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レトロなレーシングカーを語るコミュのコルト2000のシャーシについて

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この車のシャーシは」、それまでのブラバム製とは違うのでしょうか?

ご存知の方、教えてください。

コメント(45)

lotus49ford さん ありがとうございます。「そうではないかなあ?」と創造しておりました。

日本において、世界的フォーミュラーかーを創ったのは、HONDAが、一番で、マイナーフォーミュラを覗けば、次がMAKI、そしてKOJIMAであったと記憶しております。
Toyさん こんにちは。

コルト2000は、フレームの構成、サイズ、足回り、ホイールなどからブラバムBT23ではないかと思います。

ブラバムフレームはBT1から10までとBT14,15,16とBT18,21とBT23とBT28に分けられます。(F1,INDY,スポーツカーレーサーなどは除いて)

23までが、葉巻型として似て見えますが、フロントアッパーアームがA型からスパンの大きなリーディングアーム付きに変更されます。そして23からフレームのサイズも大きくなります。

コルトはF3AはBT15(ないしは16)、F2A,B,CはBT16(F2Cは18ないしは21の特徴も備えています)

コルト2000(F2D)の透視図がありましたので参考にしてください。
portagoさん ありがとうございます。

BT16Aを追いかけているうちにブラバム好きになったため、足回りを見て、BT23だと早とちりをしてしまいました。

portagoさんへ

あれこれ読ませて頂きました。
(辞書首っ引きですが・・・あせあせ
随分勉強になりました。

<BT30-23>

1970 F.I.R.S.T. Peter Westbury
1971 Sold to Japan, Osama Masaku or Kuniomi Nagamatsu
2006 in Japan with Mitsubishi?

Osama Masakuは、益子修さんの事ですよねぇ?
永松邦臣さんの名前も・・・。

<BT23-6>

Robbin Widdows .1967 , end 67 sold to Mitsubishi Motors .
I see a car advising this chassis number for sale in the U.S.A now.

当時「MITSUBUSHI」は、フレームについて。
・自社開発?
・自社内製?
・BTを基に・・・。
などと、言っておりました。
しかしながら、エントリーされた車輌を見ると、明らかにBTなのは明白!
だって、ホイールもアップライトも「BT丸出し」でしたもの・・。

ネット検索で「F3A」と・・・。

http://www.mitsubishi-motors.com/corporate/museum/motorsports/j/60s_j/Colt_F3A.htm

文中、未だに「自社製」のように書いています。

今更ですが!
当時BTを購入し、主にアッパーカウルをチーム内で修正し「F3A」とした。
と述懐された文章に改定された方が良いと思いますが、どーなんでしょうねぇ?
portagoさんへ

<COLT F3A>
「フレームは、オリジナルで製作・・・」となっていますが・・・。
発表当初「ホイール」や「アップライト」等、BRABHAMそのまんまだった!?

まるで「頭隠して尻隠さず」のよう?

三菱は、レース活動的に後発チームでした。
しかしながら、輝かしい戦績結果を残しました。
(益子選手や生澤選手の活躍もあり)

三菱最後のフォーミュラーレースを「F2D」で優勝!
と言うのもなんとも感慨深い事です。

ステアリングを握った永松選手は、HONDA時代にRSC Sエンジンを搭載したBRBHAM BT16Aで大活躍された張本人なのですから・・・。
シャシーの事は知りませんが、このマシンをドライブして優勝した永松邦臣さんとは親しくさせていただいてます。現在、福岡市東区で「オートサロン永松」というホンダ系のバイクショップを経営されておられます。
初めまして。
ミツビシF3Aのことが載っていたのでこのコミュに参加しました。

F2000から話はずれますがお許しを。

上記の写真の車、20年ほど前に私があるところから発掘して暫く所有しておりその後三菱にお譲りした車そのものです。

発掘後岡崎の三菱へ運び込み、当事係わった技術者達が多く集まり検証してくれました。

三菱の現存しているフォーミュラーは永松氏の乗ったF2000とこのF3Aしか残っておりません。

66年東京モーターショウに出品された車です。
その時はレースに優勝した車と紹介されておりますが、実は違います。
この車は2号車。
レースに参加したのは3号車。

1号車は三菱自身がブラバムを手本にして製作し岡崎のコースで走らせましたがかなり不安定な挙動を示したので(クラッシュしたとの情報もありましたが不明朗)2号車、及びレースに走らせた3号車はブラバムのシャシーをそのまま使い一部改造した物です。
原因はパイプの組成の問題、及び低温溶接の技術が低かった。
兎に角レーススケジュールが決まっていたのでやむなくブラバムを使ったと言っておりました

私が発掘した時はフロントスクリーンが無かっただけで他は全てオリジナル。
タイヤも当事のCR65が付いていました。
シャシーはBT15と聞いております。

カウルを外した状態の写真なども残して有ります。

当事のマル秘と書いたエンジン性能曲線とか文章もコピーで頂きました。
ブラバムの取り扱い社内説明書みたいなものも頂きました。
もう時効だろうということで。

キャブは三国ソレックス(プロトタイプナンバー入り)
ホイールは同じアバルト風デザインの物でアルミとマグ(両方とも神戸製鋼)
フェンネルも神戸製鋼で削りだしたと聞きました。
エンジンナンバーは3だったと思います。
アルミヘッドにオーバーサイズバルブ。
ミッションはヒューランドmk9。

この車が残っていなければ、ほとんど知られることの無いそして忘れられてしまう資料です。

当事は海外のフォーミュラー(クーパーなど)購入し研究したそうですが全てジャンクにしたそうです。

この車も本来残っていない筈で、コレが出てきたこと自体関係者も驚いておりました。
レース優勝車として地方巡業中、大阪のディーラーが潰れ、本来メーカーの所有であるこの車をブラバムとして放出。
私の前のオーナーは10数年ブラバムと思って所有しておりました。
幸い何も手を加える事無く保有されており、転職の為この車をブラバムとして売り出しました。
数人の方がこの車にオファーを掛けましたが誰も三菱とは判らず、私が最初に指摘し、コレを譲って頂きました。

その後、ヤハリ本来の三菱に帰るのが良いと思い、また三菱からも懇願されお返しすることにしました。

久しぶりに写真を見たので書き込みました。
H.Aさん
貴重な情報をありがとうございます。
H.Aさんのおかげでこのマシンが生き残ることができたのですね。

三菱のフォーミュラーのシャーシーがBrabhamだったのは当時も周知のことでしたのにどうして三菱はBrabham Coltと称しなかったのでしょうね。Brabham Coltの方が潔い気がします。
1月18日夜、都内某所で永松邦臣さんと、無限の本田博俊さん、無限の漢字のロゴをデザインした松本さん等、私も含めて7人で宴会をしました。昔のやばい話も色々と出て、実に楽しい3時間半でした。
portagoさんがお持ちのプラーク
<F2−45−66>
  ↑  ↑  ↑
カテゴリー 台数 製作年度

「BT TYPE REFERENCE」
66’に製作されたF2・・・って、BT18しか・・・?
しかしながらこの年の製作台数は6台のみ。

●H.Aさんが書かれている
>シャシーはBT15と聞いております。
は、
F3なら、1965〜66にかけて58台製作された、BT15の45台目なのでは?と推察できますねウインク

>・・・2号車、及びレースに走らせた3号車はブラバムのシャシーをそのまま・・・
やはり「Mitsubishi」は、BTシャーシを2台持っていたという事ですね。
前述のBT15と同時期のオーダーだったとすると、もう1台は
BT16(12台)またはBT16A(21台)の可能性も・・・・?

みなさんどう思います?

クリップ:添付写真 <F2−8−65>のBT16
BT16Aさん、

>66’に製作されたF2・・・って、BT18しか・・・?
http://www.race-cars.com/utility/brabhamr.htm
これによると18、18A、18Bを合わせて46台になりますので、
pさんの45番はBT18としてありえるのではないでしょうか?

BT15の続きと考えるより、1966は排気量レギュレーション変更前年度なのと、
各カテゴリーを必ず連番でシャシー製作したは考えにくいと思います。

オーダーがあった時点で、どんどん製作するでしょうから、基本フレーム構造はあらかじめ製作していたとしても、コンプリートにするのはその時点ごとになるのでは。

とすると、F3−44−66、F2−45−66、F3−46−66などと
連番内にF2,F3,FBが混在していてもおかしくないと思っています。
(むしろその方が自然な流れかとあせあせ

>・・・2号車、及びレースに走らせた3号車は
16AはHONDA(RSC)の所有でしょうから、三菱には行かないような気がしますが。 僕がHONDAの立場なら、絶対に売らないかと。(笑)

AN5さん

>これによると18、18A、18Bを合わせて46台になりますので、
pさんの45番はBT18としてありえるのではないでしょうか?

あぁ、そっかそっかぁ〜、A&Bの事を忘れてましたぁあせあせ
きっと、そうですねぇ指でOK

>僕がHONDAの立場なら、絶対に売らないかと・・・
・・・21台中、20台が「Suzuka Techni Land」へ。
以前より残りの1台が気になっていたので・・・。

ヒタ足ヒタ足ヒタ足
目あっ耳足音がぁあせあせ(飛び散る汗)

うん?
向こうの方から、や・っ・て・く・る・の・は・・・

              
             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホンダR800さんウッシッシ
BT16Aさん、

>残りの1台....向こうの方から、

そ・それ、・・・・いま言っちゃったら、まずいって..... d(・・〃) シィ〜?
ヒタヒタ ではなく今では ドスドス と

RSCの木村さんに初めてお会いしたときに何台来ましたかと伺ったところ覚えてはいませんとのお返事でした。

暮れにお会いしたときに又伺ってみたところ、20台と答えていただきました。

最初のときは14台説と20台説があったのでどちらでしたかと伺いました。

暮れのときは何台でしたかと伺いました。

40数年前のことですが、繰り返し伺っているうちにだんだんいろいろお答えしてくれるようになってきたようです。

テクニランドから三菱には渡っていないそうです。

ブラバム社から直接のことは判らないでしょうが。


でも、プリンスがBT8を買ったのは情報が入ってきたと言ってました。

当時、ホンダから社員が一人ブラバム社に出向していたそうです。
R800さん、いらっしゃいまし〜ウインク
当時の資料か何かないでしょうかねぇ。。
ホンダから三菱へ行ってないと思います。
当事ブローカーを入れてブラバムから三菱が購入したと聞きました。
portagoさん

その、元ホンダの社員さんあせあせからその頃の事を直接お聞きした事があります。


えーととあせあせ(飛び散る汗)
本題から随分逸れてきたようですので、私はこの辺で・・・あせあせ
BT16Aさん、

座談会!夜やりましょウインク
三菱自動車岡崎にいって2台のColtを見てきました。
F3AもF2000もBrabhamシャーシーのようですが。。。。。
生沢てっちゃんのやつはそのとおりだと思います。
ゼブラ模様にしたけど、ばればれでした(笑)。
ただ、永松選手のリアラジエターのやつは、もっと古い、BT18の改造版じゃないでしょうかねえ。
そういえば、リアエンド、「ふた」がついていましたねえ。
同じ時期、ロータスが72を出して、格好の違いに愕然(笑)。
史上最強(最長)のレーシングカー、ロータス72・・・・。
懐かしいなあ・・・・。

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