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小説置き場(レイラの巣)コミュの【恋愛】 恋する遺伝子

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 流月-rutuki-さんへ。初出 2012年10月15日 約5800文字

                    乙女座

 遺伝子を英語でいうとジーン(gene)なんだって。
 それを知ってハンドルネームをジーンに変えた。

 私の本名は谷口。谷口仁子(さとこ)。
 高校の友人達は私の事をジンコって呼ぶ。

 仁子(さとこ)って名前は嫌いだ。仁(じん)なんて押しつけがましいでしょ?
 だからジンコって呼ばれるのも嫌いだ。

 私は私。自由でいたい。行きたいところに行きたい。
 なのに仁子なんて。
 まるで初めっからゴールが決まっているみたいじゃない?

 でも、遺伝子がジーンだって知って少し変わった。
 仁…は忘れて、ジーン。いいんじゃない?
 遺伝子。いい。

 私は体なんか要らない。心も要らない。
 ただの遺伝子になりたい。遺伝子だけになって漂いたい。
 なんだかとっても純粋な感じがする。
 遺伝子だけになってぼんやりと時が過ぎていくのを感じていたい。

 友人に「夜ひとりになると服を脱いで倒れて死んだふりをするの」って恐る恐る打ち明けた。
 彼女がケラケラと笑ったので一瞬後悔した。

 そしたら

「私もね。私もよ。なんにも着ないの。ブラジャーも。
 そうするとね、なんだか、体中が息をするの」

 って言った。

 ほっとした。でも笑って話す事かなぁ。

「ああ。でも私、下着は着てるわよ。ブラジャーも…」って言った。

 だってねえ。

「へええ。いいよぉ。全部脱いじゃうの。今度やってみ」

 彼女の明るい声に安心する。仲間が居た。

 でも、私は彼女のように明るくは話せない。
 それに全部脱いじゃうって勇気は、無いなあ…。

「死んだふりはする?」って聞こうとしてやめた。

 彼女の話題は、もう次に移っている。
 考え事をしながら彼女の話を聞いて、時おり相槌をうつ。

 自分自身を脱ぎ捨てて、死んだふりをする。
 私はここには居ないと自分に言い聞かせる。
 できるだけ静かに息をして。なにも考えないようにして。
 倒れて動かないの。
 そして自分につながるいろいろな事を切り捨てていくの。

 それって楽しい。
 自分に戻るための大切な儀式だと思う。

 両親の前で娘になって、弟の前では姉になって。
 先生の前で生徒になって、クラスメイトの前では友人になる。

 もうイヤだ。

 ジーン。
 遺伝子に戻りたい。
 遺伝子だけになりたい。

                      乙女座

 学校の近くの駅中の店。
 本があって、文房具があって。
 かわいらしい小物や手芸のキットもある。
 時々、寄る。時間つぶし。時々、買う。

「すいません」

 私のすぐそばでしゃがんで封筒や便箋を棚に入れている男の人に声をかけた。

「はい」

 身軽に立ち上がり、こちらを向いた。
 ドキリとした。
 思ったよりも若い。私より2歳か3歳年上…。20歳ぐらい?

 一瞬黙った私に彼のほうから声をかけた。

「なんでしょうか?」

「あの…。なんていう名前かわからないんですけど…。
 チューブに入っていて、布とかにつけて、アイロンをかけるとふくらんで取れなくなる…」

「ああ。こちらですよ」

 そう言いながら歩き始める。
 私は考えながらついていく。

「これです。この棚。
 細いのと太いのと。
 色も12色そろっていますから」

 そう言いながら手を棚に向けて、また私のほうを振り返った。
 また心臓がドキリとした。

 目を伏せながら「ありがとう…」と言った。

 彼はさっきの場所に戻り、またしゃがんで商品を棚に入れている。

 棚に手を伸ばすふりをして、目だけでこっそりと見た。
 誰だろう。誰かに似ている。どこかであったような気がする。

 顔を見た時にドキリとした。
 なんでだろう。ドキッとするような知り合い…。心当たりが無い。

                   本

 最近見つけた遺伝子の本。
 部屋でその本を読んでいたら「ウズラのひとめぼれ」という項目があった。
 ひとめぼれについての実験だ。

 ウズラは誰に関心を示すのか。

 親でもなく兄弟でもなく、まったくの他人でもない。
 ウズラはイトコの前で立ち止まる。
 敵意ではなくて、関心を示す。
 互いに長く見つめ合う。

 卵をシャッフルする。
 親鳥じゃない巣で育ち、血のつながりの無い兄弟と共に育つ。
 それでもウズラはイトコを見分ける。

 ウズラは互いの遺伝子を感じ取り、魅かれあう。
 それがもしかしたら、ひとめぼれの原理…。人間も同じなのかもしれない。

 そういう実験の報告だ。

                   人影

 レジに彼が居るのがわかって、他に人が居ない時にレジに行った。
 私の中の見知らぬ想いがなんなのか知りたかったから。

「あ。それ。この前のですね?」

 私がボールペンと消しゴムをレジ台に置いたら、彼が声をかけてきた。

「え?」

「それ」

 彼の指の先に私のトートバッグがあった。

「gene…ジーン…遺伝子って書いてあるの?」

「ええ、そうです。この前ここで買ったもので書きました」

「へええ。そういうのって女の子らしいですよね」

「あ、いえ。今、学校で流行ってて。
 それに学校のバッグはみんな同じだから、これで区別がつくし…」

 なんで私は言い訳をしているのだろう。
 お金を出して、紙袋に入れられたボールペンと消しゴムを受け取って、自動ドアを出る。

 向こうから話しかけてくるとは思わなかった。
 こんなに話すとは思わなかった。

 彼の話した事を胸の中で繰り返した。全部覚えている。
 とてもいい声だった。胸に響く声だった。

 ずいぶんと前に聞いたような気がする。
 長い間、もう一度聞きたいと思っていた声のような気がする。

 でも、思い出せない。
 顔も声も懐かしいのに、知っているはずは無い。
 私の知り合いの誰とも似ていない。親戚とも違う。

 なんだろう。この懐かしさは…。
 そして、不安は…。

                    本

 遺伝子というのは利己的なんだそうだ。
 科学者はそれをセルフィッシュ・ジーンってよぶ。
 なんだかいい。「利己的な遺伝子」

 遺伝子は自分のコピーを作る事しか考えてない。
 そのためには他人も、そして自分自身も躊躇なく滅ぼしてしまう。

 たとえばカマキリのメスは目の前のオスを食べる。
 オスはさからわない。
 自分の遺伝子のコピーがメスの体の中にあるから。
 オスのカマキリの遺伝子はメスに食べられる事を命ずる。

 遺伝子に従うってどういう気持ちなのだろう。
 遺伝子の命令に従って滅びていくってどういう気持ちなのだろう。
 そんな衝動を、私の遺伝子もまた持っているのだろうか。

                      乙女座

 学校の帰りに、またあの店に行った。
 買いたい物は無いのだけれど。
 彼の姿は無かった。

 店を出ながら考える。
 なぜ、彼を探しているのだろう。
 なぜ、こんなに悲しいのだろう。

 部屋で服を脱ぎ、いつものように死んだふりをする。
 目を閉じて、心をカラにする。

 でもカラにならない。

 涙のようなものが、もっと熱い何かが、心の中にぎっしり詰まっている。
 死んでしまいたい。このまま本当に死ぬほうがいい。

 起き上がってひざを抱えた。
 辛い。苦しい。

 でもきっと、あしたも私はあの店に行って、彼を探すだろう。
 この衝動の先に、死が待っているような気がする。
 あしたもあの人は居ないような気がする。
 それでもきっと行くだろう…。

 彼はイトコのウズラなのだろうか。

                      乙女座

 シャープペンとストラップのキットを持ってレジに行く。
 レジに彼が居たから。

「岸本さん…」

 呼びかけた私に怪訝そうな顔を一瞬、彼はする。

「ああ」

 自分の胸の名札に気がついて

「岸本…保です。
 あの…きみは?」

「谷口…仁子…です」

 そのまま黙って差し出された袋を受け取って店を出た。

 店から離れ、改札口に近づいてそばの壁に手を添えた。
 涙が出そうだったから。

 レジに彼が居る、その姿を見た時の安堵感。
 彼に近づく時の恐怖感。

 認めるしかない。
 でも本や映画に描かれているのと違いすぎる。
 辛い。こんなのはイヤだ。
 彼の事はなんにも知らない。
 それなのに魅かれるなんて。バカバカしい。
 でも。
 でも、これはもう恋だ。

 そっと袋を開けた。
 彼が触れたふたつの品物。
 シャープペンとストラップのキットを確かめる。

 折りたたまれた紙が入っていた。

 携帯電話の番号と
「岸本 保といいます。よかったら電話をください」
 と書いてあった。

 片手で握り潰した。
 女を誘う事に慣れていると感じた。
 こんな軽い人はイヤだ。

 腹が立った。私の関心を彼は感じとったのかもしれない。
 軽薄なのは私のほうかもしれない。

 メモは丸めたまま、そのまま捨てればいい。
 でも、紙袋に戻した。
 ゴミはゴミ箱に。そんな事はいい訳だとわかっている。
 きっと、私は彼の番号を私の携帯に登録するだろう。
 そして。そして。私はどうするだろう。

                     乙女座

 レジに彼が居た。
 近寄ってレジ台の上にたたんだメモを置いた。
 彼が取り上げる前に店を出た。

 私の名前と携帯の番号が書かれている。
 ずるいという事はわかっている。
 私は責任を彼になすりつけた。

 何日も、携帯に登録された彼の番号を見つめ、でもかけられなかった。

                     電話

「岸本さんのお宅でしょうか?」

「さっちゃん? さっちゃんでしょ。
 なに、よそいきの声を出してるのよ」

「だってえ、よそんちにかかったらいけないでしょう?。
 ねえ、ちょっと今、いい?」

「なあに?」

「お宅の息子さん。保くん。
 今、金山堂でバイトしてるって言ってなかった?」

「うん、そうよ。
 大学の近くに自分の部屋を借りたいからって、お金貯めるって言って」

「ああ、やっぱり、金山堂ね。
 うちの娘がね。最近、何回か金山堂の袋を持って帰ったのよ」

「仁子ちゃん?
 そう言えば、保が言ってたわ。
 駅中の店だし、近くの女子校の生徒達の御用達みたいな店だって」

「そう。うちの仁子の通っている高校がその女子校だわ」

「じゃあ、会ってるかしらね。保。仁子ちゃんに」

「さあ、どうかしら。
 会っても、もうわからないでしょうしね」

「うちの旦那の転勤で引っ越した時には保は5歳だったから」

「うちの仁子は2歳よ。
 覚えてないでしょうね」

「仲が良かったわね。ふたり」

「良かったって言うかなんて言うか」

「いっつも一緒だった」

「ええ。5歳の保くんには2歳の仁子はじゃまじゃないかと思ったんだけど」

「そうねえ。
 一緒に遊ぶわけじゃないんだけど。
 そばに居るのが当たり前みたいで」

「うんうん。
 親だって入って行けないなにかがあったわ」

「でも、まあ。
 もうふたりも大きくなっちゃったし」

「そうねえ。忘れちゃってるわね」

「………」

「旦那さんの転勤でまたこっちに戻って来てくれてうれしいわ。
 年末前にはまた会いましょう。
 今度はお酒を飲めるところでね」

「うん。忘年会ね。やりましょう」

                      コーヒー

 私が自分の携帯の番号を岸本さんに渡した夜。
 岸本さんから電話があった。

 次の日曜に、騒がしいセルフサービスのカフェで待ち合わせをした。

 それから、どこかに行くのだろうと思っていたのだが、そのままその店に居る。
 岸本さんは何も言わないで下を向いている。

 私も何を言ったらいいのかわからない。
 20分ぐらいたっただろうか。

「あの…」

 決心したみたいに岸本さんが口を開いた。

「はい?」

「あ…何か話す事は無いですか?
 聞きたい事とか…」

「は?」

「何を話したらいいんでしょう?
 こんな時に」

 笑えて来た。
 女に慣れているなんて、きっと違う。
 違うと思う。

 それから泣きそうになる。

 慣れてない人が携帯のメモを私に渡したのはもしかしたら…。
 そんな想像に飛びつく自分が情けない。

 恋をしている女なんてみっともないと思う。
 小説に書かれているような恋のしかたはおかしい。
 バカじゃないかと思う。
 私はしない。そう思っていた。

 何かを聞こうとして質問を考える。
 でも、浮かばない。
 何も要らない。知る必要は無い。そう思えてしまう。

 でも、声を聞きたい。

「あのう。私に聞きたい事はありませんか?」

 岸本さんがびっくりしたような顔をする。
 それから、黙って質問を考えている。

「いえ…あの、特には。僕からは。
 …何か話してください。
 なんでもいいです」

『…何か話してください。
 なんでもいいです』

 私も今、そう思っていた。
 なんでもいい。声を聞いていたい。

                      電話

「さっちゃん。今いい? 電話できる?」

「大丈夫よ。別に何もしてなかったから。
 なあに?」

「仁子ちゃん。お宅の仁子ちゃんの写真。私の携帯に送ってくれない?」

「あら。いいけど、なに?」

「この頃うちの保がなんだか変だと思っていたらね。
 この前、見ちゃったの」

「?」

「駅前のカフェで女の子と一緒に居たのよ」

「あら、おめでとう。
 20歳にもなって女っ気が無くて、困った、困ったって、あなた言ってたじゃないの」

「ちょっと、さっちゃん。それがね。
 その女の子が仁子ちゃんじゃないかと思うのよ。
 こないだ携帯で写真を見せてもらったでしょ」

「ええっ。うちの仁子?
 待って、待って。今、送る」

「………」

「………」

「はあ〜。
 確かに仁子ちゃんよ。保と一緒に居たの」

「あらら、まあ」

「それがね。
 ふたりして本を読んでるのよ。
 別々に。向かい合わせで。
 全然、話しもしないで」

「ああ、そりゃ仁子らしいわねえ」

「あら、そう?
 うちもね。うちも保らしいとは思うのよ…。
 だけど、30分よ。
 全然、そのまま本を読んでるだけ」

「なに。あなた30分も見てたの?」

「うふふ。ヒマですから〜。
 それに大事な息子に変な虫がついたのかと思って〜」

「変な虫ねえ…。うちの娘、確かに変な虫よ〜。
 恋なんてしない。恋なんて無様なだけ、なんて言うのよ。
 あの子は女子校生じゃないわ」

「あらまあ。うちもよ。
 恋愛なんて時間のムダだって。
 女は全部くだらない、なんて言ってたのよ」

「それがねえ…」

「そう。それがねえ…」

「もしかしたらお似合いなのかしらねえ。
 保くんと仁子…」

「それで…もしかしたら、親戚になるのかもねえ。
 私達」

「あははは」

「うふふふ」

                     本

 読んでる本のすみから保さんを盗み見をする。
 一心に本を読んでいる。
 安心する。
 そこに居てくれてうれしい。

 それだけで、もういい。

 なんだろう。
 この先に大きな穴が開いていて、私は落ちていくかもしれない。
 そんな予感がする。
 それなのにそうなる事をイヤだと思わない自分が居る。怖い。

 それでも、このままでいいと思ってしまう。
 このままこの時間が続くなら、それでいい。落ちていい。

 なぜしあわせなんだろう。
 辛くて、苦しくて、この先になんの約束も無いのに。

 私の中の何かが私に命じている。
 何かが感じている。
 全部そろっているって。
 このままでいいって。

 その何かって遺伝子なのかなあ。
 今、私の遺伝子は恋をしているの?

 …終わり

コメント(6)

ウズラの遺伝子がいとこを探し出すとは知りませんでした。
それにしても、レイラさんの人間が遺伝子の塊だという発想は感心しました。
そうすると感情とはおまけの様にも思えますが、人生には偶然など無く全ては必然なのだと云われる観点も遺伝子の分野が選んでいるのだと納得しました。
とっても面白かったです。
ちいままさん
 ありがとうございます。まさか感想をいただけるとは!

 昔に読んだ遺伝子の本に「生物はみんな遺伝子の乗り物にすぎない」って書いてあって心からびっくりしました。
 じゃあじゃあ、私の感情は! 選択は! って。

 だから私の発想では無いんです。あせあせ

 でも、感想ありがとうございました!
いえいえ、昔読んだ本の活字を覚えていたに過ぎなくても、その内容を小説の土台にされるとは素晴らしい!
仁子が保に惹かれていく心理描写がとても初々しくて楽しめました。
『恋ってこんな感じだったかしら〜』ってね♪
利害関係や駆け引きが無くて、ただ単に一緒に居たいと純粋に思えるのは遺伝子が求めているからだ…って考えると面白いですね。
ちいままさん!
 ちいままさんのコメントを読んで、今、気がつきました!
 主人公の仁子ちゃんの名前が途中で変わってる!

 直しました…。たらーっ(汗)たらーっ(汗)

 バカバカ。ジーン、遺伝子、ってふってるのにっ。
 ありがとう。ありがとう。ああ、冷や汗…。

 初々しい恋って言っていただいてありがとう。
 そういう恋が書きたかったんですぅ。
今日
二冊目はこの本♪( ´▽`)
いいなぁソウルメイトのような存在♡
>>[5] 少女漫画の世界。でも、こういうのいいですよね〜。わーい(嬉しい顔)

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