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文豪てっしーを見守る会コミュのかなしゃるちゅ(2-8)(長編)

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 自転車を漕いで高校の正門に着いた時はまだ集合時間の40分も前だった。輝は誰かと待ち合わせする時、少なくても集合時間の20分前には着く。緊急事態が起こった時に対応するためとか途中で忘れ物に気づいても間に合うからというのが理由ではない。そもそも早く行くなんて理由はないのだと思う。
 

 ただ早く行って待っているのが好きなだけかもしれない。集合場所への現れ方は人の個性が出る。それを見るのも楽しみの一つだった。


 「雨宮君。ごめんね。待たせちゃいましたか?」


 璃子が駆け足で寄ってきた。


 「いや全然。俺もついさっき来たとこやけん」


 時計を見るとまだ5分前だった。謝られる理由なんてどこにもなかった。早くに着いていたのは、あくまで輝の個人的な事情だった。輝は璃子に対して申し訳ない気持ちがした。
 

 風に乗ってふわりと浮きそうな純白のスカートに白いブラウス、その上には薄いピンク色のボレロを羽織っていた。肩からは黒いポシェットがかけられ、いつもは短くまとめられている後ろ髪はきれいにおろされていた。太陽の光を反射してきらきら光っていた。セーラー服を着ている普段と比べて璃子はずっと大人びて見えた。
 

 私服姿の同級生を見るのは、今まで知らなかったその人の別の一面を垣間見るようでなんか不思議な感じだった。輝は思わず自分の服装を見直した。なんとなく気恥ずかしかった。


 「今日はわざわざゴメンなさい。せっかくの休みの日だったのに」璃子は申し訳なさそうな顔をした。


 「いやいや、立花さんだってやらされとう訳やし、謝らんでよ。俺は今日暇やったけん何てことはないし」そう言いながら、もっと気の利いたことが言えないのかと輝は自分を恥じた。


 「うん」真美は小さく頷いた。


 「でさあ、今日はどこに買いに行くと?」会って早速重い空気になりそうだったので、輝は本題に入ることにした。


 「えっとね、私がよく画材とかを買っている店が大名にあるんだ。そこだと何でも揃うからよく行くんです」


 「へぇ大名に……。なんか楽しみだわ」
 

 大名というのは福岡の中心部天神から程近い所にある、若者に人気の地区である。若者向けの服屋はもちろん雑貨店やブランド品の店なども多く並んでいる。東京で言えば表参道といったところだろうか。もちろんそれほどの規模はないが。
 

 輝と璃子は地下鉄の駅に向かって歩き始めた。今いるところが西新駅、それから大名のある赤坂駅まではわずか3駅である。とにかく福岡市は狭い地域に色々集まっている。福岡市の中心部の天神だって赤坂の次だ。
 

 ちょうど2席空いていた地下鉄のシートに輝と璃子は座った。輝は何か話しかけようと思ったけど、何と言って話を切り出せばいいかわからなかった。そして考えれば考えるほどますます言い出しにくくなっていた。結局次の駅に着くまで二人は一言も話さなかった。
 

 次の駅で一組の老夫婦がゆっくりとした足取りで地下鉄に乗り込んできた。座席がすでにいっぱいだった車内を見回して老夫婦はがっくりと肩を落とした。その光景を見た璃子が真っ先に席を立って、その老夫婦に話しかけ始めた。それにつられて輝も席を立った。


 「どうもありがとうねぇ」お婆さんの方が深々とお辞儀をした。


 「いえ、とんでもないです」そう言った璃子の笑顔がとても優しかった。


 輝と璃子は隣同士つり革に掴まって電車に揺られ始めた。


 「でも、雨宮君も立ってくれてよかったです。実を言うとちょっと心配だったんです」しばらくしてから璃子が話し始めた。何について言っているのか輝は最初はわからなかった。


 「ほらさっきおじいさんとおばあさんに席を譲った時のことなんですけど」


 「ああ、あのことね。そりゃ普通あそこは立つよ」


 「よかった。正直雨宮君って怖い人っていうイメージがあったから。ほら雨宮君、応援部でしょ」
 

 どうやら璃子は応援部を近寄りがたく怖い部活と考えているようだった。確かに入学早々にいきなり応援歌指導という洗礼を受けた後では、そういった印象を抱くのは無理もなかった。


 「まぁ応援部って言っても普段はみんな優しいとよ。部活中はめっちゃ厳しいっちゃけどね」応援部の尊厳のためにも輝は一応の訂正を入れておいた。


 「ああ、後さ……」輝は付け加えた。


 「同じクラスやしさ、出来れば敬語とか使わんで欲しいんやけど。俺、立花さんと仲良くなりたいしさ」
 

 威圧的な感じを与えないようにゆっくりと出来る限り優しい言葉を選んで伝えた。


 「ごめんね。私、結構人見知りだから。うん、気をつけるよ」
 

 さっきから謝らせてばかりだった。「マズイな」輝は敏感に感じとって、一つ提案を持ちかけた。


 「立花さんさ、今度から『璃子ちゃん』って読んでいいかな?もちろん俺のことは輝でいいから」
 

 輝は璃子に伝えた。これを言うのはちょっとした賭けだった。
 

 璃子は少し驚いた顔をしたあとで、小さく頷いた。


 「えっと……じゃあ私も今度から輝くんって呼ぶね」
 

 立花さんから璃子ちゃん、雨宮くんから輝くん、たったそれだけの呼び方の違いだったが、その違いによって二人の距離が縮まったような気がした。
 

 人と人とは何がきっかけになって話し始めるのかはよくわからない。もちろんこれだっていう解答はないし、思いがけないことが会話のきっかけになることだってよくある。璃子との会話は老夫婦に席を譲ったことがきっかけになったことは間違いがなかった。赤坂駅に着く頃には、少しずつではあるが冗談混じりの会話も出来るようになっていった。

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