ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

愛玩犬はうたうよ。コミュの『ポリフォン社でつくられたオルゴールにきわめてよく似た心臓』

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 真昼間飛び交っていた鳥のすべては黒い塊となった町の何処へかに眠っている。
 おそらくは、遊園地や公園の遊具の骨の軋むあたり、月に照らされてしばたく金属製のまばたきのなかだ。彼らはそういった子どもの笑ったときのような光を好いている。
 最近では大都市の中心にも観覧車が回るのだから、多くの鳥類が夜にはそこへ降りてゆくのが見られる。
 彼らはまたバーや風俗店のある歓楽街のネオンの光も好きだ。飲食店もひしめきあうああいったところには、真夜中きゅうに腹が空いても手近に虫やネズミがいるから都合がいいらしい。それにアルコールに中てられた大人の男が子どものように母を恋しがるときの表情も彼らは好きだ。
 そういう訳でつまりは新宿や渋谷なんかの夜の空は空じゃアなくってぜんぶ空に敷き詰まるように眠った黒い鳥だ。

 おれは大体そういうことを話していた。
 向かいにあぐらを掻いていたゴドーは馬券やレシート、サイコロやら絞った後のライムが散らばる硝子のテーブルへコロナの瓶をカツンと置いて言った。
「おまえ、このえいえん詩人野郎! 鳥でもないのにそんなことわかるもんか!」
 セブンスターをプーと吹きかけておれは言った。
「わかるさ! おまえはいったい背中にそんなすてきなアンバーの翅があるのにわからないって言うのか? ファッションか! あるいは悲劇か!」
 するとゴドーは、アッとだけ言ってたちまちベランダへ駆け出すとそのまま飛んでいってしまった。常に斜に構えたイヤな奴だが、母親思いなところがあるからきっと会いに行ったんだろう。

 ゴドーの部屋は井の頭線に面したマンションにあった。
 二○三号室だ。
 この二○三号室はなかでもマンションの全ての人たちが可燃なり不燃なりのゴミや涙やらを棄てるゴミ集積室の真上にある。おまえと言う奴はゴミのうえに住んでいるなんて! と、一笑付したことがある。一笑どころか思い出すたびにおかしくなって笑う。
 二○三号室は始終、薄ッペラな詐欺師のマントみたいなカーテンで窓を黒く覆われている。ひとたび捲ればまるで朝一番に実ったオレンジの光で奇跡のように実存する踏切が見えるのにカーテンはずっと閉ざされたままだ。
 いつかおれはゴドーに言った。
「なんでこんな名画のような風景に嘘をつくんだ! キサマはそういったものを見て受けるインスピレーションや思想の萌芽を毟り取って火に焼く情報鎖国政府かそいつに規制されたメディアかなにかか!」
 ゴドーはゴドーらしく斜に構えて、右斜め四十五度くらいの角度から言った。
「オレの肖像権は事務所かマネージャーを通して貰わないと困る! なんだって線路の上を走っていくやつらにオレのプライベートをただであげようって言うんだ!」
 器用な角度でよくも立ってるもんだと感心しながら言った。
「バカヤロウ、おまえのプライベートなんてファーストフードの店員のスマイルよりずっと価値が無いってのにそれとこの風景を天秤にかけるなんていよいよおかしいぞ?」

 飛び立ったゴドーの二○三号室のベランダから夜の空を見上げるに、土星が月の近くにめずらしく明るく浮いているのが見える。軽いのだから落ちることなくよく浮かぶ。
 それを拭おうという風にプロペラ機たちがせわしなく飛んでゆく。赤や黄いろのシグナルを焚いてプロペラ機は夜にも眠ることを知らず飛ぶものだ。
 彼らはみなボルゴから飛び立ち消息を絶った P-38 ライトニング偵察機の破片を与えられて生まれた。だから彼らの分厚い車輪は折りたたまれたままとうとう一度も滑走路上へ帰ることがない。離陸の際の烈しい回転のみがプロペラ機の車輪のほんとうの全人生なのだ。いまは銀機の腹の中でその後の余生を堪能しているだろう。
 彼らプロペラ機は風を切るその巨大な体のどこか、両翼や三角翼やら胴体やらに彼らの飛行全てで愛する者の名や詩を刻んでサン・テグジュぺリのように海に落ちるロマンを抱いている。

 室内はそうではなかったがこうしてベランダに出てみるとまだ肌寒い、と思いながら二本の空のコロナビールの瓶を流しへ置いて二○三号室を出る。線路に沿って駅へ向いて歩いてゆく。
 二○三号室では四六時中コロナビールが黄金いろに輝くのだからあすこのベランダからではあまり見えなかったが、こうして外へ出ると春の草花の呼吸がしずかに溶け出したやわらかい夜気に星がいくつも光る。プロペラ機のシグナルの明滅や息吹く植物の呼吸もあって賑やかだ。

 駅へ来ると、電車には乗らず線路に垂直に伸びている北口商店街をのぼってゆく。
 通りの両脇にキチンと並んだ街灯たちとポッカリまるい月の両方に照らされて、商店や家屋の黒い陰から突出した何本もの鉄塔がシューという音を立てて青じろく光っている。鉄塔から零れ落ちた生まれたばかりの光はちらちらスパークしながらアスファルトのうえにまぶしく氾濫している。
 同じように商店街をのぼって家路をゆく人たちがその青じろい光に揉まれながら「カストル! ポルックス!」と叫んで不思議に消えてゆく。そうやって家に帰ってゆく彼らはおそらく船乗りだったろう。一日の船旅を終えて家である波止場に戻る際にこの青じろい光の洪水にあぶなく飲まれそうになるのだからみんなして「カストル! ポルックス!」という呪文を叫ぶのだ。
 昼には太陽神の使いである鳥がこんな春の夜となってはもうスパイカズ・スパンカー号という船名を虹色のペンキで書いた小さな帆を広げてまったく船のかたちをして光る。
 いまちょうど真上に仲良く並んでいるカストルとポルックスの双子星を、遠くゲルマンの人たちは巨人の目と呼ぶそうだが、おれの星座図譜は蟹目と言っているからおれにまたたくそれは蟹でしかない。
 悠々と横たわっている人喰いライオンの額のすぐ近くに、見えにくいが縦に三つ並んでいる星がある。おれはおれの星座図譜にそれは酒屋の旗なんだと教えられた。船乗りたちは水の代わりにシェリー酒を飲む。
 海から遠くとも、春になれば町はぜんたい港になってしまうのかも知れない。
 じっさい近くに発電所があったが、数日前に見ると発電所ではなく聖者か灯台守の家になり変っていた。なるほど、いま見るに鉄塔もすべからく船のマストだ。
 商店街をのぼり切るすんでのところで、左へ折れて歩く。その後、いつも猫がゴミをおもしろく散らかす辺りで右へ入って西へ向かってまっすぐに歩く。
 すると右手に高圧電線を束ねるクリーム色の鉄塔が一本目立ってせり立っているのが見られる。足もとに背高く生えるミモザアカシヤの黄色へほかの鉄塔たちと同じようにやはり青じろい光をシューと降らせている。
 ミモザアカシヤの黄色と青じろい色が混じり合うと緑ではなく銀いろの夜鳥が生まれる。彼らはいっしゅん身を細くするとすぼまったままアスファルトの上を低く滑ってゆく。こんな風にみんな海になり果てるなかではさながら海面を舐めるように飛ぶ渡り鳥だ。

 商店街ではたくさんの人たちが「カストル! ポルックス!」と叫んでいたが、おれは空でも地面でも正面でも背後でも光が氾濫するこの春の夜のさなかついには呪文を叫ばない。
 故郷へ帰ることを計算しないでつくられているから、太陽風が荒れようとも超新星爆発の光にぶつけられようとも、おれには「カストル! ポルックス!」を叫ぶような声帯が無かった。
 けれどもそれを嘆くようにも出来ていない。
 どうしてって脊柱あたりにP-38 ライトニング偵察機の破片を持っている。

 その銀いろの破片は光で言う。

「飛べ! 飛べ! そして飛行を高らかに歌いいっさん詩の海に落ちろ――!」

 おれにはゴドーのようなアンバーに透き通る翅は着いていないし、ジェラルミン製の立派な翼も着いていやしないが、どうにも船乗りではなく飛行機乗りのたぐいらしい。
 それもそのはず――アア、おれの心臓は逆様にしようが裏ッ返そうがポリフォン社でつくられたオルゴールにきわめてよく似た探査衛星だった! 

 オルボアール!

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

愛玩犬はうたうよ。 更新情報

愛玩犬はうたうよ。のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング