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饒速日 [ニギハヤヒ]コミュの唐松山天日宮(秋田県大仙市)

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秋田県大仙市協和境下台84(唐松神社境内)
祭神:饒速日命、玉鉾神、愛子神

神社発行の唐松山御縁起大略によれば、太古、鳥海山に降臨しこの地に居を構えた饒速日命が天祖三神を日殿山に祀り、十種の神宝を安置し日宮と称したのが創祀としている。
その後、饒速日命は畿内に降臨し、後裔の物部氏は神宮皇后の安産祈願と香具土神、宮毘姫命の御霊代を併せて大和国に社殿を建立したと記されている。
その後、崇仏戦争に敗れた物部守屋の一子那加世が東奥の地に分け入り数代の後、元宮である現在地唐松山頂にお祀りしたとされる。
唐松神社に秋田物部文書が伝わっており、秋田県協和町の進藤孝一氏の著作になる秋田「物部文書」伝承(無明社)に紹介されている。
http://kamnavi.jp/mn/higasi/karamatu.htm

唐松神社は、本来「韓服宮」という名前。
三韓征伐後、つまり韓を征服した神功皇后の創建という意味。
新羅征討に参加した、物部氏・膽咋連(いくいくむらじ)が、皇后の御腹帯を拝受し、当地に来て、月出野に、当社を創建した。
また、三韓征伐の帰路、神功皇后は男鹿半島から当地に立寄り、石見川(岩見川)を経て、当地に上陸(船岡という)。
船玉大神を祀った。
唐松神社の北東5Kmに、その船玉神社が祀られており、祭神は神功皇后を援けた住吉三神。
当社境内にある唐松山天日宮について。
物部文書によると、物部氏祖神である饒速日命は、鳥見山(鳥海山)の「潮の処」に天降った。
その後、逆合川の地・日殿山(唐松岳)に「日の宮」を造営し、大神祖神・天御祖神・地御祖神を祀ったという。
延宝8年に、藩主佐竹義処により、山頂から現在地に遷座。
今でも、唐松岳に元宮がある。
饒速日命の居住していた場所は、御倉棚と呼ばれ、十種神宝を納めていた三倉神社のある場所。
当地で、饒速日命は住民に神祭、呪ない、医術を伝え、後に大和へ移ったという。
饒速日命は日殿山に、神功皇后は月出野に、社殿を造営。
当社祭神の軻具突命は、別名・愛子大神。
当地の物部氏の氏神である火結神のこと。
http://www.genbu.net/data/dewa/karamatu_title.htm





▼出羽に降臨したニギハヤヒ 〜秋田物部氏の『物部文書』とは
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=73601321&comm_id=3876850
▼ニギハヤヒ祭祀神社
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=37672497&comm_id=3876850


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