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小説置き場(レイラの巣)コミュの【SF】エイハブ船長(4−2)

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                   (イラスト・エーカさん)

「テラはどこです。プロポーズする約束なんです」
 彼女は答えなかった。ただ、悲しげにエイハブを見た。
 彼は何も気づかない。風の中で薔薇が揺れる。

「ああ、いいんです。自分で探します。家の中でしょう?
 出ておいでよ、テラ」

 大きな声でよびながら、彼は家の中へ入った。
 奥から、庭にいた女性よりふたつみっつ年上の女性が顔を出した。

「まあ、エイハブ。早かったのね。迎えに行くつもりだったのに。
 大きくなったわね。

 テラなら庭に居たでしょう?
 あなたのために薔薇をつむんだって言って、さっき出て行ったけれど?」

 彼の後ろで静かな足音がした。いつのまにか庭に居た女性が彼の後ろに居た。

 エイハブは振り返れなかった。
 目の前に居る人がテラの姉さんなら、後ろに居る人は……。

 薔薇の花の落ちる音。テラの姉さんの顔色が変わる。

 時間の速さは船の速さに反比例する。では、彼の5年はテラの……。

「私、ね……」
 ゆっくりと、つぶやくようにテラが話す。

「私、カケをしたの。
 あなたがひと目で私をわかったら、プロポーズを受けようって。
 でも、そうじゃなかったらって。

 それなのに、バカね。私って。薔薇をつんで行こうとしたのよ。
 白い薔薇が似合うって、あなた昔、私に言ったわ」

 扉のしまる音がして彼女が逃げて行く。エイハブは追った。

 もって行き場のない憤りをかかえて彼は走った。
 走って時間が越えられたらと考えながら走った。

 草の葉が彼女の足を切った。
 のばしたエイハブの手を草のとげがさいた。

 さやさやと秋の草原が風に鳴る中で、彼は泣きじゃくる彼女をつかまえ、たくさんの幸福を約束した。
 彼のうでの中で、それでも彼女は泣いていた。不幸と幸福の混じり合った予感。

 彼は彼女と出会った時の事を思い出していた。

 春の花の中、小さな彼女が泣いていた。その日、彼女は父を失ったのだ。
 動物を追って森に入り、彼女をみつけた彼は、ひと目で彼女に恋をした。

 彼女をなぐさめ、彼女と共に彼女の家へ行った。母と姉、女3人しか居ない家だと知って、彼は父親になろうと思った。一生彼女のそばに居て、彼女にたくさんの幸福をと願った。

 たくさんの幸福を彼女に。たくさんの約束を彼女に。

 秋風の中、彼女をうでに抱きながら、しかし、たったひとつ彼が約束できなかった事がある。

 1%足りないプロポーズ。すれ違ってしまう幸福の定義。
 しかし、そこに愛がなければ不幸もありえない。
 悪魔はやさしさをえさにわなをかける。だから、だれもが皆、落ちてしまう。

 ふたりは結婚した。

 1年が過ぎたある夜、彼女が彼に言った。
「ねえ、服を見せてくださる? あなたの。船長さんの」

 船長の制服は、資格を取って船を降りた時、それぞれの体に合わせて作られ配られていた。

 彼は今まで着た事のないその制服を着た。

 ぴったりと体にすいつくように作られていた。
 くらい沈んだ夜の色をバックに、ところどころ星のようにキラキラと光る物が織り込んであった。
 手首とえり元に白いカラーとカフスがついている。

「このままでも宇宙服になるんだよ。この白い部分でヘルメットや手袋とつながるのさ」

「きれい。まるで星空のよう。
 ひとりぼっちで居ても星空を見たらあなただと思えるわ。

 そう、私はひとりじゃないわ」

 最後はつぶやくようで、自分に言い聞かせるかのようだった。

 居間のいすの上で深く息を吸い目を閉じた彼女の青ざめた横顔を見て、エイハブはかすかな不安を感じた。
 彼女は目を閉じたままことばを続けた。

「きょう手紙が来たわ。宇宙局からあなたへ。

 行ってあげて欲しいの。
 あなたを必要とする船があなたを待っているわ」

 手紙!

「ぼくは行かない」

 エイハブの手足が冷たく冷えていく。
 どうして彼女に宇宙局からの手紙が渡ってしまったのだろう。
 彼があんなに気づかって、彼女の目にふれないようにしていたのに。

「いいえ。あなたは行かなくてはいけないわ。
 みんながあなたを必要としているのよ。

 あなたは私と約束したでしょう?
 私を光子船の船長さんの奥さんにしてくれる、って」

「ぼくは行かないって約束した」

 これはうそだった。
 彼がたったひとつ口に出して誓えない事。それがこれだった。
 二度と船に乗らない事。

「この手紙が初めてではないのね、あなた。
 重ねてのお願いと書いてあるわ。
 そして、これ以上待てないって。これが最後のチャンスなのよ」

「ぼくは行かない。ぼくは船長だから仕事を選ぶ権利がある。
 ぼくは二度と光子船には乗らない」

 エイハブののどはひきつれ、彼の意思に反して声がかすれた。

 彼は彼女に止めて欲しかった。
 彼女に止めてもらわなければ、彼は船に乗ってしまう。

 長い任務。そして、また、彼と彼女の時間は、ずれてしまう。
 彼女を幸福にしたいという彼の願いはどうなってしまうのだろう。

「あなたは一生の思い出を私にくれたわ。
 いいえ、その前からよ。
 長い間私のそばに居て、私を見ていてくれたわ。もう、充分よ。

 いつも、待っているわ。あなたがくれた思い出と一緒に。
 星空を見たらあなたと一緒よ。そう思えるわ。

 あなたが帰ってきたら、また一緒に生きていけるわ」

「ぼくらは、このままで生きていけるよ。
 地上に住む人間は少ないし、必要な物はみんな自分で作れる。
 無理に光子船に乗る必要は無いんだ。一緒に生きていけるよ」

 彼は必死だった。このままでは行ってしまう。
 そうしたら、彼女が不幸になってしまう。

「生きていくだけはね、あなた。
 でも、あなたの心は死んでしまうわ。そうしたら、私の心もよ」

 船に乗ると願った時の、熱い想いを彼は思い出した。
 そして、結局彼は船に乗った。

 2度。そして3度。

 彼が帰るたびに、彼女はより影に近い存在になっていく。

 長い、何年かの勤務。短い、何ヶ月かの休暇。
 少しずつずれていく、彼と彼女の時間。
 不幸と裏返しの幸福。悲しさ。それらに彩られ人生は過ぎて行く。
 薔薇の花。星々。愛。ふたりの人。

 ……続く

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