修復腎移植を認めさせようコミュの移植学会幹部への公開質問状、原本その３

６.学会の執拗な弾圧と患者裁判
　6.1.学会の言論圧殺行為
　6.1.1.繰り返される学会発表却下＝日本移植学会は当初、「学会にも発表しないで隠れて病腎移植をやっていたのがけしからない」と非難していた。しかし42症例の追跡調査が終わり、データがまとまったので国内の学会に発表しようとした。すると、国内の関連学会に演題を提出しても移植学会からの圧力で却下され続けた。米国での発表も妨害した。
　07年2月、石川県加賀市で開かれた「第40回日本臨床腎移植学会」では、初日に「生体臓器移植の適応と倫理」という講演・討論会が、高橋公太（日本臨床腎移植学会理事長）新潟大学教授の司会で開かれた。どちらも厚労省調査班の委員である高原史朗（日本移植学会幹事）阪大教授と臼木豊・駒澤大学法学部教授が講演した。
　このセッションには、全米移植外科学会前会長ハワード教授が米国の移植事情についての講演をあらかじめ申し入れていた。一旦は受け入れたが、翌日、吉村了勇（京都府立医大移植=再生外科教授、香川労災病院・調査委員会委員）学会長が断っている。また愛知で病腎移植を実施した星長清隆教授(藤田保健衛生大学)も、データや論文をそろえ発表を申請したが、これも却下されている。要するに「病腎移植」を肯定するような演題は排除されたのである。このような異常事態はその後、何度も繰り返された。

　6.1.2.日本移植学会理事長のオフィシャル・レター＝日本のメディアと学会が「病腎移植事件」に大騒ぎし大バッシングを繰り広げたのに対して、国外の反応は冷静だった。その証拠の一つに、07年5月開催予定のサンフランシスコでの「全米移植外科年次総会」発表演題に、フロリダ大学藤田準教授の尽力により「万波論文」が追加応募で締め切り後に採用されたことが挙げられる。内容的に優れていなければ、これはありえない。発表は、しかしながら、日本移植学会田中紘一理事長（患者訴訟被告）の理不尽な横やりにより中止になった。以下に同氏の手紙（原文英語）を掲げる。
「２００７年３月１３日
　アーサー・Ｊ・メイタス博士、全米移植外科学会会長殿
　ミネソタ大学ヘルス・センター、移植外科教室
主題：日本移植学会理事長として万波誠医師による全米移植外科学会２００７年年次総会における発表に関する要望事項

　親愛なるメイタス博士:
　本書簡は日本移植学会理事長として送付されるものであります。
　現在問題となっている該病院において、内臓売買の問題が昨年秋に最初に浮上しました。警察による捜査が開始され、その結果一連の無原則な腎移植の問題が明るみに出ました。
　万波医師はこれらの手術の内容を日本の学会でまったく発表していませんでした。
　目下、日本移植学会、日本臨床腎移植学会、日本泌尿器科学会、日本病理学会、日本腎臓学会、日本透析医学会が特別委員を派遣し、５つの調査委員会が調査中であります。現時点では最終的な結論に至っておりません。
　かかる腎移植が行われた病院のいくつかにおいては倫理委員会が設立されておりませんでした。また、インフォームド・コンセントも多くの場合、書面によって得られていませんでした。また、多くの手術に明確でない点があり、ドナー腎にも摘出すべきでなかったものがあります。
　調査は３月末には終了する予定で、その時点でもう一度貴殿に調査結果を御報告いたす予定です。
　万波報告は、全米移植学会年次総会の発表演題として適切でないと判定されます。
　　　　　　　　敬具
　　　　　　　　　　　　　　　　　　田中紘一（署名）　日本移植学会理事長」

　発表の内容そのものが問題だったのではなく、「警察が捜査している」とか「病理学会をふくめた五学会で統一声明が予定されている」といった虚偽情報により、メイタス会長が弱気になったのが原因だ。中止が知れわたると「腰抜けメイタス」と会長に対する批判が噴出した。「言論の自由」を重んじる米国では考えがたい措置だったからだ。
　手紙には事実関係についても虚偽があり、警察が捜査したのは「腎臓売買」事件についてであって、それも３月には捜査は終了していた。「内臓売買（この用語だと、肝臓その他の臓器を含む）」ではないし、「病腎移植」の存在を公表したのは、警察ではなく宇和島徳洲会病院である。日本病理学会は専門委員の派遣はしたものの、３月末の「四学会声明」には参加しないことを3月13日の理事会で決定し、移植学会に通告している。
　日本臨床腎移植学会は「調査委員会」に専門委員を派遣していない。3月31日の「学会共同声明」の際に病理学会が抜けたあと、数合わせのために急遽加えられたものだ。

　6.1.3.高原史郞阪大教授の「病腎移植海外調査報告書」＝07年6月にオーストラリアでの大規模な修復腎移植がメディア報道されると、厚労省は7月「国外における病腎移植の研究に関する調査」を高原史朗阪大教授に委託し250万円の研究費を付けた。この調査報告書は年度末に提出されたが、現地調査や国外研究者に対するインタビューに基づいたものではなく内外の論文紹介を含む総説である。その中に「３.病腎移植」(p.8)という項があり、「Transplantationに掲載された市立宇和島病院の成績」副題が付いた箇所がある。本文中にも「掲載された」とあるが、09/12現在の調査では、問題の英文論文”Takahara S. et al.: Transplantation Proceedings.(in press)”（高原他：「腎癌をもつ生体ドナーから腎移植を受けたレシピエントの低い生存率」、移植紀要、印刷中）は、報告書提出年度(2007)にも、それ以後にも『Trans. Proc.』誌はおろかいかなる雑誌にも、掲載が発見できなかった。
　これでは報告書自体が「架空論文」といわれても仕方がないだろう。タイトルから判断する限り、これは07年3月30日の「高原発表」を英語論文にしたものと思われるが、手術を行ったのは万波医師だから、他人のデータを盗んで論文にしたことになり、研究者倫理に違反している。米国の場合、研究者倫理がきわめて厳しく、高原氏の場合のように他人のデータを盗用して自己論文として投稿した場合は、ＯＲＩ（研究公正局＝科学ＦＢＩ）の捜査対象となる。
　ところが、今回(2013年7月)新たに文献検索を行ったところ、該論文が高原史郞、湯沢賢治（国立病院機構水戸医療センター移植外科）及び日本移植学会の連名で2010年1月の『Transplant. Proc.』誌に掲載されているのが発見された。驚いたことに、ウソの事実が書かれている。調査時点は06年3月のままで、市立宇和島病院25例のドナーとレシピエントの予後が述べてある。さらに「病腎移植」42例はたった１人の医師が行ったもので、２病院ではカルテが破棄されていたので、記録保持が完全だった１病院の症例25例のみを病院の依頼を受けて解析した、と書いてある。
　さらに「高原発表」では、「病腎移植」25例を全症例とがんの11例に分けて、生着率、生存率を出し、全国の死体腎移植、生体腎移植の成績と比較していたが、英語論文では良性疾患例14件、悪性腫瘍例11例に分けて予後データを計算して、生体腎移植のデータと比較してある。これでは「高原発表」時の広報資料(表３)と比較できない。修復腎移植は腎がんが好発する60歳以上の比較的高齢者の小径腎癌を用いるのだから、健常者をドナーとする生体腎移植と比較できない。比較は献腎つまり死体腎を用いた場合とでないと意義がない。英語論文は生体腎のデータは「高原発表」と同じだが、がんの病腎については、５年生着率15.3(21.8)%、10年15.3(21.8)%とし、生存については5年生存率48.5(46.7)%、10年生存率48.5(23.3)%としている。(括弧内が「高原発表」のデータ) つまり二つのデータが異なるのである。たった11例の解析なのにどうしてこんなことが起きるか、素人でも不審に思うだろう。論文の結語で「最後にわれわれはこれらの移植が、日本の限られた地域において倫理的問題の議論の記録や世間への事前公表なくして、実施されたことを遺憾に思う」と述べており、同氏にとって、やはり万波誠が「坊主」であることが分かる。
　移植学会理事長の高原氏は、データの元資料を公表していないが、それを公表するとともに、メディア発表時の数値と食い違いがある理由を釈明すべきだろう。論文に「日本移植学会」が共著者として載っている以上、これは学会の責任でもある。

　6.1.4.万波論文に対する「編集者へのレター」＝国内の学会で発表の場が与えられなかった「瀬戸内グループ」は、国際的な学会や学会誌にそれを求めた。
　07年6月13日、呉共済病院での修復腎移植のうち、小径腎癌と下部尿管癌の腎臓を移植に用いた例をまとめた英語論文が、「小径腎細胞癌または低悪性度の下部尿管癌をもつドナー腎は移植できる」というタイトルで、移植専門国際誌「トランスプランテーション」に「編集者への手紙」（短報）として掲載された。光畑直喜医師が行った小径腎癌１例、下部尿管癌３例の修復腎移植について、生着・生存共に良好であること、これらの腎臓が移植に使用可能であることを述べたものだ。論文投稿の事実が公表されたとき、日本移植学会は「採用しないよう編集部に手紙を書く」と声明を出した。「そこまでやるか！」と驚いたが、編集部は事前の「出版妨害」と受けとめたようで、「腰抜けメイタス」とは違った。
　修復腎移植42症例の成績をまとめた「万波論文」は08年5月に移植専門誌『アメリカン・ジャーナル・オブ・トランスプランテーション』誌に掲載されると、同誌に対して大阪大の高原教授は他3名の連名で、論文の価値を否定・中傷する「編集者への手紙」を書いた。この手紙の最後の著者が寺岡移植学会理事長（当時）である。高原氏はかつて自分の手に余る患者を、万波医師に紹介していた泌尿器科医のひとりだ。日本人が日本人の足を引っ張るのだから「ジェラシーに駆られて」と海外で解釈されても仕方がないだろう。

6.2.患者裁判
　6.2.1.治療選択権は誰にある？＝もともと患者団体の運動は「病腎移植バッシング」報道の中で、宇和島徳洲会病院の万波誠医師と呉共済病院の光畑直喜医師への不利益処分をさせないための署名活動として始まった。それが契機となり患者団体「ＮＰＯ法人移植への理解を求める会」が発足した。その有志7人が日本移植学会の幹部5人を相手取り、09年12月、松山地裁に総額6,500万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。
　その理由は、移植学会幹部が虚偽発言などをおこなった。この虚偽発言は「①それ自体で原告らの修復腎移植治療を受ける権利を侵害し、②厚労省の移植ガイドライン改定をもたらし、原告らが修復腎移植を治療として受けることを禁止し、その権利を侵害した」として、損害賠償を求めたものだ。
一人でも多くの透析患者を救済してほしいと、同会は厚労省への陳情や講演会開催など、さまざまな活動を進めてきた。しかし、学会幹部らがこれらを全く無視し、修復腎移植をかたくなに否定し続けていることから、患者側が最後の手段として訴訟を起こしたのだ。
修復腎移植の妥当性を社会にアピールし、学会幹部らに少しでも態度を改めてもらおうというのが狙いで、これまで14回の口頭弁論と３回の弁論準備を通じて、学会幹部らの虚偽発言も明らかになってきた。しかしながら、４年目の半ばを過ぎて、やっと証人申請という段階であり、あまりにも時間がかかり過ぎると患者側は感じている。
すでに訴訟の準備段階で、原告入りを予定していた透析患者２人が亡くなり、提訴後にも透析患者で原告の１人が亡くなっている。患者側にとって訴訟の長期化は最悪である。文字どおりいのちを賭けた闘いだからである。学会幹部らが態度を軟化させるなら、原告側は和解に応じる用意がある、と原告の一人で修復腎移植を受けている野村正良氏はいう。

6.2.2. 学会が被告に＝戦後の医療紛争を網羅した『戦後日本病人史』（川上武）を見ても、「国家・行政 vs 患者団体」という構図の裁判は多々あるが、「学会 vs 患者団体」という図式の裁判は例を見ない。「薬害エイズ裁判」は「国家・血友病治療指導者 vs 患者団体」の争いであり、「臨床血液学会」が被告だったのではない。しかし「修復腎移植」裁判では、学会指導者たちの専門家としてのあり方が裁かれようとしている。「医の倫理」を振りかざして「修復腎移植」を糾弾した医師たちが、「医の倫理に悖る」として患者から逆襲されるという、前代未聞の皮肉な裁判なのだ。この裁判を評して「日本医療史に残る裁判だ」と言ったジャーナリストがいるが、あながち誇張といえない。
　日本移植学会は09年3月に理事会を開き、「学会として５名の被告を支援する」ことを決定し、そのために「特別委員会」を置くこととした。皮肉なことに、かつて修復腎移植の経験をもつ、星長清隆理事（前出）が委員長に任命された。委員長は、被告でもある寺岡理事長と相談し、関連４学会に支援委員を１名ずつ派遣してもらうともに、評議員全員に書面によるアンケートを行い、訴訟費用の一部を学会が負担することへの賛否を問い、評議員会の議決に代える、という方針を決定した。この案は評議員の賛成多数で可決された。
　告訴されたのは移植学会幹部だが、07年3月の「四学会共同声明」に基づき厚労省は「修復腎移植」禁止のガイドラインを制定したのだから、共同声明への連帯責任があるとして、関連学会に支援を要請した。日本病理学会も共同声明への参加を要請されていたが、3月12日の理事会で不参加を決定した。もし参加していたら、同じように支援委員の派遣を求められていただろう。病理学会は賢明な決断をしたといえよう。
　移植学会の一般会員には一口１万円、評議員（185名）には２万円、幹事（１名）５万円、理事（22名）10万円の寄付要請状が、09年10月に配布された。移植学会の会員数は2000年をピークとして減少している。08年以後、新規入会者よりも退会者が多くなって来た。日本医学会に2011年時点で届けてある現会員数は約3,100人で、毎年300名が減少している。ところが11年2月に行われた評議員選挙のための「公示」資料を見ると正会員は1,948名までに減少している。
　表１に示すように、日本の臓器移植は圧倒的に生体腎移植に偏重している。その多くは泌尿器科医が行っている。従って日本移植学会の会員も評議員も泌尿器科医が多い、理事も、理事の互選による理事長や他の役員にも泌尿器科医が多くなる構造なのだ。このように、泌尿器科医の高原理事長をトップとする日本移植学会が、泌尿器科の腎臓移植医の集団「瀬戸内グループ」を糾弾し、患者訴訟を「学会に対する挑戦」と受けとめているのには、十分な理由があるのだ。当初、被告側弁護団は「高度の医学的判断がからむ問題であり、裁判になじまない」と訴訟の却下を求めたが、松山地裁は「それは事実審理のうえに判断する」と裁判を開始した。この種の裁判の判例は日本にはなく、裁判所の一審判決が注目される。

　７. 「移植後進国」から離脱するには　
　7.1.変わる移植医療の常識＝これまで移植臓器に発生するがんは、ペン学説により「すべてドナー由来」、つまり移植による持ち込みだと考えられてきた。イタリアのペドッティ博士ら(2004)は腎移植後に発生したレシピエントのがんについて、６ヶ月以内に発生した10例と6ヶ月以後に発生した10例について腫瘍のDNAを、ドナーとレシピエントのDNAと比較したところ、DNA抽出に成功した17例中16例(94%)でレシピエント由来と判明し、残り1例では用いたSTR法という検査法では決定できなかったと報告した。
　さらに2009年、スペイン・バルセロナ大学のボイス博士らは移植後14年目の腎臓に発生した腎がんのDNAを解析し、それがレシピエント由来であることを証明している。がんは「がん幹細胞」がなければ増大できず、なければ細胞の固有寿命が尽きて自然消滅する。ボイスの論文はがん細胞だけがレシピエント由来なのではなく、移植された腎臓の細胞がすっかりレシピエントの細胞に置き換わっていることを示唆している。
　これと関係する不思議な現象がある。91年1月に75歳男性から修復腎移植を受けた呉市の男性は、22年後の現在も生着・生存中だ。ドナーが生きていれば97歳になる。つまりドナー本人は83歳で寿命を迎えたのに、腎臓の方はいま66歳のレシピエント体内で元気に生きている。この現象は、臓器移植において急性及び慢性の拒絶反応を克服し、移植された臓器がレシピエントの体内になじむと、骨髄からのPS細胞（多潜能幹細胞）が臓器に定住し、次第にドナー細胞を置換して行くと考えると、すべて説明がつく。実際に、米国では動脈硬化性の萎縮腎や糖尿病の腎臓を移植に用いているが、それらは移植が成功すると正常に戻るという。移植病理の数少ない専門家である井藤久雄鳥取大学名誉教授も、筆者の意見に賛成している。
　つまり臓器の病変は個体という全体と個々の臓器という部分の間に成立しており、もし移植により臓器の置かれる環境が根本的に変化すると、新しい環境に臓器が適応するということが起こりえるのである。それを利用するのが修復腎移植である。
　もちろんこの原則が当てはまらない例、例えば特発性腎出血や遺伝性の腎疾患もある。それらは過去の世界の論文から明らかにされており、そこから学べばよいだろう。要はいま音を立てて、がんの発生と転移の理論並びに臓器移植とPS細胞の知見が変わりつつあることを認識することだ。修復腎移植には十分な病理学的根拠がある。

　
7.2.世界の移植法と医の倫理＝移植学会の幹部はさかんにWHOなど国際機関や国際学会の倫理規定やガイドラインを強調する。これらは努力目標であって、法としての強制力がない。強制力を持つのは国家レベルでの移植法である。そこで各国がどのような国内法を持っているかを述べよう。2004年3月、ＥＵ加盟国は移植に関して同一の国内法を整備することになった。この指令に基づき07年8月からドイツ「改訂移植法」が施行された。新法では「医学的処置の範囲内で摘出・採取された臓器または組織」を本人（未成年者を含む）の同意があれば、他人に移植できると認めている。スイスも07年7月から「治療目的で摘出された臓器」の移植への使用を認めている。他のＥＵ加盟国もほぼ同様な移植法に切り換えた。英国では2004年に従来の三つの関連法を廃止し、統一的な「人体組織法」を制定したが、この条文のどこにも「修復腎移植」を禁止する条項はない。英国のカッラム(2011)は総説論文において「先進国で修復腎移植を禁止しているのは、もっともドナー不足に悩む日本だけだ」と揶揄している。この揶揄（嘲笑といってもよいだろう）に対して、当事者である移植学会幹部はどう答えるのか？倫理的な問題はどうか。米ユタ州に在住する藤田医師（前出）は、英ケンブリッジ大ワトソンらの意見(2011)をこう紹介している。「がんの既往のあるドナーから移植を行い、もしがんがレシピエントに発生した場合、移植医が矢面に立たされる。しかし、その移植を行わなかったために、待機患者が死んだ場合は元来の疾患のせいとされ、移植医の非とならないために、がんを持つドナーからの臓器移植を躊躇している現状がある。移植関連の医療従事者は、今は移植後の成績に重点を置いているが、移植待機リストに載った後の患者の成績にもっと注目すべきだ」。
　医師は新しいジレンマに直面している。医療を行わなければ、医療過誤も従って医事訴訟も起こらない。しかし医療を行わなければ患者が死亡する確率が高い場合に、医師はどう行動するのか。がん持ち込み危険率が0.1～1%あるとして修復腎移植を否定することは、手術しなければ死亡するかもしれない状態にある患者に、危険率が5%あるとして必要な手術を回避する行為とどう違うのか？
　医師には「応招義務」（医師法19条）があり、尽くすべき診療を与えずして患者が死亡した場合には、医事訴訟の対象となり得る。冒頭に述べた患者訴訟にはこういった側面もある。
　治療法の選択は患者の重要な基本権である。手術などの介入的治療法に最低限のリスクが伴うのはさけられない。医師が自らの良心と医師の裁量権に基づき、患者の要望に従って新しい医療(臨床研究、先進医療など)を行うから医学が進歩するのである。万波医師の治療法をすべて否定するのは、長野の根津八紘医師の生殖医療を完全否定し、学会から除名した日本産婦人科学会とどこが異なるのか？根津医師は長野県医師会からも迫害され身に覚えのない税務署の査察まで受けた。万波医師の医行為の調査委員会には愛媛県医師会副会長が参加していたし、腎臓売買事件への関与を疑われ警察の事情聴取を何度も受けている。二つの事件には驚くほど類似性がある。
　日本移植学会はカリフルニア大サンフランシスコ校アッシャー教授（既出）が筆者に問うたように、「医師の心の内なるパターナリズム」をどれだけ払拭し、どれだけ患者の立場に立ち、患者目線での医療を行っているかを問われている。彼女の質問に対して私はこう答えた。
　「日本では臨床医は、書かれたインフォームド･コンセントの重要性を強調し、これがないとパターナリズムだと批判しているが、彼らは心の中のパターナリズムを捨てて、患者目線で医療を行うということができていない。インフォームド･コンセントの書類は医事紛争の際に医者の身を守るためにある。脳死ドナー不足の問題と関係があるかどうかはわからないが、日本の医療はアメリカ医療の外形だけをまねしていて、本心のパターナリズムを捨てていないと思う。」
　移植学会幹部には異論があれば反論を乞いたい。

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