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高田ねおの創作物置き場コミュの混沌のアルファ 第三段階『鹿島大学付属病院8

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戸木原淳が人類進化促進塾に入ってきたのは現在から二年以上前のことだ。あらゆる分野に対応できるスーパーバイザーという肩書きで出向を命じられたのだという。
 元々、脳専門の研究所から塾へと昇華した施設である。閉鎖的な感情もあり、外部のものを研究グループに入れるのに反対意見は多かった。出向命令を出してきたのは三ツ葉社(スポンサー)だったので、それを受け入れるしかなかった。
 余所者になにが出来る。ほとんどの研究員がそんな想いを抱いていた。しかし、いざ入ってきてみれば、その認識が間違っていることに気付かされた。
 戸木原は人類進化促進塾で行っている各グループの研究をわずか二週間という短期間ですべて把握した。そして、そこから更に研究を更に進め、子供達の才能をより効率よく引き出す案を提示し、それを実現させたのだった。
 専門のスタッフは形無しである。入ってわずかな期間で、どの研究員よりも優れた研究成果を見せつけたのだから。
 優れていたのは研究者としてのスキルだけではない。指導者としても一流だった。適材適所という言葉があるが、彼はよくそれを理解しており、研究員一人一人の特技、不得意なことを把握し、そこから人間関係を含めた最も効率の良い研究グループを編成し、更に実績を上げた。
 明るく、ユニークに富んだ彼の会話は皆の心を和ませた。人当たりも柔らかく、どんな小さな意見でも真剣に聞き入り、どんなくだらない雑談でも聞き流すことなく、応対してくれる。
 誰もが憧れる実力者。誰もが認める指導者。
 最初は彼を妬むものも多かったが、次第に戸木原という人格に惹かれ、彼は人類進化促進塾の大黒柱として、機能しはじめていた。
 会う機会の少ないコンパニオンの間でさえ、戸木原の評判は高く、友人達の間でも噂されていたのを昌美は覚えている。
 実際、好感が持てる男性であると昌美自身もその時は思っていた。
 ――――そして、一年前。
 戸木原淳は新たな計画を推奨した。眠っている才能を引き出す、というコンセプトは変わらず。まったく新しいベクトルの才能を引き出す計画。

 『神は天に辿り着こうとした人々を裁き、混乱(バラル)させたが、その行為はそんなに罪深きことなのか? 否。天を目指すというのは、遙かなる高みを目指すこと。愚者から賢者へと昇華したいということ。我々は進化しなければならない。次世代の進化は人の手で造り出さなければならない。なぜなら我々は他の生物にはない、知恵の力を手に入れた選ばれた種族なのだから。新たなる進化の鎖(ミッシング・リンク)は我々の手で紡ぐのだ。神の元へ近づこう。それが長い長い道程であったとしても。着実に一歩、一歩と。昇っていける力が我々にはあるのだから』

 彼の演説は多くのヒトの心を捕らえ、その計画は実現した。
 『能力者計画(ネオチャイルド・プロジェクト)』の発動である。
 その研究グループの中には篠塚登喜夫もいた。システム・エンジニアとしての腕を買われ、計画のシステム責任者として抜擢されたのである。計画発動当初、篠塚は戸木原に心酔するスタッフの一人だった。

 『昌美、俺もいつか彼の様になりたいんだ。彼のようなすごい実績を上げてみたい』

 憧れとやる気に満ちた口調でそんなことを言っていたのを思い出す。昌美は笑顔で篠塚に言った。

 『出来るよ、トキくんならきっと。トキくん努力家だから。きっと頑張っていけば、もっともっとすごいエンジニアになれるよ』
 『ははは、昌美にそう言われると、本当にそうなれるような気がしてくるから、不思議だな』
 『くすくす。だったら、いっぱい応援するね。頑張ってね、トキくん』
 『ああ、ありがとうな、昌美』

 篠塚は目を細めて笑顔を浮かべる。昌美は篠塚の笑顔が好きだった。そして、ひたむきに努力するその姿も。だから、篠塚の頑張りを全力で応援しよう。苦しいときは励ましてあげよう。いつか彼の願いが叶うことを夢見て。昌美は心の底からそう思った。
 しかし、その想いは長く続くことはなかった。
 ある日、研究の実験に失敗した。篠塚も実験機器のシステムの調整で、その実験に関わっていた。そのときに何があったのかは詳しくは知らない。篠塚も多く語ろうとしなかった。ただ、

 『俺は……大事な人の子供を壊してしまった』

 絶望に満ちた声で、篠塚はそう言っていた。『能力者計画(ネオチャイルド・プロジェクト)』の研究は随分とリスクのある研究で、対象者の精神に異常を来したり、最悪死んでしまうこともあるそうだ。
 身近なヒトが壊れてしまうまで。篠塚はその罪悪感が全くなかったらしい。子供達をただの実験動物として見て、数値と適正値だけに目を向けてきた。気付かないうちに子供たちを『ヒト』として見なくなっていたのだ。
 それに気付いた篠塚は恐怖した。自らの行いに。そして、戸木原の行いに。
 篠塚は研究グループを抜け、『能力者計画(ネオチャイルド・プロジェクト)』の反対を周囲に呼びかけた。
 『禁忌に触れるこの研究を続けるべきではない。即刻研究を中断するべきだ』と。
 だが、その声は皆に届かない。その言葉を聞いても、何を言っているのか分からない、という困惑が皆の顔に浮かんでいたという。
 禁忌と倫理感の欠落。以前の篠塚と同じである。自分たちがとんでもないことをしているのにまるで気付いていないのである。
 そこで、ようやく理解した。皆は戸木原に憧れていた訳ではない。
 『支配されていたのだ』。
 それを自覚することもなく。いつのまにか彼の思うがままに動いている。
 あり得ない。一人の人間がそれほどのカリスマを持ち、研究グループすべての人々の倫理観を欠如させるなんて。それではまるでなにかの宗教ではないか。
 ふと、こんな考えが篠塚の頭を過ぎる。
 もし、この『能力者計画(ネオチャイルド・プロジェクト)』を人類進化促進塾で行うために、この施設の研究者をすべて虜にしたとしたら……
 篠塚は額に手を当てて、かぶりを振った。
 そんなことは不可能だ。あり得ない。もしそんなことが出来るモノがいたとしたら、それはヒトではない――怪物だ。
 しかし、現実に戸木原はこうして、研究グループの実験とスタッフの心を掌握している。それをこともなげに行うことが出来る戸木原は一体何者なのか。
 篠塚は戸木原の異質さに戦慄を覚えた、
 そうして皆がすべて彼に取り込まれ、取り込まれなかった篠塚は異端者となった。篠塚はあらゆる方法で『能力者計画(ネオチャイルド・プロジェクト)』の中止を試みたが、ことごとく失敗した。警察や法的機関の力を借りようとしたことがあが、何故かそれすらも届かない。
 それでも篠塚は諦めなかった。例え、誰も理解してくれなくても。誰も味方がいなくとも。もう二度と大事なヒトを自らの手で壊してしまうような悲劇を起こしてはならない。
 そういった決意を胸に篠塚は戸木原に立ち向かっていった。

 ――――そんな時だった。篠塚と新井博士が出会ったのは。
 彼もまた、戸木原の行いに怒りを覚えた一人だった。たった一人で、戸木原と正面から戦いを挑んだのである。篠塚の立ち向かい方もあまり利口とは言えない直猛突進だったが、新井博士はそれ以上の愚直な突進をしたらしい。
 戸木原が影で行っていた研究を本人に直に突きつけ、研究の中断と世間への公開を迫ったのだ。
 新井博士は即座に人類進化促進塾の人間に囚われ、地下の研究施設に監禁された。新井博士が監禁されている話を知った篠塚は散々悩んだ末、彼の救出を試みることに決めた。 戸木原という強大な壁に立ち向かうには、一人では駄目だ。同じ想いを共有する仲間が必要だと悟ったからだ。
 システム・エンジニアとして働いていた篠塚は研究施設のシステムを掌握していたので、新井博士の救出はさほど、難しいことではなかった。監禁された部屋を開閉し、彼を人類進化促進塾の外へ脱出させ、持ち主が不透明な廃ビルへ逃げ込んだ。そこで篠塚はすべてを新井博士に話し、協力を求めた。

 『……思った以上に戸木原の行いは業が深いようじゃな。一体ヤツは何を企んでおるのか』

 すべてを話し終えると新井博士は眉根を寄せながら、低い声で唸った。

 『俺にもそれは分かりません。彼の狂った研究心が生んだものか。それとも他になにか目的があるのか。しかし、戸木原博士の行いはそのまま放置しておいていいものではありません。どうにかして、彼を止めないと……』
 『ワシはすでに逃亡者として後戻りできない状況じゃが……篠塚くんと言ったな。君はいいのかの? ワシと違って、篠塚くんはまだ後戻りすることが出来る。これ以上踏み込むには覚悟がいる。警察機関がまともに機能していないことを考えると、ワシらに他の味方はいない。よく考えて行動した方がいい』
 『覚悟なんて……とっくに出来ています。私はあの人を間近で見てきた男です。戸木原博士の異様さをよく知ってます。現在、人類進化促進塾がどんな状態であるかも。そこで戸木原博士を貶める行為をすれば、決して周りの研究員は俺を許さないでしょう。それでも、俺は償わなくてはいけないんです。大事な、大事なヒトの子供を手にかけた罪を』
 『…………』
 『それに……新井博士を無断で脱出させた事で、もう事態は動き始めてしまってるんですよ。もう既に賽は投げられて、引き返せない。だから……新井博士。あなたに協力してほしい。俺とあなたの目的は同じのはずです。どうかよろしくお願いします』

 篠塚はそう言って、頭を深々と下げた。新井博士は唸りながら何かを考えていたが、それもわずかな間のこと。目に意を決した光を宿すと、篠塚の背中をばん、と叩き、笑った。

 『わはははははっ! 立場が逆じゃぞ、篠塚くん。君はワシを助けた。それを恩に着せて、協力しろ、ぐらい言ってもいいんじゃぞ』

 言いながら、ばんばんと篠塚の背中を力強く叩き続ける。

 『げ、げほっ! そ、そんなこと出来ませんよ。俺はべつに恩に着せるためにあなたを助けた訳じゃないので……げほっ!』

 もの凄い力でばんばんと背中を叩いてくるので、篠塚は貯まったものではない。篠塚は目を白黒させながら、げほげほと咳き込んだ。

 『わっはっはっはっ! 気に入った! 篠塚くん、ワシは君を全面的に信頼する。そして、ワシの力で出来ることがあれば可能な限り力になる。いや、これはワシの望みでもある。お互い協力しあっていこうじゃないか。よろしく頼むぞ、篠塚くん』

 新井博士はにやりと笑うと右手を差し出してきた。篠塚も笑みを浮かべ、新井博士の大きな手をぎゅっ、と握った。

 『はい……よろしくお願いします』

 そうして、ようやく篠塚は孤独な戦いから抜け出し、強力なパートナーを得たのだった。

 それから、昌美は出来る限りの支援をして、二人に協力してきた。なんの知識も技術もない自分には生活に関することしか援助できなかったが、それでも二人の役に立ちたかったのだ。二人とも揺るがぬ決意を地盤とし、反撃の鍵を握る瞬間物質転送装置・改を造る。やがて、新井博士の逃亡の手引きをしたことが発覚し、篠塚も逃亡者となるが、それでも気持ちを揺るがすことなく。
 目標に向けて日々を謳歌していった。
 張り詰めた毎日だったが、新井博士の豪快な性格が周囲の空気を和らげ、過度の緊張感をほぐしてくれた。
 不謹慎なことかもしれないが、昌美はそれを楽しいとさえ思った。
 三人で秘密を共有し、目標に向かって、ひたすら歩み続ける。それが三人の結束を強め、一日一日を充実した日々にしていたのかもしれない。
 もっともっと二人の力になりたい。昌美は篠塚にそう言った事があった。篠塚は微笑みながら、首を左右に振った。

 『その気持ちだけで充分だよ。昌美は俺の側にいて励ましてくれるだけで、充分俺の力になってるんだから。本当だよ。昌美がいなければ俺は潰れていたと思う。お前がいるから俺は頑張れるんだから』

 そんなことを言いながら、篠塚は昌美の頬を優しく撫でる。自分の励みが力になる。そう言ってくれるのは嬉しかったが、それでも。形のあるもので篠塚の力になりたい。大好きな篠塚に必要とされたい。昌美は今までずっとそう思ってきた。


 だから、自分は絶対この重圧感から逃げない。そして、彼を救うまで絶対に諦めない。
 なにも出来ない自分が大好きな、大好きな篠塚の役に立つ時がきたのだ。この程度の重圧感がなんだというのか。

 篠塚も、新井博士もこの幾倍もの重圧感とずっとずっと戦ってきたのだ。それに比べれば、いま感じているこの感覚など大したことではない。
 必ず篠塚を取り戻すのだ、絶対に。
 そう心の中で強く言い聞かせると、不思議と緊張感が少し和らいだような気がした。

 (待っててね……トキくん。必ず助けるから!)

 心の中でそう叫び、身体を奮い立たせ、足を前へ前へと進めてゆく。






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