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関西城郭同好会コミュの【城郭ニュース 第287号】  2011/11/21(Mon)

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=じ=ょ=う=か=く=に=ゅ=ー=す==================

【城郭ニュース 第287号】                2011/11/21(Mon)

==================じ=ょ=う=か=く=に=ゅ=ー=す=

◆今週の目次◆
(1)佐賀城(佐賀県佐賀市):天守台から礎石や甲冑の破片を確認
(2)相馬中村城(福島県相馬市):堀跡めぐり議論二分
(3)桑折西山城(福島県桑折町):本丸西側に表門を確認
(4)水戸城(茨城県水戸市):二の丸角櫓跡地から三つ葉葵紋の鬼瓦が出土
(5)松坂城(三重県松阪市):堀跡を確認
(6)丸亀城(香川県丸亀市):バサラ京極隊が活躍


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(1)佐賀城(佐賀県佐賀市):天守台から礎石や甲冑の破片を確認
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 佐賀城天守台の予備調査を行っている佐賀市教育委員会は、焼けた跡の残る巨大な礎石や甲冑の部品が出たと発表した。これらの発見によって絵図に記されていた天守の存在が裏付けられるとともに、享保11年(1726)の焼失以降は謎に包まれてきた天守の全容解明に大きな一歩が踏み出された。

 礎石が見つかったのは天守台(高さ約9m)の地表から深さ20〜30cmのところで、約20個が見つかった。大きい礎石は幅2m×厚さ60cmほどあり、火災による変色や表面の剥離や割れなどが認められた。また、同時に大量の焼土や焼けただれた瓦も見つかった。さらに、短冊状の長さ5cmほどの鉄板3枚など、鎧の主要な部品も出土した。これは3千数百枚を革紐などで連結して作られていた鎧の一部で、肩を防御する部分などに使われた別の部品も見つかった。

 佐賀城の武器庫がどこにあったかは分かっておらず、同市教育委員会では天守が武器置き場として使われたのではないかとみている。同時期に九州各地で造られた天守には地下の存在が特徴となっているが、今回の調査では見つかっていない。同市教育委員会では今回の予備的な調査を基に、来年度から本格的な発掘調査に入る予定である。

▼佐賀城については、下記サイトを参考にして下さい。
 http://sagajou.jp/←佐賀城本丸歴史館のサイト
 http://sagajoupark.com/←指定管理者佐賀城公園のサイト
 http://4619.web.fc2.com/shiro111.html


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(2)相馬中村城(福島県相馬市):堀跡めぐり議論二分
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 新しい市民会館が計画されている相馬市で、建設予定地をめぐって議論が二分している。予定地には県の史跡に指定されている相馬中村城の堀跡があるためで、市としては復興のシンボルにしたいと東日本大震災で中断していた事業の再開を表明している。一方、市民からは保存を求める声も出ている。

 この予定地はカネボウの工場跡地で、平成13年(2001)に調査したところ、南北に伸びる堀跡が確認された。この堀跡は長さ65m×幅7〜13m×深さ1.5mで、東三の丸を囲む堀の一部とみられている。石垣がはっきりと確認される部分もあり、石垣の沈下を防ぐ胴木も見つかっている。

 この部分は県史跡の指定地からは外れており、保存するかどうかは市の判断に任せられている。建設検討委員会でも意見が分かれており、市は全市アンケートを実施している。立谷市長は、拙速な結論を急ぐべきではなく、アンケートの結果を十分に検討したいとしている。

 相馬中村城は慶長16年(1611)に伊達家の侵攻に備えて、相馬家17代の利胤が小高から居城を移して築城した。明治の廃城後は公園として整備され、県の史跡に指定されている。

▼相馬中村城については、下記サイトを参考にして下さい。
 http://homepage3.nifty.com/otakeya/hukusima/soumasi.htm
 http://www.geocities.jp/woodone3831/touhoku/c-1-3-2-2-siro-NAKAMURA.html
 http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/soumanakamura.htm


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(3)桑折西山城(福島県桑折町):本丸西側に表門を確認
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 国史跡に指定されている桑折西山城を史跡公園として整備するために発掘調査を行っている桑折町教育委員会は、本丸西側に「表門」とみられる出入口があったと発表した。

 今回の発掘調査は第4次で、本丸を中心に実施されている。本丸西側の大手と見られていた周辺に、4つの支柱跡が見つかった。また、その脇には柵跡も認められた。大手と見られていた部分には4つの支柱からなる表門があり、その形状から門の上に見張り台をのせた櫓門と想定された。

 門の手前には石が積まれた跡があり、通路や路肩が石造りであったことをうかがわせる。表門の石が置かれた状況から、廃城後に中に入れないように石で出入口を塞いだものと推定された。同町教育委員会によると、このような行為は珍しく、歴史的な背景を知る上でも重要な発見だとしている。

▼桑折西山城については、下記サイトを参考にして下さい。
 http://homepage3.nifty.com/otakeya/hukusima/koorimati.htm
 http://www.fukutabi.net/fuku/kouri/siro.html←桑折町観光・歴史建築見所ナビ
 http://www.geocities.jp/chiezo_ikomai/tohoku/fukusima/koorinisiyama.html


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(4)水戸城(茨城県水戸市):二の丸角櫓跡地から三つ葉葵紋の鬼瓦が出土
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 水戸城二の丸角櫓の発掘調査で、三つ葉葵紋の鬼瓦が出土した。出土した鬼瓦は最長で縦約27cm、横約43cmの大きさで、水戸城で見つかったのは初めてとなる。紀州和歌山藩邸のあった東京都千代田区紀尾井町遺跡から出土した鬼瓦と、よく似ている。また鬼瓦以外にも、角櫓の礎石や漆喰の一部などが見つかった。今回の調査により、水戸城の正確な規模や御三家の居城としての権威を示す重要な手がかりが見つかったと言える。

▼水戸城については、下記サイトを参考にして下さい。
 http://otakeya.in.coocan.jp/info02/mito.htm
 http://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/Shiro/Kantou/Ibaragi/Mito/index.htm
 http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/mito.htm


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(5)松坂城(三重県松阪市):堀跡を確認
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 殿町にある松阪市文化財である原田二郎旧宅で進めていた庭園整備事業で、松坂城の堀跡を確認したと発表した。同市教育委員会によると、この堀の幅は約16mで、敷地内の3ヶ所を掘って確認された。城下町側の堀の落ち込みが確認されたのは初めてで、現在水路となっている旧宅の堀の向かい側の民家が一段高くなっており、土塁跡の可能性もある。

 江戸時代前期の正保年間(1644〜48)に作られた絵図によると、推定位置よりも逆に西側にずれていることとなり、これまでの推定位置よりも約 8.5m東にずれる可能性が出てきた。原田二郎旧宅は松阪城下町遺跡の上に立つ旧紀州藩町奉行同心の武家屋敷で、庭園整備を経て来年秋には公開される。

▼松坂城については、下記サイトを参考にして下さい。
 http://homepage2.nifty.com/yogo1394/mie/matuzakasi.htm
 http://woodone3831.web.infoseek.co.jp/c-1-3-5-8-siro-MATUZAKA.html
 http://inoues.net/club/matsuzakajyo.html


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(6)丸亀城(香川県丸亀市):バサラ京極隊が活躍
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 丸亀城では、旧藩主の京極家にちなんで結成された若者たちのパフォーマンス集団「バサラ京極隊」が奇抜なパフォーマンスや城内の案内などに奮闘している。このバサラ隊の活躍もあって、丸亀城の入城者が増え続けている。この10月末には、早くも昨年一年間の入城者数約5万4千人を突破した。一過性の歴史ブームなどに留まらない、若者たちによるユニークなもてなしが人気を博していると思われる。

 派手な武者衣装の若者が城内の案内役を務めるとともに、観光客からの記念撮影の求めにも気軽に応じている。丸亀城の入城者は数年前までは2万人台を推移していたが、「歴女」ブームで一昨年には4万6千人に急増した。バサラ京極隊を結成した今年4月には7840人と同月では初めて7千人を超え、効果は絶大である。丸亀市文化観光課では、ほかの城のPR法も学びながら、人気を継続させていきたいとしている。

▼丸亀城については、下記サイトを参考にして下さい。
 http://marugamejyou.web.fc2.com/
 http://www.city.marugame.kagawa.jp/sightseeing/spot/01.html←丸亀市のサイト
 http://woodone9959.web.infoseek.co.jp/c-1-3-9-2-siro-MARUGAME.html

▼京極バサラ隊の詳細については、下記サイトをご覧下さい。
 http://kyogokutai.com/index.php?option=com_content&view=category&layout=blog&id=35&Itemid=56

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