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”文禄・慶長の役と「耳塚」”コミュの月下の侵略者「耳塚」神戸上映会(10年7月18日)

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下記のように神戸上映会が開かれます。これについての
情報や、意見をよろしくお願いします。

月下の侵略者−文禄慶長の役と「耳塚」神戸上映会
2010年7月18日(日) 午後1時〜 & 午後5時 二回上映
http://www.kobe-np.co.jp/bunji/other/data.htm


場所 JR 地下鉄 新長田駅南側 ピフレホール3F
http://www.kobe-kinrou.jp/shisetsu/pfle/

                    k24

コメント(2)

 映画についての追加情報です。(韓国語報道より)


長編壬辰倭乱記録映画 前田憲二監督

  なぜ、誰が朝鮮人の鼻を切って行ったのか
       〜耳塚から聞こえる恨の声明『月下の侵略者』上映

 日本人たちの心の故郷であり千年の古都を誇る京都。この京都の片隅には「耳塚」という墓がある。
 多くの日本人がその存在さえよく知らないこの遺跡は今から400余年前豊臣秀吉の朝鮮侵略により犠牲になった人々の鼻が埋められたところだ。朝鮮人の<鼻の墓>がなぜここにあるのだろうか。

 日本を統一した秀吉が1592年から16万の大軍を送って起こした戦争、壬辰倭乱(文禄の役)は丁酉再乱(慶長の役)まで合わせ7年続き、朝鮮に莫大な人的、物的犠牲を及ぼした。この戦争で、忠誠の競争を行った部下の大名は戦争の証拠として朝鮮の兵士や国民まで殺戮した後、鼻を切って秀吉に送った。後に鼻塚という名称が聞き苦しいとして名前が耳塚に変わった。

 韓国人が日本人といえば思い浮かべる代表的な人物が豊臣秀吉であるほど有名な壬辰倭乱。しかし侵略当事者の日本では「なぜ秀吉が戦争を起こしたのか」「誰が犠牲になったのか」を学校でほとんど教えない。

 このような日本人として耳塚の存在を自国民に広く知らしめ、進んで耳塚が京都に作られる原因になった壬辰倭乱の初めから終わりまでを記録映画として残した監督がいる。日本伝統の祭りを数百編とってきた前田憲二(73)監督がその主人公だ。

 彼は計4年をかけて六千万円という予算で日本、韓国、北朝鮮、中国まで壬辰倭乱の激戦地について現地ロケをしながら撮影した長編記録映画<月下の侵略者>を今年5月完成した。その上映会が8月27日、28日の二日間東京、新橋ヤクルトホールで開かれた。映画は2時間48分で第1章豊臣秀吉の出生から戦争の経過、韓国・北朝鮮歴史学者の見解、義兵長子孫インタビュー、講話会談などが入れられた計七章で構成されている。映画は小西行長、加藤清正など主要大名の朝鮮侵略ルートを始まりに壬辰倭乱の分岐点になった平壌城の戦い、莫大な被害を出した南原城の戦いおよび四溟大師の活躍、論介の忠節など単純に日本側の見解だけでなく韓国側の見解を豊富に入れ、壬辰倭乱が侵略戦争であったことを明確にした。

(中略)

 侵略後に殺戮した朝鮮王朝臣民の鼻の個数を記録し大名どうし取り引きした紙から、朝鮮から拉致して行った陶工の子孫の話まで几帳面に映像に残した。拉致問題で敏感な北日間の雰囲気の中で平壌に渡り、北朝鮮が眺める壬辰倭乱に対する見解を直接たずね、四溟大師の話を聞くために妙香山まで足をのばした。

(後略)

                      キム・ヒョングン記者

http://www.jpnews.kr/sub_read.html?uid=1520§ion=sc1§ion2=%EC%97%AD%EC%82%AC より引用翻訳・写真も
k24
すばらしいトピック書き込みですが、4人しかいないコミュだけではもったいないですね。

一時的にでも、他のコミュにも参加して貼り付けたらどうでしょうか。

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