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やまとのさき 〜 言霊の学びコミュの明治天皇、言霊研究の先鞭

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言霊学者、故島田正路氏のブログより転載させていただきます。


http://blogs.yahoo.co.jp/senryounoinshu/folder/1511625.html
『 明治天皇、言霊研究の先鞭

第十代崇神天皇により言霊の原理の政治への適用が廃止され、世の人々から言霊の原理の存在は次第に忘れ去られていったのですが、その後の歴史の中で、その行跡や遺された文章などによって言霊の原理を明らかに、またはある程度知っていたと思われる人々の名前を挙げることが出来ます。「古事記」を撰上した太安万呂、日本書紀撰上の舎人親王、その他役小角、柿本人麻呂、菅原道真、空海、日蓮等々です。

 これらの人たちが遺された行跡や文章から、言霊のことをどのように表現していたかを考察するのは興味溢れる問題ではありますが、紙数の関係上、今回は省略することに致します。

 近代になって初めて言霊の原理の存在を知り、言霊研究の先鞭をつけられたのは明治天皇であります。天皇のお歌の中には「敷島の道」とか「言の葉の誠の道」という言葉が数多く見られますが、これらの言葉は、現在世の中でいわれているような単なる三十一文字の和歌の道のことではなく、言霊の原理を指したものなのです。

 明治天皇の御製に次のような歌があります。

聞き知るはいつの世ならむ敷島の大和言葉の高き調べを

しるべする人をうれしく見出でけり我が言の葉の道の行手に

天地を動かすばかり言の葉の誠の道をきはめてしかな

 古代においては三十一文字の和歌は、ただ単に事物や感情を歌うだけでなく、その中に言霊の原理を巧みに織り込むことによって言霊の原理(布斗麻邇)の修行を積む方法であったのです。万葉集から古今集までの和歌にはそのような歌が幾多発見されます。

 明治天皇の皇后となられた昭憲皇太后が一条家よりお輿入れの折、そのお道具の中に言の葉の誠の道に関する書物が入っていて、天皇は皇后と共に言霊の存在に気付かれた、と伝えられています。明治天皇が日本民族の伝統である言の葉の誠の道(言霊布斗麻邇)の真理に精通しようといかに希望されていらっしゃったか、前記のお歌がよくそれを物語っているように思われます。

 明治天皇・皇后お二方の「古事記」上つ巻に基づく言霊学研究のお相手を務めたのが、山腰弘道氏(旧尾張藩士、皇后付きの書道家)でありました。氏は筆者に言霊学を教えてくれました小笠原孝次氏の、そのまた先生であった山腰明将氏の父親であります。

 太平洋戦争後に亡くなられた山腰明将氏の遺された文章の中に、「古事記」の神代の巻に出て来る神様の名前がそれぞれアイウエオ五十音の一つ一つと結び合わされていました。前に説明したことですが、「古事記」の神様の名前と五十音の一つ一つを結び付ける作業は一人や二人の人の研究だけでは到底出来ない言霊学の奥義でありますので、この奥義は、多分長い間宮中に秘蔵されていたものであろうことが推測されます。

 山腰氏の学問を受継いだ小笠原孝次氏の生涯をかけた研究によって、その時までは全く信仰的・哲学的でありました言霊の学問が、現在に生きている人間の心の学問として、考える人間の心の構造を明らかにした精神の科学としてまとめ上げられたのでした。

 日本語を話す人ならば誰しも、自分の心を反省してその心の仕組みを考えていけば、必ず到達することが出来る精密な学問体系として完成されたのでした。

 希望する人ならば誰でも、古代の日本人の祖先がそうであったそのままの姿で、人類の第一の文明の真髄であった精神の原理をマスターすることが出来るようになりました。アイウエオ五十音言霊の原理は、二千年の暗黒の歴史の中から不死鳥のように蘇った、ということが出来るでありましょう。』

コメント(1)

島田氏のブログより転載です。


立太子の礼

http://blogs.yahoo.co.jp/senryounoinshu/folder/1511623.html
『立太子式の一つの行事として壷切(つぼきり)の儀というのがあります。皇太子として立つ人は、立太子式に際して天皇から「壷切りの太刀(たち)」を授かります。壷切りとは壷を切ることではなく、壷の封印を切って中に入っているものを見ることです。壷の中には何が入っているのでしょうか。

 壷の中には、アイウエオ五十音を一音ずつ粘土板に刻んで焼いた素焼の板が入っています。その五十枚の素焼の板を見る、それが皇太子として立つ徴(しるし)となることを意味するのです。

 古代の天皇(スメラミコトといいました)は人間の精神の構造を明らかにした言霊の原理を知った人でありました。霊知(ひし)り(聖)です。人間の心のすべてを言霊の原理によって把握して、その上で政治を行っていたのです。古代の精神文明の時代がそうでした。それが今から約二千年前、第十代崇神天皇の時、言霊の原理は世の中の表面から隠されてしまい、それ以後の世の中は言霊の自覚のない天皇の時代となったのです。言霊の原理は政治との縁を全く切られてしまったのでした。

 しかし時が来たならば、天皇となる人は古代にそうであったように、御自身が霊知りのスメラミコトに返り、言霊の原理を自覚して道徳の政治を行うようにとの教えを遺すために、立太子の儀式の形式として壷切りの儀を定めたのです。皇太子として立つ人は壷の中を見て、そこにあるアイウエオ五十音の学を勉強し、天皇(すめらみこと)となる時の準備をすべしという黙示なのであります。』

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