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悪魔の映画辞典コミュのトピック版【 そ 】

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[そー1]そう・こん【爪痕】[文]爪を立てたり、爪でひっかいたりした痕。 

いつも思うことだが、悪女がいて、女を殺してバラバラにし、手首だけを持って、貶めてやりたい男とベッド・イン。男の背中に爪を立ててやる。手首だけの爪先には男の皮膚の一部が残り、男の背中の疵とともに動かぬ証拠となる・・・。いいアイデアだと思うが、誰も買いに来ない。片手落ちだからか?



[そー2]そうこん・もくひ【草根木皮】[文]草の根と木の皮。漢方薬。 

よくお父っあんの病気のため、朝鮮人参を買うために娘が身を売る・・・、そんな設定が昔はよくあった。「お女中、どうなされた?」「持病の癪が・・・」というシーンも、もう二十年は見かけない。こんなことでは、文化は明らかに衰退していくよね。ところで「癪」とはなにか?昔は和服を常用しているから、帯や帯締めや、襦袢の周りは紐だらけ。締めて締めて締め上げることで、胃痙攣を起こすものを言う。



[そー3]そう・しつ【喪失】《名他サ》大切な気持ちや力をなくすこと。 

記憶喪失ほど映画やドラマに登場するものはない。とくに推理ドラマでは、この設定を禁じられると、3割は成立しないんじゃないか。ところで『処女喪失』という日活映画があった。もはや誰も思い出すこともない風俗劇だが、唯一映画史的に考えると、原作が竹中労氏だということ。彼には中島貞夫と共同で構成した『にっぽん‘69セックス猟奇地帯』というドキュメントもあり、製作に回った『アジア懺悔行』『戒厳令の夜』もある。学生時代にじかに口を利いてお話を聞くことができる月日があったが、妖しい魅力のあるひとだった。ところで『処女喪失』が、あの『黒い雪』が上映できなくなったときに代替作品として封切りされたものであることは、いまは誰も知らない。



[そー4]そう・じゅく【早熟】《名形動》心身の発達が年の割に早いこと。ませていること。 

あれは中学2年のときだった。教育実習でやってきた若くて美しい先生が「吉川君やね、この“早熟”ってどういう意味だと思うかな?」と突然質問してきた。多分、言えないことで話の糸口を掴もうとしたのだろう。しかし、こっちは“早熟”が服を着て歩いているようなもんだから何でもない。「年の割りに大人びていることです」狼狽と失望を表わす表情とはあれだったなぁ。いまなら・・・、合わせてあげることも出来るんだがなぁ。



[そー5]そう・ず【添水】中ほどを支点にした竹筒などの一方に水を落とし、たまった水の重みで下がると水が流出して他方の端が落ち、その勢いで石を打って音を出す装置。ししおどし、ししおい。 

カッポ〜ンというあれである。この場合の“しし”は“鹿”のこと。何かのマンガで、ちょうど頭にあたる場所に寝かせておくイジメの描写があった。どことなく風流なイジメではないか。



[そー6]そう・ちょう【総長】ある官庁・組織などの全体を管理する長官。 

山下耕作の『博打打ち・総長賭博』は非の打ちどころのない仁侠映画の傑作なのだが、実は1箇所だけがっくりするシーンがある。それは若山富三郎と藤純子が子供づれでデパートの屋上に遊びにいくシーンだ。昭和10年代の設定で、主演者はすべて役になりきっているのだが、彼らの横でニコニコ笑っている素人たちは1960年代の一般人なのだ!何故、こんなひどいことが罷り通るのかと考えると、東映仁侠映画なんぞ、そういった消耗品的発想のもとに製作されていたとしか言いようがないのではないか。いまなら絶対デジタルで消してしまうだろう。それはそれでひどいことだ。



[そー7]そえ・ち【添え乳】《名自サ》赤ん坊のそばに寝て、自分の乳を飲ませること。 

ボクの父は徳島県の小さな漁村の出身で、貧しいとは言わないが、決して金持ちではない。その家から9人兄弟のうち男5人。4人が医師となり、一人が「前回ご紹介した兵庫県副知事〜弁護士」となった。村民80人の小村からの結果に、徳島新聞が「吉川家の奇跡」というタイトルで短期連載したこともあったという。本人たちは、ただの兄弟愛に溢れた、おっさんたちであった。小学5年のときだったが、オヤジたちと帰省旅行していたときに、村の主婦が慌てて駆け込んできた。赤ん坊の様子がおかしいというのである。オヤジは状況を聞き、添え乳していて眠り込んだ母親の乳房で窒息したのだろうと判断した。なにしろ医師と弁護士が見て、警察にも連絡してあげたのだ、それは子ども心に頼もしい限りに思えた。あれは『赤ひげ』を見る前の出来事であったと思う。人間の決心なんて、それほど複雑なものではないな・・・、とふと思う。



[そー8]そく・いん【惻隠】[文]可哀想だと思い、同情すること。 

すべての愛はここから始まる。受動的惻隠か能動的惻隠かは問わないだけだ。



[そー9]ぞく・えい【続映】《名他サ》その映画が好評のため、予定した期間を延長して上映すること。

まったく縁のなかった東映が『柳生一族の陰謀』でなし得たときの晴れやかさを思い出すと、他人事ながらじんとくる。いや、ゾクっとくる。



[そー10]そくしん・じょうぶつ【即身成仏】長い修行ののち、また死後、浄土に生まれて仏になるのではなく、生きているままで仏になること。

いっとき、寅さんはこんな状況に近づいた。煩悩だらけの人間が到達する終点なのだが、いまだに車寅次郎は旅にあって柴又を思って空を見ているような気がしてならない。全48作、ルーティンというスタイルしか、この錯覚は味わえない。



[そー11]そくてん・きょし【則天去私】人間の私情を去って、公平な天のこころに帰すること。夏目漱石が晩年に達した人生観、芸術観。

そうだったのか。その境地に達するために、あくまでもグルメ道を進んで行ったのかな。しかし、そんな神のような道を行こうとしたために、消化性潰瘍で命を縮めたんじゃないの?なんでも無理はいけないさ。「柳に雪折れなし」というわけだ。しかし、このやり方では死んだとしても、一握りの家族の記憶のなかにだけ生きる人生だ。



[そー12]そっ・きょ【卒去】《名自サ》4位5位の人が死ぬこと。

先日ボクが心底好きだったひとりの若い女優が命を絶った。韓国のイ・ウンジュである。彼女は「緋文字」という映画に出て、裸のシーンが多いことに悩んでいたと報道されている。「緋文字」というからにはホーソン原作の例の映画だろう。それなら姦通の罪と、その罪に対する清教徒社会の厳しい糾弾を描いたものだから、裸は覚悟してのものだったはず。ただ、気になるのは共演がこの間までのトップで、いつのまにか5番手くらいに後退していたハン・ソッキョであることが妙にツキ過ぎだと口惜しくなる。



[そー13]そとば【卒塔婆】死者を弔うために墓の後ろに立てる、塔のかたちをかたどった薄くて細長い板。

木曽の盆唄が流れる『ひとり狼』。市川雷蔵扮する追分の伊三蔵の決めゼリフのように、今夜もイ・ウンジュを偲んで「心の中に新しい卒塔婆をたてて」みよう。ついこの間、岡本喜八の卒塔婆を立てたばかりなのに。



[そー14]ぞろ・め【ぞろ目】二個のさいころを振って同じ目が出ること。

山下耕作監督の「ゾロ目の三兄弟」は小林旭・田中邦衛・渡瀬恒彦が三兄弟になる今東光原作の仁侠映画。このころの東映は藤純子が引退したばかりで、作品に困っていた。深作の『仁義なき戦い』第1作が大ヒットしたばかりで、純粋な任侠映画では客がこなくなっていて、そのために手を変え品を変え、模索していた時期にあたる。「ゾロ目の三兄弟」も「ギャング対ギャング赤と黒のブルース」(佐藤純弥)との2本立てで苦悩が窺われる。将軍・山下耕作の早すぎる死にも心が傷むが、調べてみると山下耕作は最晩年に教育映画を数本撮っている。ファンとすれば、これを見たい。



[そー15]そん・たく【忖度】《名・他サ》他人の心の中をおしはかること。彼女の心中をーする。

この「相手のことを推し量る」というのは、未来永劫変ることのない人間生活の規範である。その秘訣は「己を虚しくすることだ」と山口瞳は書いた。山口瞳にあこがれるボクは、いつも目指したいと思っているのだが、これが至難の業である。それが証拠に、水路は友人のDさんから「読むのも疲れる分量を、よく書けるものだ」と言われてから、ますますボリューム・アップしてしまった。およそ200人以上の読者がいるのだが、約5%のコアな読者の反響が嬉しくてPCに向かうのである。「あヽ、声なき友」にはしばし休息して戴き、ひとの気配のする里に熊も食料を求めて下りてくる。読者の方にお願いしたいのは、もし「これはおかしいじゃないか」「なんてこったい」でいいですから、ときにはお叱りをいただきたいのです。叱られたくて診察に来る患者さんの気持ちが少しわかる気がします。

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