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[mixi小説]BLACK OR WHITE?コミュのBLACK OR WHITE? 6〜誰が為に騎士は行く.part18〜

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 例えば、断崖の氷壁が囲む霊峰の頂である。あるいは、空と宙の境界であろうか。記憶を引き止める絶景は、その領域が清浄であればあるほど虚無に近付き、死の世に近付くという。
 だとするならば、ヴァチカン霊脈の途方もない魔力を借りた結界の内部は、百景の高みにあるだろう。
 そこは色が奪われた静寂の世界だった。限りなく無駄を削ぎ落とし、物体の色素までを否定する。ミカエルや、その背後で倒れているクロード、ルナ、リリムまでもが全て白く朧に燈っていた。
 唯一例外はリリムから生まれた黒い竜である。邪悪な漆黒、垂れ流す赤黒い血の色はそのままに猛り狂っている。しかし、未だ脅威とはいえ以前ほどの覇気はない。絶対の結界は世界を隔てるに飽き足らず、湧き出る汚泥の如き黒の力はおろか、竜の身体をも喰らっているのだ。
「ほう、霊脈を繋げたか…。全く、節操のない小娘だ」
 朧白の静寂の中に、黒い竜の轟き声がやけに大きく伝播する。声が意識へ直接届く距離に感じた。
 ようやく衰えの兆しを見せた竜に対して、ミカエルは水を得た魚だ。霊脈の白魔力は天使に恩恵を与え、神剣は限界以上の焔を放つ。
 ミカエルが踏み込む靴音、刃が空を斬る乾いた音、色を奪われた焔の唸りが、妙に耳に迫る錯覚。八枚の翼を広げた大天使が異空間に羽ばたき踊り、焔の剣の一撃で黒い竜の首が宙を舞う。
「さすがに堪えるわい…」
 空中に消え行く黒い竜の呟きになどに耳も貸さず、再生を始めた頸根に追撃が下る。慈悲や手加減など忘れた。黒い竜が、ミカエルを踏み止まらせていたものまで薙ぎ払い、彼の機能を呼び覚ました。
 この期しかない。
 消せ。消せ。消せ消せ消せ。消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ!!
 主たる神に歯向かう者は、有無を言わさず消せ!!塵のように消せ!!
 消せ!!
「うっ…!?」
 肉を破る感触が柄に伝わる。根源たるリリムの腹に剣先を突き通すと同時、刀身からの焔が一帯を呑みこんだ。
 一瞬だけやんだ絶叫が再び轟く。灼熱が血肉を沸騰させる。今度はさすがの黒い竜も苦しみの音を上げている。中で暴れ回る竜が自分を壊し、ミカエルの剣の焔が自分を滅ぼす。二つの生き地獄が入り乱れ、リリムは苦痛以外を知覚できなくなっていた。
 生を訴える顔だった。
 貴賤や誇り、種族などはない。ただ一匹の生物が、死を前にして未来を望む表情だった。
 父上ぇ…母上ぇ…痛い、痛い、痛いのじゃあ…!姉上ぇ…ベルぅ…!
「クロードぉ…!どこじゃ…!?どこなのじゃあ…!」
 最後にこの名前が出るとは思ってもみなかった。もっとも、今のリリムには思考さえ叶わないのだが。
 身体が悲鳴を上げている。肌が消し炭に変わり始めた。足が割れて崩れる音がした。命を望んで伸ばした手の先には、修羅を解放したミカエルの雄叫び。
 枯れたはずの心の底から、涙が一つ、流れ落ちる前に焔で蒸発した。
 伸ばした手が、灰となって消える。

「おのれええええええええええ!!神の従僕如きがあああああああああああ!!図に乗るなあああああああああああ!!」
 瞬間、焔は消し飛び、塵になりかけたリリムの身体が回復する。背中の穴と骨の枝は更に成長し、再生した黒い竜が憤怒に駆る。
「な………ッ!?」
 竜の牙がミカエルの腕に、腹に食い込んだ。傷口から穢れが広がる。目眩に吐き気、自分が自分でなくなる感覚、竜が精神を侵略し始める。神の声が遠くなるり、七色の声をした一つの怨念が血管を逆巡る。
「「「「「「「返せ!返せ!わしを返せ!
 よくも奪ってくれたな!よくも、よくも、よくも!
 手に戻すまで呪い果たしてやろうぞ!恨み果たしてやろうぞ!
 奪い返した暁には、呪い果たしてやろうぞ!恨み果たしてやろうぞ!
 貴様らの生も!貴様らの死も!貴様らが生きず、死なずとも!
 森羅を呪い、万象を恨みつくしてやろうぞ!!」」」」」」」
 邪気に満ちた一四の瞳が、ミカエルの精神を埋め尽くしてゆく。後にも先にもない怖気が背筋に走った。
 ミカエルの手が柄から離れる。じわじわと闇に堕ちるミカエルを噛み砕かんと、黒い竜は頭を天に掲げた。リリムは自分に刺さった剣を虚ろな瞳で見呆けている。既に叫ぶ気力も消え失せた。
 ミカエルの腕がきしむ。
 折れる。
 黒い竜にとっては雑作もないことだった。
 声にならない声で、ミカエルが苦悶する。
 今度は肋骨がきしむ。
 黒い竜がミカエルの血をすすり、「不味い生き血だのう」と漏らしつつも更なる鮮血を求める。

 男が見ていたものは、人生そのものだった。
 春の小高い丘の上で、俺がうつらうつらとまどろんでいる。そよ風が悪戯に帽子を吹き飛ばして、慌てて俺が取りに行こうとすると、風の向かう先には妹のエミリーが立っているんだ。
 それで、俺の帽子と一緒にバスケットを持って言うんだ。
「無理言ってお仕事抜けて来ちゃった」って。
 久方ぶりのピクニック、遅めの昼食を二人で食べる夢。
 ヴァチカンの写真屋で、新しい家族写真を撮るだけだってのに、エミリーがやたらとめかしこんで、予約した時間に間に合わなかった。
 目が覚めたら、エミリーがベッドの傍で待っててくれている。そして「おはよう、お兄ちゃん」と、変わらぬ優しい声で俺の朝を始めてくれる。
 死に際の、過去の再起を走馬灯と呼ぶなら、未来の喚起は一体何だ?

 そうか。
 俺はまだ、ここにいるのか。

 甲高く空気が弾けた。
 鳴らないはずの音が鳴り響く。火薬の弾ける音だった。輝く銀弾が一直線に、黒い竜の喉元を貫く。しかし、蚊が刺した程度でしかない。風穴は何事か気付く前に消え失せた。
 虚ろだったリリムの瞳に勝気な光が戻る。
 忘れる筈がない。この身で以って、受け続けてきた弾雨の音だ。黒銀の銃、バスカヴィルの口から昇る硝煙の臭いだ。むかつく切れ上がった目だ。反吐が出る嘲笑だ。
 何度も滅した身体を奮い起こし、絞った声でリリムが声にした名。
「………クロードぉ…っ!!」
 名の主は左胸の傷を抑えながら、銃を黒い竜に向けていた。
 ミカエルの朦朧とし出した意識でも、はっきりとその立ち姿は見て取れた。
「何故だ……・・・あの傷で立てる訳が………」
「霊脈の恩恵を受けたのは、貴方様だけではありませんよ」
 クロードの背後から、うら若く色白の天使が姿を現す。背丈はクロードの肩ほど。体格は天地を違えるまでの差だが、透けるような金髪と四方に宝石をあしらった天輪は間違いなくルナである。
 理解した。瀕死のクロードが立ち上がれた理由。ヴァチカン霊脈は、小さな天使にも力を貸していたのだ。
「それが…本当の姿か…」
「まさか戻れるとは思ってもみませんでした。けど、今は素直に感謝したい気持ちです」
 ルナが笑ってみせた。が、どこか苦かった。
 思わぬ伏兵に目を丸くしていた竜は、やっと合点がいったのか、山形に目蓋を歪めてクロードたちを見下ろす。
「不運よの。そのまま絶えるか、彼の地の門前に立っておけば良いものを…。そんなに味わって果てたいか?」
「…テメェ、誰だ?」
 恐れもなく、圧倒的な存在に畏まることもなく、クロードは面倒臭そうに問う。
 不意を突かれた間。豪快に笑い上げる黒い竜。大きく開いた口から、ミカエルが零れ落ちる。自力で立てるようではあるが、見る影もない。今はもう剣舞は難しいだろう。歩兵と同じく剣を持って、歩兵と同じく振るうのが関の山だ。
 狂笑する竜を気に留めず、クロードはルナに指示を出す。指示と言っても、ミカエルを顎で指したのみである。しかし、クロードが母親の胎内にいた頃からの付き合いに言葉は要らなかった。竜が笑う直下から傷ついたミカエルを担いで下がり、回復魔法の暖かな光で包む。
 黒い竜は息も忘れるほど笑い倒し、腹をよじらせながら言を発した。
「貴様、勝つつもりか?このわしに?思い違いならすまん、わしに勝つつもりか?」
 返事はない。
「何たる喜劇だ!これから負ける者が、これから勝つ者の名を聞いてどうする?破天荒なまでに滑稽だ!死んだら仕舞いだというのに!名を聞いても残らんともわからんのか?」
「ごちゃごちゃうるせえ。奴隷のクセしやがって」
 竜の熱狂が冷め切った。目が座り、禍々しい荘厳を内に秘めてクロードと対峙する。
「奴隷…と、言ったか?」
「ああ、奴隷だよ。俺の下僕を散々踏みにじって暴君気取りか?ソイツから離れることもできないクセしてか?」
 黒い竜の根元で、リリムが苦痛を噛み締めてクロードを見つめ続けている。腹を貫く神剣を何とか引き抜き捨てた。漆黒の魔力が泥水と化して湧き出る激痛も、クロードが立ち上がってから信じられないくらい和らいでいた。今では歯を見せて笑顔を作る余裕さえある。
「自分の足で立つこともできねぇ軟弱野郎が。テメェはリリムの下僕だ。俺の下僕の下僕だ。そんなもの、俺の奴隷で十二分だぜ」
 黒い竜は哀れんだ。どうしようもなく脆弱で、どうしようもなく浅はかで、どうしようもなくちっぽけな人間が、どうすることもできない存在に健気に楯突いている。神はよくもこんな失敗作を世に放ったものだ。
「もう結構。死んだ後から悔やめ」
 黒い竜の口が開く。漆黒の魔力と赤黒い血が混ざり合って、暗黒の火球が形成される。灼熱が陽炎を生み、空間を歪ませた。
「古今東西、所有者が奴隷に何をしてきたか知ってるか?」
 熱気が嵐を巻き起こす中、クロードは動じない。
 暗黒の火球が不吉な産声を響かせる。
 バスカヴィルを捨て、焼け焦げた黒のグローブを掲げる。
「搾取だよ」
 左手を開くと同時に、リリムの首輪にあしらった純金の十字架が光る。
 後は簡単だった。リリムのありとあらゆる力が渦を巻いて、クロードの左手に集約する。漆黒の泥のような魔力も、放たれた暗黒の火球も、黒い竜の身体までもが、左手のグローブに貪られる。
 意表を突かれ、間の抜けた声を上げたかと思うと、黒い竜は第二、第三の火球を吐く。だが、その全てが左手に咀嚼されて消えた。
 第四、第五、第六…どれも結果は同じだ。リリムから湧き出る異質な力も底を見せ、クロードの左手が竜を頭から喰らおうとかかる。
「馬鹿な!?わしが崩れ……ッ!!」
 自分よりも小さな人間如きが、己よりも巨大な魔獣を喰らって打ちのめす。昔話や伝説でしかあってはならない結末を受け入れる間もなく、竜は砕けてクロードの左手に呑まれた。

 色の奪われた静寂の世界がほぼ完成する。
 竜の名残、漆黒がクロードの左腕で盛る。まだ黒い竜が抵抗しているかと思うほどの激しい痙攣が止まらない。クロードは言うことの聞かない左腕で何とか拳を作り、自身が壊れてもおかしくない力をこめて地面を殴った。痙攣が止まる。
「うん!?」
 何の前触れもなくクロードの顔が青ざめた。本来の力を取り戻したルナの介抱があったとはいえ、相当な無理をしていたのだ。加えて、地面を殴るために取った前傾姿勢が決定打となった。
 胃が空になるまで吐く。酸味の利いた今朝のパンの味がする。
 少なくとも、出鱈目な化け物に勝った後の姿には見えない。
 元凶だったリリムも背中の穴は閉じて骨の枝は砕け散り、ヴァチカン霊脈の洗礼を受けて色が抜けている。あれほど派手に被害を撒き散らしたにもかかわらず、現在は打って変わって気持ち良さそうに寝ている。どこか満足げで、幸せそうだった。
「礼を言う。もう良い」
 ルナの光でミカエルの骨は繋がり、傷は目立たなくなっていた。竜の魔力が血管を黒く浮かび上がらせているが、時間が経てば元に戻るだろう。
 少々気が優れない足取りで、無造作に放置された自分の剣を取りに行く。傍には危機感もなく可愛らしい寝息を立てるリリムがいた。
「ちょ!?クロード大丈夫!?」
 声のする方を向くと、ルナに背中を擦られながら、長々と吐瀉物を出しているクロードがいる。つんと酸い臭いに顔をしかめる。
 ミカエルが鼻で笑う。
 全く、あの喧騒があったのかも疑いたくなってきた。
「一勝一敗…というところか」
「…ああ?」
 誰に向けてともわからぬミカエルの言葉に、クロードが口周りを拭いながら応えた。
「貴様を斬って、私がまず一勝。私が倒せなかった竜を貴様が打倒して、一敗だ」
 クロードは捨てたバスカヴィルを拾って、弾倉を交換しているところだ。呆れた顔で言う。
「何だよソレ。最初のルールと変わってねぇか?」
「…不服か?」
「いや、むしろ納得したぜ」
 帽子を深く被り直して笑ってみせるクロードに対して、ミカエルは冷静に厳しい顔だ。ミカエルはねぎらいやクロードの実力を認めたわけではなく、ただ主観的に状況を述べただけらしい。

 クロードは眠りこけているリリムを引きずり戻し、ルナに預けてミカエルと改めて対峙した。
 生のない空間。ここで決闘をしようなどとは、どうにも馬鹿げた行為に思える。興にそぐわない。だが、まだ願いに届く場所に立つ以上、追い求めなければならない。手に入れなければならない。
「さあ、続きといこうか」
「いや、待て」
 ミカエルは剣を持ってはいるが、構えもしない。
「どうした?そんなに消耗したのか?それとも今更ビビッてんのか?」
 嘲笑を交えて挑発するクロード。ミカエルは無視して天に物を申す。
「ガブリエル!!」
 別の天使の名が、結界の中に大きく響き渡る。
「お前には見えているはずだ!!もはや危機は去った!!猊下に霊脈を沈ませるよう進言しろ!!これでは決闘もできん!!」



 嫌よ。と、興奮に沸き立つガブリエルは思った。にやける口元を必死で手で隠し、熱狂を押し殺している。
 詰まるところ、ガブリエルは今日のこの時まで退屈していた。長らく続いた戦争は終結し、似たような書面と睨み合う日々。黒導国家の動向を千里眼で監視し、「異常はないわ」と報告するばかりの変化のない日常。啓示の能力で、面白いものは粗方見尽くしてしまった。
 今日は違う。異常が跋扈し、不可能が軒を連ねている。最強の名を欲しいままにしてきた、竜退治の伝説さえあるミカエルが、黒い竜を討伐するどころか喰われる一歩手前まで追い詰められた。そしてその竜を退治したのは、そのミカエルに斬り捨てられたただの人間。しかも、左腕の一本を掲げただけで砕き殺したときた。
 これが、喜ばずにいられるというの?
 久々のエンターテイメントが、こんなに愉快だなんて思わなかったわ!何よミカエルのあのザマ!何よあの人間!何よあの悪魔!
 楽しい。楽しい!楽しい!!
 誰にも汚させない。こんなに素晴らしい見世物、他人に見せるなんて勿体ないわ。
 この先の決闘も、きっと極上なんでしょう?そしたら皆、口々に、流行り病みたいに教皇庁に広めるでしょう?「すごかった」とか「ハラハラした」とか言い広めるんでしょう?見えてるんだから。聞いてるんだから。貴方たちの心を。

 馬鹿が!!
 何でそれが戦いを汚すと気付かない!?
 口にした時点でそれは偽りなのよ?目にしたものですら怪しいわ。確かなものは胸にしか残らないのよ。
 誰にも汚させない。こんな身体の芯から熱くなる決闘ならなおのこと!
 私だけが見るんだ!私だけのものにしたい!
 それだけがこの決闘を、あの二人を永遠に輝かせるのよ!

「…静かになりましたね」
 ガブリエルが身悶えを堪えている間に、ヨハンナが隣に立っていた。
「どうですか?中の様子は…」
 ヨハンナは、騒ぎがおさまったら霊脈を塞ぐと言った。
 今回ばかりは譲れない。
「そうですねぇ…まだ何とも………」
 どうした!?見届け人の目に入らなければ意味がない!!さっさと進言しろ!!
 …だから嫌だって。と、ミカエルには伝えないでおく。

 …霊脈を閉じるまで私は動かんぞ!!

「えええッ!?」
「ッ!?どうしました!?」
 うろたえるヨハンナをよそに、ガブリエルが頭を抱えて苦悩する。
 ミカエルの性格なら、霊脈を解かない限り絶対に戦わないわね。もっとも、対戦相手のクロードならその隙を突くことも…いえ、騎士になりたいなんて言ってるからこっちも動かないか。
 ああ!もう!見物側はともかく、当事者が価値を見出していないなんて!
 散々悩み抜き、身体のあちこちを捻ったガブリエルが体勢を元に戻す。享楽的な面持ちから、真剣な眼差しでヨハンナに進言する。
「猊下、一つだけ頼みが御座います」
「…何でしょうか?」
「この決闘、他言無用、評価不要としていただきとう御座います」
「それは何故ですか?」
 不服に眉をひそめ、ガブリエルが申し出る。
「この素晴らしい決闘を繰り広げてくれた二人の栄誉のために。そして何より、私の記憶を美しく留めるために御座います」
 これを耳にしただけでは、ガブリエルの娯楽を保障するためだけの提言にしか聞こえないだろう。それでもヨハンナにはわかった。ガブリエルは自分とは違う意味でこの決闘を確かな栄光あるものにしたいのだ。
「良いでしょう。」
 全てを許す聖なる微笑に緩み、ヨハンナが言った。ガブリエルはかしずき感謝の辞を述べた。
「それで、中はどうなっているのですか?」
「あの竜は、クロード=スティグマンが退散させたようです。ミカエル共々かなり消耗してはいますが、両者に決闘の意志は残っています」
「……………そうですか」
 そう言うヨハンナの顔が、どこか誇らしげだった。
 更に三歩前に進み、ヨハンナが闘技場の面々に向けて言を放つ。
「皆さん、ご静聴願います!」
 混乱の最中に負った傷を癒し合っていた騎士たちの声が、一斉に止む。一しきり辺りを見回し、全員の目が自分に向いていることを確認してから、一息おいてヨハンナの話が続く。
「たった今、クロード=スティグマンの手によって竜は葬られました!」
 束の間の沈黙、誰もが耳を疑っていた。
 予期していた名前と違う。
 嘘………クロードが?と、負傷した騎士の手当てをしているソフィアが思わず漏らした。これが皮切りとなる。
 皆、口々に信じられないやら、騎士団長はどうしたやら、困惑を隠せない。ぽつりぽつりとざわめき始め、やがて闘技場全体に行き渡った。
(へえ、そう。私の啓示が信じられないって言うの?そうなんだ皆。ふうん。そっか、信じられないかー)
 啓示を使い、ガブリエルが騎士たちの心に直接言って聞かせる。玉座は遠いというのに、近くに居るようだ。見下ろす目は冷たく微笑んでいる。が、言葉で表せない思念がその背後で蠢いている。
 結論、ガブリエルは心底怒っている。
 命は惜しいと言わんばかりに、全員が再び口を噤んだ。
 咳払いを一つ。ヨハンナの話はまだ終わりではない。
「両者に決闘の意志はまだあるようです。つきましてはヴァチカン霊脈を塞ぎ、皆さんに決闘を見届けていただきたいと思っています」
 ロンギヌスの槍を床に突く。すると円柱状だった白い結界は徐々にドーム状に縮み、透明になっていった。
「それで一つ条件を加えます。
 今回の決闘では、私たちが想像した右斜め上に進んでしまいました。あの竜は、教皇庁の皆さんはおろか民衆の心にまで不安を撒くでしょう。
 だから、今回の決闘の顛から末に至るまで他言を厳禁とします。評価も許しません。とにかく客観と見届けることに徹し、余計な混乱を招くことだけは避けてください」
「猊下の御心のままに!」
 ひざまずく五〇余名の、切れの良い声が一本通った。
(また上手いこと御纏めになりましたね、猊下)
 ガブリエルがヨハンナにだけ啓示を使う。振り返って表情を見るまでもなく、嬉しさが伝わった。
 ありがとう。と、啓示で返せないことが歯痒かった。

 結界が元通りになる。完全に透明なドーム状の防壁の中で、クロードとミカエルは対峙していた。





BLACK OR WHITE? 6〜誰が為に騎士は行く.part18〜 part19に続く

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