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小説置き場(レイラの巣)コミュの番外編・シンデレラに恋をしている

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 マイミクさんから番外編をとお話をいただきましたが、長い話は無理なので…。
 書かなかったシーン2つとその後のご報告、全部で3篇です。
どれも短いので合わせても5500文字です。


アート 個展前夜


 ドアをノックしたら、すぐに静かに、ドアが開けられた。
 柔らかに微笑むひろが僕を向かえた。
 最初の日の青白くこわばった彼女の顔を、また思い出した。
 僕の手の中で震える、小さな野生の鳥のようだった。


                  ・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・


 ドアがノックされ「やっぱり」と思った。開けて…やっぱり近江だった。

 でも、知らん顔をして「なにか?」と聞いた。

「あぁ、あしたはきみの個展のプレオープンだから。どうしているかと思って」

 そう、言い訳しながら、近江が少し困った顔をする。その顔が見たかった。

「順調なんでしょう?
 あなたと室田さんで全部して下さった」

 そう言いながら、私は近江を部屋に入れドアを閉めた。部屋に入れる必要なんか無いのに。
「おやすみなさい」と言ってドアを閉めればいい。

「ああ。一応全部済んだ。
 でも、僕はいつも前の晩は落ち着けないんだ。
 だから、きみも…」

「そうね。少しドキドキしてる。
 最初の大きな個展だからだと思っていたわ。
 でも、毎回このドキドキと付き合うことになるのかしら…」

「僕は毎回そうだ」

 あんなにいつもどうどうとした個展を開いているのに?
 あんなにいつも自信に満ちた作品なのに?

「ガウンを着たほうがいいよ」

「?」

「寒くは無いか?
 お腹の子にさわらないか?」

「ああ。ええ寒くは無いわ。
 だいじょうぶよ」

 ガウンは要らない。今着ても意味が無い。

「こんなに冷たいじゃないか」

 そう言いながら、近江が私の肩を抱く。

「だいじょうぶよ…寒くないわ」

 近江は何も言わず、私にキスをする。ほら、ガウンは要らない。



 肩が冷えて目を覚ました。
 横で近江が寝ている。

 枕元に置かれた私の服を取り、近江を起こさないように着る。
 近江は私の着ていた物をいつも枕元にまとめて置いてくれる。
 自分の服は散らかすのに。

 ベッドから降りて、近江の服を集め枕元に置いた。

 近江の寝顔を見て、つい微笑んでしまう。

 でも、近江はなぜ私と結婚をしたのだろう。
 なぜ、私を買ったのだろう。わからない。
 近江が私に望んでいる事はなんなのだろう。

 私は、私のしている事はまるで娼婦のようだと感じている。
 なのに、なぜ私はしあわせなのだろう。

 涙が自然に出てきた。近江の寝顔を見ているといつもだ。
 悲しい涙なのだろうか。幸せだからだろうか。

 近江に聞きたい事がたくさんある。でも聞くのが怖い。

 ただ、分かっている事がある。私はここに居たい。
 近江のそばに。ここでこの子を産み、絵を描き、近江と生きていきたい。
 これからも、ずっと、いつまでも。

 涙が近江にかかり、近江が顔をしかめた。
 あわてて涙を拭き、笑顔を作る。


                  ・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・


 目を開けたら、ひろが僕を見ていた。そしてほほ笑んだ。

「そろそろご自分の部屋に戻って下さいな」

「ああ」

 でも動きたくなかった。そのままひろの顔を見上げていた。
 ひろも僕を見ていた。
 手を伸ばしその顔に触れた。

「幸せか?」

「…ええ、幸せよ」



 ドアのところまでひろが一緒に来た。

「体が冷えるよ。ベッドに戻りなさい」

「ええ、すぐに戻るわ」

 少し廊下を行き、振り返るとまだドアのところに居て僕を見ている。
 ドアまで戻った。

「ほらこんなに冷えてる。
 早くベッドに…」

 僕はうそつきだ。そう言いながら、両手はひろを抱きしめている。

「ええ」

 ひろが胸の中でくすりと笑う。

 まいったな。
 こんな事になるとは思わなかった。
 僕は野生の小鳥を捕まえて、僕の鳥かごに入れる。それだけだと思っていた。
 僕は死ぬまでながめて暮らし、僕が居なくなった後、小鳥はまた自由になる。
 僕の残した物で、より自由に、より大きな空ではばたく。それだけだと。

 まさか、僕は自分が「幸せか」と聞くようになるとは思わなかった。
 まさか「幸せだ」と答えが返ってくるとは思わなかった。

 まいった。
 まさか、自分がこんなふうに、死ぬのが嫌になるとは、思わなかった。



アート アトリエ・白い卵

 アトリエのらせん階段の上のドアを開けたら、すぐにひろが振り返った。
 痛み止めが効かなくなってきている。ゆっくりとらせん階段を降りた。

 ひろが、床にパレットと絵筆を置いて、階段の下まで来て、僕を待った。
 手を取って新しい絵のところまで、僕をつれて行く。

「わかる?」

「人形じゃないね?」

「ええ、この子よ」

 そう言って、ふくらんだお腹に手をあてた。
 花と羽毛に包まれて、人形は生きた子供となってまどろんでいた。

「でも、失敗。
 なんだか違うの。描き直す。
 今はまだ人形で描くわ。
 産まれたら、モデルにするの。
 次のその次の個展では、人形はみんなこの子になるわ」

 後ろからひろを抱きしめた。僕の両手にひろが自分の手をそえた。
 
「そのままで聞いて欲しい。僕は病気だ」

「……」

「気がついていた?」

「…ええ。様子が変だと。私の個展の後、なんだか辛そうだった」

「痛み止めが効かなくなってきているんだ。
 医者は入院を勧めている。
 でも、入院したら、退院はできない」

 僕の話した意味が彼女に伝わり、彼女の体に緊張が走った。
 けれど足からは力が抜け、倒れそうになる。僕は彼女を抱きしめる手に力をこめた。

 ひろがもがいて、僕のほうを向こうとした。

「そのままで。そのまま聞いてくれ」

 でも、ひろは僕のほうを向き、両手で僕の顔をはさんで真っすぐに見た。
 僕のうそを、僕の冗談を、見つけようとして。

 僕は視線をはずし、ひろの肩に顔を乗せ、抱きしめた。

 ひろのからだが僕の腕の中で震え始めた。

「最初、医者の言った寿命は2年だった。とうに過ぎている。
 次にあと半年と言った。僕らの子供が産まれてくる頃だ。
 今はたぶん、産まれてくる方が早い。でも、会いには行けない。
 入院を勧められた。
 入院して治療をすれば少しは伸ばす事ができる。
 うまくすれば、子供の顔を見られる。抱ける」

「わかっていたのね。
 私と結婚した時には、とっくに知っていたのね。
 ……ひどい」

 そう言って僕に背中をむけた。
 ひろの体にまわした僕の手に、ひろの涙が、温かな水滴が、落ちた。
 僕は思い出した。ひろの泣き顔を見た事が無い。

「こっちを向いて」

 ひろは小さく首を振った。

「見たい。君の顔を。泣いているところを。全部見ておきたい。
 きみの全部を知りたい」

 ひろは首を振る。

「泣き顔を見せないのが私よ…」

「僕は幸せだった。忘れないでくれ。
 運命にも、神にも感謝している。
 きみと子供をくれた。充分だ」

「いやっ! そんなの違う!」

 ひろは振り返り、両手で僕の顔をはさみ、キスをした。
 人工呼吸のような、僕に命を吹き込もうとするようなキスだった。

 何度も僕を抱きしめ、キスをした。
 ひろの肩越しに、アトリエに差し込む光が夕暮れのそれに変わっていく。
 白いアトリエの中で、僕の腕の中で、ひろは泣き続けた。



アート 一生分のキス

 布団の中に手が入ってきて、僕の手を探している。
 僕の手を探し当て、両手で僕の手を包み、僕の肩辺りに持っていった。
 そして僕の手を握り締めたまま、身を乗り出して、僕の唇にキスをした。
 多分、ひろだろう。でも僕は寝ているふりを続ける。
 何回もひろは小鳥がエサをついばむように僕の唇の上で、キスを続ける。

 今は何日なのだろう。うつらうつらしているうちに日づけがずれたのだろうか。
 ひろはまだ病院なのではなかったろうか。戻ってきた意識でぼんやりと考えた。
 目を開けた。
 ひろと目が合った。『寝たふりなんて許さない』彼女の目がそう言っていた。

 ひろが僕と結婚して、近江洋子(おうみひろこ)になって、まだ1年と少ししかたっていない。
 僕の死が近づいている事を知らせた日以来、ひろは泣いているところを誰にも見せない。
 僕もよねさんも小麦も気がつかなかった。
 ひろはどこで泣いているのだろう。
 あの階段の下だろうか。それとも自身が描く絵の中でだろうか。

 小麦が携帯で見せてくれたひろの新しい絵は悲しみに満ちていた。
 凍りつくような冷たい湖に、人形は目を閉じて沈んでいた。

「今、何日?」

 のどを切開し呼吸器をつけているので声にならない。でも唇を読んだのだろう。
 ひろが答えた。僕の記憶と合っている。

「無理やり来たのよ。でもすぐに戻るわ」

 そう言って後ろを向き、小麦から白い布に包まれたなにかを受け取った。
 小麦が一緒だったのか。
 小麦も僕の屋敷に来て1年とちょっと。本当に急速に成長した。

 いじめられたのだろう、とよねさんは言っていた。
 詳しい事はわからない。登校拒否になって、それでも卒業できた。
 できたというよりはやっかいばらいのように、卒業させられた。
 その後は自室に閉じこもった。

 きっと、成長し吸収する時期と重なったのだろう。
 病室のレースのカーテン越しの柔らかな光の中で、ひろの背を見つめる小麦の目には、守る側の決意の色さえほの見える。

「ほら、あなたに見せたかったから」

 それは白い布に包まれた小さな赤ん坊だった。
 真っ赤な顔をして目を閉じて、小さなあくびをした。手も顔も口も、かってにもぞもぞと動いていた。まだ産まれて3日しかたっていないはずだ。
 産まれたばかりの赤ん坊を連れ出すなんて。
 ひろ自身も出産をしたばかりだ。きっとだれもが止めただろう。
 でも、ひろを止める事のできる人間なんていない。彼女は炎のようだ。

 水のように生きてきた僕が、たった一度だけ思い切った事をした。
 強引にひろと結婚をした。命を区切られていたからできたのだろう。
 いや、今のひろも同じなのだろうか。僕の命が区切られているから、行動できたのだろうか。
 根津もよねさんも、僕らはよく似ているという。ふたまわりも歳は違うのに。

「お猿さんみたいでしょ。こんなに小さいなんて思わなかったわ。
 でも、かわいい…。
 男の子よ。思っていたとおり。きっと男の子だと思っていたわ」

 知っていた。産まれてすぐに室田が伝えに来た。
 室田は高坂と戻ってきて、また少しずつうちの仕事を始めている。

 高坂の家族と会い、結婚の許可ももらった。
 
 娘を妊娠させ、家出をさせて、私生児として出産させた男だ。
 本当ならば許せない。しかし、許すしかなかった。いやみのひとつも言いたいだろう。
 詳しい話は一切語らず、室田は全てを引き受けた。

 何も知らない大先生が、仕事のために僕の病室に来た時に、こぼしていった。
 孫の室田を「もっとちゃんとした男だと思っていた」と。
 僕には何も言えなかった。

 大先生を手伝っての、僕の遺産相続の手続きが、室田の最初の大きな仕事になるだろう。

「天淳(てんじゅん)てつけたわ。
 字は違うけれどあなたと同じよ。この子はあなただから。
 あなたのお母様のように、天ちゃんてよぶわ」

 僕とひろがした無茶で、天淳はこの世に産まれた。
 その無茶が、後で大きなゆがみとなって、ひろや天淳に降りかからなければ良いのだが。
 守ってやりたいが、その時には僕は彼らのそばに居ない。

 天淳を小麦に渡し、ひろが身を乗り出し、また僕にキスをしようとする。
 僕が顔を動かしさけようとすると、ひろが僕をにらみつけた。
 しかし、小麦が見ているじゃないか。

「あなたに拒否をする権利は無いわ。
 命の残りが少ない事を知っていて私と結婚したんだから。
 普通ならたくさんのキスを私は夫から受け取れるのよ。
 私はあなたに一生分のキスを要求する権利があるわ」

 また理屈っぽい言い方をする。ひろらしい。
 ただ「キスがしたい」と言えば良いのに。そう言ったら僕は…。僕はどうしただろう?
 小麦が見ている。

「あなたには義務があるのよ。
 一生分のキスを私にくれる義務が」

 僕の視線に気がついたのだろう。天淳を抱いた小麦がくるりと後ろを向いた。
 女がふたりがかりじゃ、僕に勝ち目は無いな。
 あきらめて僕は目を閉じる。

 ひろが身を乗り出して、僕にキスをした。
 唇の上で何度も。エサをついばむ小鳥のように。ひろが一生分のキスを受け取る。

                                                …終わり


 今までのお話、その他はこちら
 長編・目次
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=49963083&comm_id=4788856

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