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小説置き場(レイラの巣)コミュの【ホラー・刑事】 眠り姫のバラの庭

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 イラストはひろもるさんです。

 感想で、ドSの刑事梶山先輩と教会の青年が出会ったら、とあって、書きました。
 でも、しっかりと「梶山先輩VS教会の青年」といった追い詰めるサスペンス。追い詰められる青年の夢の世界と狂気といった作品を書くのは、なかなかにしんどそう。
 なので、簡単に「梶山先輩 ニアミス 教会の青年」の話です。

 9200文字です。


 高校を卒業してすぐに、僕は郊外の教会に住み込みで働き始めた。
 雑用と、広い庭の世話が僕の仕事だ。
 僕は枯れた葉を集め、花がらをつみ、たくさんの草や木に肥料をやる。
 僕が世話をするようになって庭はとてもきれいになった。僕がそう思うのは僕が庭係りだからだろうか。
 でも信者のみなさんもきれいになったと言ってくださる。だからやっぱり、僕の力もあるんじゃないかと思う。そう思うとうれしい。

 教会の牧師様はまだ50歳にならない。とてもおだやかな優しいかたで、僕はいつか牧師様のようになりたいと思っている。
 少し前から牧師の勉強も始めた。

 教会の庭には、たくさんの種類の木や草が植えられている。
 躑躅(つつじ)、こぶし、桜、梅、紫陽花(あじさい)、椿。
 それから、百合(ゆり)、薔薇(ばら)、チューリップ、スイートピー。

 季節ごとに咲くその花たちは風の中できらきらと揺れる。それはまるで少女たちの笑い声のようで、僕は幸せな気分になる。
 少女たちの笑い声は僕を包み込み、そして僕と一緒に僕の好きだったあの子も包む。


            ◇・.。*†*。.・◇・.。*†*。.・◇・.。*†*。.・◇
 

 急ブレーキをかけるような勢いで1台の車が教会の庭に入り込んできた。茂みの陰にしゃがみこんで、前庭の手入れをしていた青年が驚いて顔を上げる。
 車が停まると、助手席のドアが開き、40代のスーツ姿の男が転がるように降りてきた。
 運転席側からは25・6歳のやはりスーツ姿の男が降りて来て

「すいませ〜ん。トイレを貸してくださ〜い」と庭に居た青年に向かって叫んだ。

「入って右奥です!」

 立ち上がりながら青年が返した。すでに小走りで入り口に向かっていた40代の男は後姿のまま手を振って、走り出した。
 スーツ姿の若い侵入者は苦笑いをしながら庭にいた青年に近づいた。

「すみません。だから、缶コーヒーをがぶ飲みするなって言ったんです。
 それに、駅でトイレに行けとも言ったんですけれど…。
 梶山先輩は僕の言う事なんかちっとも聞いてくれないんですよ。
 あ、僕は岸田といいます」

 スーツ姿の若い男、岸田は、梶山と同じ少年課の刑事だ。しかし、あえて仕事については口にはしなかった。刑事と聞いて身構えない人間はいないからだ。

「いいえ。どうぞお気になさらないで下さい。
 教会の扉はどんなかたにも開かれています」

 まだ二十歳(はたち)になったばかりだろうか。今時の青年とは思えない、ていねいな物腰と言葉づかいで青年は答えた。
 つばの広い帽子。首にはタオル。両手には軍手。エプロンの大きなポケットからは、はさみの柄やスコップの柄がのぞいていた。

「ほんと、助かりましたよ。
 梶山先輩ったら『今すぐ車を停めろ。道ばたでする』って聞かなくて。
 いくらこのへんは畑が多いからって、民家もあるし、どこで人が見ているかわからないのに…。
 やっとこの教会をみつけて。本当に助かりました」

 そう言いながら頭をかく岸田に、庭に居た青年は優しげな笑いで答えた。

「でも…」

 ゆっくりと教会の庭を見渡して、岸田は言葉を続けた。

「きれいな庭ですねぇ。きみが手入れを?」

「はい。こちらに住み込ませていただいてからずうっとやらせていただいてます。2年半ぐらいになります」

 岸田の素直なほめ言葉にてれたように青年は歯を見せて笑った。

 花の時期ではないが、椿、躑躅(つつじ)、こぶし、もちろん桜の木もあった。
 どれも若い木だから、青年が植えたものだろう。
 花をつける木を選んで植えているようだ。と刑事の目で岸田は思った。

 そして今、色とりどりの秋のバラが、昼に近いまどろむような日差しの中で見事に咲き誇っている。
 花屋でみかける1輪仕立ての大きなバラではなく、つるバラに近い。房咲きのひとえのものが多かった。
 実もついて、その実のいくつかは、うっすらと赤くなり始めていた。

 稲穂の見える田んぼや収穫の終った畑の中に、ぽっかりと美しいバラの庭と教会があった。
 まるでヨーロッパの絵本の中の景色のようで、岸田は優しい気持ちになった。


            ◇・.。*†*。.・◇・.。*†*。.・◇・.。*†*。.・◇


 走りこんでトイレを済ませた梶山が、ズボンのチャックを上げながら入り口を出て、廊下を歩く少女にぶつかりそうになった。

「おっと。失礼…」

 言葉をとぎらせ、梶山はじろじろとその少女を見た。

 教会には似合わない、けばけばしい化粧の少女だった。
 左手に化粧ポーチと歯ブラシのセットを持っている。やっと起きてきて朝の化粧を終えたところか。

 本当の年は16か17ぐらいだろう。しかし、もっとずっとふけてみえた。
 傷んだ茶色の髪に逆毛を立てて、思いっきり盛り上げている。
 つけまつ毛にマスカラをたっぷりとつけ、唇にもほほにも濡れたような光があった。

 教会の薄暗くひんやりとした廊下に、その年齢にふつりあいな厚化粧はむしろ痛々しかった。

 不機嫌になった梶山はその不機嫌さを隠そうともせずに、少女に声をかける。

「あんたはなんなんだ? あ? なんでこんなところに居るんだ」

「うっせえな。おやじぃ。
 人に名前を聞くなら、自分から先に名乗れよなぁ」

 少女は梶山のぶしつけな態度に腹を立てたのかもしれない。もしくは敬語など使った事が無いのかもしれない。
 少女の乱暴なことばに梶山が切れた。
 いきなり、自分の体ごと少女を壁にたたきつけ押さえ込み、右手で少女の左手首をつかみ肩のそばに引き寄せ、やはり壁に押しつけた。

 化粧ポーチと歯ブラシのセットが床に落ち、にぶい音を立てる。

「てめえの名前なんざぁ、聞いちゃいねえよ。そんなものなんの役に立つんだ。
 どうせ、どうでもいいクズのゴミだ。
 てめえはなんでここに居るんだって聞いてんだ」

 クズだのゴミだの言われて、少女が身をよじって抵抗した。
 しかし梶山はびくともしなかった。

「あたしがなんでここに居るかなんて、なんであんたなんかに言わなきゃなんないんだよっ。
 ここの人間が居ていいって言ってるんだから、関係無いあんたが口出しすんじゃねえよ」

 叫ぶように答えて、さらに身をよじった。

「はっ。
 金○だよ。男に襲われたら、金○ぁ蹴り上げろ。
 あとは目ん玉だ。そのとがった爪を突っ込め」

 一瞬迷った少女が思い切ったように、ひざを曲げて蹴り上げた。しかし梶山は体をひねって少女の体を腰で押さえ込んでいるので、その股間には届かなかった。
 少女が右手を梶山の顔に伸ばす前に、梶山の左手が少女の細い首に伸びてつかみ、そのままひじで少女の肩を押さえた。
 自分の首を片手で押さえこまれても、少女はひるまなかった。

「はなせよっ。変態おやじぃっ!」
 
「なにが変態だっ!
 てめえのしている事は娼婦とかわらねぇじゃねえか。てめえのほうがうんと安っぽいや。
 ションベン臭いガキに手を出す野郎は全員犯罪者なんだよ。
 殺すか殺されるかなんだ。やるんだったら覚悟を決めてやれっ」

「…相手は選んでるよっ! そんなやつの誘いになんかに乗らねえよっ」

「教会だって言われて、ほいほい迎えの男の車に乗りやがったくせに、えらそうな口をたたくな。
 携帯のメールで何回かやりとりをしたぐらいで何がわかる。
 初めっから、いくらで売るって書き込んで、そいつで生活費を稼ぐやつの方がまだましだ。

 女ぁちらつかせてただで泊めてもらおうなんざ、甘ったれた事をする気なら、家出なんかするんじゃねえっ」

「うるせえっ! てめえみたいなおやじに何がわかる!」

「わからねえよ。
 てめえのしてる事もわかんねえガキの気持ちなんかわかってたまるか。
 さあ、抵抗してみろよ。逃げてみろ! 俺を殺せ!
 てめえのしてる事はそういう事だ。やれっ!」

 しばらく無言でやりあっていたが、少女は押さえ込まれたまま、何もできなかった。

 少女の抵抗が少なくなってから、体を離した梶山が少女の左手をつかんでいた右手を振って、少女の体を廊下にたたきつけた。

「失せろっ。めざわりだ」

 唇を震わせ、しかし少女は泣かなかった。
 ポーチと歯ブラシのセットを拾い立ち上がると、ぎらつく目で梶山をにらみつけ、奥へ走り去った。

                    ◇・.。*†*。.・◇・.。*†*。.・◇・.。*†*。.・◇


 東京の中心部から急行で4・50分。駅から車で10分。それだけで、畑の中にまばらに家が立つ風景になる。区部ではないが、それでもここは東京だ。

「本当にきれいな庭ですねえ」

 雑談をしながら、何度も同じ言葉を繰り返す岸田に青年がほほえんだ。
 岸田はゆっくりとぐるりを見渡し、深呼吸をした。秋の花と葉の匂いがした。

 教会の建物の横にまだ小さな桜の木があった。赤くなると同時に散っていく桜の葉が、少し色づき始めている。その横の大きな銀杏(いちょう)の木の葉が金色に色づくのはもう少し先だろう。
 夏の匂いと光がそこここに残り、でも確かに秋が近づいている。

「お待たせ〜」

 下品な気楽さで梶山が戻って来て、岸田はなんとなくがっかりした。

「ありがとうございました。お騒がせしました」

 梶山に代わって岸田が丁寧に礼を言った。

「いいえ。また、いつでもいらして下さい」

 青年がはにかんだように笑って答えた。

「なあ。あれは石灰か?」

 じろじろと周りを見ていた梶山が庭のすみを指差し青年に聞いた。白い粉が土に混ぜられていた。

「ええ」

「ふうん」

 何箇所かに白い粉がまかれている事に岸田は気がついた。

「あんたここに来て何年だ? 2年? 3年?」

「2年半になります」

 青年と岸田。ふたりしてけげんな顔になった。

「いくつ?」

 たたみかけるような、投げつけるような梶山の聞き方に、むしろ岸田のほうが不快な表情になった。
 青年はおだやかにほほえみながら、ていねいに答える。

「少し前に21歳になりました」

「あ、そう」

 みるみる興味を失った顔をして梶山は下を向きバリバリと右手で頭をかいた。

 教会の扉がバタンと音を立てて開き、先ほど梶山とやり合った少女が右手に携帯を持ち、左手でショッピングカーをひいて出て来た。
 そして、足で押さえていた扉を蹴るようにして閉めた。
 梶山の姿をみつけると、目を見開きズカズカと近づいて来た。
 彼女の体中から怒りがあらわに立ちのぼっていた。

「かなりんさん?」青年がつぶやいた。

 3人の男達があっけにとられて見ているうちに、かなりんとよばれた少女は梶山の前に進むと、携帯を顔のそばからはずした。
 岸田は彼女が携帯を持ったその右手で、梶山を殴るのではないかとひやりとした。
 梶山もそう感じたのだろう。胸を反らすようにして、顔を少女から遠ざけた。しかし、違った。

「ぐわっ!」

 蛙が踏み潰されるような声を発して、梶山が地面に倒れこんだ。
 少女が右ひざを梶山の股間に叩き込んだのだ。
 ちらりと倒れこんだ梶山を見て、ふんと鼻をならし、少女は歩き始めた。
 そして、思い出したように振り返りどなった。

「死んじまえっ! くそおやじぃ!」

「た、逮捕しろぉっ…。岸田ぁ…」

 倒れたまま、苦しそうに身をよじりながら梶山がうめく。岸田は動かなかった。
 遠ざかりながら携帯を耳にあてた少女の話し声が岸田の耳に届いた。

「あ、ごめんママ。…なんでもない。…いいんだって。…帰るから。…そう。……」

 足早に遠ざかる少女の声はそれ以上聞こえなかった。
 両手で股間を押さえ、よろめいて立ち上がった梶山に手を貸しながら岸田は声をかけた。

「先輩…。何を言ってるんです。なんで逮捕なんですか」

「ふざけるなっ。くそっ! 公務執行妨害に傷害の現行犯だ。なんで逮捕しないっ」

「どうせ先輩がなんかやったんでしょう?」

「なんだと。プチ家出かなんか気取っているアホウなガキに、おうちへお帰りと説教しただけだ。
 少年課の刑事としちゃあ当然だろうが。あ?」

「…あ、すいません。気にしないで下さい」

 驚いたように見ている青年に気づき、岸田が頭を下げた。
 青年がおそるおそる岸田に聞いた。

「おふたりとも…刑事さん…なんですか?」

「ああ。はい。とはいえ少年課で…。荒っぽい事はなんにもないんですよ」

「少年課というと…、かなりんさんがなにか…。本名はわかりません。
 たまたま、こちらにお泊めしただけのかたなのですが」

「いいえ。まったく関係ありません。本当にこちらにはトイレをお借りしに寄っただけで。
 この先の所轄に用があって出張で来たんです。
 ほら、先輩。行きますよ」

 ズボンの上から股間をもんでいたその手をさし出して、梶山は青年の手を握り締め、意味ありげな笑い顔を浮かべながら言った。

「あんたとはもっと前に会いたかったなぁ。あんたが未成年のうちにさ」

「…はぁ?」

「ほらぁ。先輩。
 ありがとうございました。お騒がせしました」

 庭を出て行くふたりの車の後を追うようにして、道に出た青年は、ていねいなお辞儀をして見送った。

 助手席から振り返り手を振っていた梶山が前を向き直り、岸田に聞いた。

「で、何を話していた」

「は?」

「あいつとだよ。おまえ話し好きだし、だれからでもなんでも聞きだすだろ。
 話せよ」

「ったって、大した事は…。
 あぁ、あの教会には40代後半の神父様と彼だけだそうですよ。住んでいるのは。
 あと通いのおばさんが週に3日来てるだけですって。

 さっきの少女はきっと教会に泊まっていったんですよ。
 時々、行きずりの少女に宿を提供してるって言ってましたから」

「ほんとにおまえは聞き出す事に関しちゃ天才だなぁ。だれにもなつかれるしな。
 なんでだろうなぁ。俺は嫌われるんだよなぁ」

「先輩が嫌われるような事をするからですよ。

 彼、高校を卒業してすぐに教会に住み込むようになって、それで庭の世話をするようになったって言ってましたよ。
 で、花を育てる事に、はまったみたいです。天職かもしれないって言ってましたねぇ。
 教会の信者さんたちにも好評だそうで、うれしそうに話してました。
 実際、きれいな庭でしたよねぇ。ちょうど秋のバラがさかりでした」

「ふうん」

 にやりと嫌な笑い方をして、梶山は言葉を続けた。

「でもなぁ、あの教会の庭にゃ、死体がごまんと埋まっているんだぜ。
 それで、やったのはあの若い男だろうな」

「な…」

 ハンドル操作を誤りそうになって、岸田は車を道の端によせて停めた。

「先輩! 言っていい事と悪い事がありますよっ。
 あの気持ちの良い青年のどこが気に入らなかったんですか?」

「石灰がまかれていただろ。ところどころにさ。酸性に傾きすぎた土を中和しているんだ。
 まわりの畑を見てみろ。この辺の土地が特に酸性が強いってわけじゃない。
 あの教会の庭だけだ。しかもところどころ集中して。変だろう?
 植物によっちゃ、アルカリのほうがいい場合もあるしな。肥料によっても酸性に傾く時もある。だが、そういうまき方じゃなかった」

「……」

「前にも教えたろ。死体を埋めると酸性に傾く。

 ざっと20箇所近くあったぜ。もっとあるかもしれん。裏庭もあるみたいだしな。
 人間で20人以上だ。
 まあ、犬猫をまとめて埋めたのかもしれんが。なら人間の10倍の数は必要だろう…。
 この辺で、この2・3年で、200匹以上の犬猫が姿を消していたらうわさぐらい立っているだろうさ。
 愛犬が次々と姿を消したら、ひまなババァ連がだまっちゃいない。
 行った先の署でそんな話があるか確かめてみようや。万が一って事がある」

「……でも先輩。人間ならなおさらですよ。…20人も姿を消していたら」

「だいじょうぶな標的がいたさ。さっきのガキみたいなやつだ。
 ふらっとやって来て泊まって帰る。途中で消えたってこの辺の人間は気づきもしないさ。
 家族だって、家出中だと思ってるしな。帰ってこなくなっても殺されたなんて思いやしないさ。
 捜索願いが出されていても、住所はきっと日本全国に散らばっている。
 その上、年がら年中、ガキどもは家出をしてるしな。
 殺されていてもだれも気がつかんさ」

「……」

 そのとおりだ。岸田は認めざるを得なかった。
 未成年者の家出は、毎年何千人とある。ほとんどは短期で帰って来て捜索願いは取り下げられる。
 だが、まれに長期に渡る。そして家族に発見の連絡が来た時には50人に1人は死体だ。

 梶山先輩があの庭に死体が埋まっていると言うのならば、それはきっと確かなの事なのだろう。
 その数が20人以上にもなると言うなら、それもそうなのだろう。
 そして、それをしたのがさっきの気持ちの良い青年だという事も…。

 なぜだ…。なぜそんな事が彼に必要だったのだ。

「岸田ぁ。ほらよ」

 ハンドルにもたれてぼんやりと考え事をしている岸田の顔の前で、梶山は小さなノートのきれはしを、ひらひらと振って見せた。

「?」

「漫画喫茶の場所だ。ちゃんとネットもあるぞ」

「身分証明書も要らないし、防犯ビデオも無い?」

「ああ。こないだのところは閉めちゃったんでな。違うところだ。
 そこのPCからここの所轄のHPに好きなだけ書き込めよ。
 偽名を使えよ。聞きに来られたりしちゃ面倒だ」

「先輩は…」

「俺は少年課の刑事で充分さ。成人にゃ興味はないやね」

 受け取ったメモを胸ポケットにしまいながら、岸田の気持ちは晴れなかった。
 それでもゆっくりと車を発進させ、気持ちを仕事へと切り替えた。


       ◇・.。*†*。.・◇・.。*†*。.・◇・.。*†*。.・◇


 刑事ふたりが帰った後、僕は肩を揺すられて半分目が覚めている、そんな中途半端な気分のまま教会の中に入り、神に祈った。

 この教会に来たばかりの僕に、神父様はおっしゃった。

『人間は弱い生き物です。迷い、罪を犯す。
 けれども神は、全ての人類の罪を許し、背負い、その命をもってあがなってくださった。
 どんな人間でも神はその罪を許し、愛してくださるのです。
 ですから、あなたも、ただ祈りなさい。その心の全てを神にゆだねなさい。
 そうすれば、あなたは許され、愛されるのです』

 本当にそうなのだろうか。僕もすでに許され、愛されているのだろうか。

 全ての人間の罪を許し愛してくださるという神にも、けれどただひとつ許す事のない罪がある。
 それは自ら死ぬ事だ。それは神の許しを、神の愛を、拒絶するという事だからだ。

 僕の好きだった少女は15歳で自ら死んだ。あの子は永遠に許されない。
 罪の暗闇の中で、孤独の中で、あの子は目覚めの無い眠りを眠り続ける。
 僕は目覚めない彼女のかたわらで、彼女と共に眠っていたいと思う。
 彼女と共に眠り、彼女の目覚めを待っていたい。

 重い教会の扉を開き、僕は僕の作った庭に戻った。
 暗い建物の中から外に出ると、庭は光にあふれていた。
 秋のバラが、光の中で揺れている。
 まるで少女たちがひらひらと手招きをしているようだ。

 少女たちの白い腕が僕の肩に回され、僕を抱きしめる。
 僕の頭をなぜ、僕の髪をひっぱり、くすくすと笑う。

 眠り姫のための僕の庭で、少女たちは幸せそうに笑っている。
 眠り姫のそばで、眠り続ける僕の周りで、きらきらと笑っている。

 僕の眠りを覚ます者は、きっとさっきの梶山先輩とよばれていたあんな刑事なのだろう。

 ポケットから携帯を取り出し、開いた。
 小さな携帯の小さな窓の中に、いくつもの少女たちのメッセージが流れていく。
 携帯の中にはたくさんの少女たちの、小さな悲鳴がひしめいている。

 牧師様はあすはお出かけをなさる。夜までお帰りにはならない。
 今日中に選べばまだ間に合うだろう。


      ◇・.。*†*。.・◇・.。*†*。.・◇・.。*†*。.・◇


 季節がめぐり春になり春のバラが咲いた。
 そのバラを見かけるたびに、岸田は秋の初めに出会った青年の事を思い出した。
 どこからも、大量殺人の情報は入って来なかった。
 自分の書き込みを所轄は無視したのかもしれない…。
 しかし。梶山先輩だって間違う事はある。捜査をして間違いだとなったのだ。
 日々の忙しさの中で、岸田はそう自分に言い聞かせた。

 そしてまた季節はめぐり、花は咲く。教会の美しい庭に。

 …終わり

 このシリーズの他の話はこちら
 シリーズ・目次
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