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小説置き場(レイラの巣)コミュの【恋愛】雪中花

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 ミクシィで知り合ったマイミクさんは北国のかたが多くて。
 雪のニュースを聞くたびに雪に埋もれる景色が脳裏に浮かびます。
 で、こんな話になりました。

 クリスマスローズの花言葉は「追憶」「私を忘れないで」です。
 でも、他に「中傷」「悪評」「スキャンダル」「発狂」というのもあって。
 それもそのはず、毒があるので口にしてはいけないのだそうです。
 そんな事も影響したのでしょう。


 約3300文字。 初出 13/01/13



 コン。コン。

 受験勉強なんて、それほど集中していたとは思わないけれど。
 気がついた時には、すでに何回か聞いている、と思った。

 コン。コン。

 誰かが僕の部屋の窓ガラスをたたいている。

 慌てて窓に近寄った。
 もう何度も雪が降って、根雪になっている。
 1ヶ月以上地面を見ていない。
 誰だろう。こんな夜更けに。

 カーテンを開けて、二重窓の鍵を開ける。
 結露と二重窓の向こうで、人影がぼんやりと見える。

 ガラス窓を開けて、それが小森彩夏(こもりさやか)だとわかった。
 クラスメイトではあるが、ほとんど口をきいた事はない。
 驚いた。

 小さな町、というより村に近い。道を外れたら、死にかねない。
 僕と同じ高校3年生だ。雪はやんでいるが、深夜にひとりで出歩くなんて。

 庭にも道にも積もった雪が、青白く月明かりに照らされている。
 彼女のほほも同じ光を放つ。

「ああ、やっぱり小宮君の部屋だった。
 人影が見えて。きっと小宮君の部屋だと思ったの」

 真っ黒でストレートな長い髪。色白。対照的に真っ赤な唇。長いまつげ。
 日本人形のようでもあり、読者モデルのようでもあった。
 きっと美人の部類に入る。ちゃんとおしゃれをしたら、きっともっと。

 女子だったら、田舎の高校生だって、なにかしらはする。
 先生に内緒の色つきのリップ。髪を巻いたり。

 でも、彼女はなにもしなかった。それでもなにかしているみたいに見えた。

『派手』と陰口をたたかれている事も知っている。

 彼女のみかけと、それから彼女の母親が水商売をしているからだろう。
 母親は駅近くに店を持ち、深夜というより早朝、車で帰ってくる。
 母ひとり、子ひとり。
 父親だって誰だかわからない…といううわさも聞いた。

 僕が彼女と口を聞いた事が無いのは、だから…じゃなくて、彼女がほとんど誰とも口をきかなかったからだ。
 無視をされたり、いじめられたり、という事は無かった。
 無かったと思う。

 彼女はただ、いつもひとりだった。
 風に吹かれて草原を見ている。そんな目をして教室に居た。

 彼女が小さな布バッグに手を入れ、花をひと枝取り出した。

「あげるわ。あげたかったの。小宮君に」

 ただ、むきだしの花。包まれてもいない。リボンも無い。
 クリスマスローズ。その花びらの暗い赤。
 彼女の唇のほうがはるかに赤い。

 彼女が口を開くたびに白い息が彼女の顔のまわりに広がり、彼女の表情をかすませる。
 冷たい夜気が静かに僕の部屋を侵食し始めていた。

 僕が受け取ると、彼女はバッグを雪の上に置き、コートのポケットから手袋を取り出した。
 で、僕は、僕にクリスマスローズを手渡した時、彼女が素手だった事に気がついた。
 毛糸の帽子も出して、儀式のようにかぶる。

「じゃあね。私の事、忘れないでね」

 雪の道を小走りに彼女は去っていく。
 青白い雪明りの中に、彼女の後姿が溶けていく。

 部屋着の僕はすっかり冷えてしまい、機械的に窓を閉め、カーテンで隠した。

 しばらくして『なんだったのだろう…』そう思った。
 学校で渡す事はできない。…にしても。
 花を一枝。深夜に。

 疑問をわざわざ聞きに行くほどの仲ではなかった。
 でも、夜の雪景色の中に消えていく彼女の後姿は残った。

 年末年始の慌しさの中で、母から彼女の家出のうわさを聞いた。
 冬休みが始まってすぐの事だったという。
 では、僕に会いに来た直後の事だろうか。
 年上の妻子ある高校教師との駆け落ち…という尾ひれがついていた。

 とっくに枯れて捨てられた赤いクリスマスローズ。
 あれはなんだったのだろう。

 北国特有の長い冬休みが終わり、新学期が始まった。
 時間がたったせいだろうか。彼女の話を誰もしない。
 まるで初めから居なかったかのように。

 校舎の中で、淡い光に包まれた彼女の思い出を探すのは僕だけかもしれない。

 都会の大学に受かり、僕は故郷を出た。
 夏休みに戻り、友人から彼女の話を聞く。

 雪が溶け始めた4月終わりの明るい昼下がり、湖の岸辺で彼女は発見された。
 半分、雪に埋まり、高校の制服姿で倒れていた。
 手袋も帽子もコートも無かった。
 ほとんど空のバッグの中には数本の植物の痕跡があった。

 何ヶ月も前に、おそらく家出のうわさの直後に。

 妊娠していたという。
 とすると、年上の高校教師とのうわさは本当だったのだろうか。

 事故か自殺か。
 わからない、と警察は言った。だが、誰もが自殺だと思った。
 僕も。

 僕に手渡されたあの赤いクリスマスローズ。
 繰り返される彼女への問い。答えは永久に無い。

 ただ、わかっている事がある。
 彼女が居なかったら、僕は小説家にはならなかった。


 小説家を名乗って売文を始めて7年。
 僕は出版社の開く忘年会に出席した事は無い。

 それほど売れる本は書いていない。
 どんな顔をして出ればいいのか、とも思う。
 雑文。エッセイのような連載。ちょうちん持ちのような紹介記事。
 賞の候補になった事が何回か。

 もうすぐ30歳だ。
 考えるなら今だ…と思い始めている。
 人生を変えるなら、今…と。
 だからかもしれない。初めて忘年会に出席をした。
 そして彼を見かけた。

 大学3年の時に、彼が書いた小説の中で、僕は小森彩夏に再会した。
 彼の書いた主人公は、まっすぐな長い黒髪と赤い唇の女子高生。
 まっすぐに人を愛し…いや、愛したのだろうか。
 男を翻弄する。

 そして僕は彼の作品を追いかけた。
 彼の書く小説の中にはいつも彼女の姿がちらつく。
 真実が見えない。そんな女。

 僕はいつも歯がゆくて。
 僕だけの小森彩夏が書きたくなる。
 まっすぐに、まっすぐに、ただ駆け抜けていく。
 だれにも理解されない魂。

 そして僕は書き始めた。

 当たり前のように僕は彼に声をかけた。
 あっちのほうが大御所なのに。
 公表されている年表どおりなら20歳も年上だ。

「あの作品の主人公が好きです。先生の書く女性が好きです」

「ああ。あれが僕の出世作だ」

 そうして彼は唇のはじで笑った。
 確かに。あの本はなにかの賞を取った。
 それをきっかけに僕は彼の本を読んだ。

「僕もね。きみの書く女性が好きだよ」

 驚いた。僕の名前も知らないと思っていた。
 彼から見れば僕はただの若造だ。

「きみの書く女性はミステリアスだ。透明で怖い。まさに女だね」

 そう言われて赤くなる。
 女なんて。つきあった事さえ無い。

「でも、きみは結婚できないかもしれないねえ」

 そう言って笑う。僕も笑うしかない。

「そんな気が自分でもしています」


 彼とそんな短い会話をして、僕は書く事を止められない…そう改めて思う。
 書きたい事がある。

 年が換わり、春がすぎて4月の終わり、僕は故郷に帰った。何年も、正月にも盆にも 帰った事は無かったが。

「出かけてくる」家の中の母に声をかけ、玄関を出た。

 町外れの、山を少し登った所に彼女の墓がある。

 クリスマスローズは季節はずれだ。
 いや、あっても鉢植えだろう。
 道端に咲いていた赤い花を一枝摘んだ。
 雑草ではないだろう。が、わざわざ植えられた花でもなさそうだ。
 摘んでも誰にも迷惑はかけないだろう。

 ひそかに、似ていると思った。
 雑草ではないが、植えられた花でもない。
 雪の中に咲く。

 半分雪に埋まった墓の間を歩く。
 大学生の時、彼女の死を知り、一度来た。
 おそらくあのあたり…。
 記憶と変わらない場所に彼女の墓があった。

 盆でも正月でも無い。雪の残る道に足跡も無い。
 ほとんどの墓は忘れられ、眠っている。
 彼女の墓も。
 僕は掃除も雪かきもせず、摘んできた花を墓の前、雪の上に置いた。

 語りかける言葉も無く、僕は道を戻る。
 多分、僕はこのまま生きていく。
 彼女と関わりなく。僕が選んだ小説家の道を僕は進むだろう。

 墓地のはずれまで来て、人影をみつける。
 下を向いて、雪道を登ってくる。
 その輪郭に見覚えがあった。足を止めて、見る。
 向こうも僕を見るために顔を上げる。

「先生…」

「やあ、きみか。
 こんなところで。奇遇だね」

 彼の手に白い紙に包まれた花束があった。

「ここには僕の実家の墓があって、それで…」

 そんな言い訳のようなうそを口にした。
 彼は笑顔のままだ。

 そのまま会釈をして、すれ違った。
 振り向いてしまいたかった。いや後をつけて、どこに行くのか確認したかった。

 でも、その必要は無い。

 きっと、そうだ。
 彼の小説の中の女は小森彩夏だ。

 彼の経歴の中に、教師をしていた時代があった。
 彼女が年上の妻子持ちの教師と駆け落ちをした、といううわさがあった。
 事実は駆け落ちではなかったが。
 相手はきっと彼だ。

 そして彼も理解した。今のすれ違いの一瞬で。
 僕の書く小説の中の女は彼女だと。僕が彼女の墓参りに来たと。

 今日は彼女が発見された日だ。

 彼女の墓まで、雪の上に僕の足跡が残っている。
 そして、彼は僕が置いた花を見つける。
 彼は何を思うのだろう。

 雪の残る小道から、舗装道路に出る。
 バス停に向かって歩く。

 僕は彼女を愛しているとは思わない。
 しかし今、僕は彼に殺意を抱いている。

 彼女の墓の前で、彼は何を語るのだろうか。
 その想像は僕を熱くする。
 僕は彼女に語る言葉を持たなかった。

 これからも僕は彼女を書き続けるだろう。
 僕の中の彼女を。

 彼も書き続けるだろう。
 彼の中の彼女を。

 そうやって、僕らは語りあっていく。
 僕らにだけわかる言葉で。

                               …終わり


他の1万文字以下の作品はこちらから。
短編・目次
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=49777801&comm_id=4788856

コメント(7)

勉強の息抜きにお久しぶりにお邪魔しました。(笑)どうも、阿波木氏です。
レイラさんの作品の魅力といえば、淡々とした文体から奏でる、現実世界さえも夢と思わせてしまう幻想的な世界観。その中でもこの作品は異彩を放っている様に感じました(*^^*)
レイラさんの作品らしい雰囲気を失わず、さらにそれを予期せぬ展開へと誘導していく流れは凄いです!主人公が殺意を覚えたあたりは本当にハラハラしました(^^;)))

おそらく、二人ともかなわなかった彼女とのエンディングを作るために小説を書き続けていたんでしょうね。
素敵な作品ありがとうございました!(^-^)/
>>[1]
 きゃ〜〜〜。恐れ多いほどのほめ言葉だわ。たらーっ(汗)たらーっ(汗)(感涙)
 そして、あいかわらずの読みの深さも困っちゃうほどです。
 おそらく…からの2行は、そう読んでいただけたらこれ以上の幸せはありません。
作品を拝見させて頂いた時、淡々と落ち着いた語り口から、突然「殺意」という過激な言葉が飛び込んできたので、一気にぎょっと怖さと緊張感が込み上げました。(^^;)))
今回はいつもと一味違うぞ〜って凄みを肌で感じましたよ〜!(^-^)/
>>[3]
 ありがとう、ありがとう。いろいろな意味での雪の中の花(赤い花)です。
 うれしい顔あせあせ(飛び散る汗)
私も今日
ここへ読みに来ました。
静かに本を読みたい時に
来てるだけですが…(´・_・`)
>>[5]
 ありがとうございます。ありがとうございます。

 ちょっと何かを読みたい時に読む話、と思って書いています。
 また少しずつ書いていきます。

 コメントひとつ削除しました。勘違いして書いちゃってたので。

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