ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

高田ねおの創作物置き場コミュの混沌のアルファ 第三段階『鹿島大学付属病院』6

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


 瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の欠点はブラフだとビデオでは言っていたが、厳密に言えばそれは違う。ふたつの個体識別情報が完全に認識されず、ひとつに融合してしまう欠点があったのは事実で、それはけっきょく改善できないままだったらしい。
 個体識別の技術を断念した新井博士はそれをハードウェアの改善で克服した。
 瞬間物質転送装置のプログラムはスキャン、分解、変換、転移、変換、再構築、と六つのプロセスに別れて実行される。スキャンはカプセル内の物質構成情報を読み取るものだが……このスキャンでわずかな異物が混入していたら、次のプロセスに移れないよう安全装置を組み込んだのだ。
 そして、カプセルの中では徹底的な洗浄と消毒する機能をつける。そうすれば、分解する際に虫などが入り込んで、人体と他生物が融合してしまうなどという、最悪な事態は避けられる。

 「あまりにも簡単で拍子抜けしてしまうほどの解決法だな、こりゃあ……」

 石和武士はコンソールに表示されているマニュアルの文章を読みながら、苦笑した。
 解決と呼ぶにはお粗末な気もする。まあ、そういった最悪の事態が回避されるのであれば、三ツ葉社系列のみで使用する分には問題はないのだろうが。

 「あ、あの……準備出来ました」

 部屋のドアが開き、外から声が聞こえてきた。石和が振り向き、ドアの外を見ると、そこには横川昌美が立っていた。顔を赤らめ、身体をドアの影に隠すようにしている。

 「ああ、ご苦労様。入ってきてくれ」
 「は、はい……」

 昌美はやや躊躇する様子を見せながら、部屋の中に入ってきた。全裸――ではないが、身体にタオルを巻いただけの姿だった。両腕で自分の洋服の入った袋を胸元でぎゅっと抱きしめている。

 「――――――っ!」

 傍らでコンソールのパネルを操作していた佐々木の手が止まり。顔が一気に赤く染まった。女性の裸に免疫がないのだろうか。硬直して動揺まるだしの佐々木を見て、昌美は視線を避けるようにふいと顔を逸らした。

 「……その、こ、これでいいんでしょうか」

 石和はちらりと昌美を一瞥したが、すぐさまモニターへ目を移す。

 「待ってくれ。シュミレーションも充分だが、一応、補足マニュアルも見ておかないとな。もう少しで読み終わる。佐々木、代わりに彼女の身体、チェックしてくれ」
 「ええええっ! ぼ、僕が!?」
 「ああ、念入りに頼む」
 「…………」

 唖然とした表情で昌美を見る。昌美は羞恥に身体を震わせている。今日会ったばかりの男に肌をさらすのだ。当然の反応だった。昌美は無言で洋服の入った袋を佐々木に手渡し、身体に巻いたタオルに手をかけた。

 「え? あ、あの……ちょっと! ままままって!」

 佐々木はその行為を大声で制す。

 「え……? で、でも、これがあると確かめられないんじゃ……」
 「そ、そうだけど……その、心の準備が!」

 佐々木の言葉を聞いて、石和は額に手を当てて嘆息した。止めてどうする。
 「佐々木、お前なあ……思春期の男女の初行為じゃないんだから、その位で過剰反応をするな。これじゃあ、川上の事を笑えないぞ」
 「い、いや、だって! そう言われても意識してしまうものは仕方がないというか――」

 慌てふためきながら喚く佐々木の言葉を石和は手を振って、遮った。

 「分かった、分かった。じゃあ佐々木は俺の代わりに補足マニュアルに目を通しておいてくれ。大したことは書いてないが、いざというとき、なにか役立つ情報があるかもしれない」
 「う、うん。分かった」

 真っ赤な顔を縦に振りながら、佐々木は石和と役割を交代した。石和は昌美の元に歩み寄り、淡々とした口調で告げる。

 「待たせたな。それじゃあ、さっそく始めるか。タオルを取ってくれ」
 「…………」

 昌美は無言で頷き、身体を隠していたタオルをゆっくりと外し、一糸まとわぬ姿となった。タオルを受け取りながら、昌美の身体を見る。形の整った乳房、引き締まったウエスト、ボリュームのあるヒップ。容姿が重要視されるコンパニオンだけあって、プロポーションは一級品のようだ。
 女性特有の甘い香り、羞恥でほんのり染まった身体が色気を倍加させている。
 その色香に石和も一瞬我を忘れそうになったが、すんでの所で踏みとどまり、無表情を装った。変に意識しては彼女の羞恥心を煽るだけだ。とっととチェックを済ませるとしよう。
 髪の毛、耳、首、上半身、下半身、指の爪、足の爪、一つづつ、肉眼で確認する。

 「……特に問題はないようだな。ピアスもついてないし、首飾り、アクセサリ、マニキュアなんかの付着物もなし。髪留めが残ってたりしてないな? 生理用品なんかも駄目だ」
 「大丈夫です。身体に身につけたモノはすべて外しました。化粧も大丈夫です。何度も確認しました」
 「そうか。システムスキャンで不純物が付いていたらエラーが出るし、カプセル内での洗浄、消毒が行われる。とはいえ、初めて跳ぶんだ。臆病なくらいチェックするくらいで、丁度いい」

 そう言って、石和は微笑んだ。チェックが終わると昌美は両手で胸を隠しながら、

 「あ、あの……瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)で跳ぶヒトはみんなこうやって裸で跳んでいるのでしょうか?」
 と、言った。石和は頷いた。
 「さっきも説明したと思うが、瞬間物質転送装置は物質と生命体を同時に飛ばすことは出来ない。生命体は量子分解、物質は原子分解、分解の種類が異なるからな。だから、ヒトは生まれたままの姿で、しかも清潔な状態でないとスキャンしたときシステムが次にシフトしない。現在の技術では裸で跳ぶ以外方法はないんだ」
 「そ、そうなんですか。瞬間移動っていっても不便なものですね」
 「五十二台の瞬間物質転送装置が配置されているポイントを調べたが、九割が工場関係の施設だった。つまり、ヒトが跳ぶために設置された訳じゃないってことだ。おそらくほとんどが物資の搬入を目的として建造されたモノだと思う。企業としての効率を上げるにはそれだけでも充分利用価値があるはずだからな」
 「それじゃあ……ヒトが跳んだりすることは――――」
 「ほとんどないだろうな。それに安全装置が付いているとはいえ、自分の身体が一旦分解されて、再構築されるんだ。心理的な抵抗はかなりあるだろうしな。実際試そうとするヤツは少ないはずだ」
 「…………」

 昌美は青ざめた顔で、両腕で自分の身体をぎゅっと抱きしめた。その手がぶるぶると震えている。怖くて仕方がないのだろう。無理もない。

 「止めておくか?」
 「え……?」
 「怖いのは恥じゃない。俺がアンタの立場でも怖くて躊躇するだろう。別に止めても構わないんだぞ」
 「…………」

 石和のその言葉に。昌美は目を閉じながら、しばらく黙り込んだが、やがて恐怖を振り払うかのようにおおきく首を左右に振った。

 「平気です。あたしは決めたんです。トキくんを助けるって。その為にこの機械でトキくんが行った場所に跳ぶんだって。だから……あたしはどんなに怖くても迷いません。いきます」

 強い強い、意志を込めた口調で。凜とした表情で、彼女はそう言った。

 「いいんだな?」
 「はい」

 彼女の意志は変わらない。ならば、これ以上は何も言うまい。石和は再びコンソールに歩み寄り、パネルに指を滑らせた。起動のプロセスを再確認し、佐々木と昌美に告げる。

 「――始めよう。鹿島大学付属病院へ彼女を転送する」
 「了解」

 佐々木が頷き、起動プログラムを起動する。瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)の透明カプセルが淡い光を放ち、扉が自動的に開いた。

 「それじゃあ、横川さん。そこから中に入って」

 昌美は佐々木の言葉に頷き、全裸のままカプセルの中に入った。入り口がばしゃん、と音を立てて閉まる。

 「フェイズ12より開始する。転送対象物を生物に設定。量子分解転送モードを起動する。第一段階。対象物を洗浄し、不純物を洗い落とす」

 言いながら、石和がパネルを操作すると、カプセル内のあちこちからお湯が噴き出し、中にいる昌美の身体に降り注いだ。三十秒ほどで終わると、次は消毒液が噴き出す。昌美は目をぎゅっと瞑り、身体の洗浄に耐える。そういった洗浄と消毒を幾度か繰り返し、最後は温風で身体を乾かし、ようやく第一段階が終わる。面倒で手間のかかる作業であるが、生物を転送するには一番重要な段階である。

 「第二段階。転送対象の構築情報を取得する。佐々木、頼む」
 「了解。スキャン開始」

 石和の言葉に佐々木が頷き、カプセル内のスキャナーを起動する――――  
 スキャナーの起動音と共にいくつもの赤い横線が下から上へ、上から下へ、と走り、昌美の肉体構築情報を読み取ってゆく。
 肌、髪の毛、爪、内蔵、骨、魂に至るまで、すべて、すべて、すべて。
 それは昌美のすべて。『存在そのもの』の情報だった。

 「――スキャン終了。個体識別情報1。個体情報率100?。物質、他生物の情報は認められず。その他すべて問題なし」
 「了解。第二段階終了。これより第三段階に入る」
「転送座標をGATE11にセット。GATE11のシステム、起動……起動確認。GATE11の電源、及び128項目の動作チェック開始……チェック終了。GATE11システム、オールグリーン」
 「GATE11周辺チェック……チェック確認。生体反応なし、監視カメラに人影は見あたらない」

 すでに刻は深夜だからだろうか。向こうのセンサーに反応はない。周辺にヒトの気配は皆無。跳ぶなら現在が絶好の機会だろう。

 「次。第四段階。転送準備に入る」

そう言いながら、石和の身体に緊張が走る。対象物の分解。そして、転送。
 いよいよ――本番である。
 どくん、どくん、と。
 心臓が大きく脈動している。両手を軽く握りしめると、手が汗ばんでいるのが分かる。どうやら、緊張しているようだ。当然だ。今までヒトを転送させたことなど、只の一度もないのだから。もし、失敗したら……という懸念が石和の思考を蝕む。が、軽く頭を左右に振って、負の思考を振り払う。
 大丈夫だ。ここまでは何の問題もない。三ツ葉社関連限定とはいえ、すでに実用化されているのだ。きっと上手くいく。いくに決まってる。
 カプセル内の昌美が不安そうな表情を浮かべ、こちらを見ていた。石和は唇を笑みの形に歪め、彼女の目を見て、頷いた。すると、昌美の顔がゆるみ、笑顔で頷き返してきた。
 昌美は静かに目を閉じ、身体の力を抜いた。
 すべてを委ねる。そんな表情だった。
 向こうはこちらを信用してくれている。ならば、その信頼に応えるまでだ。
 パネルを操作して、第三段階のウインドウが開く。そして――告げる。

 「第四段階、開始。転送対象を量子分解し、電流へと変換する」
 「りょ……了解! 量子分解開始!」

 佐々木もまた、緊張していたのだろう。声をうわずらせながら、パネルを操作している。指が止まり、躊躇した様子を見せるが、すぐさま意を決した表情を浮かべ、『実行ボタン』を押していた。
 瞬間――光が走った。
 カプセルの中が白色に染まり、電光がスパークする。昌美の肉体が素粒子レベルにまで、分解され――転送電流に変換されているのだ。まばゆい光が部屋全体を包み込み、ラップ音が部屋のいたる場所で鳴っている。
 石和はまぶしげに目を細めながら、モニターを見る。量子変換率の数字が百?を満たし、『Complete!!』の字が表示された。

 「転送……開始!」

 すかさず石和はパネルを操作し、転送を実行した。カプセル内の光が一気に収縮し、一点に集中してゆく。更に激しい電光が部屋全体を暴れ回ったが、それも一瞬のこと。カプセルの中心の光が猛り狂う電光を吸い込んでゆく。まるでそれはすべてのものを吸い込む、ブラック・ホールのようだった。
 やがて、光がすべて治まった頃に。ゆっくりと、石和は細めていた目を開いた。周囲を見渡す。すでに光はなんの痕跡もなく、消え去り。瞬間物質転送装置(テレポート・ゲート)のカプセルの中も、また。
 元々何もなかったかのように。

 横川昌美の姿がきれいさっぱり消え失せていた――――    




次「第三段階『鹿島大学付属病院』7」へ

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=54590494&comm_id=4711681

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

高田ねおの創作物置き場 更新情報

高田ねおの創作物置き場のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング