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小説置き場(レイラの巣)コミュの渦雷 第2章 5話

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 抱き上げた時、軽く感じた柊。疲れきって眠る柊。
 彼の孤独な旅を思い胸が痛んだ。
 道路わきに車を停め、毛布をかけ直し、また走った。

 夏休みの初めの雷雨で彼を見つけたのは幸運だった。
 非常勤教師の僕はたっぷりと休みをとれる。
 妹の家族は今、海外で過ごしている。

 柊は誰にも知られずにゆっくりと回復できる。


 柊が使っていた部屋で、ベッドで眠るシュリエを見て、僕は混乱する。
 なんと呼べばいいのだろう。柊。シュリエ。
 彼にとって僕はルームメイトの涼だ。しかし。

 翌朝、部屋に行くと彼のベッドが空だった。
 まさか…。
 昨夜の点滴で元気を取り戻したとはいえ、まだ旅をするには早すぎる。

 何度か大声で柊をよんだ。コテージの外から短い返事があった。
 ドアを開けて姿を確認してやっと安心する。

 草木が美しかったシュリエの世界。
 思いついてコテージの庭にテーブルと椅子を置いた。
 緑に囲まれて休む事ができる。その椅子のひとつに柊は座っていた。

 力が抜けていく。
 思わず柊と呼んでいた。柊だ。目の前に居るのは柊だ。

 奇妙なルームメイト。そして運命を分け合った僕の半身。

 朝食の話をするとここで食べたいと言う。
 山の朝は涼しい。寒くはないだろうか…。
 でも、気に入ってくれたのはうれしい。
 そのまま、朝食は毎回そこで取るようになった。 

「涼。それは?」

 当たり前のように柊は僕を涼とよぶ。
 本当はどう思っているのだろう。

 同じ高校生だった涼が、父親よりも年上の男になっている。

 だが涼とよばれるたびに僕の胸の中が温かくなる。
 柊が少しずつ、僕に近づく。

 かつてのコテージで、ふたりだけの生活の中で、僕らは近づきあった。
 その道程を僕はまた繰り返している。

「ん? ああ、シナモンコーヒーだよ」

 その日、朝食の後、思いついていれた。

「へえ。父の吸っていたタバコの匂いに似ているなあ」

「タバコはやめたよ」

 自分の事として返事をしてしまったが柊は気づかなかった。

「柊はココアにした。好きだっただろう?」

 あの夜、柊が旅立つ前にふたりで飲んだ。

「ココアはね。母が作っていた飲み物に似ているんだ。
 故郷では毎朝それだった」

 僕は懐かしさで思わず笑ってしまう。
 そうだ。リュイは毎朝作っていた。

 柊は左手でほおづえをついて、右手のスプーンでココアをかき混ぜていた。
 故郷の事を思い出しているのだろうか。僕が思い出したように。
 寮の部屋から消えた時と変わらない色白で細身の柊。
 真っすぐで少し長い髪を時々うるさそうにかきあげる。

 別れた時の8歳のシュリエと重ねた。大きくなった。

「柊。無理な旅を繰り返したんだろう?
 だから、そんなに疲れてしまったんだよ」

「?」

「その世界が柊を拒否しているかどうか、自分の皮膚の感覚でわかるはずだ。
 今まで旅をした世界を思い出してくれ。
 ここはどうだ? あまり違和感が無いだろう?」

 何かを探るように、目を宙に泳がせる柊。

「ああ…、無いな…」

「こんな世界から無理に移動すると、大きなダメージを受けてしまうんだ。
 異世界の人間である柊をこんなふうに受け入れる世界は、すごしやすい。
 ゆっくりと時を待ち、違和感がある程度強くなってから移動をするといい。
 そうすれば楽だ」

「なるほど。そういう事だったのか」

「柊?」

「まだ旅を始めた頃だ。
 到着してすぐに出会ったおじいさんが、ここはすぐに移動しても大丈夫だって言ったんだ」

「!」

「むしろ危険だからすぐに移れって言った。
 その時の旅は、本当に楽だった。でも、意味は良くわからなかった。
 そうか。そういう事だったんだ」

 柊が両手でココアのカップを持ち、一口飲んだ。

「そのおじいさんは移動する時は会いたい人や行きたい場所を考えながら移動しろって、そうも言ったよ」

「そんな事まで知っていたのか!
 そのとおりなんだ。柊。
 行きたい場所を強く思えば、そこに着く可能性が高くなる」

「そうなのか…。知らなかった」

「柊。それはだれだ? 知っている人間か?」

「いいや。僕の知っている人間じゃなかった。
 父かと思ったが違うと言われた。
 父の知り合いだと言っていた」

「………」

「でも、ゆっくり話はできなかったんだよ。
 とても危険な世界で、僕はその人に命を救われたんだ。
 僕は父や僕以外にも旅ができる人がいるって知って、驚いた」

「旅ができるって言ったのか!?」

「ああ。
 自分で自分の世界に帰るから、僕にひとりで行けって言った」

「……」

 柊の命を救った老人…。僕ら以外に旅ができる人間。
 誰だ。
 そしてなぜ。

 しかし、柊は僕とは違う事を考えていた。

「それより涼。
 どうしてそんなに旅の事に詳しいんだ?」

 表情を消して柊は聞いた。

 僕は答えられなかった。
 柊が混乱しない様に、何より僕が冷静でいられる様に、少しずつ話したい。

 数日後、柊はまた僕に聞いた。どうしてそんなに詳しいのかと。
 聞いて下を向いて僕が作ったココアのカップを見つめている。
 あのノートを持ってきて柊の前に置いた。

「柊、これが何か分かるかい?」

「?」

「あの時のノートだ」

「!」

「柊が消えた後、僕が探して持っていた」

「僕の字だ。思い出した。ずいぶん黄ばんでいるなぁ。
 …そうか、本当に時が経っていたんだ」

「修復させたのは僕の妹だ。僕らが居ない間に彼女がした」

「居ない間? 僕ら?」

「ああ、そうだ。柊。僕にとってははるか昔の事だ。
 だが柊にとってはこれからだね。
 若い頃の僕はきみともう一度出会った。
 そして、僕はきみと一緒に異世界の旅をした。何度も。
 柊。僕が旅の事に詳しかったのは、その時の経験のせいだよ」

 柊は何も言わない。僕の言葉が柊の中に落ちていく。

「……学園で涼はいつも悲しんでいた。誰も気づかなかったけれど、僕には分かった」

「僕自身も気づいていなかったよ。柊が気づかせてくれたんだ。
 僕は心の奥で家族を探していた」

 今なら分かる。僕のその思いが柊を引き寄せた。

「涼は父と同じ目をしていたんだよ。いつも何かを探していた。
 だから僕は、涼に僕の事を話したいと思った。そして一緒に行きたいと思ったんだ」

 柊は自分の両手を見つめている。一人で行った時の事を思い出しているのだろうか。
 僕は手を伸ばし指先で柊の肩に触れた。

「柊。きみは戻って来てくれて、僕はきみと一緒に旅をしたよ」

「涼は一緒に行っていいと言った。あれは気休めではなかったんだ!」

 柊が初めて明るい表情を見せた。だからそれ以上は話せなかった。
 だが、言わなくてはならない。また数日、時を置いて、僕は話した。

「柊の家は赤い屋根で丘に一番近い。違うかい?」

 驚いた様に顔を上げ、柊は僕を見る。

「きみのノートには書いてなかっただろう?
 そうだよ。僕らは柊の故郷の世界にも行ったんだ」

「僕は帰れるのか。本当に? 僕は涼と一緒に故郷に!」

 柊が見せた激しい感情だった。
 やはり彼の望みは故郷に帰る事なのだ。
 そして会いたい相手は母と妹、そして何よりも父親。

 柊が僕の様子に気づき沈黙をする。僕は続けた。

「しかし、その時きみは衰弱をしていた。
 それなのに僕の為に無理な移動をした。
 そして…その無理のせいで、故郷に着いてすぐに…死んでしまった…」

「……」

 柊は何も言わなかった。
 薄々気づいていたのだろう。二人で旅をしたはずなのに、今、僕は一人だ。
 僕は立ち上がり、柊を僕の胸に抱き寄せた。

「だから僕は長い間そこが柊の故郷とは気づかなかった。
 衰弱した僕はリュイと言う名のピンクの瞳の若い女性に助けられた」

 リュイと聞いて柊が振り返った。

「リュイと僕は結婚した。最初の子は男の子だった。
 僕と同じ、黒い髪、黒い瞳。息子に僕はシュリエと名づけた。
 柊の故郷での名前だ」

「……」

 柊の呼吸が荒い。多分、気が付いた…。

「涼…それじゃ…きみは…」

「そのシュリエが、きみだと気づいたのは、移動する三日前だ。
 きみがノートに書いていたあの夜だ。…そうだ。僕はきみの父親だ」

「涼……」

「きみの半分は僕の世界の要素で、半分は母親の世界の要素だ。
 だから、きみはどちらの世界からもはじかれてしまうんだよ」

「……」

「柊。いやシュリエ。父さんはお前を救いたい。一緒に故郷に帰ろう」

 柊は僕の胸に頭を預けて、長い間、静かに泣いていた。最後まで何も言わなかった。

 かつて、僕らが再会した日にも柊はこうして僕の胸の中で泣いた。
 あの時、僕は僕の胸の中で泣く柊を抱きしめて幸せだった。
 僕が探していたのは僕が愛する者。僕の全てをかけて守る者。
 あの時、柊の涙の深さに彼の孤独を感じ誓った。もう離れない。柊を一人にしない。
 今は違う。それだけじゃ足りない。僕はこの命を救いたい。

 次の日から柊は僕を『父さん』と呼んだ。
 だから、僕も彼を『シュリエ』と呼んだ。
 クラスメートの涼は、もう居ない。僕は父親だ。

 毎日のようにふたりで故郷の世界の話をした。
 色とりどりの花と葉。人々の髪の色。
 冬になって色を失う世界。ふたりだけの黒い髪、黒い瞳。
 そして愛していると伝え合う。

 昔、河原で寝てしまった柊の様に木漏れ日の中で眠るシュリエ。
 もう充分だ。
 柊との再会とコテージでの日々を若い僕は失うとしても、この命を救う事ができればそれでいい。

 僕が歩きながら木の実を取り食べようとした。それをシュリエが止めた。
 シュリエの世界にも似た実がある。だがそれは苦い。僕の世界では少し酸っぱいだけだ。
 手渡した木の実をシュリエが懐かしそうに見る。

「前にもこんなふうに木の実をもらった事があるんだ。
 この木の実だ。小さな男の子だった。あれはきっと父さんの世界だ」

 きっとそうだ。
 きっと何度もシュリエは僕の世界に来ていた。

「父さんはおまえを救いたい。
 おまえの体力が回復したら、ふたりで故郷に帰ろう。
 それで、おまえは助かる」

 いつもは笑顔を見せるだけのシュリエがその日は僕に聞いた。

「ねえ、父さん。僕の事好きだった?
 昔。僕が子供の頃。好きだったよね?」

「当たり前だ。愛していたよ。お前と別れるのは辛かった」

「うん。知ってる。
 …とても、よくわかった。会えて良かった」

 柔らかに笑いながら、シュリエが言った。
 その表情はなぜかふたりで暮らしていた頃の柊に似ていた。

 柔らかな笑顔という柊のよろい…。


 コテージから離れた茂みの中に金属的な光を見た。
 時おりその茂みに身を隠す人影を感じた。

 シュリエが居ない時に探った。
 茂みには収音マイクが隠されていた。
 庭での会話は何んの科に聞かれていたのだ。
 集音マイクをそのままにしてその場を離れた。気づいた事を知られたくない。

 シュリエが回復して二人で楽に飛べる様になるまで、ここに居れば良いと思っていた。
 しかし、できるだけ早くここを離れた方がいい。そして身を隠し、時を待とう。

 庭で食事をするのは止めるとシュリエに言った。寒くなるからと。
 シュリエは拗ねて、結局午後のお茶だけはそこになった。
 僕は庭で故郷の話をするのを止めた。

 庭で食事をしなくなって数日後、二人で林の中を歩いていた時に、あの男が現れた。
 僕がこの世界に戻った夜にこのコテージに二人の刑事が来た。
 その一人だ。刑事は辞めた。ただのバードウォッチングだととぼけた。

 もう一人の若い刑事にも僕は会っている。
 僕が公園でシュリエを待っている時に職務質問をしてきた。
 その時は偶然だと思った。

 もう一度慎重に調べた。公的な機関に動きは見えない。刑事を辞めた事も事実だった。
 二人でコテージに現れた時にも思った。公的な機関からの指示ならば僕に会いには来ない。
 今度もそうだろう。単に変わり者の刑事達の好奇心。上への報告は無いだろう。
 しかし、そうではないかもしれない。

 辞職願の電話を掛ける。だが受け入れられない。僕は山上グループからの預かり物だ。
 簡単には辞めさせられない。母にも電話をする。どうせ学校から報告が行く。
 ここを離れる理由は適当にでっち上げた。向こうの戸惑いが伝わる。
 構わない。単に捜索願を出されない為の方便だ。許可は要らない。


 夏休みがもうすぐ終る。
 町に出て花火を買った。

 シュリエが火のついた花火を持って走り、子供の様にはしゃぐ。
 最後の線香花火に二人で火を点ける。
 これから暫くはこんな穏やかな時間は無いだろう。

 水の入ったバケツに消えた花火を入れ、そのバケツを持ってコテージに戻ろうとした。
 シュリエが「涼!」と叫んで僕に駆け寄りしがみついた。
 バケツを置き、シュリエを抱きしめる。年齢よりも精神的には幼い僕の息子。
 知らない世界で自分を守りながら孤独な旅を続けてきたシュリエ。

「涼は…涼は、僕を待っていたんだよね…」

 ぼんやりと僕を通り抜けて何かを見つめ、シュリエが呟く。

「?」

「涼は高校の時『一緒に行っていい』と言っていたよね。その言葉は、僕への気休めではなかった?」

「…ああ。柊がまた僕の前に現れる事を待っていた。
 そして一緒に行きたかった。探し続けた。会えて嬉しかった」

「涼」

 柊が僕を見上げる。

「ん?」

「僕は涼と旅をして、最後に故郷で死んでしまうんだよね」

 シュリエの表情が読めない。だが、彼の中で何かが動いている。

「ああ。だから、父さんと帰ろう。時が来たら」

 翌日。
 起きてこないシュリエの部屋に行き、彼がまた僕を置いていった事を知った。
 ベットには寝た形跡は無く、テーブルに彼のメモがあった。

『父さん。
 涼の様子を見てきます。
 待っていて下さい。

 たくさんの愛をありがとう』

 昨夜、遠くで雷鳴がしていた事を、にがく思い出した。
 僕はテーブルを両の手のひらでたたいた。

『父さん』とよんでいたシュリエが『涼は…』と聞いた。
 あの時に気づくべきだった。
 シュリエは若い時の僕の事を聞いたのだ。
 涼は…僕を待っていたのか…、と。

 震える手で、僕は銃を組み立てた。
 誰かを、世界中の人間を撃ち殺してしまいたい。
 あの集音マイクを設置した者を最初に。

 そうじゃない。一番最初に撃ち殺したいのは僕自身だ。
 僕はまた間違えた。また、シュリエは、柊は、逃げていった…。

                                                 ……続く

渦雷 第2章 6話はこちらから ↓
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