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かいわれ新書コミュの第10回 Masahiroの答え

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『コーヒー』

隣にその初老の男が座ったのは、週末たまりにたまった仕事を、
コーヒーを飲みながら片付けている日曜日の夜だった。
寒風が吹き荒む2月の夜に、その男は薄手のジャケット1枚で席に着いた。
向かいには、男の娘だろうか。やや派手めのコートを着た若い女。

特に気を留めていたわけでもない。
しかし、カップルにしては年齢が離れすぎている。
親子にしてはよそよそしすぎる。訳ありだろうか。
広告企画の仕事をしていると悪いくせで、こんなときにiPodのボリュームを
思い切り小さくして、聞き耳を立てるようになっていた。

その初老の男が口を開いた。
「君は絶対にCMに出れるから」
思わず、口に含んだコーヒーを吐き出しそうになった。
つまり、その初老の男は僕と同業者らしいのだ。
しかし、ドラマや写真週刊誌での話ならともかく、
そんな分かりやすい「業界人ですけど」的な台詞を実際に吐く機会は、
全くと言っていいほどない。

その男は続けて、A4の紙を1枚、テーブルの上に置いた。
僕は手元のノートに目を落とす振りをしながら、その紙を盗み見る。

「CMデビューパーティのお知らせ」

48ポイントくらいの級数で、デカデカと書かれたその文字に、
またもコーヒーを噴きだしそうになってしまった。
なんなんだ、そのいかがわしいパーティは。
この仕事を始めて、まだそれほど経験を積んだわけではないが、
そんなパーティが存在しないことくらいは分かる。

そしてその初老の男は、あくまでも落ち着いて淡々と、いろんな話をはじめた。

「チャン・イーモウ監督に、HEROを作らせたのは僕」
「伊東美咲もこのパーティでデビューした」
「時代はマーケティングだ」等など・・・話せば話すほどうさんくさい。
画に描いたようなインチキプロデューサー。

しかし、向かいに座る女の子は、よほど業界に憧れがあるのか、
自分に自信があるのか、目をきらきらさせて話を聞いている。
ヤバイ、このままではこの可憐(というほどでもなかったが)な女子が、
AVに出されるか風俗店にたたき売られてしまう。
僕はいざとなったら会話に割ってはいる覚悟で、
そしてそれ以上の好奇心を持って、身を乗り出すようにして聞き耳を立てた。

「このパーティには全国で12人しか参加できないんだ。僕が口をきいてあげるから」
いよいよ話は佳境らしい。面白くなってきた。
しかし、ここでふと疑問に思った。この男の動機はなんだろう。
さっきはAVか風俗店かとも思ったが、どうも男の年齢的にも風体的にも、
そういう路線はムリがあるような気がした。
むしろ、近くの段ボール住宅だらけの公園からやって来たかのような
・・・そこで、男のボロボロの革靴に気づく。
身分は足下にあらわれると言うが、このボロボロの靴はまるで・・・。

そういえば、先ほど男の話していた内容をひとつずつ思い出す。
映画の話、タレントの話、インチキビジネス理論
・・・全て週刊誌で得られる知識だ。しかも情報がやや古い。
ということは、この男の目的は・・・。

「それで、参加するには登録料が必要なんだ」

やはり来た。そうと分かれば、ムリにこの女の子を助ける必要もなかろう。
授業料と思って払いなさい。でもさすがにこんなのに引っかかるほど
頭が弱いわけでは・・・「いくらですか?」(ってオイ!)

心の中でツッコミを入れる。まさか引っかかる子がいるとは。
やや緊張した声で答える初老の男。
もしかすると、この男もまさか引っかかるとはと驚いているのかもしれない。

「7000円だけど」

(安!!)僕と女の子の心の声がシンクロした気がした。
瞬間、女の子の顔がすーっと冷めていく。
全国で12人しかいないのだ。
全国で84,000円を集めて、何をするというのだ。
明らかにお前の日当ではないのか。

「私、お金持ってないんで」素早く立ち上がる女の子。
その瞬間、それまで落ち着き払っていた初老の男が、
慌てて懇願するように、「いくらでもいいんだよ!
持っている部分だけ頭金ってことで、1,000円でも500円でも!」

風のように立ち去る女の子。舌打ちことしなかったが、
獲物を逃した初老の男が何気に此方を見る。一瞬目があうが、
何の感情もないように彼は立ち上がった。
そして何事も無かったかのようにエスカレーターを降りていった。

僕が、いつも仕事をしているスタバで遭遇した、コーヒー一杯分の出来事。
都会の路上生活者の生活の一端を切り取った、迫真のドキュメンタリー。

・・・というほどでもないが。

続きがある。

その自称プロデューサーには、それからも度々同じスタバで遭遇した。
毎回誰かを連れて座って、同じA4の紙を取り出し、同じ話をするのだが、
お金を払うというところまでたどり着いた猛者はいない
・・・と言いたいところだが、4回目に目撃したのはカップル。
しかも、彼氏の方が
「うちの彼女をよろしくお願いします!」
と言いながら、頭を下げていた。

それが原因かどうかは分からないが、その日を境に、
その初老の男を見かけることは無くなった。

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