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きたな美味い店 きたなシュランコミュの・・・・閉店情報。

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 番組で紹介された『きたなシュラン』各店を見ていればわかることですが、年季が入っているのはお店だけでなく、経営者もかなり年季が入っています。後継者がいなかったり、経営者の健康上の問題だったりで、残念ながらかなりの数の『きたなシュラン』がすでに閉店、または無期限の休業状態にあります。閉店、休業情報がありましたら、こちらのトピックでご報告いただければ幸いです。

コメント(9)

 とんかつ『平兵衛』。

 すでにご存知の方も多いと思いますが、『きたなシュラン』史上最強と目されてい
た上野のとんかつ『平兵衛』はすでに閉店しています。

 『きたなトラン』本の刊行時、当然掲載されているべき『平兵衛』が出ていないの
で気になって調べましたら、変人の店主は2011年8月に急逝(享年64歳)していたこと
がわかりました。継承者がなく、閉店した模様。現在、すでに看板が取り外されてい
るそうです。他に類を見ない唯我独尊の「 孤高のとんかつ 」には賛否両論ありまし
たが、二度と食べられないと思うとやはり寂しいものがあります・・・・。合掌。
 横浜中華街、『パンアメリカンホットドッグコーナー』。

 2010年5月閉店。

 おそらく、番組に登場した『きたなシュラン』で最も早く閉店したお店です。番組
で紹介されてからお客さんが詰めかけ、ご高齢のご主人が体調を崩されたのが閉店の
理由ではないか、と言われています。もともと、不定休でしたので健康面で問題があ
ったのかも知れません。残念です。
 小伝馬町、『江戸清』。

 2012年9月末日閉店。

 また、ひとつ『きたなシュラン』の味が伝説の扉の向こうに消えてしまい、寂しい
です。閉店を事前告知すると常連さん達が押し寄せるから、と誰にも告げず、ひっそ
りとお店を閉めた模様。おそらく、後継者がなかったのではないかと噂されています。

 横浜藤棚、『京香』。

 2012年10月にボヤを出し、そのまま休業になっていましたが、その後、再開を断念して閉店した模様。現在、すでに店舗は解体され、更地になっています。画像はネット上からの借り物です。わーい(嬉しい顔)
横浜市南区八幡町のきたなシュラン、『磯村屋』さんが平成最後の日、2019年4月30日に閉店しました。店主のおばあさんが転倒し入院したことが契機となって、閉店廃業を決意されたようです。名物の「三色焼きそば」はもう食べることができなくなり、残念です。
 先日、伊勢佐木町付近を車で走行中、横浜のきたなシュラン『華楽』の店舗外観に異変が起きていることに気づき、調べてみましたら平成最後の日(2019年4月30日)に閉店していたことがわかりました。同じ日に八幡町の『磯村屋』も閉店しており、横浜のきたなシュラン二軒が廃業したことになります。残念です。画像は来訪当時(2011年11月)のものです。
新宿の『レストランいづみ』が2018年8月29日に閉店していたことがわかりました。老夫婦が仲良く営業していて、注文したメニューにいつも何かしらサービスで追加してくれるお店でした。とても残念です。
 成田の『緬用会館』が2020年3月1日に閉店しました。

 以下、ニュース記事(毎日新聞)を転載しておきます。



 羊肉を焼いて味わう「ジンギスカン料理」の発祥の地との説がある成田市で営業を続けてきた名店「緬羊(めんよう)会館」が1日、44年の歴史に幕を閉じた。店主の木村邦昭さん(78)は「長い歴史の看板を背負うので、客から『うまい』と言われるように夢中でやってきた。年を取ったので店を閉めることにした」と話す。しょうゆとみりんをベースに砂糖やユズ、レモン、ミカンなど約15種類を混ぜた門外不出のタレも「自分が作った味だから自分の代で終わりにしよう」と思っている。【中村宰和】

 炭火で羊肉を焼くと、ジュージューと音がして、煙が上がった。羊肉の脂が飛び散った床には砂が敷かれ、滑らないようになっている。店の壁にはタレントやスポーツ選手、相撲取りが来店の記念に残した色紙が25枚ほど張られている。

 緬羊会館は1950年代に成田市大清水に建設され、76年に現在の同市小菅に移転した際、中華料理店での調理経験のある木村さんに白羽の矢が立った。木村さんは「任されて、恩を返したかった」と振り返る。「ジンギスカン料理にとって命」というタレ作りに没頭し、母と兄の3人で「甘い」「辛すぎる」と議論を重ねながら完成させた。当時、周辺にジンギスカン料理店が十数店建ち並び、歴史ある緬羊会館は中心的な存在だった。

 地元で知る人ぞ知る名店として、50人の団体客が一度に利用し、1日に計140人が入店する日もあった。成田空港に近く、航空会社の運航乗務員もよく訪れた。2010年、がんになって手術を受け、店を休んだ。体重は62キロから46キロに減り、筋力が落ちてコンロを持つことすらできなくなった。「味を守り続けるのは自分しかいない」との思いで体力の回復に努め、半年ぶりに再び店を開けた。その時の喜びは忘れられない。

 13年にテレビ番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」に紹介され、「汚いけどおいしいお店」の三つ星を獲得した。全国に知られ、多くのテレビ番組に取り上げられるように。木村さんは「建物は古いけれど衛生的なので汚くはない」と力説し、「『うまい、うまい』と言ってくれる人のために星を取りたかった」と話す。木村さんが常連客に「もう少し若いころに取り上げてほしかった」と漏らすと、「商売は簡単に評価されない。長年、こつこつとやってきたから今がある」と言われた。

 ラム肉は1人前1100円。87年ごろから一度も値上げしなかった。木村さんは「お客さんに安い値段で味わってほしかった。もうけのことを考えれば失敗だったかなあ」と笑う。閉店を決めたのは19年12月。「体力を考えると、もう無理だと思った。人生には山も谷もある。惜しまれつつやめるのがいい」と決断した。オリジナルのタレを作るには材料の微妙な調合が必要なので、教えるのは難しいという。

 閉店を知り、連日、常連客が最後の味を楽しもうと訪れた。3世代にわたって利用してきた船橋市の大学生、浜田兼士朗さん(22)は「母親から3歳の時に初めて来たと聞いた。月に1回は食べた。タレは甘くて酸味もあり、肉と合って抜群においしい。閉店は残念だけれども、木村さんが決めたことなので仕方ない。最後まで変わらぬおいしさだった」と惜しんだ。最後の日となった1日、約20人が訪れ、木村さんは「長い間、よく頑張ったなあ」と話した。

成田市とジンギスカン料理

 成田市では、昭和初期までに羊の肉が食べられていたといわれる。1875(明治8)年、内務省の下総牧羊場が開設され、85年に宮内省に移管された。戦後、牧場に各国の大使らを招いてガーデンパーティーを開き、ジンギスカン料理も振る舞われた。1952年に羊の飼育者による県緬羊(めんよう)協会遠山支部が作られ、羊毛生産や肉の加工場整備のほか、緬羊会館を建設してジンギスカン料理を提供した。発祥の地は諸説あり、羊飼育に長い歴史を持つ成田市から広まったとの見方も有力とされる。宮内庁下総御料牧場と名称を変えた牧場は69年に閉場し、跡地に成田空港が建設された。

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