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[mixi小説]BLACK OR WHITE?コミュのBLACK OR WHITE? 7〜意義と理由は波紋する.part3〜

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 見ず知らずの子供がアルカの喉元に噛み付いて十秒。
 無理に引き寄せられて四つん這いの格好のアルカ。本家吸血鬼に劣らない安心の吸引力と、出てきた血液を舐め摂ろうとする舌の妙技が、路上公開するにはよろしくない感覚を誘起する。
 幼い頃にそういう教育を施されたのだから仕方がない。骨身に染みた快楽の記憶は、五百年経っても変わるものではなかった。
 ほのかな吐息。
 桃色の酩酊。
 心的外傷と呼ぶにはあまりにも甘美な誘惑。
 真昼の市中、冷血であるはずのアルカに微熱が戻ろうとした時、
「ええぇい!この身体では満足に血も吸えんのか!?」
 と、良いところで子供が牙を離して天に吠える。
 アルカが噛まれた箇所に触れてみると、歯形こそ残ってはいるが全く痛くない。まだミルクしか飲めない子ネコに噛まれたのと大差無かった。
 とりあえず夜族のアイデンティティを奪われずに済んだとして、胸を撫で下ろした。
「何故じゃ!?くそっ!わらわは誇り高き大悪魔の血族なのじゃぞ!?ゆくゆくは父上の世継ぎになろう者が、斯様な窮地の一つや二つを乗り越えられんでどうするのじゃ!?」
 誰彼も隔てず噛み付く勢いで錯乱した子供が、アルカの哀れんだ目色に映る。悪魔と言われてみれば黒魔力を感じなくもないが、薮蚊の腹でさえ満たせない量である。
 しかし悪魔とはまた、見事な貧乏くじワードを引いてしまった。とうとう通行人の一人が憲兵を呼びに駆け出したようだ。
 地に落ちそうな溜め息を吐いて、アルカが立ち上がる。
「ねえ、お嬢ちゃん、」
 その呼称が気に入らなかったのか、眉間のしわを二本増やした剣幕で子供が睨む。気持ちだけの話、今度は喉の肉まで持って行かれそうだ。
 威勢と眼力だけは悪魔じみている。
 膝の土を払い、子供と目線の高さを合わせる。
 まずはあくまで冷静に、諭すように、相手の目を見て。アルカが知るなけなしの、子供への対処法。
「あのね、君が生まれてもいない頃に、大きな戦争があったの。白導の人たちも、妖精も、天使も、悪魔や黒魔導師とたくさん戦って、たくさん死んだ。この町は、今の君の暮らしは、彼らが命がけで守ってくれたのよ」
「フン!そこは『我らが殲滅し損なった』と言うべきではないかえ!?」
 うわぁ、マジで悪魔になりきってるよ…
 …旅役者の子?カーニバルでもあるの?
「いや、だからね!?」
 感情任せではなく、真剣に面と向かった怒鳴り声だった。どこへも逃げられないように子供の肩を鷲掴み、赤い瞳の奥の先を抉り見る。
 さすがの聞かん坊も息を呑んで硬直した。
 憶測は当てにならない。アルカは白導の祝日を知らないし、何もかも外見で判断するなとマスターから教えられている。
 あくまで、観察に基づいた説教。これに尽きる。
「この町には黒導の兵隊に身内を殺された人がいっぱいいるのよ!?それなのに悪魔ごっこだなんて悪いと思」
「ごっこ!?」
 一転、悪餓鬼が怒髪天を突く。
 それこそ、どうしようもない逆鱗に触れる、取り返しのつかない言葉だった。
 今度はアルカが圧倒される。
「貴様、今、ごっこと抜かしおったな!?言いおったな!?ほざきおったな!?のうのうと吐き捨ておったな!?青二才が、このわらわを説き伏せようとしおったな!?」
 反論の間もなく、
「良かろう!ならば刮目せよ!その眼にしかと焼け!もっとも、この世に無二なるわらわの玉体、コウモリ風情の弱視には耐えられんじゃろうな!」
 その子は、頭から被っていた白布を空高く放り投げた。
 黒髪の間から生えた小さな角、トカゲのような尻尾。
「ならばしかと傾聴せよ!コウモリ風情ならば、わらわの玉音を聞き違えることもあるまい!
 わらわはリリム!誉れ高き魔王尊たる傲法王ルシフェルと魔族の母たるリリスの血を受け継ぐ、魔界の第一皇女であるぞ!
 ええい!頭が高いわっ!天魔万民よ、何をぐずぐずしておる!?有無を言わずわらわに平伏さ…ぬ、か…?」
 自己顕示欲が悪い癖。
 どれだけ痛い目に遭っても、リリムはそれを理解できないらしい。
 見上げると、自分を取り囲む人の壁。幼い姿の彼女からすれば井戸の底に突き落とされた気分だった。
 いや、冷水による体力の消耗を除き、脱出の可能性があるだけ井戸の底の方が幾分かましだろう。人の壁となると幾つもの視線に中てられるし、抜け出そうとしても腕が絡む。
 影が落ちた顔、驚きと疑心のざわめき、警戒…
「うじゅ…」
 さすがのリリムも、この状況が自分にどう降りかかるのか、嫌でも理解できた。
 町民曰く、
「…おい、角だぞ」「尻尾もあるじゃない」「動いてる…てことは、くっついてんのか?」「自分のこと、皇女って…」「ルシファーのこともルシフェルって言ってたわよ」
「…本物、なのか?」
 殺気、復讐心、蘇える戦時の記憶…飢餓と流血、内乱。元凶は黒導にあり。いつ闘争の火蓋が落とされてもおかしくない。曇り空の重圧、人の体温がこもった空間が息苦しい。
 対してその抑止力は、リリムの幼い容姿への猜疑と、我が子の姿を重ねる躊躇、悪魔という絶大な力に対する怯えである。
 しかしながらここは神を崇める人種の総本山である。単に時間の問題であり、どう足掻こうが迫害は免れない。保守派の老いぼれが騒げばその勢いで乱痴気に至りかねないし、逃げ道を探そうとも目を離した途端にリンチを食らうのがオチだ。
 猛暑日というわけではない。むしろ腹が痛くなるくらい涼しい日和だ。
 ただ、額から、首から、脇から、胸から、腕から、背から、足から、身体の内外で発汗していない場所は無いと言い切れるほど、ベトつく汗が止め処なく流れる。
 目からも、ほんのりと汗に似た物が浮かぶ。
 何故だろうか、ありえそうな父とありえない母の笑顔が見える気がする。
 両親の笑顔に応える余裕など無いはずなのに、笑いかけるかの如く頬が引きつる。
 騒ぎを聞きつけた憲兵が二人、騒然となった現場に到着する。手に持った槍、腰の拳銃の鋭利な光沢が、群集の喧騒を掻き分けて徐々に迫る。
 時の流れが緩やかに、優しく、そして居心地良く…
「チェストぅるアッー!」
 普段使っていない筋肉まで動員した様なその掛け声が街角を占拠する。
 教皇庁の女性職員から定評のあるリリムの柔らか頬っぺたに衝撃。
 十トンの重荷でも引ける汗血馬が突進したかの様な打撃がねじ込んだ。
 棺桶をハンマーの代わりに使った荒業。一回転半の遠心力を利用したアッパーカットをまともに食らって、幼児の肢体が天空高く弧を描いた。
 間抜けに口を開けて、それを見ているしかできない野次馬たち。
 血まみれになった女の子が、濡れて折れる音を、耳を塞ぎたくなる音を立てて、地面に落ちた。
 沈黙。視線と警戒の矛先がアルカに向かう。
 血糊の付いた棺桶を立て、不敵に歪んだ笑顔で叫ぶ。
「ハぁーイっ!ご通行中の紳士淑女の皆さんっ!お立ち会いっ!」
 もうどうにでもなれ。と、赤面しながら目を回して。石鹸を食べたかの如く口から泡を吐きながら。
 所属部隊で鍛えられた、芸人張りのキレの良い動きと派手なパフォーマンスを繰り広げる。
「ご覧の通り、黒導の魔物なんてこんなものでございまーッす!『私たち』白導の眷属と比べましたら粗暴なもの…緻密に洗練された計算を以って繰り出される『我ら』が白魔術に比べましたルぁ、黒魔術など棺桶で子供を殴るようなものォー!
 ていうかなのよ君ィっ!
 まさに殴るしかないッ!!マジこんな感じッ!!見たまんまッ!!その程度ッ!!もはや魔術ですらありませんよそこの旦那にそこの奥様ッ!!どうするんですかッ!?黒導って野人の群れなんですかどうなんですかァオォーッ!?」
 アルカが天空に吠える。
 それは人狼の専売特許だろうに。
 民衆、唖然の域を大幅に超えて、本気のドン引き。憲兵でさえも空元気の気迫に押し負けていた。
 人目は苦手だ。
 自分を蔑む視線は特に。
 もう一度死にそうなくらい恥ずかしい。冷たいはずの体にマグマが巡っているようだ。消えたい死にたい死にたい死にたい死にたい消えてしまいたいこの世に残りたくない灰に返りたい。
 屈折し、三半規管がお釈迦になりそうな風景が見える。…否、アルカの目が縦横無尽に泳いで視点が定まっていないだけだ。
「ヘィ!そこのボーイ!」
 もう人目とかキャラクター崩壊とか知ったことではない。昔は商売をする前にハシシュの一本でも吸って畜生の真似事をよくやったんだ。これくらい今更だ。
 そう思ってでもいないと演じきれない。
 アルカの弾けっぷりを見て苦笑したと思われる青年の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
 吐息を感じる距離に顔があった。
「リピィト、アフター、ミィィィ…オゥケィ?」
 鼻にかかる息は、威圧の代名詞。哀れなる犠牲者が、黙って何度も頷いた。
「白導サイコォォーッゥホッホオォイィィーッ!!」
「………」
 天高く拳を突き上げるアルカの勇姿に、誰も言葉を発さない。というか、発せない。
「オォ…ボーイ…」
 アルカが青年の両肩を掴み、サングラスを僅かにずらす。
(こっちは恥を呑んで馬鹿演じてるんだから協力しやがれよなァッ!)
 丸渕のサングラスの下には目蓋一つがある。それは当たり前。
 ならば、そこに眼球が十二個収まっているのも当たり前か?
「ッ!!?は、白導最高オオオーッ」
 彼の脳内だけに響いたアルカの怒声に答えて、言われるがままに青年は叫んだ。
(声が小さいぞォッ!?食われてぇかァッ!?)
「はっはは、白導最高ウウルアアアアアアアアアアアアアァッーッ!!」
 精密魔術である催眠術を使う余裕を今のアルカに期待してはならない。これは純然に純悪なる脅迫だ。
(もっとだァッ!!)
「白導最高ヒャッホオオオオオオオオオオォォォゥイッ!!」
 哀れ、青年、とうとう自ら拳で天を突いた。
「最高ッ!!最高なんだよオオォォッォイっ!!」
 これにて、洗脳完了。
 続いての白羽の矢を構える。
 照準。
「ヘィ!そこのアーミィ!」
 え、僕らですか?関わらないでください。
 という台詞が聞こえる自己指差し確認が二人分。
 ただし、今のアルカはあらゆる異論を発見する前に排除する。
「教皇猊下万歳ァアアアアアアッーイィッッヒィッ!!」
「「ッ!!き、教皇猊下万歳!!神聖ローマに栄光あれ!!」」
 恐喝も洗脳も必要ない。教皇を讃える行為はもはや、目の前にパンを置かれて唾液を分泌する様なものなのだ。基より教皇庁の軍人ならそういう教育が施されているのだ。
 徹底的に仕込まれた人間など、スイッチを入れる要領で軽く操れる。
 そして、何よりも軍人がアルカの声かけに応えたという事実。
「ネクストゥっ!エヴリバディ、セイ!!
 白導サイコォーッドゥアァーッ!!教皇猊下万歳ァーッイ!!」
 最初に見せしめとされた青年と憲兵二人、この三名だけが繰り返す。
「白導最高!教皇猊下万歳!」
 懸念されていた保守派の老いぼれが、これに賛同。
「白導最高!!教皇猊下万歳!!」
 続いてその隣の夫人、別の青年、行商人が加勢。
「白導最高!!!教皇猊下万歳!!!」
 得体の知れない力、その発端はたった一人がたった三人に蒔いた種でしかなかった。が、次第にそれは疫病の様に、あるいは在来種を貪る異郷の生物の様に拡大を続けた。
 そして、カーニバルでもない大通りに教皇への賛美が充満する。
 一人では小さな声が大群となると、盛況する商店街に風運ぶ大気、磐石の大地ですら揺るがす大音響に化けた。
「そう!白導は最高!!教皇猊下と祖国には栄光の未来を!!」
 雲の切れ間から陽光が差し込み、拳を掲げるアルカに直撃した。
 言うなれば、これは白導流の奇跡。群集の心が一つになったが故の神の祝福に見えたことだろう。
 ただし、反神の怪物であるアルカとなると、
「フオアアアアアァーッ!?暑っつい!太陽暑っつ…!」
 屍骸の焼け焦げる臭いを撒き散らして絶叫する。軍人だけでは飽き足らず、笑いの神まで味方に…。訂正。彼女からすれば神は須らく邪魔者、紛うことない敵だ。
 だが、顔から火が出る思いをして、ようやく舞台を作り上げたのだ。これしきの日光で弱音を吐いてはいられない。今までの流れでリリムも、このゲリラライブの演出として組み込まれたとされているはずだ。
 開ききった瞳孔を無理やり絞り、表情筋を強張らせて笑顔を固める。テコ入れにより人々の意識へ刷り込んだ、ネジの外れた陽気なスタンドアップ・コメディアンの役になり尽くす。
 まずは熱狂に到達した観客へ感謝の拍手を贈る。
「…い、熱い熱い熱い!何とも厚い愛国心、ご披露ありがとうございます!神の太陽も私を祝福していますぞォーッハーッ!
 さて、その忠実なる愛にお応え致しまして、私から一つ黒魔術の真似事を披露させていただきます!
 …と、申しましても、所詮は下賤な黒導の魔術!我らの白魔術に比べれば、良くても小手先のマジックでしかありませーッん!つまりはそういうことゥッス!おわかりぃー!?」
 隊訓、一つ、敵国への風刺は受けが良い。熱気が渦巻くほどの盛り上がりを見せる観衆から、更なる笑声が爆ぜ連なる。アルカからすれば国家侮辱を現在進行形で、しかも大々的に行っているわけだから気が気でないのに。
 涙?いいえ、血を流しています。笑える方は気楽で羨ましい。
 それでは!と、自前の棺桶を開き、道端に転がった重傷のリリムをその中に放り込む。
「サルでもできる黒魔術の真似と称しまして!これより、瞬きよりも短い刹那の間にこの棺桶を消してご覧にいれましょう!」
 拍手喝采雨あられ。ついに指笛まで八方から鳴った。
 会場は最高潮!
「それでは皆さん、ご唱和ください!
 三!!」
 棺桶を閉じる。
「二!!」
 アルカが遮光用ローブを翻す。
「一!!」
 瞬間にも満ちず、先程までいたはずのアルカが黒く霧散する。
 棺桶の姿も、影まで消えた。
 イリュージョン、成功。
 割れんばかりの賞賛と歓声。日陰で死生を送る少女には眩し過ぎる代物だ。中には見物代のコインを取り出す者もいたが、既に煙へ消えている大道芸人。逆さに置かれた帽子の一つも無く、道路にはリリムの血痕を残すばかりだった。

 ――路地裏、日陰の多い場所。
 整備の進んだ町、特に昼間には珍しく、一匹のコウモリが飛んでいる。
 二匹、四匹、八匹、十六匹、三十二匹、六十四匹、百二十八匹、二百五十六匹、五百十二匹、千二十四匹!
 合計、二千匹を超えるコウモリの群れ!
 その内の半数以上が、血糊の着いた棺桶を引提げて飛んでいる。
 空を飛びながら鳥に突き放され、毛皮を持ちながら獣からも追放された動物が一箇所に集合し、互いを潰し合い削り合いながら人の形を作り上げる。翼が指に、目が一箇所に集まり鮮血赤の瞳が現れる。
 全身ローブで覆い、日傘を持った女性…吸血鬼のアルカ。人間形態に戻るなり、そのまま横に卒倒した。レンガに頭を打ちつけて、鈍い音がしてもお構いなし。
 浜に打ち上げられたワカメよりもくたびれている。
「………もう…、無理…やだぁ…………死にたい…」
 半分泣いて、胎児の格好でうずくまる。
 まず間違いなく、今後千年分のテンションは使い果たしただろう。その場を誤魔化すためとはいえども、大盤振る舞いにも限度がある。
 今になって人の注目を一身に浴びていたことが悔やまれる。奇想天外にキマった人物像を選んだのも痛恨だ。
 今頃ヴァチカンの住民は、アルカを平和な世の生んだ奇人と思っているに違いない。ひょっとしたら、元娼婦というのも見抜かれたかもしれない。
 いや、そうに違いない。聖都ヴァチカンであっても闇はある。闇には目が肥えたプロがいる。その程度の目利きなら難なくこなす。見抜かれて、噂が瞬く間に広がって、誰もが侮蔑して、居場所が無くなって…
 嗚呼、私は、蠱毒の壷に閉じ込められた幼虫だ。
 先輩の虐め。客の性的欲求の解消。相手の性癖によっては身体から出るあらゆる物を舐めてみせた。
 アルカが誰かに注目される時は、大抵が虐待と欲求不満の発散だった。
 人目は、避けることができない。
「……本当に死にたい」
「じゃが、貴様は死なん」
 背後の棺桶の中からこもった声…いつの間にかリリムが目覚めていた。
「心の臓をえぐらん限りは、のう?」
「…その通りなのよねぇ。誰がこんな身体を望んだ、って話」
 首筋をさすりながら、アルカが言う。嫌気が差していながら、懐古のほの甘さがどこか嬉しい。
 棺桶からリリムが出て来る。屍と言っても不足ない量の出血ながら、そこは悪魔の申し子。傷は跡形も無く塞がって、健康優良の太鼓判を押せる。
 ただ、相変わらずの不機嫌模様が続いている。
「貴様、わらわの話を聞いていなかったのかえ?」
「…何?」
「わらわは、リ、リ、ム、なのじゃぞ?」
「はぁ…」
「魔界の王族に、敬意の一つも払えんのか?夜族風情が」
「あ…申し訳ございません…。ちょっと…疲れて……」
「こっちを見て言わんか!たわけ者!」
「あんまり大声出さないでくださいよぉ…。ちょっと鬱入ってるんですからぁ…」
「フン!鬱に入れると申すなら、すぐさまその鬱を見せてみい!」
 溜め息に乗せて、アルカが鬱を吐く。
「…おっしゃいますことは…立派に、暴君染みていらっしゃいますことで…何よりで…」
「貴様、信じておらぬな?」
 逆様になったリリム姫の顔。覗き込まれている。
 溜め息が似合う女だ。
「だぁー…って、私より弱いのを、姫殿下だなんて…信じる方がどうかしてますよぉ…」
 それを言われては言い返す言葉も無い。と、姫を騙るそれは硬直した。脂汗を滲ませて、逆さになった顔が足りない頭で必死に考えている。
 悪魔にしては人間らしさの塊。それがとても滑稽で、温かくて、愛おしい。先の無い暗闇の底を進み続けるこの身でも、いつか光に触れられる。ありえない希望を信じさせてくれる、人間みたいな悪魔の顔。
「な、何を笑っておる!?皇室を侮辱するでない!」
「え…?」
 笑っている?
 この私が?
 今の私が?
 この子の瞳に映った私…
 笑ってる。
 そっと、アルカがリリムの頬に手を添える。思った通り、水に浸けたら崩れそうなくらい柔らかかった。
 リリムは不思議そうに冷たい手の感触を追っている。いちいち一挙一動が室内犬っぽい。
 頬をつねる。
「のじゃっ!?い、いひはひ、はひふぉふうのひゃ!?」
「ヒント、あげる」
 アルカ、自らの微笑を噛み締めながら言う。
「君の契約主の名前。それが、君の証明」

 そして、私は灰に戻った。
 まずはヴァチカンがミニチュアに見える高さまで放り投げられて、次に両手両足の先からスライス。頭、下腹部を吹き飛ばされ、心臓をえぐられた。
 取り出された心臓を太陽に燃やされて…
 ダスト・トゥ・ダスト。アッシュ・トゥ・アッシュ。
 ノー・ウィッシュ。ノー・フィニッシュ。
 私は、この姫君の一睨みで、それだけのイメージを強制感受させられた。
 それほど鋭く、凶悪で、冷酷、得体の知れない何かが、私を襲ったのだ。
「クロードは…もはや関係ない」
 信じたくなかった。姫にしては弱過ぎるどころか、彼女は私などの手に負えない存在かもしれない。そして、あの人にも。が、はっきりとその名を耳にしてしまった。
 彼女はリリム。魔界の皇女にして、クロード=スティグマンの使い魔。
 私の恩人の使い魔だ。

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