ぅなりますよね…』
うっかりそうであって欲しい気持ちで言った。だが、医師は『とんでもない』と、首を横に振った。

『今のところ、威咲君の容態は重篤です。とても動かせる状態ではありません。』
『……』

医師が淡々と説明を続ける。

『確かに、極度なダイエットや、充分な栄養が採れない事が原因の貧血なら、適切な食事療法と休養だけでも回復は望めます。

ですが…そもそも、血液は骨髄で生成されるのですが、威咲君の場合は、骨髄の異常の為に、どんなに栄養がある物を採っても、体の中で充分な血液を作る事が出来ません。

今の威咲君の体内の血液成分は、健康な人の半分以下です』

幾佐だって元は医師だったから、血液についての知識ならある。

言われている事がいちいち分かってしまうのが嫌でたまらない。

『見た目には分かりにくいですが、充分な血液を体内で作れないから、体内では出血多量によるショック状態のような事が起こっていると想像して下さい。まずは輸血と投薬、何より絶対安静が必要です。その後の経過にもよりますが…』

このあたりから幾佐は、頭がクラクラしてウンザリして、自分が貧血になりそうな気がしていた。

『まだ若くて体力があるうちに…出来れば5年か10年以内に骨髄移植をすれば…』

5年?10年?

幾佐はうつ向きながら、血液専門内科の医師の話を聞いていた。

『完治の望みもなくはないですが…』

が…?

言い淀む医師に目線を向き直してみた途端に、幾佐はイラッとして

『俺ら来月、M‐1の決勝なんです!威咲はいつ退院出来ますか!?』

『わかりません』

それは残酷な宣告だった。



幾佐は、威咲の動向を思い返してみる。

いつの間に『ダリィ』が挨拶代わりになったんだろう…?

ふいにしゃがんだり、壁や柱や何かにもたれかかってボンヤリしていた…
みんな、赤血球が減ってしまったからの貧血症状だったんだ。

風邪をひきやすくなって、なかなか治りにくかった。
不摂生だからだと責めて、アスピリンやタバコを取り上げたりもした。けれど、あれは白血球が減少して、免疫力や抵抗力が落ちていたからだ。

時々鼻血を出したり、倒れた時、左手の小さなキズから出血が止まらなかったのは、血小板も減少していたからだ。
血小板は止血作用があるが、それが減少していては出血しやすく止血しにくい。

何もかも、体内で血液が十分に作れない『再生不良性貧血』という、骨髄の難病のせいだった。

なんで今まで気がつかなかったんだろう…

具体的な病名にまで気が付かなくても、どうして、もっと早く気が付かなかったんだ…?

デビューしてから、舞台やテレビやラジオやインターネット、あらゆるメディアに拾われて、波が来たから、その波に乗って来たんだ。
やがて、朝も昼も夜もわからない、めまぐるしい毎日がやって来た。
疲れたって当たり前だと思っていた。

けれど何より、楽しくてしょうがなかった。

お菓子のコマーシャルに出たり、ゴールデンタイムのドラマにキャスティングされたり…どんなに忙しくても、辛くても、ふたりとも楽しくて楽しくてたまらなかったのは本当だ。

確かに しんどかったけど、死ぬ程しんどかったけど…
まさか本当に、威咲が死にかけるなんて夢にも思わなかった。


幾佐の背中をトントンと誰かが叩いて、振り返ると

『つつじさん...』
『お疲れ様。連絡ありがとう。...威咲が迷惑かけて、ごめんなさいね』

迷惑なんて、とんでもない。と、社交辞令みないな台詞を言うのも変だと思えて、幾佐は言葉もなくただ俯いてしまう。

『くーちゃん、ホンマに嘘つかれへん子やなぁ。昔っから威咲は、くーちゃんに迷惑ばっかしかけてきたもんねぇ』

柔らかく微笑んで、つつじが幾佐の腕を引く。

『談話室でコーヒーでも飲みながら話せえへん?』

甘いとも苦いともつかない中途半端な味の缶コーヒーを飲みながら、幾佐とつつじが向き合う。

『くーちゃん、これから仕事とか、どないすんのん?』

『キャンセルはご法度やから、威咲の分まで俺一人でも予定が入ってるんはこなさなアカンし』

『そんな無茶苦茶したら、くーちゃんまで倒れてしまえへん?』

『俺らがおるとこ、無茶苦茶が当たり前の世界やねんで』

半笑いで幾佐が答える。

『くーちゃん?ひとりでも芸人続けるのん?』

幾佐は言葉につまる。

『もう、威咲は復帰なんか、骨髄のあうドナーがいない限り、復帰なんかできへんよ?』

幾佐の顔から、笑みがすうっと消える。

威咲の回復が、輸血や投薬でどこまで望めるのか未知数ではあるが、完治に至らない限り、芸人の様な体を張った仕事はとうてい無理であろう。

貧血や、免疫力の低下もさる事ながら、血小板の低下による出血のしやすさと止血のしにくさが最大のネックである。
特に、頭部や腹部をうっかり強打して内出血を起こしてしまっては、それこそ命の保障はないのだから。

立って喋るだけ漫才ならまだしも、若手の仕事はもっとビジュアル的な派手さが求められる。
アミューズメントパークの新作体感ゲーム、秘境の山奥、渓谷での体当たりレポ、暴れまくるコントや新喜劇、、、普通の体でさえ生傷の絶えない現場に、どうして今の威咲が耐えられるだろうか。

それに、立って喋るだけの漫才、その話芸こそ実は最も至難の芸なのだし。

ああ、そうだ。このままなら、『インテンション』は解散だ。


頭を抱えて黙って俯く幾佐に

『くーちゃん、、、うち、来週、お見合い、する、よ?』

つつじの瞳が訴えている。

もう、あきらめて帰ってきてよ...と。

幾佐には、再び勉強し直して、医師としてつつじと結婚して欲しいと。

その、つつじの切なる願いは、幾佐にも伝わってはいたけれど、

『つつじさん、お見合いとか、結婚とか、俺、今は、決められへんし…』

コクっと唾を飲み込んでから、幾佐は言った。

『そういう事、自分で決めてください』

『そう…、そうやね…』

仕事とあたしのどっちが大事なの?なんて陳腐な台詞は、つつじは口が裂けても言いたくなかった。

『さよなら』

パタパタと、かわいい足音が病院の廊下を走って遠去かっていく。

『つつじさん…』

追いかけようとして、でも、幾佐は追いかけられない。

ただでさえ子供のような、つつじの小さな後ろ姿がもっともっと小さく消えていく。

その後ろ姿を見失った時、幾佐は、ふたつの絶望を悟ってしまった。

立花威咲とのコンビでの『インテンション』の未来と、

その先にあったはずの、立花つつじとの未来。


M―1でグランプリを勝ち取ったら、幾佐は、表彰される場で舞台のマイクを引っつかんで叫んでやるつもりだったのだ。

『立花威咲のお姉さんの立花つつじさん!俺と結婚して下さい!!』

幾佐の中では、勝算があるつもりだった。

もしも、つつじからの答えが『ごめんなさい』でも、それはそれでネタにして、違う形でリベンジを狙えば良いと思っていた。


幾佐は、フラフラとソファに座りこみ、深い溜め息を吐いた。

ふと、上着のポケットに何か入っているのに気がついて、出してみると、それは威咲から取り上げたタバコとライターだった。

タバコをくわえ、火を付け、ゆっくり煙を吸い込んで、ゆっくり吐き出してみる。

頭がクラクラするのを感じて、でも、その感覚が何だか心地よく感じられて、

あぁ…だから、威咲はタバコを吸っていたのか、と、妙に納得をしてしまった。

窓から見える冬の星空は、医師になるのをあきらめた、あの時の空とよく似ていた。


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