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[mixi小説]BLACK OR WHITE?コミュのBLACK OR WHITE? 6〜誰が為に騎士は行く.part19〜

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 結界が元に戻る。それに合わせてミカエル、クロードらが本来の色彩に染まり、生の感覚も取り戻した。ルナは手の平大の姿に変わっていた。
「お二人共、ご苦労様です。しかし、生憎と休んでいただく時間も取れません。見届け人の方々もまた、傷付き疲れています」
 クロードもミカエルも、ヨハンナにひざまずくことも、目線を送ることもしなかった。無礼極まりない行為である。ただ、互いに相手の目に穴を開けるばかりに睨むのみ。一度は倒された相手と、自分が倒せなかった敵を倒せた相手が向かい合っているのだ。この一瞬に集中するのは誰であろうと変わらないだろう。
 そもそも、多少の礼の有無など気に留めるヨハンナではない。
「ミカエル、そして、クロード=スティグマンに命じます!」
 ロンギヌスの矛先を振り降ろし、前に突き出す。凛とした神々しい金の音を奏でる。
「一撃で終わらせなさい!」
 闘技場が綺麗に静まる。むしろその静けさが騒がしいくらいだった。空気はギリギリまで張り詰めて、爪で弾いただけで弾け切れそうだ。
「だとさ」
 そんな些細なことに気を遣わないのが、クロード=スティグマンである。
「さぁ、遠慮はいらねぇぞ?どっからでも来て良いぜ?」
 ミカエルは動かない。
 クロードは嬉々として嘲笑を飛ばす。
「何だ?やっぱビビッってんな?じゃあこうしよう。俺はこっちの銃使わねえ」
 クロードは折角取り替えたバスカヴィルの弾倉を抜いて、本体を手放した。鉄塊が地に当たる。
 白銀の銃、ヴォーティガーンをミカエルに向けた。
「俺はこっちのだけで充分だ。…あ、ちなみに舐めてっから。ハンデだよ」
 ミカエルは答えない。
「………そうかよ。なら…」
 これは…。と、クロードが誇らしげな笑みを自慢げに押し付ける。
「俺が勝ったら、教皇は俺だけの物だ」
 ミカエルは無関心だ。
 神剣を構え、黄金の焔を吹く。

 畜生…本当につまんねぇ奴だな…。これだけ煽りゃあ何か反応すると思ったんだがなあ…。
 ちょっとまたあの世に行くか。
 ヴォーティガーンを握る右手以上に、漆黒がたぎる左手に汗を握った。
「ルナ、リリムは任せたぞ」
「ええ」

 焔をまとった剣を振りかざし、ミカエルがクロード目がけて疾駆する。



 同時刻、フラン=K=シュタインの地下研究室。
 必要以上の筆圧で、フランはガリガリと羊皮紙に計算式を書き連ねる。ペン先で机を削っているのではないかと疑ってしまう気迫だった。
 普段なら、流れるように優雅な筆遣いで物を書く。だが、今日は頭を抱え血眼になりながら、猪突猛進に書き進んでいる。
 その後姿を心配そうに見つめるヴィクター号。その背後で更にDと名乗る客人が呆れて二人を眺めていた。
 何を解いているかは知らんが、どうせ無駄だ。と、Dは思った。君の学問は天使はおろか人の心にも精通していない。たった一つの因子を見逃した君の、クロードとかいう奴の負けだよ。
 ミカエルの神剣を破壊するために鋳造した、白銀の大口径拳銃ヴォーティガーン。天使の肉体から削り出した弾丸を斬れば、神剣はすぐさま融けて折れる。成程、化学式は正解だ。だが、その剣は精神世界の物質で構成されている。ミカエルが反逆の意志を持たない限り、天使を斬っても傷一つつかないだろう。
 フラン=K=シュタインは最高の科学者だからこそ、神剣の弱点を九九パーセント暴いた。だが科学者だからこそ、心という一パーセントを見失ってしまっていた。
 この女は、今更ながら、計算によって心を暴こうとしている。ミカエルへの必勝法を練り直している。
 戦う当人は、既に死んだというのに。
 Dは、仮面を通して至高の世と同時に、それ故に醜くなってしまった姿を見ている気分だった。脳にごく僅かなしこりを感じた。
「ああああああああああぁ〜ッ!!もうぅっ!!わっけわかんなあぁ〜っいぃっ!!」
 フランは鼓膜を破るほどの奇声を発しながら、何十枚と式を立てた羊皮紙を天井高くばら撒く。それに留まらず、癇癪を起こして椅子を蹴り飛ばし、机を引っ繰り返す直前でヴィクター号に引き止められた。
 呆れてDが前に出る。
「もうそろそろよろしいか。私も色々と忙しくてね。頼んだ物を渡してくれるだけで良いのだよ」
 Dの言葉は遠吠えに掻き消されて届かない。理性が飛んで泣きながら暴れるフランだが、ヴィクター号はびくともしなかった。
「何でえええええええええええええええぇ〜ッ!?何で勝てないのよおおおおおおおおおおおおおおおぉ〜ッ!?」
 そう、君は勝てない…

「これじゃあ…!!これじゃあクロードに勝てないじゃないのおおおおおおおおおおおおおおおぉ〜ッ!!」

「…?」
 眼前の乱行をよそに、仮面の奥で全ての感覚が思考に集まる。閃きを超えた一瞬に、無数のD自身の声が脳内を巡る。
 何かの喩えか。
 違う。彼女にそんな余裕があるわけがない。羽交い絞めで動けないにもかかわらず暴れ続けるとは、科学者らしくない。
 なら、ただの戯言か。
 違う。そんな矮小な才能ではない。
 では何だ。

 そして、Dは見る。
 自分は、この世の終末を、堕ちつつある人間を按じたのではない。脳のしこりは、それ故ではなかったのだ。



 四年前。プロイセン。
 霧と沼地のガスが混ざり合った針葉樹林に、ひっそりとたたずむ古城。
 この日、クロード=スティグマンはフラン=K=シュタインの共犯者となった。
「…だからぁ、ミカエルの剣はぁ、天使の体組織で融けるってワケぇ〜♪クロりん、わかったかなぁ〜?」
 フランは講義と称し、黒板にお世辞にも上手いとは言えない図まで描いてクロードに自論を教え授けていた。クロードとの戦闘で負った傷は薬の効果で既に消え、穴の開いた白衣だけがその名残を語った。
 つまらなそうに大きなあくびを一つ、床にあぐらを掻いて頬杖を突いたクロードが返事をする。
「まあ、何となくな。…理屈から攻めたら、そういう考え方になるのか」
「理屈からぁ…?」
 その単語にフランの耳がひくついた。
「…いや、こっちの話だ。そこまでわかってりゃ、手間が省ける」
 ランタンを揺さ振られ、青い顔になったルナが干し布団の格好でうなだれている。ただの揺さ振りも彼女にとっては、時化の大海原に等しい。
 クロードがおもむろに立ち上がる。頭陀袋を担ぎ、受け取った黒銀の銃、バスカヴィルを新しいホルスターに入れて、腰に巻く。
「…で、どれくらいで完成する?」
「やぁ〜、兎にも角にも天下の回り者のアレが…ねぇ〜♪」
「そうか」
 どうやら、すぐとはいかないようだ。
 背を向けて、クロードが研究室から出ようとする。
「理屈からって、どういう意味ぃ〜?理屈以外の何かあるってコトぉ〜?」
 明るく陽気な口調とは裏腹に、不穏が漂うフランの言葉に歩みを止める。クロードは振り返らない。
「テメェは理屈に徹してりゃあ、それで良い。それから先は、俺の番だ」
 上り階段の先は暗闇で見えない。クロードは歩を進めて、研究室を離れて行く。フランは階段上の暗闇よりも底なしの瞳で、彼の後姿を見送っていた。
「一つ言っといてやるよ」
 クロードは止まらない。
「戦い、ってのは、感情的なんだよ」
 一段、また一段と、靴音が離れて行く。暗がりに紛れて姿は見えないが、クロードは確実にフランの視線の先にいる。
 地上へ登る靴音に向かって、自身が不機嫌そうに睨んでいることにすらフランは気付いていなかった。



 太陽に勝るとも劣らない炎熱が空気を斬る。ミカエルは金色の流星の如く、小さな男に向かい、神罰の一撃を下す。
 手加減できる余裕は、とうにない。
 ミカエルは速い。最初は反応すらできなかったくらいだ。手負いの今でも充分の瞬翼である。しかし、
「もう目だって慣れてんだよ!!」
 クロードは焔に向かって、銃を手放した左腕を突き出す。
 帽子が後ろに吹き飛ばされた。熱風に耐え切れず、黒い皮手袋が焼け飛び、爪と皮膚が爛れた。骨がきしみ、肉が悲鳴を上げている。苦痛を噛殺す。目を開けるのも困難だった。
「それで終いか、人間!?それで全てか、クロード=スティグマン!?」
 剣先が迫る。既に衣服の殆どが消し炭と果て、髪や身体に火の手が出始める。
 まだだ…!まだ早い!!
 融けるほどに熱いはずだったが、もうどうにも感じない。全身に、肺にまで火傷を負ってもなお、クロードは待ち続けた。
 神剣の先が、左手の先にまで迫る。

 …今だ!!
 あれほど荒ぶっていた神の焔が、瞬時に消えた。
 闘技場の誰もの記憶に新しい、しかし、過去に滅んだ漆黒の力…
「貴様…ッ、あの竜の力を…!?」
 焔が晴れた先に、焦げた顔を悪魔染みた歓喜に歪ませた男と、漆黒の海を見た。
 堰を払ったように溢れる黒魔力が神剣の刃を退け、左手が刀身を滑る。
 クロードが剣の柄を掴む。
 同じくして、ヴォーティガーンが剣の横面に突きつけられた。
「…なっ………!?」
「素直にキレてくれりゃあ良いのによぉ!!おかげでまた死にそうだ!!」
 人間に、こんな顔ができるものだろうか。少なくとも、今まで人々を見守り続けてきたミカエルは、こんな表情をしたものは悪魔にも見たことがない。
 そして、それはルシファーよりも、あの黒い竜よりも、底知れず、邪悪で、恐ろしかった。

 神剣に心があるとすれば、そして持ち手の心を読むことができるならば、突然にクロードの意識が介入してさぞ驚いたことだろう。この身震いはそのためか。
 ミカエルの隈のない信心でさえも陰るほどの、禍々しくも一途な意識であれば怖気も一入であろう。
 クロードは天使を心の底から憎んでいた。自分から全てを奪った天使を、最後の一滴を奪った天使を。ミカエルを。
 八年前、自分は信ずる者にもかかわらず、神は救うどころか奪い取った。
 立ち向かえなかった自分が許せなかった。
 さも当然に妹を連れ去った天使を、クロードは焼けつくまで呪った。
 妹が去ったあの日、クロードは神を殺した。信ずるべき最上のものを、全て否定した。
 代わりに、クロードは力を信じた。
 弱かった自分を、クロードは握り潰した。
 勝つために、クロードはあらゆる手段を講じた。
 勝つために、クロードは悪魔と契約した。
 自分から妹を奪ったミカエルに勝つために。
 勝って、失ったものを奪い返すために。
 奪われた虚脱を知らしめるために。
 そのためなら、生きてさえいれば他はどうでも良い。

 神を引きずり出して、立てなくなるまで殴ってやる。
 許しを請うまで踏み躙ってやる。

 それまで俺は、テメェらを、絶対許さねぇ。

 神剣の、聞くに堪えない断末魔が響く。
 僅かに天使の血を浴びた刀身が赤熱し、融解し、金属の蒸気となる。
 これは明らかに反逆だ。謀反だ。神への冒瀆だ。こんなものが許されて良いはずがない。消さなければならない。天界の秩序を守るためには消えなければならない。
 そうだ。私は、神剣は、反逆者を消すために、自ら消えなければならない。それが私に与えられた機能なのだ。

 神剣は、自らに課せられた目的を遵守した。持ち主が反逆の意図を持って天使を斬れば、自壊するという使命を忠実に守った。だが、その忠実さ故に錯覚してしまったのだ。
 ミカエルは堕ちていない。神剣が感じ取った思念は、討ち取るべき敵のものだった。
 そして神剣は、本来の持ち主の意志に反して、自らを殺している。
「こんな…」
「馬鹿な、ってか?」
 目を見開いて青く驚愕したミカエルは時が止まったかのように固まっている。クロードがその様を小馬鹿にする。
 そして、ヴォーティガーンの引き金を引いた。
「チェック、だ!」
 拳銃とは思えない銃声が貫いた。
 熱を得た真鋳の薬莢が、ミカエルの目に飛ぶ。
「!?」
 目蓋が焼ける音がした。思わぬ方向からの奇襲、ミカエルがひるむ。隙を突いてクロードがヴォーティガーンを向ける。が、弱っていてもミカエルの速さに敵う人間はいない。クロードの左手を振り払い、神剣を振るう。
 だが、手応えは空を斬るのみ。
 神剣の鍔から先がなかった。
 僅かに間をおき、刀身が弧を描いて、クロードの後方、リリムが寝ている場所から三〇センチも満たない所に立った。
「な…っ!?」
 全く理解できない。ここまで容易く折れる…いや、融けるものなのか。
 剣が銃撃を受けた衝撃さえ伝わらなかっただと…。
「チェックメイト、だ」
 ただの鉄塊に成り果てた剣を振るい抜いたミカエルに対して、ヴォーティガーンはまだ赤い弾丸を残している。その引き金には、クロードの人差し指がかかっていた。
「言えよ」
 今からでも、打開はできるかもしれない。だがこの時間は、実践ではあり得ない。
 既に、引き金は引かれたも同然だった。
「言えよ!」
 何と嬉しそうで、胸糞が悪くなるほどの顔をしているのだろう。
 そうか、これが勝者か。
 そして…この気持ちが…

 ミカエルの手から、柄と鍔だけを残した神剣が落ちる。
 静まり返った闘技場に、ガランと、濁った音がした。
「…私の、負けだ」
 その一言に満足して、クロードはゆっくりと卒倒した。
 壮絶な、それでいて、水面に身を委ねるかの様な、穏やかな終幕であった。



 クロードという人物は、神剣を壊す手段を心得ていたに違いない。と、Dは思った。
 私と同じ考えならば方法は二つ。
 一つは、挑発を繰り返してミカエルに怒りを抱かせること。負の感情を生むこと。だが、これははっきり言って現実的ではない。ミカエルともあろう大天使が、人間の罵声など、子犬が吠えている程度にも思わないだろう。
 もう一つは、神への反逆心を持った者に剣を持たせること。危険度は天地の差だが、確実な手段だ。
 こうして、赤い銃弾を撃ちこまれた刀身は捻じ切れる。
 しかし、こんな馬鹿な方法で挑む者がいるのだろうか?

 ふと、研究室が先程に比べて静かになっていることに気が向いた。見ると、あれだけ暴れていたフランがヴィクター号に抱きついて子供さながらの泣きべそをかいていた。
「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁん!!ヴィクたぁあああああん、わ、私ぃ………、まま、ま、負げぢゃっだあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 成程、馬鹿は幾らでもいる。
 そうか、そうか。結構なことだ。思ったよりも…フフ、よろしいことじゃないか。

 Dが微かに吐息を漏らす。
「あ………ッ!?ゴイヅ笑っっだ!!私のゴド、笑っだあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 随分と良い耳をお持ちのようで。Dは、それを言葉にはしなかった。
 ヴィクター号がフランを慰める傍らでDに頭を下げる。
「すみません…。ちょっと彼女、興奮しちゃってるみたいで…」
「それは構わん。だが、そろそろ泣き止んでいただきたい。そちらが結果を示してくれなければ、渡す物も渡せん」
 と、号泣がピタリとやむ。通り雨、まさにその言葉が当てはまる。通り雨の後は虹が出やすい。フランの顔の模様も、輝かしく反転した。
「…そうねぇ〜♪うん、ごめんねぇ〜♪待たせちゃったわねぇ〜♪」
 鼻水をすすって、耳まで赤らんだ顔、涙の跡以外は、普段のフランと相違ない。
 右往左往と振り回されて処理が追いつかないヴィクター号。それを眺めて可愛らしいと胸を躍らせつつ、机横にある骨董の本棚からファイルを取り出す。ヴィクター号に持たせておいた墨色と鮮血色の細胞サンプルを奪い取って、まとめてDに手渡した。
 サンプルを懐におさめ、ファイルに目を通す。
「実はぁ〜、まだ完璧じゃないのよねぇ〜♪天使と悪魔の細胞ってぇ〜、ソックリなくせにかけ合わせたら拒絶しちゃうのよねぇ〜♪」
「…人造魔人?」
「ふへへぇ〜♪カッコイイ名前でしょおぉ〜♪私が付けたんだよぉ〜♪」
 センスの欠片もないな…とは言えない。
「しかし、期待していた分は進んでいるようだな。ご苦労」
 ファイルを閉じ、同じく懐におさめる。
「じゃあ、今度はそっちの番よ」
 いつもは身も心も弛緩したフランが一転、この瞬間に真面目に引き締まる。常時が常時なだけに、より一層切実さが刺さる。
「…無論だ」
 黒マントからDの腕が伸びる。黒尽くめの人差し指をフランの眉間に突き、一言呟く。
「君は、君が望むままのヴィクター=ハルトを望めば良い」
 特に、何かが変わったわけではない。ただの言葉だ。
 と、フランが振り返ってヴィクター号を見る。勿論、何もない。
「…ふざけてんの?」
 不服が如実に現れている。フランが白衣からメスを一〇本構えた。
「まだだ。少しは気を長く持て」
 ヴィクター号の方へ歩み寄り、同じく眉間に人差し指を立てる。身長差で届かなかったが、ヴィクター号が気を利かせて前屈みにしてみせた。
「君は、フラン=K=シュタインの望み通りの君でいろ」
 全く同じことを言い換えただけ。特に変わった様子はない。フランがDにメスを投げようとした時、
「ヴィクター=ハルトの魂は完成した」
 メスが、手を離れる寸前で止まった。
「感動の再会に、第三者は邪魔なだけだろう?私はこれで失礼する」
 黒マントを翻して、Dがフランの脇を通り過ぎる。
「これきりで、私のことは忘れたまえ」
 そう言い残して、Dの足音は階段の闇に消えて行った。

 Dなどもう意識の外に去った。フランも、ヴィクター号も、お互いを見つけ続けるだけだった。方や、信じられないとばかりに胸が高鳴る乙女、方や、自分の身に何が起こったのか理解できない人造人間。
「ヴィクター君…なの?」
 今にも、心から泣きそうな声で、フランが問う。

「・・・・・・・・・・・・・・・フラン…さん?」

 もう疑いようがない。
 これを、もうヴィクター号と呼ばなくて良い。
 ヴィクター=ハルトが、生前にフランを指して使った呼称だ。
「ヴィクター君っ!!」
 フランは再び、いや、久し振りにヴィクターに抱きついて泣いた。クロードに負けた、気持ちの悪い涙ではない。心から湧き出た、暖かな優しい涙だった。
 声にならない気持ちの代わりに、フランは蘇えった彼の名を呼び続けた。長年求めてきた愛しい人の身体を、失った時間の分だけ感じた。

 しかし、当のヴィクターには一抹の暗雲が生まれていた。
 何故、自分は蘇えったのだろうと。そもそも、自分は蘇えったのかと。あのDと名乗る者が何をしたのかと。
「ヴィクター君…」
「う、うん…何だろう、フランさん?」
 咄嗟に穏やかな顔を作って、フランの顔を見下ろす。ヴィクターの腹に顔を埋めたままだった。疑わしいことは多いが、嬉しい展開に変わりはない。もっとよく顔を見ようと、視点をゆっくりと落とす。
 と、唇に柔らかな感触が伝わる。
 フランが爪先立ちになって、ヴィクターと唇を重ねた。
 疑いも驚きも、絡みつく舌とともにとろける。
 今度はヴィクターがフランを抱き、そのまま冷たい石の床に倒れ込んだ。



 切り立った崖の上にあるフランの屋敷。常に雷雲に覆われたその土地に、気品が漂う馬車が一台停留していた。傍には、主人の帰りを待つ悪魔が一柱。
 騎士の格好をした勇壮な悪魔だった。ランスを持ち、旗を背中に携えている。冑の隙間からは三つの赤い瞳が覗いていた。繊細な馬車の雰囲気をぶち壊すには余りある格好だった。
 かつて、大魔導王ソロモンが使役したとされる、七二柱の悪魔が一柱、序列一五番目にして六〇の軍団を指揮する公爵。
「待たせたな、エリゴール」
 屋敷の扉が開き、Dが姿を現す。
「お待ちしておりました。D様。首尾の程は?」
 エリゴールが伏して迎える。
「上々だ。いや、期待以上だ。思わぬ収穫もあった」
「…と、言いますと?」
「…収穫と言っても、即座に口にできる物とは限らないだろう?」
「これは…とんだ御無礼を」
 ただでさえ下がった頭を、エリゴールは更に下げた。
「構わん。…時間の無駄だ。出せ」
「はっ!直ちに」
 エリゴールは搭乗口を開け、Dが座席に着くまでを見届ける。戸を閉め、御者席に着く。鞭を手に取り、黒馬を打っていななかせる。馬車が走り始めた。

 通り過ぎ行く鬱蒼とした森の景色を眺めながら、Dは物思いにふけっていた。
 もしも、クロード=スティグマンという人物が、私の想像通りだとするならば…。まだ断言はできんが…。
 まさにうってつけの人材だ。

「縁があれば逢おうじゃないか。クロード=スティグマン」
 仮面の奥で、Dは笑った。





BLACK OR WHITE? 6〜誰が為に騎士は行く.part19〜 part20に続く

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