ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

小説置き場(レイラの巣)コミュの【神話夜行】 12(2−2) 浅草界隈

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 こちらは【神話夜行】浅草界隈の第2話です。
 お手数ですが、第1話を先にお読みください。
 第1話はこちらからです。↓
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=75796204&comment_count=0&comm_id=4788856

                         夜

 人ごみの中でコウは美香の後ろ姿を見ていた。
 小走りで人波を抜けて行きながら、父の元に美香は向かう。

 美香には見えなかったが、人ならぬコウには見えた。
 美香も、その先に居る美香の父である俊彦も見えた。

 俊彦は、10年が過ぎたとは思えないほど若かった。
 コウの血を一滴とはいえ飲んだのだ。
 人に許された年月の何倍も彼は生きられる。
 だが、神から与えられた天寿をまっとうできる人間は少ない。
 事故か大病か…。彼もきっとそれほど長くは生きない。めだつほど長くはきっと無い。
 ただ、ゆっくりと歳をとり、子の、孫の死を見る事になる。

 美香との出会いが、コウの封印された記憶を解いた。
 俊彦の、美香の、切ない願いがあふれ出した。
 家族の絆と、団らんと。わずか何日間かの家族の真似事。

 コウが母達と切り離されて500年たっている。

 ため息をつき、縁石に座り、雑踏を見上げた。仲見世通りの裏にまで、人はあふれている。だれかを想い。だれかと手をつなぎ合い。
 短命なのに、いや短命ゆえに、繁殖し、地上を埋め尽くしていった人間という生物。
 彼らの気を吸い、あるいは彼らと共生する神という存在…。

 おそらく、その弱々しくさえ見えるコウの姿が誘ったのだろう。
 本来ならば、無意識に避ける聖域の中にコウは居る。
 タブーを破り、秩序を破壊したいという心が、その禁を犯させた。

 5人の男たちがコウを囲んだ。
 コウとあまり変わらない年齢。着ている服も似たようなものだ。
 Tシャツにジーンズ。もしくは綿のパンツ。
 ただ様子が違う。
 パンツは腰ばきにして、今にも落ちそうだ。下着が見えている。みせつけている。
 唇や眉にピアス。
 猫背に丸めた背。あごを突き出し、細めた目でなめるようにコウを見る。
 自分は敗者だと骨の髄までしみ込ませた者が、精一杯の虚勢を張っている。

『今は誰にも邪魔されたくないなぁ…』

 そんな思いがコウの顔に出た。小さくため息がこぼれた。
 ただ、結界だけは張った。軽く、誰からも関心を持たれないように。
 彼らの記憶を消して、放り出す事もできたがめんどうだった。

『ちょっとだけ、つきあおうかな…』そんなふうにも思った。

 のろのろと縁石から立ち上がった。
 そんな態度が彼らの怒りをあおった。

             ☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆

 羽鳥が徳太樓の金つばを手に戻ると、小さな結界の中で、コウは倒れていた。
 何人かの男たちが、倒れたコウを蹴っていた。

「なにをしているんだ、コウ」

 顔を上げたコウが、何事もなかったような顔で言った。

「あぁ。ちょっとヒマだったから…」

 そして、笑った。

 その笑顔が男達の怒りをよんだ。男の一人が、そのコウの顔を蹴った。
 コウの顔色が変わった。蹴られたからではない。羽鳥が女の姿に変わったからだ。

「あ、ごめん。はあちゃん…」

 美しい女の姿だ。
 濡れたような厚い唇、細い眉。かすかに笑うような目。
 マリリン・モンローをアジア人にしたら。そんななまめかしさだ。

 黒いドレス。肩も腕もあらわ。黒いレースの手袋。
 光沢のある生地は形の良い乳房にぴったりとはりついている。
 ふわりとくるぶしまで広がったスカートにピンヒールの赤い靴。

 女の羽鳥は過激だ。時にはコウも辟易(へきえき)する。

 コウの張った結界よりも強い結界が女の羽鳥のよって張られた。
 雑踏の音が消え、風が止まり、周りの景色が色を失った。人々の姿も見えなくなる。
 もう、結界の中には何者も入れない。
 結界の中は別の世界だ。なにがあっても外の世界に影響は無い。

「はあちゃん!
 はあちゃん、やめて」

 立ち上がりながら、コウは言った。

「おだまりくださいませ。ぼっちゃま。
 人ごときに誇りを傷つけられるとは」

「遊んだんだよ。はあちゃん。
 ぼく、傷ついたりしないよ。これくらいじゃ」

「存じております。
 ぼっちゃまの体はこのような者たちには傷つけられはいたしません。

 しかし、この者たちも知る必要がございます。
 人には踏み込んではいけない領域があるという事を」

『違う。違う』

 コウは思ったが口に出せなかった。
 このところ、羽鳥は不機嫌だった。
 コウには、理由はわからなかったが、こんな事ぐらいで、羽鳥が女になったのは、元々いらだっていたからだ。

 男と思っていた羽鳥が女に変わった。その事に一瞬はたじろいだ男達だった。
 だが、自分達を茅の外に置き、会話を続ける二人にじれて、殴りかかろうとした。
 そして気がついた。動けない…。

 羽鳥が男達を見た。
 その視線に絡み取られるように男達が倒れた。彼らの体中から力が抜けた。
 手も足も、目も動かせない。
 呼吸さえも。

「呼吸まで止めてはいけなかったわね…」

 そう羽鳥がつぶやくと、男たちが咳き込むように息をした。

 羽鳥がヒールを一人の男の手のひらに乗せた。
 なんの音もせず、細いヒールは男の手を突きぬいた。男は叫び声も上げられなかった。
 声が出せない…。

「一生、このままにしてあげましょうか?
 手も足も動かないままに。声も出せないままに。
 汚物を垂れ流して、だれかの世話にならなければ生きてはいけないように」

 そして、羽鳥はつややかに笑った。

「記憶と知能は残してあげましょうね。
 自分の身に起きている事がわかるように。

 あなたがたが手を出した者が、どのような存在なのか、わたくしが教えてさしあげましょう」

 ゆっくりと男たちが押しつぶされていった。つま先から始まって、かかと、ひざ、ふともも。
 紙のように平らにのされていく。血は流れなかった。
 叫び声もうめき声も無かった。出せなかったのだ。
 だが、その痛みは男たちの心臓に突き刺さった。

「ごめん。はあちゃん…もう、やめて」

 コウが泣きそうな声で言った。
 羽鳥が振り返って、コウを見た。
 しばらく、そのまま見ていたが、男に姿を変えた。

「ああ、悪かったな。コウ」

 倒れていた男たちが、元の姿に戻り、地面に座り込んだ。
 頭を振り、手で自分の体に触り…。

「行こう。コウ」

「うん。はあちゃん」

「羽鳥とよべ」

 羽鳥の手には今買ってきたばかりの金つばの箱があった。

 結界が消え、雑踏が戻ってくる。人々が道に座り込む男たちをよけて歩く。
 男たちはよろよろと、座り込んだまま、道のはじによけた。

「なにをしていたんだっけ?」一人が聞いた。

「さあ…」だれかが答えた。

 なにがあったか思い出せない。
 自分たちはなにをしていたのだろう。
 なぜ、座り込んでいたのだろう。

 体中が震えていた。心の奥底に恐怖が染み付いている。
 人には踏み込んではいけない領域があると感じていた。
 自分たちは喰われる側の存在だ。

 負けたのではない。元々、違う存在なのだ。全ての生きる者は等しく弱い。
 あきらめとも違う。絶望とも違う。
 知った事で、もうあがく事も無駄とわかる。そんな真実に触れた時の恐怖が残っている。

 自分たちの中に何かが生まれている。もう絶望しなくていい。もう孤独ではない。
 どん底にたどり着いてしまったからには、もう、あとは登るしかない…。
 そんな強さ。

 なにがあったかは思い出せないが、彼らはなにも持たない者の強さをつかんだ…。
 ただ、生きているだけで幸運なのだ。

「すいませ〜ん。申し訳ないんですが〜、ちょっとよけていただけませんか〜?」

 縁石に座り込む男たちに一人の男が声をかけた。
 まだ二十歳そこそこ。彼らよりも少し年上だ。
 腕にラジオ局の腕章をつけていた。
 それを見せるようにして、続ける。

「すいませんが、素材の映像を撮りたいんで、ちょっとぉ…」

 男たちは座ったまま、のろのろと脇に移動した。

「ああ、すみません。後ろの店を撮りたいんです。隣まで…」

 立ち上がって、よけながら、男たちは思った。

『こんな事は小さな事だ。腹を立てるような事じゃない』

 以前ならつかみかかっていたかもしれない。

『なにもかもが俺たちを邪魔にしている』

『俺たちを必要とはしていない』

 そう思っただろう。
 今は違う。

『もっと強くなりたい。もっと自分を愛したい。
 俺たちに声をかけた男だって、俺たちと同じように小さい。
 俺たちと同じようにあがいている』

 自分の想いに気がついた者は、自分自身を不思議に思っていた。

 なぜなら『声をかけた男を抱きしめて、生きている事を一緒に喜びあいたい』
 そう感じていたからだ。

             ☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆

「ご協力ありがとうございます。テレビとのコラボ番組なんです。
 1週間後の昼番組です。良かったらラジオ、聞いてください。テレビより長く流します」

 僕は移動する男たちに声をかけながら、追った。

「はい、そこでだいじょうぶです。ありがとうございました〜」

 自分で作った番組のチラシを男たちに渡しながら、思った。

『さっきまで、誰も居ないと思ったんだけどなぁ』

 おかげで、チーフに怒鳴られた。

『映像が撮れないじゃないか。あんなガキ共が居たら』

 立ち去る二人連れを目で追った。
 彼らも居なかったはずだ。

 黒の革ジャンの30過ぎの男と17・8歳のダメージジーンズの男。
 僕の視線に気がついたのか、若いほうが振り返った。
 僕を見て、小さく笑う。

 なんだか背中がぞくっとした。彼らに異質な何かを感じる。
 その感覚に覚えがある。前にも同じように感じた記憶…。思い出せない。
 手帳を出して書き留める。

『男同士の二人連れ。
 片方は30代。黒の革ジャンにそろいのパンツ。サングラス。片耳にピアス。
 マッチョ。男臭い。

 片方は17・8歳。美少年。おかっぱみたいな髪。
 ダメージジーンズ。オフホワイトのTシャツ。
 二人の関係は謎。なんだか変だ』

 毎日、少しずつ、こうやって集めていって。
 僕はいつか、きっと、僕の夢にたどり着く。

               ☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆

「思い出したのか? コウ」

「うん。
 …美香。川村美香に会った。彼女、巫女の資質を持っていた」

「川村俊彦の娘か?」

「うん」

 羽鳥は俊彦には会ったが、彼の娘は知らなかった。

「川村香都子。…美香の母親は、神と交信する力を持っていたんだよ。きっと。
 昔だったら、巫女としての一生を送ったと思う」

「お前が落ちた丘は、古には祭壇だった。
 巫女をしていた一族の末裔かもしれないな」

『コウは元気が無い』羽鳥は感じた。

『思い出した記憶がコウに作用をしているのかもしれない…』

「とってもいい親子だったよ。俊彦と美香。それから美香の妹の由香もね。
 楽しかったなぁ。みんなで一緒にご飯を食べたんだ…」

『ああ…。それかもしれない。家族と一緒の食事』

「ふん。で、ガキどものオイタの相手をしたってわけか…」

「? なに、はあちゃん」

「なんでもない」

 いつものように「羽鳥とよべ」とは言わなかった。
 羽鳥と二人だけの食事では、やはりさみしいのか、と羽鳥は考えた。
 だが『たいした事ではない』男の羽鳥はそう思い、忘れた。

 だが、鳥の羽鳥になると思い出した。聞き流せなかった。
 鳥の羽鳥は母親だ。その愛はうっとうしく、極端だ。

 ぼっちゃまのために楽しい食卓を考えよう。
 なぜなら、もしかしたら別れが近づいているのかもしれない。

『コウは強くなったなぁ。
 もう、保護者は必要無いなぁ』

 ティポエウスはそう言って笑った。


 ……終わり

このシリーズの他の作品はこちらへ
 シリーズ・目次
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=49981418&comm_id=4788856

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

小説置き場(レイラの巣) 更新情報

小説置き場(レイラの巣)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。