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小説置き場(レイラの巣)コミュの【恋愛】真夜中のローズ(2−2)

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 イラストはエーカさんです。


                       ムード

 午後のひざしで暖まった公園のベンチで寝て、店が開くのを待った。

『今日の午後、お時間はありますか?』

『両親に会ってください。紹介します』

 男の声がよみがえる。知るか!

 飲んで、踊って、夜が白くなってから、始発に乗る。
 なぜだろう。半分眠ったような街が愛しい。
 泥のように自由にならない体と、なにも考えられない頭で、どうにかしてこの街を抱きしめたいと思う。
 そんな時間と、そんな自分が愛しい。


 マンションの前についたら、最上階に住んでいる大家のばあさんがほうきを片手に立っていた。
 あたしを見て、顔中で笑った。
 いつもながら早起きのばあさんだ。だがそれにしても今日は早い。

「あらあら。聞きましたよ。結婚するんですってぇ」

「!!」

 そうかそれが言いたくて早起きをして、あたしを待っていたのか。

「わざわざ昨日あいさつにいらしたわよぉ。きちんとしたご家族ねぇ。
 おめでとうございます」

 そう言って、ていねいにおじぎをする。

「婚約者のかた、今日、引っ越をしていらっしゃるんですって?
 にぎやかになるわねえ」

 あたしは吐きそうになって、よろよろと建物に入り、エレベーターに乗った。
 絶対に引っ越す。さっさと逃げなきゃあ…。



 逃げ切れなかった…。

 両親が、教会の係員に連れられて部屋の外に出て行くのを見ながらそう思う。

 ウエディングドレスのすそをたくし上げて、右足をスニーカーごと左足のひざに乗せる。
 スニーカーだけはゆずれなかった。ささやかな抵抗だ。
 いつもならピンヒールもはくが、当たり前みたいに、ウエディングドレスに白いヒールははきたくなかった。
 ちらりと男の身長が自分と同じで、ヒールをはくと自分のほうが高くなると考えた自分がイヤになる。

 両親を送り出した男がドアを閉め、振り返って言う。

「下着が見えますよ。夏見さん」

 反射的に、両手でウエディングドレスを股の間に押し込む。
 そして、むっとする。
 あたしはなんで、この男の言う事を素直に聞いているのだろう。

 あたしが引きずり込んでからたったの二ヶ月で、全部、この男は用意した。
 あたしが引っ越そうとしてアタフタしている間に、だ。
 仕事もきっと手際よくやっているのだろう。などと考えてはみるが笑えない。

「なぁ。この金、どこから出てるんだい?」

 いやみを混ぜて聞いてみた。

「?」

「この式にかかった金だよ」

 少人数の、身内だけの式だが、ホテルも併設されたこの教会はハイクラスだ。安くは無いだろう。
 それも全部この男が出した。

「あんた、八億の借金があるんだろう?」

「あぁ。その件ですか。
 夏見さんが誤解をしているようなので、いつかきちんと説明を、と思っていました。
 丁度いい機会です。お話ししましょう。

 八億は十五年ほど前に、父が株でこしらえた借金です。

 その時に家を売って五億ほど返却し…」

 五億の家!? 返却?

「残りもあと一・二年で払い終えます。

 それから、今回の費用は、株の配当金です。
 業績が回復して、株価が持ち直し、最近は年に七・八百万ほど、配当が入ります。
 おかげで、最近では父の収入の全てを返済にあてられています。
 僕の収入もです。
 二人合わせて、年三千万少々です」

 ?????
 二人で三千万の年収?
 株の配当だけで七・八百万?

「そ、それって…つまり、その株を売ったら…」

「多分、ざっと十億ぐらいにはなると思います。
 売れば簡単に残りの借金は返せます。家も買い戻せるでしょう」

「! なんで、そうしないんだ!」

 笑顔を見せて男は言う。

「父が大損をした時に母が怒って、もういっさい株の売買はするなと父に言ったんです。
 父は今もその母の言葉におとなしく従っています。
 そんな父が僕は好きですね。母もね。

 でも、まあ、あの時に売っていたら、ゴミくず同然でしたから。
 今となってはかえって良かったのでしょう」

「……」

 借金はあと、一・二年で返せる…。
 こいつは大会社の部長だ。時下十億の株券もある。
 年収は、親父さんと二人でだが三千万…。それに配当金も。

 あたしにはきっと、金持ちの生活が待っている。
 …その事に、なぜかあたしは、がっかりしていた。

「それでなんであたしなんだ?
 今のあんたならいくらだって結婚相手はみつかるだろう。
 処女の責任で結婚なんて、あたしには必要ないんだ」

「夏見さん」

 男は床に片ひざをついて腰を下ろし、あたしを見上げる。
 まるで、プロポーズをする王子のようだ。
 あたしは、つい、ひざに乗せた足を下ろしてしまう。

「夏見さん。僕はあなたと処女の責任を取って結婚をするわけじゃありませんよ。

 借金の話を聞いてもあなたは逃げませんでした。
 それも僕にはうれしい事でした。
 でも、それだけでもありません」

 逃げなかった? それは勘違いだ。あたしは逃げようとしていた。
 でも、逃げられなかった。それだけだ。

 男は、しばらく黙って宙を見ている。
 言葉を探しているのだろう。それはこいつのくせ、なんだろう。
 そんな事を考えて、ぼんやりとこいつの言葉を待つ。
 なんであたしは待っているのだろう。
 なにをあたしは待っているのだろう。

 男は、ゴソゴソと胸のポケットを探し、何かを取り出した。

「? あたしの写真?」

 あの窓辺の写真立てに入っていた、小さな頃のあたし写真だ。
 欲しいって言うから、プリントアウトして渡していた。

「そのワンピースの胸元を見てください。
 赤いバラのブローチがあるでしょう」

「あぁ、あるなぁ」

 今まで気がつかなかった。
 ブローチにも見覚えが無い。なくしたのか、捨てたのか。

「これを」

 男がまた、なにかを取り出した。
 小さなビニール袋に入れられた、赤いボロクズのようななにか…。

「毛糸とフエルトで手作りしたバラのブローチです。
 ほら、その写真のものです」

「…似てる、けど」

「それです。手作りの物ですから。
 あなたのお母様があなたのために作った物でしょうね」

「! なんでそんな事がわかるんだ」

「ほら、バラの花の根元。
 緑のフエルトがほつれて中の紙が見えているでしょう?
 それはお守り札なんです。
 あなたのお母様があなたの幸せを祈って入れたのでしょう」

「…!」

「昔、僕の家が裕福だった頃、僕は忙しかった。
 たくさんのお稽古事をかけもちさせられていた。

 ピアノも、です。

 あのショッピングモールで両親から

『グランドピアノのところで待っていて』

 そう言われて僕はピアノを弾きながら待っていました。
 あとで知りました。離婚の事で弁護士と会っていたんです。
 その事を知らなかった当時の僕は、でもなにかを感じて、とても不安でした」

 あたしと同じだ。あの頃のあたしも何かを感じて不安だった。

「一曲弾き終えて周りを見たら、見知らぬ女の子が僕を見ていました。
 そして、音が出ないようにして、僕に拍手をしてくれました。

 僕はまたピアノを弾きました。その子のために。僕の不安は消えていました。

 両親が呼びに来て、そこを去る時に振り返ると、女の子も誰かに呼ばれて走って行くところでした。
 そして、その胸から赤い何かが落ちるのを僕は見ました。

 両親の手を振りほどき、階段を探し、上り、通路でこれを拾った時には、あなたはもう居ませんでした。
 当たり前ですね。僕は何度も考えました。
 なぜ、あの時、僕は大声であなたに声をかけなかったのか。
 そうしていれば、あなたはこれを失くさずにすんだのに。

 そのすぐ後、父に借金ができて、家を売る事になりました。
 小さなアパートで、母は一度もした事のない家事を始めました。
 そして、両親はとても仲良くやっています。

 三人で小さな部屋で寝ている時、僕は幸せでした。
 僕は両親に愛されている。そう信じられました。
 それまで感じた事の無い幸せでした。

 そして、バラのブローチの中にお守り札を見つけた時に、僕は思ったのです。
 このお守り札が僕に幸せをくれたんだ、と。
 そして、僕は決心したんです。
 必ず、あの子にこれを返そう。そして、必ず伝えよう。
 それは僕の責任だと思いました。

 あなたはあなたのお母様から、愛されていました。
 このバラのブローチがその証しです。
 伝えましたよ。夏見さん。受け取ってください」

 そう言って男はあたしにそのバラのブローチを握らせた。

「そして、もうひとつ、伝えたい事があります。

 あの時、僕は大声で叫ばずに、僕の手でこれをあなたに渡したいと思いました。
 それはなぜか。
 それは、あなたが僕の初恋の人だからです。

 あなたはあの時、孤独で不安だった僕に拍手をしてくれました。
 そして僕の孤独を救ってくれました。

 驚きましたよ。
 真夜中のローズさんが、あの時の小さな女の子だとわかった時には。

 あらためてお願いします。
 僕と結婚していただけますか?」

 この男の言う事はうそだ。全部、推測でしかない。

 このバラのブローチがあたしの物だという事も。
 あたしが母に愛されていたという事も。
 それは、この男のただの思い込みでしかない。
 ただの可能性でしかない。

 そして、この男が、あの時の男の子だという事も。
 そんな事はありえない。うそだ。

 でも、なぜ、あたしは泣いているのだろう。
 どうして、涙が止まらないのだろう。

「あんた…名前はなんていうんだ」

 男は花のように笑って言った。

「やっと聞いていただけましたね。
 名刺をさしあげたのに、名前をよんではくれなかった」

 すねたような言い方だった。

「山上達也といいます。
 どうぞ、よろしくお願いします」

 あたしも、答えた。あたしだってていねいな言葉くらいは使える。

「岡本夏見です。
 こちらこそ…どうぞよろしく。末永く…」

                                                            …おわり

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 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=49963083&comm_id=4788856

コメント(3)

 コミュに書いていただいたコメントを、許可をいただいて転記しました。

2010年10月05日 23:00 リバーストーン
 夏見も母親を忌み嫌いながらも、心の中で愛してくれて欲しいと思っていたから、ブローチの形である薔薇の「ローズ」を名乗っていたのでしょう。
 母親への誤解が解けて良かったと思いました。

 それと達也さんの一途さがとても良かったです!
 自分だったら探すのを諦めて返すことすら忘れているかもしれません(笑)
 とても立派ですね^^

 もしかしたら、達也さんは結婚式の本番でブローチをウェディングドレスを着た夏見の胸につけてあげたかったから、二ヶ月間あえて黙っていたのかなあと色々想像しながら読んでいました。

 あ、それと式場での会話は式の開始直前の準備室での話ですよね?式の当日の出来事なのか、それとも数日前のドレスを試着した時の会話なのかよく解からなかったのですみません;;

2010年10月06日 00:32 レイラ・アズナブル
 リバーストーンさん
 痛いところをつきますね〜。

 話としては、絶対にお式の直前で書きたかった。そのほうがいい。
 でも、お式の直前はなかなか二人っきりになれないんですよね〜。
 親族とかがうろうろしてて。なので、そのへん、もやっと書きました。

 でも試着室は婦人服売り場に似てます。スタッフと別のカップルがウロウロしています。ロマンのかけらもありません。

2010年10月06日 20:56 はぴ
 確かに受け取りました! ありがとうございます。

 魔法使いや長靴を履いた猫がいなくても、『めでたしめでたし』で終わるおとぎ話はできるのだなと感動しました。
 達也青年の直球どストレートの真心は、ジャックの豆に勝る奇跡だと思います。
 夏見がウエディングドレスにスニーカー履いてた時は、彼の返答如何で走って逃げるかもと、ひやひやしました。

 初恋の物語なのに、薔薇のブローチのくだりで涙腺決壊したとか言えないですよ。

2010年10月10日 01:30 レイラ・アズナブル
 はぴさん
 お返事遅くなり申し訳ありません。
 なかなか、こちらのコミュまで足を運べません。

 達也青年。
 多分写真を見て、あの子だと気がつくまで初恋は忘れていたと思いますね。
 気がついて、運命だと思いこんだんだと思いますよ。
 じゃなきゃ、引っ張り込まれたとしてもねぇ。ウッシッシ
 まじめそうに見えて、なかなかの遊び人でもあるし。

 バラのブローチのくだり。実は私も涙腺決壊します…。あせあせ(飛び散る汗)
追記その1
 リバーストーンさんの指摘に、実はちょっと書き足しまして、お式当日だと匂わせてみました。

追記その2
 お気づきと思いますが、下敷きはシンデレラです〜。
 ガラスの靴の代わりの赤いバラのブローチです。

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