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[mixi小説]BLACK OR WHITE?コミュのBLACK OR WHITE? 6〜誰が為に騎士は行く.part21〜

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 騎士らを従えてヨハンナは教皇庁を練り歩く。老若男女、役職を問わず、行く先々に擦れ違う人は尽く、教皇を前にして畏敬の念を示した。
 議事堂前に一〇名の騎士らを待機させるヨハンナ。議事堂内、廊下に敷き詰められた、くるぶしまで沈みそうな柔らかい絨毯の感触が足裏をくすぐる。対して、閉めきった空気が胸に重い。
 教皇執務室に着く。歳月を重ね続け骨董の艶に落ち着いた扉の前をミカエルに任せて、部屋に入る。
 行政のためとはいえ、一人で仕事をするには余りにも広い部屋だった。絢爛豪華なシャンデリア、細やかな装飾のテーブルにソファ…質素な身なりのヨハンナには不釣合いな内装だ。
 この執務室は国賓を迎えるためのものでもある。節制に重きを置くヨハンナとしては贅のある装いが不本意であった。が、帝国内領主や外交官を招致しておいて四畳半の部屋に押しこむというのも理不尽な話である。ヨハンナは、渋々とこの落ち着かない部屋で日々の執政をこなしていた。
 ロンギヌスを魔封石製のケースに仕舞う。革張りの椅子に腰掛け、長い溜め息を吐く。
 おもむろに机に頭を落とした。鈍い音が弾ける。
 僅かに遅れて、ヨハンナの額にじんわりと痛みが伝わった。

「…言い過ぎたかな」

 病院で、クロードはヨハンナに「エミリーに戻って良い」と言った。「元の生活に戻ろう」とも言ってくれた。
 確かに嬉しかった。ヨハンナとしても、望んでいるところだ。
 だが、「エミリー」はそれを拒んだ。兄を慕い、兄に思われ続けたエミリーを壊さないために、汚さないためにあえて拒絶した。
 もっとも、そのために取った方法が問題だらけなのだ。
「思い上がるな!」だなんて………きつく突き放しちゃったら、本末転倒じゃないの。
 教皇としての八年間は、年相応の振る舞いだけではなく、対人関係の距離感をも忘れさせたらしい。
 頭を抱えて気落ちするヨハンナ。こんなに落ち込んだのは、ミカエルが自分と兄を引き離した日以来だ。酷く自己嫌悪にさいなまれ、机に山積みの書類にサインをする余裕すら失ってしまっていた。
「何とか…何とか謝らなきゃなぁ………」
 かと言って、言葉を交わすのはおろか、再び面と向かって会える自信がない。合わせる顔がない。ひょっとしたら、面会する資格もないかもしれない。妹である資格もなくしただろうか。ないない尽くしにもほどがある。
 本当、死にたい…。
 ヨハンナは更に頭を垂れた。

 何の解決策も出てこない。どれだけ時間が経っただろうか。頭から何もかもが消え失せて、それすらも把握できていない。
 ヨハンナが何十回目かの溜め息を吐く。泣き声のようなうめき声を上げる。あらかた悩み抜いたが何も思い浮かばず、疲労がどっと押し寄せて来た。顎を机に乗せてもたれかかる。無力感とはよく言ったもので、これに襲われると本当に力がなくなるらしい。
 と、目の前のインク瓶と羽根ペンが目に留まった。
 すっぽり抜けていた頭の中身が、瞬く間に戻って来る。骨抜きになっていた身体が勝手に起きて、引き出しから羊皮紙を何枚か取った。インクにペン先をつけてからようやく、これからすべきことを理解する。

 手紙を書こう。
 兄さんの具合も良くなってきてるし、それに手紙ならまだ素直になれる。相手に向き合わなくても良い。何でこんな簡単で、良い方法を思いつかなかったんだろう。

 今まで様々な重要法案にサインをしてきた。勅書だって出した。だが、それらとはまた違う緊張で、羽根ペンを握る力が強くなる。
「どう書こうかしら…」
 ペン先が白紙の表面を滑り始める。

 拝啓、兄上様
 蝶が楽しそうに花々を渡る季節となりま

 手紙をクシャクシャに丸めて、ゴミ箱に捨てた。
 ヨハンナが小声で呟く。
「何、このカチカチな書き出し…」
 二枚目にペン先をつける。
「兄さん落ち込んでるだろうし…やっぱり、ここは明るく…」

 やっほー!兄さん、この前はゴメ

 力一杯、手紙を破く。耳の先まで顔が熱くなった。
「ありえないありえない…!何よこのキャラ…?」
 端から知っていたかのように各地から送られる調査書や嘆願書を理解し、難解な重要法案の長短を吟味して調印する。時には、自ら立案し文面を作成することだってある。こうした日頃のヨハンナを知っている者が見れば、ただ謝るだけの手紙を書くことに四苦八苦する教皇というものは実に滑稽な画に見えるだろう。
 現に、ヨハンナ自身がそう思っているのだ。
 気を取り直して三枚目に着手する。

 兄さんへ

 この前はごめんなさい。突然のことで言葉が見つからなくて、あんな断り方しちゃったけど、さすがに辛く当たり過ぎちゃったよね…。
 兄さんと暮らすのが嫌だったわけじゃないの。兄さんと一緒に生活できたら、私、とっても幸せだよ。これは本当だから!
 …でも、それじゃあ兄さんは不幸になる。
 八年間、ヨハンナ八世として暮らしてきたわ。ヨハンナ八世としてあり続けるために、色んなものを手に入れた。…色んなものを手放した。
 昔のままだって言ってくれたけど、私、元に戻るには、変わり過ぎちゃったんだ。だから、一緒に暮らしてしまったら、兄さんをがっかりさせてしまうと思う。
 このままが良いの。このままの関係が一番良いの。このままで、ヨハンナ八世とその騎士、クロード=スティグマンのままでいさせて。お願いだから…

「………………」
 胸が詰まる。いっそのこと、兄に今までの所業を洗いざらい吐き出してしまいたい。今までこの身に蓄えてきた汚毒を、兄に全て受け止めてもらえたら、どれだけ楽になるだろうか。
 しかし、それだけは絶対に駄目だ。
 ヨハンナ八世は、世間が思っている清純な者とは正反対の存在である。そんな下賤に腐り落ちた者がエミリーと同じだと、兄にだけは思われたくない。兄の中のエミリーを壊したくない。
 二つの思いがせめぎ合い、時折ペンが止まった。しかしヨハンナは吐露の一線を越えることなく、確実に字を連ねてゆく。
 思いの丈を伝えきれない手紙。届けたい言葉は幾らでもあるというのに、書いてはならない。行き場のない心の叫びは腹に溜まって、嗚咽を誘う不快感を残した。

 羽根ペンの先にインクをつけようとした時、
「失礼致します。猊下」
 ミカエルが扉を開ける。扉を開ける音にヨハンナの背筋が強張り、勢い余ってインク瓶を倒してしまった。折角書いた手紙が台無しになった。
 半ば逆切れのヨハンナは、声を荒げて立ち上がる。
「なっ、なっ、なっ…、何ですか急に!?ノックくらいしなさい!!ああ…もう、インクが…」
 わかりやすい動揺である。判子型のインク吸取器を押し当てる手つきも慌しい。決闘中でもなかなか怯まなかったミカエルが、出所のわからない気迫に容易く押されていた。
 ミカエルが応える。
「いえ、ノックはもう何回も致しましたが…」
「そ、そうですか…。それで、何の用ですか?」
「スターン枢機卿長がお越しです」
「わかりました。ちょっと片付け終わるまで待ってください」

 手紙だったものとインクを片付けて整頓した執務室にギルバート=スターン枢機卿長を招き入れる。ヨハンナはロンギヌスを手にしていた。二人は備えつけのソファに座る。
 ヨハンナから切り出す。
「お久し振りですね。まずは政務復帰おめでとうございます。
 …少し、痩せましたか?」
 ギルバートは教皇庁でも指折りの高齢である。しわとシミだらけで目蓋を閉じればどれが本物の目か判別できなくなるほどだ。元々が枯木か乾物と良い勝負とまで囁かれる骨と皮だけの細身であるが、今日は更に皮までなくしたかのようであった。
 ギルバートが応える。
「ええ、老いぼれに憲兵隊の聴取は少々酷で御座いました。
 もっと若い頃は、毎日のように憲兵隊庁舎へ通っていたもので御座いましたのに」
「ふふ…。ご冗談がお上手ですね」
 ヨハンナが冷ややかに愛想笑いを送った。
 憲兵隊によってギルバートは勾留された。つい六日前のことである。異端審問と死刑囚ペーター=キュルテン隠匿の責任追求が主な目的だった。が、ヨハンナ直々に「二度と私に歯向かわぬよう、出涸らしになるまで搾りなさい」との命令が下ったため、必要以上の処置がなされたらしい。
 もっとも、老体ということもあり、さすがの憲兵隊も本気を出さなかったようだ。やつれてはいるものの、厳格な覇気は衰えていない。
 ヨハンナが続ける。
「さて、本題に入っていただきます。まさか挨拶回りだけということはないでしょう?」
「ええ…まあ。こちらを進言したく参りました」
 ギルバートはそう言うと、懐から羊皮紙を何枚か取り出した。かなり上質なもので、ツタの細密画が施されている。表題には「経済回復案」とある。
 また、税金の吊り上げなんでしょう…。と、うんざりしたヨハンナが溜め息を吐いた。
 童謡と同じく「読まずに食べ」れたら楽だろう。しかし、意見が出たからには吟味しなければならない。教皇就任時から続いてきた堂々巡りを退屈に感じながらも、ヨハンナは経済回復案を読み始めた。

「…これは?」

 確かに税制改正の記述はあった。だが、ただ税率を吊り上げるわけではなく、階級や役職、地域によって細かに変動させる予定とある。加えて極東鎖国群の開国交渉、新大陸への復興支援要請の検討、外務協会の支援拡大、果ては黒導国家群との相互援助案など…。白導保守派の象徴たるギルバート=スターン枢機卿長が提案したとは思えない内容だった。
 かなり興味深い。順調にことが運べば、戦災復興も夢ではないだろう。ヨハンナは書面に釘付けとなっていた。
「いかがですかな?」
 ギルバートが聞く。しかし返事はない。夢中になり過ぎて、ヨハンナは聴覚すら書類に向けているのだ。
 読破まで、静かな時間が続く。

「……………これは…すごい………。まさか、枢機卿長殿がこれを?」
 羊皮紙をテーブルに置き、興奮冷めやらぬ様子でヨハンナが問う。
 ギルバートは、ふとロンギヌスを見る。
「…猊下は、それをお持ちにならなければ、我々にお会いになることもできないので御座いますね」
 見当違いの答えが返ってきた。ヨハンナが目を丸くする。
「猊下は、本来ならば子供であるべき時期。しかし我々大人によって教皇に祀り上げられました。反面、子供が国家首領の座に就いていることを快く思わない連中も多く御座います。
 故に、私どもが猊下に代わって国家の指揮を執ろうと…さすれば、周りも沈黙するであろうと考えておりました。
 しかし猊下は、我々の予想を裏切り、努めて国事を御身につけられていらっしゃいます」
「枢機卿長殿…何を……」
 初耳とはまた少し違う。ヨハンナは既に、反対派の洗礼を受けているのだ。ヨハンナは、ギルバートですら反対派の一人と疑っていたほどである。だからこそ、ギルバートの口からそんな言葉が出るとは夢にも思っていなかった。
「猊下はまだ幼い。教皇であるためには経験も心構えも不足している。それ以前に、猊下にはもっと子供らしくあっていただきとう御座いました。ですが、ロンギヌスに選ばれた以上は教皇でおわし続けなければなりません。
 ならばせめて、政務の第一線を退いていただき、その分は子供としてお過ごしになっていただこうと、無礼を承知で今日まで…謀反に近い所業を重ねて参りました」
「………だったら、一言だけでも…」
 話をしてくれれば、まだ考えたかもしれない。こんな肩身の狭い日々を送らずに済んだかもしれない。だが…
 ギルバートが苦笑する。
「生憎、申し上げて御傾聴なさる内容とも思えませんで…」
 そう。ヨハンナに話したところで、このように後ろ向きの提案を受け入れるはずがない。確固たる使命感を持って、政治に勤しんできたのだ。
 八年の付き合いは伊達ではない。ギルバートはヨハンナをそこそこ理解している。

「それならばと、示威を致して退いていただこうと考えていたのですが…詭弁だったようで御座いますな」

 厳粛なギルバートが、何かをいとおしむ、穏やかな顔になる。
「猊下は、私めに、この老いぼれに御容赦をなさいませんでした。
 そして、無実のクロード=スティグマンに救いの御手を差し伸べられました。果ては騎士として御認めになった。
 貴賤親疎を隔てず、功を良しとし称え、罪を悪とし罰を与える…寒暖の切り替えとでも申しましょうか。これは最早、立派な神聖ローマ帝国皇帝に相応しい御心構えに御座います。
 私は、罰を下さる猊下の姿に聖処女を拝し申し上げました」
 しわとシミだらけの冷たい手が、ヨハンナの柔らかな手を傷つけぬように包む。
 ギルバートがヨハンナの手を自分の額に寄り添えてひざまずく。以前は近寄り難い気迫を放っていた老人だが、こんなにも小さな身体をしていたとは知らなかった。
「金輪際で終いに致しましょう。このギルバート、猊下の御心に従わせていただきとう御座います。
 もうこれからは一人で御戦いにならずともよろしゅう御座います。突然のことであります故、困難かと存じますが…
 どうか、我らを心から御頼りいただきますよう、どうか…!」

「何でもかんでも自分だけで決める必要なんてない。人並みに、他人を頼って、頼られて生きよう、な」
 病院で、兄がかけてくれた言葉が再起する。九〇過ぎの老人に、二〇代の若者の姿が自然と重なる。

 ああ、そうなんだ。
 どんなに厚い壁が阻んでも、向こう側に必ず兄さんは待ってくれている。

 年月に蝕まれたギルバートの手を包み返し、ヨハンナが語りかける。
 全てを許す、聖母の血潮を髣髴とさせる暖かな表情だった。
「教皇となって…これほど、嬉しく思った日はありません。
 お顔を上げてください、ギルバート殿。皆でこの国を復興させましょう。私も、一人より皆さんと一緒に勤めを果たしたいです」
 ギルバートは畏まりながら、ヨハンナに顔を向ける。
「猊下…御許しいただけるのですか?信じて、いただけるのですか?」
「私もまだまだです。全く見る目がありませんでした。
 まだまだ検討を重ねる必要があります。ですが、ギルバート殿のお考えは国と民への慈愛に満ちています。
 こんなに素晴らしい臣下が傍にいたというのに、気付けないでごめんなさい」
 しわを更に増やし、深くして、ギルバートは涙を噛み締めた。
 ヨハンナの手を傷つけまいと優しく包んでいた両手は、知らぬうちに固く結ばれていた。
「勿体ない御言葉に御座います…!」
 手を介して伝わる激情を受け止め、ヨハンナは微笑む。
「ですが、もう二度と『私のため』とは言わないでください。
『民のため』です。わかりましたか?」
「………御意に御座いますっ…・・・!」
 長年の確執が消えてなくなる。苦虫を噛んで終わったとはいえ、兄との再会を果たした。久し振りに人間になれた気がした。

 やり方は無茶苦茶、本来の目的とは違う。それでも、彼女の兄の行動と言葉は教皇庁を大きく動かした。
 兄さんには騎士にする以上のことをしてあげたいと、ヨハンナは胸中に秘め始めていた。



 夜も更け、議事堂から司教と枢機卿の姿が殆どなくなった頃。ヨハンナはまだ執務室にいた。
 手紙に時間を割き過ぎたこと、通常の政務に加えてギルバートから受け取った経済回復案の検討に熱をいれているため、時間が経つことも忘れていた。スタンドライトの薄明かりの下、何十枚もの羊皮紙を床に散乱させて、ヨハンナは知りえる限りの方面からギルバートの案を吟味している。
 長い背伸びを一つ。凝った肩を回す。鈍重になった目を揉み解す。
 振り子時計は二時を過ぎていた。
「もうこんな時間…」
 そろそろ切り上げないと、ドアの前で待ってくれているミカエルにも悪い。そう思って散らかった羊皮紙を片付ける。

 羊皮紙を一まとめにした時、ノックが聞こえた。
「どうぞ」
「猊下、フィリップ大司教がお越しです」
 扉越しにミカエルの声が返る。
 フィリップとは、ギルバートとともに増税を迫ってきた男である。
「…こんな時間に?
 まあ良いわ。入りなさい」
「…失礼致します」
 扉から、小太りの中年男性が現れる。神妙な面持ちで、フィリップ大司教はヨハンナを見つめていた。
「猊下、夜分遅くに御無礼を御許しください」
「構いません。まあ、立ち話も何です。こちらに」
 ヨハンナがフィリップをソファに招く。
 今度はロンギヌスを手にしていない。
「それで、どうしました?」

 フィリップに、ヨハンナの声は届いていなかった。
 瞳に活力がなく、半開きの腫れぼったい唇にはよだれが一筋。夢遊病であると言われても差し障りない。
「…フィリップ殿?」
 フィリップの脳内では、他の声色が同じ言葉を繰り返していた。
 誰の声かはわからない。だが、フィリップは声の主の言葉が唯一絶対に正しいものだと確信していた。

 教皇を殺せ。声がやまない。

 おもむろにヨハンナに飛び掛り、万年筆に見せかけたナイフを懐から出す。
 ヨハンナに、得物はない。



 扉の向こうから鈍い音がした。
 ミカエルから血の気が引く。
「猊下っ!?」
 形振り構わず、剣を抜いて扉を突き破るミカエル。

「ミカエル…?」
 ヨハンナはロンギヌスを手にして、呆然と立ち尽くしていた。
 足元にはフィリップとナイフが転がっている。出血は全くなかった。
 ミカエルがひざまずいて言う。
「失態です…!もっと身体検査を徹底すべきでした…!」
 ヨハンナはロンギヌスを手放して、ミカエルに駆け寄る。
 それほど謀反が恐ろしかったのだろう。何回も経験しているとはいえども、やはり、命を狙われ、命を奪うことは一六歳の少女にとって辛いのであろう。
 ミカエルの肩を掴んでヨハンナが叫ぶ。

「私は誰!?」

「…?」
 予想していた言葉とは違う。謀反を恐れた様子はないが、別の何かから必死に逃れようとしているようだった。
 ミカエルの顔に、淀んだ涙が降りかかる。
「命令よ!答えなさい!
 私は誰だ!?」
「し…神聖ローマ帝国教皇、ヨハンナ八世猊下にあらせられます」

 ミカエルの返事が、ヨハンナの中の線を何とか繋ぎとめた。しかし、ミカエルの言葉だけでは足りない。ヨハンナは狂笑の一歩手前で踏み止まり、何回も自分に言い聞かせる。
「そうよ!私はヨハンナ八世!エミリー=スティグマンじゃない!エミリーは人殺しなんかしない!だから私はヨハンナ八世!ヨハンナ八世なのよ!
 ねえ、ミカエル!?私、ヨハンナだよね!?教皇だよね!?エミリーじゃないよね!?」
「………猊下……………」
「そうだと、言ってよおぉ………!!」
 声にならない声を搾り出すと、それっきり、ヨハンナは泣き崩れた。
 兄の中で、エミリーは人殺しをする子ではない。しかし、エミリー=スティグマンはヨハンナ八世を騙って、数多くの命を潰し、捨てた。
 彼女にとって、クロードの中でヨハンナとエミリーがイコールと結ばれることが、何よりも怖かったのである。

 ミカエルには、ヨハンナをヨハンナとして認め、エミリーを否定することと、ただ抱きしめてやるくらいしかできなかった。
 クロードの言動は、教皇庁を変えつつある。至るところに波紋を呼び、これからも波紋を作るだろう。
 妹と一緒に暮らしたいというささやかな願いを叶えるため、妹を白導の泥沼から救い出すために、自らを犠牲にしようとしてまで戦った。全ては妹のためだった。しかし…

 一体、本当は誰のために、騎士は行ったのであろう。

 教皇は今、泣いている。





BLACK OR WHITE? 6〜誰が為に騎士は行く〜 完

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