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高田ねおの創作物置き場コミュの混沌のアルファ 第三段階『鹿島大学付属病院7

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 それは不思議な感覚だった。
 自分という存在がひどく希薄になり、そのまま空気に溶けこんでゆくような、そんな感覚。
 意識も、視界も、触感も。
 すべてが曖昧な世界に自分はいる。足が地面に付いておらず、ふわふわと宙に浮いているような感じがする。境界線が取り払われた色のない世界。曖昧な表現だが、そんな例えがしっくりくる。なにもかもがどうでもよくなり、この感覚に身を委ねたくなる。
 それが急速に終焉を迎え、覚醒する。
 それまであちこちに溶けこんでいた自分が一点に収束し、形を造ってゆく。触感が、視界が、意識が――回復してゆく。

 「―――――っ!」

 がくん、と。横川昌美はひざを折り、そのまま跪いた。急激に重みが戻ったので、自分の身体がびっくりしたらしい。
 ゆっくりと、ゆっくりと。昌美は目を開いた。自分の身体を見てみる。手のひらを自分の目線にまで挙げ、時間をかけて両手を指を閉じて、握り拳を型どる。それをまた時間をかけて開いてゆく。いつもどおりの感覚である。
 次に自分の顔、上半身、足などを両手でぺたぺたと触り、自分の身体の感触を確かめる。
 これもまた、特に異常は感じられず。いつも通りの感覚だった。

 「成功……したのかしら?」

 一人呟き、周囲を見回す。無機質な透明のカプセルの中。それは先程と変わらないが、周囲の景色が違う。石和と佐々木の姿が見あたらない。辺り一面、視界は闇に包まれ、ほとんどなにも見えない。
 昌美はカプセルの出口から外へと出た。淡い光を放つ瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)を見ると、それは明らかに廃ビルの地下にあるものと異なっていた。
 ……実感はないが、どうやら無事に跳べたようだ。
 昌美は安堵の溜息を吐いた。正直、跳ぶのは怖くて仕方がなかったのだが、こうして跳んでみれば、なんてことはない。むしろ、心地よい感覚といってもいいくらいであった。
 安全が保証されるのなら、次はなんの躊躇もなく跳ぶことができそうだ。

 「んん、そ、それにしても寒いわね……」

 自分の身体を抱きしめながら、ぶるっと身を震わせる。無理もない。自分は今、全裸なのだ。加えて、ここは暖房もなにも効いていない密室。今晩は雪になるという話だったし、寒くない方がおかしい。ここに来てまだ数分も経っていないのに、もう身体の節々が冷えてきている。昌美はほう、と白い息を両手に吐き、かじかんだ手を温める。
 と、その時。瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)のカプセルが再び白い光に包まれ、電光がスパークした。
 光が止むと、そこにはさっきまではなかった茶巾袋がカプセル台の中心にぽつん、と置かれていた。
 向こうから送ってくれたものだろう。中には下着と洋服、それといくつかの備品が入っていた。中から下着と服をすぐさま引っ張り出し、身に纏う。ラフなTシャツとジーパン。
 動きやすさを優先した服を選んでおいた。まだこれでも寒いが全裸より遙かにましである。
 続いて、袋の中にあるものを確認する。
 小型のビデオカメラ、インカム。掴んだ証拠を記録するための道具である。
 このビデオカメラは起動すると、瞬間物質転送装置のメインコンピューターを介して、瞬間物質転送装置・改のモニターへ映像が送られるように設定されている。カメラは百円玉程度の大きさで黒い縁取りをされた円の中心に小さなレンズがある。ピン留めがついており、Tシャツに挟んでおけば、昌美とほぼ同じ視点で、こちらの状況を把握することが出来る優れものだ。インカムも同じ原理で、向こうの石和と佐々木に連絡できるように調整されている。
 昌美はカメラをTシャツの上の部分に挟み、左耳にインカムをつけた。双方に電源を入れ、インカムに向かって話しかける。

 「え、と、こちら横川。石和さん……聞こえますか?」

 最初、軽い雑音が鳴ったが、すぐ音がクリアになり、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 『こちら石和。よく聞こえる。感度良好だ』

 その声を聞くと昌美は妙な安心感に包まれた。不思議なものだ。まだ会ってほんの数時間しか経っていないというのに。彼を信頼し始めている自分がいる。
 それがなんだか妙におかしなことに思えて、昌美は一人顔を弛め、笑った。

 『どうやら、上手くいったようだな。どうだ? 調子は。身体になにか異常とかないか?』
 「あ、はい。ぜんぜん平気です。むしろなんか身体の調子が良くなった感じがして……変な言い方ですけど、生まれ変わったような――そんな感じです」
 『量子分解されると、肉体にあった余分な負荷がなくなるという話を聞いたことがある。安全が保証されるなら、量子分解は悪い事じゃないという訳だ』
 「そうですね。これならもう跳ぶことに不安はありません」
 『結構だ。それじゃあ時間もないことだし、さっそく行動に移ってくれ。こちらにその建物の見取り図があるから、俺の指示に従って動いてくれ』

 石和の言葉に相づちを打ちながら、昌美は茶巾袋の奥にある最後の備品を取り出した。
 飾り気のないデザインをした殺傷兵器。
 グロック17。拳銃だった。以前、篠塚に万が一のときの為に、と手渡されたモノだった。こんなものを持っていたら銃刀法違反で捕まってしまうので、廃ビルの中に起きっぱなしにしていたのだが……いま、護身用としてこれ以上有り難いものはない。コッキング・レバーをスライドさせて、銃弾を装填する。

 「トキくん……あたしを護ってね」

 額に銃身をつけて、祈るようにそう呟く。これで準備は万端だ。ジーパンのベルトの隙間にグロックを挟み込むと、昌美は暗闇に包まれた無人の部屋を後にし、廊下へと出た。
 どこにでもありそうな普通の廊下だった。
 天井に無機質な光を放つ蛍光灯が放たれており、それがずっと真っ直ぐに続いている。周囲を見回すが昌美がいま出た場所以外、扉がまったく見あたらず、無機質な壁が延々と続いているだけだった。窓もまったく見あたらない。地下にある施設なので当然だろうが、なにか妙な閉鎖感がある。

 『その辺に監視カメラはない。真っ直ぐに進んでみてくれ。人の気配に細心の注意を払ってくれ』

 石和の指示に従い、廊下を進んでゆく。近くに隠れる遮蔽物がないので、この廊下で遭遇したら、一発で見つかってしまう。靴は履かず、靴下のままである。足音を鳴らさず、いつでも駆け出せるようにするため。そして、小さな、わずかな音も見逃さない為に。
  どくん、どくん、どくん。
 心臓の脈動が加速する。身体が強ばり、息が詰まる。身体が緊張してしまっている。これではいざというとき、即座に動けない。パニックを引き起こしてしまう。

 (落ち着いて……落ち着かなきゃ。じゃないと、トキくんを助けられない)

 自分にそう言い聞かせ、大きく深呼吸して、身体から意図的に力を抜き、前へと進んでゆく。

 『……妙だな』

 ぽつん、とインカムから、石和の声が響いた。

 『そちらに跳ばす前から気になっていたんだが……警備体制が全然強化されていない。監視カメラも設置されていないし、警備員も今のところ全く見あたらない。新井博士と篠塚が侵入したのなら、何らかの対策が講じられていてもおかしくないのに……何故だ?』
 「侵入されたといっても、瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)・改がなければこの施設に入る方法はないんですよね? 逆に新井博士がいなくなれば、他にこの施設に侵入する術はなくなります。だからではないでしょうか?」
 『だが、瞬間物質転送装置・改はこうして健在だ。新井博士がいなくなってもこの装置がある限り、再び侵入される可能性がある。向こうもそれは否定できない筈だ。隔離された施設なのに、内部のこのお粗末さ。どうにもこの矛盾が気になってな』
 「確かに……そうかもしれませんけど」

 相手はそこまで考えていないのではないのだろうか。なにせ、通常の出入り口が存在しない施設だ。中の警備まで強化しようとは考えなかったのではないだろうか。

 『いや、すまない。どうもすんなり事が進みすぎているのが気になってな。気は抜かないで、進んでみてくれ。突き当たりを左だ。すぐに左折しないで充分に注意してからな』
 「はい」

 はやる気持ちを抑え、昌美は慎重に、素早くT字路となっている廊下の左右を確認する。 辺りは静寂に包まれ、やはり人の気配はまるでしない。昌美は左に曲がり、廊下を全速力で駆け抜けてゆく。

 「はあ、はあ、はあ……」

 大した距離を走っている訳でもないのに、もう息が乱れている。額に触れると大量の汗がべっとりと付着する。覚悟を決めたつもりだった。なにがあっても捨て身で動けるつもりだった。しかし、この『見つかるかもしれない』という恐怖はそんな強い覚悟をも凌駕し、自分の意志とは無関係に身体を極度の緊張状態にさせてしまう。
 昌美は今までこういった経験は皆無だった。当然といえば当然である。普通に生きていれば、危険な施設に潜入するという特殊な環境下に晒されることなど、まずあり得ないからだ。
 今まで体験したことない空気と環境。
 見つかったら確実に捕まるという、極限状態。
 生まれて初めてのしかかる重圧感(プレッシャー)は想像していたよりも、大きく、気を抜くと押しつぶされてしまいそうだった。

 (でも……トキくんはこの感覚と戦い続けてきたんだよね、ずっと)

 走りながら、昌美は最愛の人のことを想い出す。
 篠塚は新井博士と出会うあの日まで、ずっと一人で戸木原という怪物と戦い続けてきたのだ。それは孤独で、苦しい戦いであったことだろう。






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