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集え!銀太郎エイジ!!コミュの銀太郎の仲間達(その他同時期に活躍した車両達)

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銀太郎と同時期に導入された、「スニーカーS」や「小太郎」(P-MR112F)に「小銀太」(P-U32K)、さらには銀太郎等の後継者「赤バス」達を語るトピです。

コメント(25)

トピを作ってから、しばらく放置しておりましたダメダメ管理人ですwww
さて、このトピでは色々な車種を取り上げていきたいと思います。

まずは「銀太郎」の弟分にあたる「スニーカーS」と「小太郎」こといすゞジャーニーP−MR112Fを取り上げます。

小回りの利く中型バスとして、地方で重宝された「スニーカーS」。
貸切塗装の車両は、一部で「小太郎」とも呼ばれました。
「スニーカーS」の名前は、「銀太郎」と同様に公募で選ばれました。
選外の中には、銀太郎をもじった「銀次郎」等もあったといいます。


1枚目の画像は、万代営業所の専用スペースに止まっている「スニーカーS」3台。左からA89、A90、A101です。万代は市内のスニーカー路線のうち2路線を担当、2系統美術館線と10系統鳥屋野体育館線を受け持っていました。
2系統に入る車両には、万代シテイと古町のスーパーやデパートの広告が入っていました。
共通予備として、貸切カラーの車両(A29やA52)も在籍していました。学生時代に10系統にはよく乗った思い出があります。

2枚目は、おそらく巻営業所持ちと思われるA67。貸切カラーの車両は地方各地に散らばっており、いすゞディーラーの無い佐渡にも在籍していました。
地方のマルチプレイヤー的活躍をしており、東三条駅前〜新潟競馬場線や、代走ではありますが、村上〜免許センター新潟線及び新潟〜新津〜五泉線等の急行バスにも使われました。
私は五泉線で乗車したことがあるのですが、小さい車体で必死でがんばる走りはなんともユーモラスでした。もっとも、運転士さんは勝手が違うので大変だったと思いますが・・・。

3枚目は同型車種のリアスタイル。市内線用の車両にはサボ受けがついていました。車内の話になりますが、搭載されていた運賃箱には2タイプあり、この車種専用のやや小さめのものと、大型車と同じものがありました。
また、乗降用ドア前(一般車で言うところの助手席部分)には3パターンあり、スニーカーとして製造された車両は道具入れが設置され、地方配置の車両は一人掛けシートが付き、地方から市内へ転属してスニーカーになった車両はシートが撤去されているといった差異がありました。

この車両が引退した現在では、社内用語として「スニーカー」という愛称が残り、ふそうエアロミディMJにバトンを引き継いでます。

私が学生になり毎日通学で利用し始めた頃、スニーカーSは新潟市内でも第一線で活躍しておりました。平成5年くらいの話です。
もちろんバスカード対応になっておりましたが、これが他のGXXXのバスと違い、カードリーダーが運賃箱と一体ではなく、いかにも後付けと云う印象だったことを記憶しております。
このスニーカーSも、気づいたら無くなっていたと云う印象です。

あと、急行新潟〜免許センター〜村上線や、急行新潟〜新津〜五泉線にも使われていたんですか?
運転手も乗客も大変だったと思いますが、これらの路線は、いつ頃まで残っていたのでしょうか?
素人車両さん>
確かバスカードの機械は、高速バスの後付リーダーと一緒でしたっけ?

急行運用は代走だったんで、しょっちゅう使われていた訳ではありませんでした。五泉営業所に至っては、スニーカーを山の下に召し上げられた後だったんで、水原から借りてきたくらいでしたし。

急行村上線や新津・五泉線は、確か平成3年頃まで残っていたのではないかと思います。
続いては、こちらも「銀太郎」の弟分であるP−U32K。
こちらは一部の現場で「小銀太(こぎんた)」と呼ばれていたそうな。昭和62年と63年に計25台増備されました。
デビュー時の新潟日報「新潟交通コーナー」に、「牡丹山線専用車デビュー」と銘打って紹介されたように、長尺車が入りにくい路線用として投入されたようです。

1枚目は原型のG784−N。入船営業所に配属され、牡丹山線や竹尾線、河渡線等で運用されていました。運用間合いで附船町線や昭和大橋線に入っていたのは、「なまず」同様です。

2枚目は「赤バス」カラーに塗り替えられたG851−N。窓枠まで赤い初期カラーです。中部営業所に配属されており、平島線等で見かけました。

3枚目は晩年の同車、五泉営業所で予備車となっていたときのもの。
窓枠の赤は銀色になり、現行カラーとなりました。

なお、G852−Nが新潟交通観光バス寺山営業所に今でも在籍していて、坂井輪コミュニティバス「Qバス」の予備車として、月に数回新潟市内を走っています。
続いて1990年から、今までの「銀バス」のイメージを変えた「赤バス」として投入された車両たちのご紹介。
最初の赤バスは、1990年7月1日に40台が一斉デビューしました。内訳は山の下10台(P−U33K)、西部・内野5台づつ(P−MP218P)、入船6台・下山4台(P−LV314K)、南部10台(P−LV314Q)。
今までの板張りからベージュのリノリウムに変わった床板、ハイバックシートの採用など、車内のイメチェンも同時に行った意欲作でしたが・・・登場後に市民の間で塗り分けについて拒絶反応が起き、マスコミを巻き込んでの大騒動に発展したのでした。これを受けて、翌年投入の車両から窓枠を銀色に戻したカラーが採用され、これが現在まで続いています。

1枚目の画像は投入当初のG1023−N。現行カラーよりも重い感じがしますよね?

2枚目は現行カラーのG1015−N。U−UA440HSNと見分けが付きませんね(笑)。
次は内野と西部に配属されたP−MP218P。画像は内野営業所明田車庫所属のG1030−M。エアロスターKにはこの塗装お似合いだと思いますけど・・・いかがですか?

2枚目は入船営業所所属のG1037−I。いすゞ車としては、K−CJM470V以来の短尺車で、初めてのIKコーチボディ。新潟市内を初めて純正キュービックが走ることになるとは。

3枚目は現行カラーのG1041−Iです。
そして今回ラストは、南部に配属されたP−LV314Q。前年の富士重工ボディから一転、こちらも純正キュービックになりました。客室サッシが大きいところは、「なまず」に通じるところもあり、いすゞのDNAが受け継がれていることの証?ともいえるでしょう。

1枚目と2枚目は、デビュー日に撮影したG1054−I。まだ運用に入っていなかった車両を、特別に動かしていただいて撮影。

3枚目は現行カラーとなっったG1050-I。こちらの車両も急速に数を減らしています。
こちらでは初めまして。
こちらでもよろしくお願いします。

1枚目のA89と101、確か最後は弥彦でしたでしょうか。
旧新交西貸切バス管内では、ふそうMJや観光格下げが出てくるまで、
長く重宝されたと思います。

私の場合、新潟交通のバスと言えば、
小さい頃は銀バスよりも観光色のスニーカーのイメージが強いです。
三条や弥彦管内は、長きに渡り、この車ばかりでしたから。
閑散路線用に大量に導入されたわけですが、
最後まで居たのは、市内から転入した車ばかりではないかと思います。

美術館線は、百貨店巡回の買い物バスという意味合いがあったので、
ダイエーや伊勢丹、大和の広告を付けて走っていましたっけ。
降車ボタンも、大和とかの広告が入っていた気がします。

後に電鉄の燕〜月潟が廃止された際の代替バス車両にも、
狭隘路の関係か、市内から回されたスニーカーが活躍していましたね。

私にとっては、、80年代後半の時点においては、
北村CJMや、5EのいすゞLVが幅を利かす越後交通の拠点だった三条において、
異文化ともいえる存在感を発揮していたような気がします。
異文化といえば、燕駅に乗り入れて来ていた、巻からの中型バスは、より強烈でしたが。
> townbus-Jongno09さん
お世話様です。そういえば、スニーカー初代は弥彦に流れたんでしたっけ。巻にもまとまった数いましたよね?

思えば、職場の近くを走る路線にも貸切カラーのスニーカーが走ってました。コレは13・14系統がスニーカーに変わった際に、地方から召し上げた車両なんですよね。その後エアロミディに代わり、今は大型やエルガミオまで走ってますが(藁

思い出すのは、サイドブレーキがステッキ式で、引く時に「チキチキチキ〜」っていう、何ともチープな音がした事。今のクルマはエア式で「パシュッ!!」って音がしますよね。

考えてみれば、あの車はキャブオーバー構造だった訳で、かつて新潟市内を走っていたガスバスの再来?!とも思えますね。
とりあえず、7年位前の、
弥彦と三条へ行ったスニーカーの画像です。

G969-Mさん>

地方から市内へ召し上げられ、逆に市内から地方へ落とされ……
考えてみると、スニーカーの運命は意外と波乱万丈だったのかもしれません。

そういえば、巻にも2、3台いた記憶があります。
townbus-Jongno09さん>

スニーカーは使いやすいサイズが受け、召し上げられたり飛ばされたりと、波乱万丈な一生を送りましたね。それはバトンを受け継いだエアロミディMJも同様で、新潟市内線やローカル線、送迎バス専門にコミュニティバスまでいろいろな場所で活躍しています。

今回の新車投入で、3代目スニーカー(?)日野ポンチョが1台だけ導入されましたが、この車両がどのような運用に入るのか今のところ未知数です。新潟交通としては、エアロミディを導入したいとの事だそうなんですが、生産中止になっていますので、仕方なく・・・といったところでしょうか。

余談ながら・・・上記の話をある方から伺ったとき、「本音としてはミディを待つくらいなら、リエッセでも入れてくれればいいんだよ」とおっしゃっていたのですが、OEMされている現行ジャーニーは全く選択肢に入っていなかったんですねwww(もちろんその場でOEMの話はしたんですが)でも、そのリエッセも、来年4月には生産終了との噂が流れてます。
先日、当コミュニティに取り上げている車両を使用した貸切乗車会が開かれました。そのときの画像を少しご紹介。
先日、当コミュニティに取り上げている車両を使用した貸切乗車会が開かれました。そのときの画像を少しご紹介。
今朝 佐渡の銀バスG1400ーN(平成7年式 U-UA440HSN)が LED方向幕になってました。運転中だったため撮影は出来ませんでしたので 撮影できましたらまたのせたいと思っています。これで佐渡のLED方向幕車はH4ーM H6ーM H9−M H638−Mに続き5台目になりました人差し指ウインク
> エアロスターさん

書き込みありがとうございます。ついに本土を上回る仕様が出現しましたねわーい(嬉しい顔)まして前後扉としては、初の試みだと思われます。

自分としては、側面幕が気になるところではありますがウッシッシ

画像、楽しみにしておりますウインク

> エアロスターさん
佐渡のバス情報は、とても貴重であると思っております。
流れ的に、在籍する路線バスの方向幕を無くして、LED化するようにも見えるんですが如何でしょうか?
やはりこんな感じの仕様なんでしょうか。あー気になる(笑)。

いずれは佐渡に渡ったG1212-NもLEDになったりわーい(嬉しい顔)
昨日のG1400ーNですが 写真撮れましたのでのせますわーい(嬉しい顔)

> エアロスターさん
銀屋根でLED方向幕は、なかなか良いですね。
久しぶりに当コミュニティーも活気を取り戻していますね。

エアロスターさん>
佐渡島のバス情報を書き込んで頂き、ありがとうございます。
7E銀屋根にLED、中々様になってますね。本土と違って、後ろにも系統番号が振ってあるのがいいですね。
今後も情報がありましたら、書き込みお待ち申し上げます。過去の写真も大歓迎ですので。

早通団地入口さん>
佐渡に渡ったUA兄弟、もしかするともしかするのかもしれませんね(笑)。
LED化された暁には、入船や下山・北部の新7Eに見せてあげたいですね(爆)。

素人車輌さん>
幕の作成維持コストとLED切り替えのコストの両天秤ということでしょうか?
本土の子会社は新幕作成(しかもレイアウトが各営業所オリジナル)に向かっていますが、果たして・・・。

余談ですが、某高速路線の受け持ち営業所が新幕作成の際、「経由を上段に入れるか、下段に英字を入れるかどちらかにして」と言われたのに対し、その路線を受け持っていないものの、車両貸し出しを行っている営業所はそのどちらも入っている幕を作成したそうな・・・。さて、それは何処と何処の営業所でしょうか(笑)?
> G969-Mさん

サントピアな五泉と津川っスかexclamation & question目
プロフィア テラヴィさん>
片っぽは当たり(藁
もう片方は・・・本体時代に二つの営業所が一つになったところです(爆)。

具体例は、G1389とG1230です(G1230の急行幕、行先が高速用の紺色なのね・・・)。
先日 後ろからしか撮れなかったG1400ーNですが、今日は正面 斜め 側面から撮れましたわーい(嬉しい顔)
> エアロスターさん
とても似合いますよね。
さらに本体と違って屋根が銀色のままであることが、さらに雰囲気を良くしていると思います。
どうもご無沙汰しております、暫く放置プレイをしておりました管理人ですw
当コミュニティに参加されている皆様には、深く感謝申し上げます。
今後もこのような感じでまったり進行すると思いますので、温かく見守って頂ければ幸いです。

なにもないのもアレなんで、適当に画像上げときますw

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