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小説置き場(レイラの巣)コミュの渦雷(からい)第1章 2−1

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 春雷、ディスチャージに続く、涼と柊のシリーズ第3弾です。
 渦雷(からい)は2章の予定です。2章のほうが長いです。
 この(2−1)は約5700文字、です。初出08/06/02

                               雷

 渦雷(からい) Cyclonic thunderstorm サイクロン・サンダーストーム

 発達した低気圧や台風の上昇気流によって生ずる雷。
 周囲から吹き込む気流が、強い渦状の上昇気流を起こすために、中心付近で発生する。

                    *・゜゚・*:.。..。.:*・゜・*:.。..。.:*・゜゚・*

「柊(しゅう)! やめろっ! まだ早い!」

 柊の周りで空間が揺らぎだした事に気づき、僕は叫んだ。

 彼、林野柊(はやしの しゅう)と僕、夏木涼(なつき りょう)は全寮制の高校で、その寮のルームメイトとして出会った。
 柊は高校入学直前、身元不明の記憶喪失者として保護され、僕と同時に入学した。
 しかし、事実は異世界への移動をランダムに繰り返す異邦人だった。その事を知ったのは、高校2年の晩秋、彼が僕を置いてひとり異世界へと旅立った後だった。
 それから5年半の後、再会した僕らは、ふたりで異世界での旅を続けていた。

 充分に機が熟した時に逆らわずに飛べば、軽い浮揚感とめまいだけで次の世界へと移動できた。
 しかし、その時期が来ないうちに次の世界へと飛ぶ事は、ふたりの体に大きなダメージとなる。
 まして、衰弱した今の柊の体で旅の扉を開ける事は大きな危険をともなうはずだ。

「柊、無茶だ。手を離せ」

 しかし、柊は僕の手を離さなかった。
 揺らぎはますます、広がっていく。
 僕はあきらめて、弱った柊の体を抱きしめた。

「柊。それならきみの故郷へ行こう。僕も祈る。だからきみも祈れ」

 柊が弱々しくうなずく。
 柊の故郷ならばすぐに助けを呼べるかもしれない。
 彼の旅がランダムで、到着先を選べない事はわかっている。
 だが、今は祈るしかない。

 行くのなら、柊の故郷へ。

 ダメージの全てが僕へ降りかかるように、無駄と知りつつも僕は柊の体をかばうように抱きしめた。
 移動が始まってすぐに、柊は気を失い、僕の手を離した。
 僕はただ、柊の体を強く抱きしめながら、彼の故郷へと祈り続けた。

 長いきしみに耐え、濡れた地面に叩きつけられ、僕も気を失った。

                  *・゜゚・*:.。..。.:*・゜・*:.。..。.:*・゜゚・*

 顔にかかる雨を感じ、のろのろと目を開け、すぐに柊を探す。
 ガラス細工のような、透明な低い木々や草の中に柊は倒れていた。
 霧のような雨に日差しだけが明るく降り注ぎ、ガラスのような植物達に反射してキラキラと輝いていた。

 はうようにして近づき、声をかける。
 柊は目を閉じ、苦しそうな顔で、浅い息をしている。

「助けを探して来る。待っていてくれ」

 立ち上がろうとして、柊が僕の上着をつかんでいる事に気がついた。

「行かないで…くれ。
 話す事が…ある…」

「なんだ?」

「ここは、…僕の…故郷だ。
 わかる…。帰って来た。僕の…旅は終わった」

 祈りは通じたのだ。助かった。

「誰かを呼んで来る。手を離せ」

「ここに…居てくれ」

 しかたなく、柊のそばにひざをつき、その手を握る。
 僕らの居る丘の中腹から、何軒かの家が見える。
 その中から、一番近い家を柊は震える手で指差した。

「僕の家だ。…見覚えが…ある」

 あそこなら、急げば10分? 20分? 10分で行ってみせる。
 静かに降る霧のような雨が、急速に柊の体温を奪っている。

「…すまない…。でも…ぼくが…いなくなっても…」

 体中の血が凍える想いがした。だが頭の一部が沸騰する。

「言うな! 僕がいる! 僕が助ける! そんな事は言うな!」

「また…あ…える…」

「ああ、そうだ。また、会える」

「きみは…このせかいで……ぼく……」

「手を離せっ。柊」

「ちち……て…ぼく…は…ん…しん……また…なくて…」

 最後は聞き取れなかった。
 柊の体から力が抜け、僕の手を離す。

 僕は上着を脱ぎ柊にかけ、彼が僕の家だと指差した赤い屋根の一軒屋に向かった。

 熱と旅のダメージでふらつく体をしかりつけ、僕は丘を駆け下りる。
 すぐに息が切れ、ひざをついた。

 自分で思っていたよりも、衰弱していたのだろう。
 赤い屋根の家にたどりついた時には、ほとんど前が見えなかった。
 庭に、枯れて透明になった植物達の中に、ひとりの女性が背中を向けて立っていた。

 薄いピンクのまっすぐな長い髪。柊の妹だろうか。柊はなんと言っていた? 
『妹の、夢見るような淡いピンクの目』
 髪は? 髪の色は?

 僕は倒れた。
 薄れて行く意識の中で、彼女が振り向き、その瞳が薄いピンク色だと知る。

                    *・゜゚・*:.。..。.:*・゜・*:.。..。.:*・゜゚・*

 僕はその家に運び込まれ、何日も意識を取り戻さなかった。
 しかし、うわごとのように何度も柊の救出を頼んだらしい。

 すぐに村人達は丘に登り、そこに死んだ柊をみつけ、その場所に彼を埋葬した。

 僕が意識を取り戻す前に、全ては終わっていたのだ。

 その家の娘リュイから、柊にかけられていた僕の上着と、小さな袋を柊の遺品として手渡された。
 袋にはダイヤの原石が3粒入っていた。
 柊が常に身につけていたものだ。

 心と体が衰弱していると、涙が出ない事を僕は知った。
 ベッドの上に座ったまま、何も話さず、眠りもせず、食事を口にしない僕のそばに、リュイは黙ってついていた。

 窓の外では、激しい雷雨が続き、透明な植物達が押し流されていく。
 しかし僕の目はなにも見ていなかった。
 繰り返し、柊の最後の言葉が僕の中で渦を巻いている。

『…すまない…。でも…ぼくが…いなくなっても…』

『また…あ…える…』

『きみは…このせかいで……ぼく……』

『ちち……て…ぼく…は…ん…しん……また…なくて…』

 気がつくと、差し込む朝日の中で、リュイが僕のベッドのすそに頭を乗せ、眠っていた。
 雨はやんでいる。

 彼女を起こさないように僕はベッドを抜け出し、丘に向かう。
 枯れた植物が洗い流され丘の景色は変わっていた。
 記憶をたどり僕は柊を残した場所を目指す。

 あの時、振り返り彼を見た。これが最後では無い。そう思った。
 その光景は今も心に鮮明に残っている。

 背の低い透明な草木。霧雨が降ってはいても明るかった。
 全てがキラキラと輝いていた。その中に柊は横たわっていた。

 彼は僕の手の中で死んでいったのだろうか。僕は確かめなかった。
 それとも…、それとも彼は、たったひとりで死んでいったのだろうか。

 いつのまにかリュイが僕に追いつき、僕の前に靴を置く。
 その靴をはき、僕は歩き続ける。
 リュイは黙ったまま僕の背にコートをかけ、僕の少し先を歩いていく。

 丘の中腹に、両手でつつめるほどの小さな石が置かれていた。
 周りの土が、最近掘り返された事を物語っている。
 リュイはその石を指差すと、丘を降りて行った。

 黙ってその石をみつめ、のろのろとその石を手に取り、投げ捨てる。
 狂ったように、その石を探し回り、元の場所に置く。
 その場所に座り込み、僕は動けなくなる。

 守ると誓った柊に僕が守られた。
 あのままあの過酷な世界に居たら、僕もまた命を失ったかもしれない。
 どんなに移動しても人間らしき生物に出会う事がなかった。
 無害なのかどうか知る術の無い植物を恐る恐る口にし、木のうろに溜まったにごり水を飲んだ。
 柊が衰弱した体で無理な旅をしたのは、きっと僕を救うためだろう。
 僕を守るために柊が死に、僕が生きている。その事が許せなかった。
 柊が居ない事が許せない。

 雷雨の季節が過ぎたとはいえ、まだ時折小雨が降る。
 村人達は簡単な雨除けを僕のために作り、リュイは毎日食事を運んできた。
 ほとんど手付かずの食事を、彼女は黙ってさげていった。

 僕が初めてリュイに声をかけたのは『柊の妹ではないか?』という問いかけだった。

 だが、違っていた。
 柊の故郷での名前『シュリエ』にも聞き覚えが無いと言った。
 あの家は初めから、リュイとその母親のふたりきりだった。
 リュイの母親の髪は緑色。
 柊のノートには、母の髪は薄紫色と書いてあった。

 心が体力を取り戻すと、僕は丘を降りた。
 そして、柊の家族を捜した。

 柊を失い、僕はこの世界から移動できない。
 それでも、柊の家族から子供の頃の彼の話を聞き、僕が僕の世界での彼の事を話し、彼のそばで、彼の故郷で暮らせるのなら、僕はそれでも良かった。

 人々はさまざまな色の髪と肌と瞳を持っている。
 だが、黒い髪、黒い瞳を持つ者はひとりもいなかった。
 黒い髪と黒い瞳を持つ父子を、村人のだれもが知らなかった。

 幸福な異邦人だった柊の父。あいついで失踪した父子。
 やさしさに満ちたこの世界であっても、そんな事があれば、だれかの記憶に残るだろう。
 旅人も、時折訪れる旅の商人も、そんな情報を持ってはいなかった。

 ここを故郷と感じ、あの家は僕の家と震える指で指差した柊。
 それは、死にゆく者に神が見せた幻だったのだろうか。

                    *・゜゚・*:.。..。.:*・゜・*:.。..。.:*・゜゚・*

 僕はそのままリュイの家にとどまり、1年後、請われるままに結婚をした。
 リュイの母は娘の幸せを見届けるかのようにして死に、1年後、男の子が産まれた。
 僕と同じ黒い髪と黒い瞳を持っていた。
 僕はその子に柊の故郷での名前、シュリエと名づけた。

 さらに2年後、娘が産まれた。
 その時知った。
 この世界では、両親から産まれた子供は男の子になり、女の子は母親ひとりで作る。

 この世界の家族や男達が流動的で、血のこだわりを持たない理由がなんとなくわかった。
 僕のような人間を、なんの迷いもなく滞在させ、伴侶と選ぶリュイの自由さも、同じ理由からなのだろう。
 リュイの母親は生涯一度も結婚をせず、リュイを産み、育てていた。

 血に縛られない、この世界のその自由さに安らぎを得た僕は、しかし、柊の生まれ変わりのようなシュリエを、誰よりも愛さずにはいられなかった。

『また…あ…える…』柊はそう言った。シュリエ。僕の息子。


                    *・゜゚・*:.。..。.:*・゜・*:.。..。.:*・゜゚・*

 忙しい収穫の季節、夏が終わり、おだやかな秋が始まろうとしている。
 そろそろ、風が花や葉を吹き散らし始めている。

 台所の妻に声をかけ、僕はゆっくりと丘を登る。
 半分ほど登ったところで後ろから小さな足音が追って来る。

「パパァ!」

 声と一緒に小さな体が僕の腰にぶつかってくる。
 妻の言ったとおりだ。どこからでも、僕を見つけて追ってくる。

 シュリエは5歳になった。

 妻から渡されたかごからタオルを出し、小さな手をぬぐい、かごの中の焼き菓子を渡す。
 シュリエは、妻が花びらから焼いた色とりどりの菓子をほおばりながら、僕の周りを走る。

「あまり走ると疲れるぞ」

 結局僕は疲れたシュリエを抱いて、柊の墓に着く。
 墓参りとは知らないシュリエが、元気を取り戻し、また僕の周りを走る。

 僕は今もまっすぐに柊の墓を見る事ができない。
 墓を背に座ると、村を見下ろせた。あの日に見下ろした同じ場所。
 今は風が吹き散らす色とりどりの花や葉が、紙ふぶきのように舞っている。

 秋になって色を失う動植物達。
 冬になり枯れて透明になる草や木。
 春先の激しい雷雨。

 なにもかもが柊のノートのままだ。
 それなのに、なぜここは柊の故郷ではないのだろう。

 時には柊のノートの中で暮らしているような錯覚に襲われ、僕のすぐ近くに、そのノートを見ている柊の存在を感じさえする。
 僕はまだあきらめられない。柊…。

「パパァ!」

 声とともに小さな体が僕の胸の中に飛び込んでくる。
 そして、不安そうに見上げた。
 シュリエは敏感な子だ。
 僕が柊を思い出し苦しんでいると、こうして僕のそばに来る。

 胸の中に抱きしめ「大丈夫だよ。心配しなくていい」
 そう言いながらシュリエの頭を撫ぜた。
 いつも、柊が僕にしてくれたように。

 シュリエは頭を僕の肩に乗せ、幸せそうにため息をついた。

 僕は柊の墓を振り返り、心の中で柊に語りかける。

『すまない。僕は家族をみつけた。
 愛しい妻。愛する子供達。僕の半身のようなシュリエ。

 愛する者に愛される事の暖かさ。守りたい者に頼られる喜び。
 最初はおじいだ。そして次にきみが教えてくれた。
 そのきみにうそはつけない。僕は今、幸せだ。きみがくれた。
 でも、一緒だ。いつまでも、きみは僕と一緒だ』

 シュリエが小さな手を伸ばし、僕の首にまわした。

「パパ?」

「あぁ、だいじょうぶさ。ここに居るよ。シュリエのそばに」

『ほら、まただ。柊。シュリエは感じ取る。
 僕がきみへと引き戻される事を許さない』

 シュリエが小さな手で僕の顔を引き寄せ、僕の唇にキスをした。

「なんだ? シュリエ」

「おやすみだよ。パパ。おやすみ」

「おい、寝るのか?」

 僕の手の中で、クスクス笑いながら、シュリエはすでに丸くなって、目を閉じている。

 重くなったシュリエを抱いて、僕はゆっくりと丘を降りる。
 シュリエが眠り、僕を止める者が居なくなり、僕は何度も振り返る。

『いつまでも一緒だ、柊』

                    *・゜゚・*:.。..。.:*・゜・*:.。..。.:*・゜゚・*

 いつ頃からだろう。
 柊が言っていた『違和感が溜まっていって、世界からはじかれる』
 その違和感を僕は感じるようになっている。

 皮膚と空間の境目に、かすかなずれを感じるようになり、手に触れる物に、肌に触れる風に、異質なとげを感じ…。
 シュリエが7歳になったこの春の雷雨では、あきらかに世界の全てが僕を押し出そうとしていた。

 雷が落ちるたびに空間がはじけ、僕は飛ばされそうになる自分をこの世界に縛りつける。
 僕は疲れ、苛立った。妻が異変に気づき、心配そうに見る。
 その視線さえも、僕の苛立ちの原因になる。

 なぜ今になって。
 この世界になじみ、愛する家族を得、何よりも守りたい者達ができた今になって。
 そしてなぜ、この僕が柊のように移動させられるのか。

                                                ……続く

渦雷(からい)第1章 2−2 はこちらから
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